第72話:文化祭での出来事⑥

 私は力の限り叫んだ。柚月の名前を。

 しかし、それでも現実は変わらない。そんなヒーローみたいなタイミングで彼が現れてくれることはなかった。


「へっ、急に叫んだかと思ったら、もう終わりかよ。まぁ、誰かきたところで関係ないけどよ」


 もうダメかも。一度は踏ん張ってみたけど、結局私は……


「桜!!」


 再び涙でいっぱいになって、視界がぼやける私の前に現れたのは、私が待っていたヒーローそのものだった。


「柚月……遅いよ……」

「なんだ、お前。今取り込み中だからよ。あっち行っててくれるか?」

「取り込み中って……お前、桜が男性恐怖症なの分かってんのか!?」


 圭吾は深くため息をつく。


「分かっててやってんだよ。お前も知ってんのか? お前、こいつのなんだ。彼氏か?」


 彼氏という言葉に少し、ドキリとする。そんな場合ではないというのに。


「俺は、桜の友達だよ」

「なっ!?」


 そう言うと柚月は一気に圭吾との距離を詰める。その動きは、圭吾ですら驚くのほどのスピードであった。


 しかし、圭吾は私を盾にしてどうにか、柚月の動きを止める。


「ゆ、柚月……」

「んだよ。はぁ……めんどくせぇ。あの人を呼んでおいて正解だったな」


 あいつ? 誰のことを……?

 柚月は隙を見ているようだ。


「おっと、動くなよ。めんどくせぇ。こいつに屈辱味合わせてやれれば満足なんだが、まぁ、最悪死んでもいいからよ」

「死っ……!?」


 その言葉に私は一気に自分の顔が青ざめるのが分かる。先ほどまで柚月の登場で高揚していた心に冷や水を浴びせられたようだった。

 圭吾は、そういって懐から一本のナイフを取り出す。


 この目は本気だ……


「お前……やめろ! 本気か!? 桜になんの恨みがあるんだよ!」


 柚月は私の近くで煌めく刃を見て、焦りをあらわにする。再び、私の心に恐怖が広がっていく。


「恨み? あるに決まってんだろ。こいつのせいで。いや、こいつらのせいで人生めちゃくちゃだ」

「なん、のことを……? 一体、桜が何したっていうんだ!」


 声を張り上げる柚月。ここまでコイツが私恨んでいる理由が分からないのだろう。


「はっ。そこまで気になるならいいぜ。教えてやるよ。そこで這いつくばって聞け!」

「柚月! 後ろ!!」


 私が叫んだ時には遅かった。


 ◆


 痛い。これ折れてるんじゃねぇか?

 冷静に自分の身に起きたことを分析する。あいつが言った通り、俺は今地面に這いつくばっている。


 俺は、ナイフを突きつけられた桜に集中するあまり、後ろに現れたもう一人の男に気付かなかった。桜の叫び声でどうにか反応することができたが、男が振り下ろしたバットを避けられず、その身で防ぐこととなってしまった。おかげで左腕は酷いものだ。


