第75話:勝負の二日目①

 ピピピピ。ピピピピ。ピピピピ。


「うーん?」


 ピピピピ。ピピピピ。ピピピピ。

 目覚ましが朝から俺の眠りを妨げんと喚き散らしている。

 当然だ。それが目覚ましの機能だもの。


 ピッ。


 俺は手探りで目覚まし時計のアラームを消す。

 そしてゆっくりと顔を上げて、時計を確認する。

 現在の時刻は、7時10分。


「ん〜? ち、遅刻!?」


 しかし、別にまだ学校の時間には余裕で間に合う。なぜ、俺が遅刻であると叫んだかと言うと、いつもより起きる時間がかなり遅かったからだ。

 俺は、いつもは5時から活動を始めている。

 毎朝のランニングに朝食作り。朝学習などそれがルーティンと化していた。なのに今日は起きれなかった。なぜか。考えても分からないので、とりあえず、起きて学校へ行く準備をした。


 起きてから妹に変な顔だと言われて少し傷つく。酷い妹もいたものだ。でも兄は知っている。それが照れ隠しであることを。だからめちゃくちゃ頭をよしよししてやったら殴られた。解せぬ。


 そんなスキンシップをとっているうちにもう登校の時間がやってきた。妹は俺から逃げるように先に家を出て、俺は少しだけ遅れて家を出た。


 家を出ると玄関近くで一人の少女が待っていた。その少女は明るめの茶髪でショートカットと短めに切りそろえられた髪を手でくるくると回していた。そんな少女と目が合う。


「あ、おはよ。柚月」

「おはよう、茜」


 まるで待ち合わせをしていたかのように、当然のように挨拶を交わす。

 そして二人で一緒に学校へ向かって歩き出した。


「いよいよ今日だね。カプコン」

「ん?」


 どこのゲームメーカーの話をしているんだ?

 ゾンビゲームの新作でも出るのか?


「カップルコンテストね。ミスコンだと紛らわしいから」


 なるほど。それも紛らわしいよ。


「大丈夫なの? ペアの子。来てないんでしょ?」

「まあ……しばらく会ってはいないな」

「まぁ、もし今日も来なかったら……」

「来なかったら?」

「私が代わりに出てあげるよ」


「ね?」とこちらに向かって首を傾げながら満面の笑みを見せる茜。なるほど、かわいい。


「ありがとう。じゃあ、”もしも”の時があったら茜に頼もうかな?」

「決まりね! ねぇ? ところで──」

「ん?」

「朝からなんか反応薄くない!?」


 ついにツッコマれてしまった。

 あまりに自然な流れで登校しているもんだからこれはこれでいいのかと思ってスルーしていたのだが。


「普通、朝『なんで待ってるの!?』って驚くところでしょ!! それなのに普通に挨拶返してくるし!!」


 茜は少し口を尖らせている。


「それにさっきからずっと柚月に抱きついてるのに全然反応ないし!!」

「……実のところをいうとこれでも非常に戸惑っているんだ。朝からなんだか不思議な気分で」

「納得できなーい!! いいよ! それなら意地でも意識させてあげる」

「ちょ!?」


 茜は何か覚悟を決めたように俺の腕をぐっと引っ張り、引き寄せられた顔に自分の顔を近づけた。

 長い睫毛に高い鼻。潤いを持った薄桜色の柔らかそうな唇が近ず──


「かない!!」

「む!」


 俺は間一髪、手で茜の顔をブロックした。それに対して茜は不服そうな顔をしている。油断も隙もありゃしない。

 なんだか、実力行使に出ている感が否めない。


「あのな。そういうことは簡単にしちゃダメだぞ?」

「むぅ……簡単じゃないもん。柚月だけだもん……ね?」

「っ!?」


 ちゅ。

 俺が目を逸らした一瞬の間だった。俺の頬に柔らかい感触の余韻が残る。


「お先!」


 そしてその余韻を作り出した本人はいたずらな笑みを残して、一人先に学校へと向かって走っていってしまった。


「朝からこれは一体……」


 俺は小さくこぼし、同じ道を辿っていった。


 ◆


 文化祭の期間はみんな一様に学祭Tシャツを身に纏っている。そこには美術部がデザインした柄のものが「第54回星城祭」という文字と一緒にプリントアウトされており、毎年違うデザインのものが配られている。去年も配られた筈だが、いかんせん俺には去年の記憶などなかった。


