第76話:勝負の二日目②
文化祭二日目の朝から非常に疲れた。
文化祭開演前にあるホームルームの直前まで混沌と化したクラスの一同に詰め寄られた俺は時間になるまで教室から走って逃げた。
薄々、クラスでも噂になっていたそうなのだが、今俺のクラスでは、俺を茜と橙火が取り合っている構造になっているらしい。
あながち否定しきれないところなのが、辛いところ。モテる男は辛いぜ。ごめん、調子に乗った。
なんとかホームルームには出席し、また俺は逃げるように教室を出た。
ホームルーム終了後、俺は再度、隣のクラスに様子を見にいく。紅姫と目が合うとそらされてしまった。
クロエの様子を見に来たのだが、これでは紅姫に聞けそうにない。だから適当なクラスメイトを捕まえて聞いてみたが、やはり今日も来ていないようだった。
「よぉ、時東じゃん」
馴れ馴れしく俺の肩に後ろから腕を回してくる輩が一名。
「なんか用か? 相坂。お前クラス別だろ」
「そりゃ、お前もな。俺は大事な大事なパートナーと最後の打ち合わせに来たんだ。そういうお前は?」
遠くの方から森崎さんが「スカイくーん」と手を振っている。それににこやかに答える相坂。爽やかな笑顔が腹立たしい。
「俺だって同じだよ」
「の割には、地味子ちゃん来てないみたいじゃん」
「……」
「ひょっとして逃げたのかもな〜みんなの前でダッサイ姿晒されんのが嫌になったんだろ。まあ、その場合、最悪棄権してもらってもいいけど?」
こいつらしくない譲歩に疑いの目を向ける。何を企んでる?
「その代わり、終わったらみんなの前で一発ギャグやってもらうからな〜? これも連帯責任ってやつでな」
そんなことだろうと思ったわ。だけど。
「分かった」
「おお? やる気だな。ウケる算段でもついてるのか?」
「いや、それをやる時はこないってだけだ。俺は信じるよ、クロエを」
「くろえ? まぁ、いいさ。その時になれば分かる」
相坂は俺の肩から自身の腕を外し、森崎の方へと声をあげながら近づいていった。
そんな俺を紅姫は心配そうに見ていたので、大丈夫だよと言う意味を込めて微笑んだ。
紅姫は、少し顔を赤らめまたそっぽを向いた。
俺はそのまま隣のクラスを後にした。
◆
それから初めの方のシフトだけ俺はこなし、今は橙火と一緒に一年生クラスの出し物を見て回っていた。
さっきのこともどこ吹く風。あまり橙火は気にしていないようだった。これって俺ばかりが気を揉んでないか? 今の橙火が何を考えているのかは分からなかった。
お昼少し前。俺たちは早めの昼食を取ることにした。一年生が出店しているうちの一つのカフェで昼食だ。
二年のところだとまたいろいろと煩わしい気がしたので一年生のところ、取ることにしたのだ。
だけど、結局、一年生の教室でも同じ。橙火は一年生からも憧れの先輩として注目されているらしく、一緒にいる俺までなぜか熱い眼差しを向けられていた。
だから正直に言うと居心地はあまりよくない。
「お、お待たせしました!」
店員の生徒がコーヒーを二つ、持ってきた。食後のブレイク。ちなみにここにはオムライスしかメニューがなかったので二人でそれを頼んで食べた。味は学生にしてはよかったと思う。
コーヒーを持ってきた生徒は少し、緊張しながらも二つのカップを机に置く。
そして起き終わると一礼をして慌ててその場から厨房であろう、暗幕の向こう側へ消えていった。
「ねえねえ、あの二人でしょ!? 朝、みんなの前でちゅーしてたのって!!」「そうだよね! やっぱりお似合いだよね〜」「はぁ〜みんなの前とか大胆だよねぇ」
「っ!?」
「ぅ!? 熱っ!」
そんな声が今し方、生徒が消えていったところから聞こえてきた。俺はちょうどコーヒーを手に持ったところで動揺して少しこぼしてしまった。