「ゆ、柚月……」


 桜が今にも泣きそうな顔でこちらを見ている。

 俺は自分に攻撃を加えた男を見上げた。まず目に入って来たのは派手な色をしたモヒカンのような髪型。

 そしてピアスピアスピアス。鼻にピアス、顎にピアス。両耳にピアス。デコにもピアス。おびただしいほどの量だ。

 お前はピアスの申し子か。突っ込みたい気持ちを我慢する。それくらいやばい見た目のやつだった。


「けいご〜。そいつがさくらちゃんか〜? かわいくなってんじゃん」

「坂下さん。そうっすよ」

「さ、さかした……?」


 名前を聞いて、桜の様子がまた変わる。

 口を震わせ、ガチガチと歯と歯が当たる音がする。


「お前ら、一体桜に何したんだよ……」


 俺は左腕を押さえ、痛みに耐えながら立ち上がる。


「あれ〜結構本気でやったと思ったけど、頑丈じゃん。まあいいや、教えてあげよ〜。俺たちはその女を集団で強姦したんだ」

「は……?」

「だから、集団でレイプしたって言ってんの」


 プチッと頭の中の血管が切れる音がした。

 気づけば飛び出していた。本当に無意識だった。ピアス男に本気で殴りかかった。


「ッ!」


 しかし、ピアス男は冷静にもバットでカウンターの要領で飛び出して来た俺に対してもう一度、それを振るう。

 どうにか避けることのできた俺は、その場から後退した。


 落ち着け落ち着け落ち着け。


「わお。避けられるとは思わなかった。意外にも冷静じゃん。まあまあ、落ち着けよ。冗談だってば」

「……冗談?」

「そうそう。正しくは未遂だけどね。本気でやろうとする前にサツきちゃってパクられちゃった。まあ保護観察処分だったけどね〜」


 未遂にしろ何にしろ、怒りは治らない。これで合点がいった。どうして桜が男性恐怖症になったのかが。それでもまだ、なぜ彼女を陥れようとするのか見当がつかない。未遂に終わって警察沙汰になったからか? 目の前のピアスはともかく、あの従兄弟と呼ばれる男の目は本気だ。それだけでそこまでしようと思うだろうか。


 落ち着け。冷静になるんだ。今一度、自分にそう言い聞かせる。

 相手の男は喧嘩慣れしすぎている。正対してそう感じた。わざと俺の動揺を誘ったのだ。


 それに迂闊すぎた。桜は今、人質に取られている。下手をしたら桜が怪我では済まない大怪我を負っていたかもしれない。まずは、桜を助けないと……


「どうやったら、桜を解放してくれる?」


 俺は両手の平を上げ、敵意がないことをアピールする。


「てめぇ、バカか? 俺はこい……」

「まあ待てよ、けいご」


 ピアス男はそういって圭吾を黙らせる。


「そうだなぁ〜。お前が5分間。一方的に殴られ続けて耐えられたらいいよ。な? けいご?」

「え、ええ。そうっすね。それなら……」

「分かった」

「だ、ダメ! 柚月!」


 5分。たった5分耐えればいい。たとえ、あいつが桜を解放しなくても5分あれば先生たちが駆けつけてくれるはずだ。それまで時間稼ぎさえできれば。


「じゃあ、とりあえず、場所移動しようか。もうちょっと人来ないとこ」


 俺たちは、体育館裏から近い、旧校舎の方へ連れてかれて行った。



「ここなら人通りも全くなさそうだし安心だね〜じゃあ、始めようか」


 まさかあそこから連れ出されるとは予想外だった。未だ、桜にはナイフが突きつけられている。


「じゃあ、まず一発」

「ぅ!?」


 思った以上に痛い。いくら体を鍛えていても、ステータスで強化されていても痛いものは痛かった。


「あれれ。がんじょーそれ!」


 それから5分間にわたり、一方的な暴力がふるわれた。


「も、もうやめて……」

「はあはあはあ、なんで倒れねーの」

「……」


 桜の泣き声が響き渡る。

 俺はどれだけ殴られても絶対に倒れはしなかった。身体中痛いし、顔面血だらけだし、気を抜いたら本当に倒れてしまう。でも、負けたくなかった。許せなかった。その意地で俺は立っている。

 そしてもうすぐ約束の5分。俺の勝ちだ。


「もういいや、飽きた。これでさーいご」

「柚月!!」


 ピアス男は持っていたバットを振り上げた。素手ならなんとか耐えれたが、あれはマズい! 桜が叫んだ。


「なっ!? てめぇ!? どっから!」


 その時、桜と圭吾の方から声が聞こえた。それに気を取られ、ピアス男もバットを止めて振り向く。


「はい、こんな危ないのはダメだよ!」

「いや、マジでこんなの成功すると思わなかった。練習しててよかった……」


 向こうから聞こえてくる声。それは白斗と桃太であった。桃太がナイフを奪い、白斗が圭吾を取り押さえている。

 白斗は部活で使っているものだろうか、弓も持っていた。どうやら弓を放って相手の気を逸らしたか、ナイフを撃ち落としたかしたらしい。詳細は見てないから分からないけど、後者だったらマジですごい。というか普通に危ない。