「柚月? どうした? 教室の前で固まっちゃって?」

「橙火。いや、考え事」

「ふーん? あ、柚月。今日時間ある? コンテストはお昼からだよね。午前中よかったら一緒に周りたいんだけど」


 橙火も例によらず、学祭Tシャツを今は来ている。登校してからブラウスは脱いだようだ。

 通常Tシャツ姿であれば、女子の場合、女子を象徴するある場所がそれなりに強調されるはずなのだが……


「分かった。いいよ。一緒に周ろう」

「……あんた今失礼なこと考えたでしょ」

「ソンナコトナイヨ」

「……」


 ジト目で見つめる橙火を置いて俺は、乾いた笑いともに教室に入った。怖い顔してたのなんて見てないよ。


 そして教室に入るとすぐに一人俺の元へやってくるものがいた。その人物は少し、顔を赤らめながらもなぜか得意顔をしている。

 自分でやっておいておそらく、恥ずかしくなったんだろう。


「おはよう、柚月」

「おはよう、茜」


 本日二度目の挨拶。

 どうやら朝のやりとりはなかったことになっているらしい。


「茜、なんでそんなニヤニヤしてんの?」


 いつの間にか呼び捨てにしている橙火が茜の様子に疑問を感じたようだ。


「さぁ? なんででしょうかー?」


 相変わらずの顔で橙火を煽る茜。その顔には、どこか余裕が感じられる。


「なに? 教えなさい!」

「それは柚月に聞いてねー?」

「え?」


 突然、振ってくる茜。それに戸惑う俺。そして訝しげに橙火は俺を見る。そんな三者三様のやりとりをクラスのみんなが穴が開くように見ているのだ。誰か、助けて!!


「柚月、説明しなさい!」


 命令口調で俺に強要する橙火。

 説明って……朝のやりとりを思い出して不覚にも照れてしまい、頬をポリポリと掻いてしまう。

 ギロリ。鋭い視線が俺を襲う。どうしろってんだ……


「いやー? そのー? いろいろあってだな……」


 要領を得ない俺の回答に苛立ちが募るのが分かった。依然その眼光は鋭いままだ。助けて……


 教室の端に視線を寄せて、SOSを送るが、白斗も桃太も視線を合わせようとしない。この裏切り者っ!!


「もう、仕方ないなぁ」


 茜はそういうと橙火の耳元に顔を寄せ、ゴニョゴニョと何かを話し始めた。

 それを聞いた橙火は「ボン」と何かが爆発したように顔が真っ赤になる。


「なななななななな」


 橙火が壊れてしまった。「な」を吐き出すロボットになってしまったようだ。

 一体、何を言ったんだ?

 茜がにこりと笑っているままだ。


「ゆゆゆ、柚月っ!!」

「え?」


 ちゅ。

 本日二度目の頬を伝うソフトタッチ。

 離れる瞬間に艶っぽくも甘い吐息が俺の耳元を掠めた。

 俺の目の前にいる、茜は先ほどまでの余裕の笑みが一変、驚愕の表情へと変貌している。流石に予想外って顔だ。

 すげぇな。人の顔ってあんなにはっきりと変化するんだ。そんな呑気なことをこの頭はコンマ0.2秒のうちに思考する。


 シーンとした空気が教室全体を覆う。

 そして。


「「「「ええええーーー!?」」」」

「「「「きゃーーー!!!!」」」」


 男子一同驚愕、女子一同黄色い悲鳴をあげた。


 俺だって悲鳴をあげたい。








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