「大丈夫!? もう何やってるの……」
橙火はそう言って俺に近づいてきて俺のズボンにこぼれたコーヒーをハンカチ「とんとんとん」と軽く拭いてくれた。
「ご、ごめん」
「うん、これで大丈夫! やけどしてない?」
「ああ、大丈夫……っ!」
「……」
お互いに目が合う。先ほどの他の生徒が会話をしていたせいで嫌でも朝のことを思い出してしまい、再び顔に火が灯るのが分かった。それは橙火も同じだったようだ。
「ねぇねぇ、あれってまたするんじゃない?」「きゃ〜〜〜!!」「きーすきーす!!」
「ととと、橙火! そろそろ出ようか」
「え、ええ。そ、そうしましょ!」
そういうと橙火は入れたばかりのコーヒーを一気にぐっと喉の奥に流し込んだ。熱くないのだろうか。
「いくわよ!」
「あ、ああ」
俺たちは逃げるように教室を後にした。
さっきの会話を聞いてからだろうか。よくよく意識を張り巡らせてみればどこもかしこもその噂で持ちきりになっている気がした。
最初に周っていた時に気づかなかったのはおそらく、橙火と一緒で他に意識を向けてなかったからもしれない。
結局、俺たちは身を隠すように人気のない場所へ足を運んだ。
「はぁ……なんでこんなことに」
「橙火……」
「わ、分かってるわよ! だってしょうがないでしょ! あの時は、気が動転しちゃったんだから!!」
「だからってなぁ。みんなの前では……」
「じゃ、じゃあ。二人きりの今ならいいの?」
「うっ……」
それは卑怯だ。上目遣い禁止。
バクンバクンと心臓が高鳴り始める。
また、橙火がゆっくりと顔を近づけてくる。その頬を赤く染めながら。いつものツンとした表情から繰り出されるそのギャップとも言える恥ずかしそうな表情にたまらなくなった俺は──
「ご、ごめん! 俺そろそろ行かないと! 練習もあるから!」
「へ? あ、ちょっと柚月!!」
逃げた。屋上の扉を勢いよく開け、橙火から逃げてしまったのだ。
そして逃げた先の空き教室の端っこでうずくまる。
へたれ。
軽く自己嫌悪だ。彼女の好意はこちらに向いているのはもう分かってる。でもだからこそ、流れに身を任せるわけにはいかなかった。
自分で言うのは誠に不本意なのだが俺という矮小な人間を好いてくれている子が橙火の他に四人。つまり俺はモテ期がきているらしい。
だけど、これってそんなにいいものではない。いや、みんな素晴らしくもいい子たちばかりなので嬉しいことには間違いないのだが、どの子たちもいい子なだけに心苦しいのだ。誰か一人を選べば、誰か一人を傷つけてしまう。
だから、俺は昨日からずっと悩んでいるのだ。
「贅沢な悩みだよな……」
誰にも聞かれることのないぼやきが閑散とした教室に広がる。
「よしっ!」
両頬をペチンと叩き、気合を入れ直す。
俺は頭を切り替えるため、最後に一人ダンスの内容を確認することにした。といっても当のペアがいないので確認しようはなかったが。
今は目先の試練に集中だ。そして。それからでもいいだろう。答えを考えるのは。
情けないことに俺は先送りという選択をした。
頭を横に水平に振り、俺はもう一度呟く。
「すてーたす」
そして眼下に広がるのは俺が今まで努力してきた証。
「……?」
のはずだが、出てこない。
「すてーたす」
もう一度、同じ魔法の呪文を唱える。
「え?」
それでも俺の目の前にそれが出ることはなかった。
「う、嘘だろ……? すてーたす、すてーたす、すてーたす、すてーたす!!」
何も出ない。
「な、んで……」
今まで、培われてきた努力の結晶がいとも簡単に崩壊する音が聞こえた。
俺は目の前が真っ暗になった。
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