第77話:勝負の二日目③

 どこの学園祭にも目玉のイベントというものは存在する。

 星城学園にも同様にそのようなイベントが存在しており、星城学園の場合、ミスター&ミスコンテストがそれに当たる。つまり、その学校の代表を選出するこのコンテストだ。

 大抵は、普段の生活からそのリア充さを鍛え上げた陽キャたちがこぞって参加し、コンテストを盛り上げる。たまに、何かの罰ゲームで参加させられるものもいるが、そんな参加者は陽キャたちの引き立て役になることは必至だ。


 しかし、この学園のコンテストは他の学校ではあまり類を見ない形式となっている。それは、ミスターとミスを別々に選出するのではなく、カップル、つまりは二人一組で代表を決めるのだ。


 そのため、参加者はほとんどが彼氏彼女の関係のカップルか、お似合いと称される男女、またはお互い好き同士でまだ付き合う段階に至っていない男女になる。


 そしてこのカップルコンテストには一つの伝説が存在していた。


 優勝したカップルには末長く幸せに結ばれる未来が約束される──。


 というもの。


 しかしながら、この伝説の真偽はさておき、羞恥の的になることを恐れて参加しないカップルも少なくはない。

 それでもお互い好き同士、永く結ばれたいものや、そんな伝説は差し置いて、目立ちたいだけの者が参加することはこれまでもあった。


 橙火たちもその伝説のことは知っていた。それゆえ、柚月と出たいとい気持ちがなかったといえば、嘘になるが、そこの関係に至ってなかった故にみんな一緒に出ようとまではいえなかったのだ。


 しかしながら、なんの因果か柚月は出場することになってしまった。別のクラスの特段目立つわけでもない女の子と。


 代わりたいことは山々だが、これは柚月の罰ゲーム。もはや拘束力はないとはいえ、柚月も相手の女の子も自分をバカにしてきた相手に一矢報いるため、努力を続けている。だから、彼女たちはそんな柚月と瑠璃を精一杯応援しようと決めていた。


 そしてついにコンテストの時間がやってきた。多目的ホールには多くの生徒が集まっており、コンテストの開始を今か今かと待ちわびている。


 コンテストの順位は生徒からの投票によって決められる。今回参加するカップルは全部で六組。

 その中に当然柚月たちペアも含まれる。


 ざわざわと生徒たちが雑談に勤しんでいる中、ホールにキーンとマイクのハウリング音が響き渡り、生徒たちの声が次第に小さくなっていった。

 生徒たちはその発生源に一斉に目を向ける。


 ホール中央ステージ上に今回のコンテストの実行委員の一人が姿を現した。


『さぁ、お待たせしました! 第54回星城祭、最後の目玉イベント!! カップルコンテスト!! 司会、進行は星城祭実行委員の高山が務めさせていただきます! 皆のもの盛り上がってるかーーーーーー!!!!』

「「「「うおおおおーーーーーー!!」」」」

「「「「キャーーーーーーーーー!!」」」」


 司会の一声により、ホールが熱狂に包まれる。その声には男子も女子も関係なく、全員が等しく声をあげていた。


『カップルたちの勇姿をみたいかーーーーー!!!!』

「「「「おおおおおーーーーーーー!!」」」」


『カップルたちのイチャイチャしてる姿を目に焼き付けたいかーーーーー!!!!』

「「「「キャーーーーーー!!!!!!」」」」


 女子たちの高い悲鳴にも似た声が大きくなる。男子たちはそれに比べて元気がない。女子たちの方がやはり、恋愛関係の内容は積極的なようだ。


『リア充が憎いかーーーーーーー!!!!』

「「「「うおおおおおーーーーーー!!!!!!」」」」


 今度は男子が多め。女子は少なめ。というより引いている。そこには怨念も感じられた。


『さぁ、盛り上がってきましたところで、第54回、星城祭カップルコンテスト開幕です!!!』


 ホール再び、熱狂に包まれる。

 今、カップルたちの熱き戦いが今、幕を開ける──。



 ◆


 多目的ホールの控え室ではコンテストに参加するカップルたちが、ドレスアップした姿で待っていた。

 そこには参加する、六組のペア。計、十二名がいるはずなのだが──。


「……」


 柚月は一人で待っていた。しかもその表情は優れない。周りから見たらペアの相手が来ていないのだ。当然、そのことで落ち込んでいるのだろうと思われている。


「はっはは。やっぱり地味子ちゃん逃げちゃったんだな〜」

「スカイくん、かわいそうだよ」


 スカイは一人の柚月をバカにしたような態度でからかう。藍香はそれを窘めるが、その声は嘲笑を含んでおり、その心配は本心でないことが分かった。


 だが、そんな声も柚月の耳には届いていない。

 他のカップルはそんな柚月とスカイたちの様子を見守っていた。


「おい、聞いてんのか?」


 無視されたと思い、スカイは怒りを露わにして柚月に詰め寄る。

 柚月はスカイが近くに来てからようやく自分に話しかけたことに気づいたようで反応が遅れた。


「あ、ああ……」

「……ちっ。腰抜けめ。精々大恥を掻くんだな」


 覇気のない反応にいつものような調子が出ないスカイではあったがしっかり悪態を吐くのを忘れない。そして鼻で笑ってスカイは藍香の元へと戻った。


 先ほどまで瑠璃が来ると意気込んでいた姿はそこにはなかった。



 柚月は、瑠璃のことは何も心配していなかった。来ると信じているのは変わらない。柚月の心情はそれよりも別のことに向けられていた。


 ”すてーたす”が見えなくなってから柚月は焦燥に駆られている。自分が今まで見えて頼ってきたものがなくなってしまったのだ。柚月にとって”すてーたす”とは自分そのものを変えさせてくれたキッカケそのもの。自分の行ってきた努力が報われ、自分という存在がここにあっていいと教えてくれた大切なモノなのだ。


 自分を勇気づけてくれるもの。自信をくれるもの。

 柚月は”すてーたす”さえあればどこまでも頑張れると思っていた。


 しかし、その幻想は崩れ去ってしまった。

 頼るべき存在がなくなった時、その不安感は計り知れなかった。


(また、あの頃に戻るのか……?)


 不安と焦りがその気持ちを余計に悪い方向へと誘う。

 根底にある、柚月の努力した結果は変わらないはずなのに、今の柚月は何も今までの自身の頑張りさえ見えなくなっていた。


 努力をしなかった自分。何もしなかった自分。一人ぼっちだった自分。

”すてーたす”がなくなってしまうことにより、今持っている全てがなくなってしまい、元の自分に戻ってしまうのかと思うと柚月は恐かった。


「コンテストがもうすぐ始まります! エントリーナンバー一番の方は準備してください!!」


 控え室のドアが開き、実行委員が準備を促す。


 それぞれの参加者は、自分たちの番が来るまで緊張を高めお互いのペアを励まし合っていた。

 そこにはもう柚月のことなど視界に入っていなかった。











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