「柚月ー! こっちは大丈夫! 後はその頭の悪そうなヒヨコをやっちゃってー!」

「は、ははは……遅すぎ……」


 よかった。と呟く。連絡しておいてよかった。俺が体育館裏へ向かう時に白斗と桃太に知らせていたのだ。メッセージだけだったのでどのタイミングで気づいたかは分からないが、どうにかここまで探り当てて来てくれた。やっぱり持つべきものは友だな。


「ちっ!」


 ピアス男は、思い出したかのようにこちらに振り返り、バットを振り下ろす。

 だが、人質がいなくなった以上、こちらも本気でいかせてもらう。


 俺は、バットが振り下ろされる前に、相手の手首を掴み、外側に強くひねる。そして痛みでバットを落とした男の腕をそのまま捻り、背負い投げを行う。


「ふぎゅ」


 地面に強く打ち付けられた男は情けない声を上げて、その場で気絶した。


 俺は近くにあるバットを拾って杖代わりに桜の元へ駆け寄る。桜には桃太が声をかけていた。


「桜……大丈夫か?」

「ゆ、柚月!」

「お!?」


 桜が勢いよく抱きついて来た。タコ殴りにされた体が痛いが今は我慢する。


「ごめん、ごめんね……」

「謝るなよ。俺は大丈夫だったからさ」


 俺は優しく、泣く桜を抱きしめ返す。桃太と白斗がニヤニヤとしていたが気づかないフリをした。


 そしてゆっくりと桜を離す。桜が「あっ」と声を上げた。

 俺は、白斗が取り押さえていた、桜の従兄弟の元へ向かう。そいつは俺のことを今にも射殺しそうな目つきで睨みつけてきた。

 さて、どう落とし前を付けさせてやろうか。そう考えていたら、桜が俺とそいつの元へ近づいて来た。


「桜?」

「だ、大丈夫」


 俺が聞く前にそう答える、桜。その声は少しだけ震えていた。そして男の前に立つ。


「けっ! 男性恐怖症ってのは嘘かよ! こんなに男に囲まれてよぉ! よかったな、このビッチが!」

「ほ、本当だよ。私は男の人が怖い……あれからずっと苦しかった……」

「ああ!? だったら今後も一生そうやって苦しめ! それが……それがお前への復讐だ!」

「確かに、今でも男の人は怖いよ。あの日のことを考えると震えが止まらなくなる。でもね、それじゃダメなんだってさっき分かったの。乗り越えなくちゃいけない」

「は? 何言って……」

「柚月は、彼は私に優しくしてくれた。一緒にいてくれた。友達になってくれた。勇気をくれた」


 桜は俺の方をチラリと見て、男に優しく諭すように話す。


「その男が何だって言うんだ!! 俺と何が違うんだよッ!! そいつもきっと俺みたいに裏切るぞ。男はみんなそうだからな!」

「あんたなんかとは違う、一緒にしないで。柚月は絶対に私を裏切らない」

「なんでそんなことがわかる!」

「だって……だって私は彼のことが大好きだから!! もう二度と私たちに関わらないで!」


 パシンと乾いた音が響く。

 その一言とその一撃を持って、何かが切れたのか、そいつはガクッと項垂れてしまった。

 予想外の告白に俺の頭は真っ白。白斗と桃太はニヤニヤ。


 その後駆けつけた先生たちによって、男たちは連れて行かれた。きっとまた警察のお世話になるだろうよ。



 そして保健室。

 今俺は、桜と二人きりでいる。


 どうしよう。とりあえず、どうしよう。

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