第73話:文化祭での出来事⑦
保健室で桜と二人きり。桜はというと、まるでミノムシのように無言で俺の右腕に引っ付いている。それとプラス、先の告白もあり、俺の心臓はけたたましく音を鳴らしていた。
こんなの意識するなという方が難しい。
俺の左腕はというと軽い打撲だったので今は応急処置のため、包帯で固定してアイシングしている。割と本気の一撃を食らったと言うのに俺の体は思った以上に頑丈らしい。ダンスできるか心配だったがこれなら大丈夫そうだ。
「大丈夫か?」
「うん……」
「……」
「……」
そんな沈黙に耐えかねてもう一度、心配の声をかける。しかし、返答はあったものの話が続かない。
桜はきっと自分のせいでって負い目を感じているのだろう。そんな桜をじっと横で見ていた。すると桜は深く深呼吸し、「よし」と呟いた。
何かを決心したようだった。
「柚月、私の話聞いてくれる?」
「……話っていうのは、あいつらと昔あったことか? それなら無理に話さなくても……」
「ううん、話しておきたいの」
「……分かった」
それから桜はポツリポツリと話し始めた。
***
中学二年生くらいかな。私はお母さんとお父さんと三人で幸せに暮らしてた。だけどお母さんが癌で入院してから次第に私たちの家族はおかしくなっていったの。初めはお父さんもできない家事を頑張ったり、お母さんのお見舞いに何度も行ったりしていた。だけどお母さんの症状が進行していくほど、今度はお父さんの様子がおかしくなっていった。
家にはなかなか帰ってこないし、かといってお見舞いに来るわけでもない。回数も減っていった。その頃は私はほとんど家では一人。お父さんと会うことなんて一週間に一度あるかないかだった。
はじめは、お母さんが癌になって会うのが辛くなっていったんだと思ってたの。日に日に、弱っていくお母さんを私も見てたから見ていられないという気持ちは分かったから。
でも違った。お父さんは……アイツはあろうことか不倫してたの。
しかも、お母さんの妹と。私から見たら叔母さんにあたる人。そしてその息子が圭吾だね。
それが分かったのは、お母さんが死んでから。私はお父さんを強く非難した。叔母さんも。最低だと思ったし、今もその気持ちは変わらない。二人はそのまま、親族から総スカンをくらって消えちゃった。
酷く酷く傷ついた。男の人なんて何も信じられないと思った。
だけどそんな時、話しかけて来たのが従兄弟の圭吾だった。
初めは、お互い愚痴を言い合う関係だったかな。男は信用できなかったけど、圭吾も母親に裏切られた身だったから。そこはお互い同情してたんだと思う。
そうして圭吾との付き合いがしばらく続いたの。傷を負うもの同士、惹かれあうのに時間はそれほど掛からなかった。
そして付き合い始めてどれほどかたった頃。
私たちもすでに思春期真っ只中だったからそういうことをする雰囲気になった。いざ、するとなった時、なんだかその行為そのものが酷く汚らわしく感じてしまったの。自分の父親が泥沼に落ちた行為。
私は、圭吾を強く拒絶した。その日は私は圭吾の家から逃げるように帰った。
そしてあの日につながる。
圭吾は元々、素行があんまりよくなくって、悪い先輩たちとの付き合いも以前からあったみたいだった。
呼び出された私は、圭吾にあの日のことを謝りたくてノコノコと指定された場所に赴いた。そこは不良たちがよく屯していた空き家だった。
私は、そんなことも知らずに圭吾に会いに来たが、そこに待っていたのは圭吾だけじゃなく、圭吾の先輩たちや坂下と呼ばれるその集団のリーダー格の男だった。
私は圭吾にどういうつもりか聞いた。すると圭吾は、私が一番知りたくなかった真実を口にした。
それは、元々、復讐目的で私に近づいたということ。自分の母親が私の父親に毒され、家庭がめちゃくちゃにされたことへの復讐ということだった。そしてその復讐の締めがそこで私を犯すこと。
それを聞いた時、頭が真っ白になった。
私の淡い恋心は利用され、踏みにじられ、そして尊厳までも奪われるのかと絶望した。
その時、たまたま近所のおばさんが、私が空き家に入っていくのを見たおかげでことなきを得たけど、それから私は男の人というものが怖くなってしまった。
***
「……」
「これが私が男の人が怖い理由かな」
重い。
そんな重たい内容を桜は少しでも明るく振る舞って言う。
話を聞いていて思ったが、きっとあの男は本気で桜のことが好きになっていたのかもしれない。拒絶されたことでその好意が悪意に裏返った。そんな気がした。あの男がどんな心情だったかそれは俺では測り知ることができない。
それでもそれを理由に桜を傷つけていい理由にはならない。聞けば聞くほど身勝手で独りよがりな理由に憤りを感じた。
俺からそんな桜にかけられる言葉はほとんどない。簡単に慰められる話じゃない。それと同時に自分にひどく失望した。
すてーたすでどれだけ自分が強くなったって、隣で悲しむ彼女に気の利いた言葉一つ言えない自分に。
「でもね、もう大丈夫」
「え?」
「もう、怖くなくなったの。うそ、まだ少し怖いけど、さっきみたいなことがあったのに前よりも気持ちがすっごく楽なの。柚月はもちろんだし、篠宮や八坂くんと話しても大丈夫だった」
その明るい笑顔は無理をしている風ではない。心から見せる笑顔に俺は釘付けになる。
「それはやっぱり柚月のおかげなの。柚月のおかげで私は過去を乗り越えられた。だからありがとうって言わせて欲しい」
「……俺は何もしてないよ。桜が一人で乗り越えた結果だ」
「それでも! だからちゃんと受け取って! ありがとう」
「……どういたしまして」
少しだけ空気が和む。
先ほどまで張り詰めていた空気が嘘のようだった。
「そういえば私の告白どうだった?」
「うっ!?」
「照れた?」
桜は軽くニヤつきながらこちらを見てくる。
「いや、俺はその……」
告白と聞いて頭に思い浮かぶのは今日のこと。桜からの告白もだったが、紅姫に紫のことが頭をよぎった。
「その様子だと、他の子からも告白されてるみたいだね」
「な、なんで!?」
エスパーか!?
「さぁね? ふふ。それなら返事はまだ考えておいて。他の子のこともあるし、いきなりじゃ頭の中整理できないと思うしね」
「……分かった」
俺の心を読んでいるかのようにそう提案してくれる桜。渡りに船。本当にエスパーじゃないだろうな?
「ただ……」と続けて桜は話す。
「一つ約束して欲しいの。さっき私は自分の過去を話したけど、私は同情して欲しいわけじゃない。同情なんかで私に都合の良い返事なんて言わないでね。私から言いたいのはそれだけ」
「……約束する」
「うん!」
そう言うと桜は立ち上がり、スタスタと扉の方へ向かっていく。どうしたんだ、急に? 帰るのか?
そう思ったら、入口のドアを強めにぐっと開いた。
「きゃっ!」
「うわ!」
「え!?」
「わわわ」
そこから勢いよく倒れ込んでくるのは、茜に紅姫。橙火に紫だった。
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