第71話:文化祭での出来事⑤
「えっと……その深く考えないでください……恥ずかしいです……」
紫は顔を真っ赤にして俯く。それと同時に先程の言葉が遅れて俺の脳内に届く。これってつまりそういうこと……だよな。深く考えるなってどういうことだ? 俺、何か勘違いしてる?
「あの……好きです……柚月さんのこと……」
蚊の鳴くような声で小さくもう一度、そう呟く。未だに考えることをしない
俺のポンコツな頭はその言葉を前に体に信号を送れずにいる。
やはり、勘違いではなかった。
「えーっと……どうして俺のこと?」
ようやく言葉を捻り出す。罰ゲームとはいえ、一度俺は彼女に告白をしている。それは本人にも伝えているが、当時は本当の告白だと思ったはずだ。その時は断られているので尚更、俺に告白してくる理由がわからなかった。
「一目惚れかもしれません」
「一目惚れ?」
俺と紫のファーストコンタクトはあの罰ゲーム告白。でも流石にあちらではないだろう。あんな頼りない姿を好きになるやつなんていない。きっと夏祭りの時だ。
俺は別に一目惚れを否定はしない。元々インキャだった時は、見向きもしなかったのに俺が変わったら急に一目惚れだなんて都合がいいやつとも別に思わなかった。単純に俺が変わったことをこうやって認めてくれることがそれだけで嬉しい。
「でも違うんです。その……言い訳がましいですが、見た目だけで好きになったんじゃありません。その……見た目も確かにタイプなのですが……私は柚月さんの優しさに一目惚れしたんです」
見た目もタイプと言われて少し、照れてしまう。
優しさに一目惚れってなんだ? なんて野暮なことは言わない。あの日は、紫の妹の緑ちゃんを迷子から助けた。そのことを言っているのだろうか。
「夏祭りの時、柚月さんは正直に罰ゲームのことを話してくれました。緑を助けてくれたこともそうですが、きっとその頃からでしょう。柚月さんと一緒に過ごすうちに後から、やっぱり好きなんだと気づきました」
紫はその場から立ち上がり、一人ゆっくりと柵の方へ歩く。「本当はまだ言うつもりなかったんですけどね」とそう言って、紫は微笑みながら振り向く。
「でも、言いたくなっちゃいました。私も負けてられないなって思って」
俺もその場から立ち上がり、同じようにゆっくりと紫の元へ歩み寄る。
「俺は……」
「待って下さい! 勝手なのは承知ですけど、柚月さんのお返事はまだ要りません……」
俺の言葉を遮って声を上げる紫。
「私だけ先に結果を知るのはずるいと思いますから……だから今はまだ、今まで通り接して欲しいです……」
何に対する誰への配慮なのかは分からなかった。もう一度、声が小さくなっていく紫。
きっと、紫もまた勇気を出して告白してくれたのだろう。返事はまだいいと言ってくれた。正直に言うと、一日に二度も告白されて俺も処理が追いついていない。理由はわからないが、その案に乗らせていただくことにしよう。
俺は同じように柵まで行き、学校からの景色をみる。
「わかった。じゃあ、今まで通りにさせてもらうよ」
「! はい!」
顔を赤らめながらも穏やかな笑顔を浮かべる紫。
「なんだか不思議な気分です」
「……俺もだ」
よくわからない空気感のまま二人して学校を見渡していた。
「寒いな。そろそろ、戻ろうか」
「はい、戻りましょう」
そう言って振り返って来た道を戻ろうとした時。紫がいつまでもついてこないことに気づいて紫の方を向く。
後ろ姿で表情は分からないが、真剣に体育館側をみているようだった。
「どうした?」
「あれは……桜ちゃんでしょうか。あんなところで何を……あっ!」
どうやら、紫が桜を見つけたらしい。体育館で何をしてるのだろうか。そういえば体育館は、もうすぐ軽音楽部がライブを行う時間だ。ライブに行くのかと思ったが桜はシフトを代わってもらっている。先生からの頼み事が終わったのなら、真面目な桜なら教室に戻ると思うのだが……
「あ、従兄弟さんも一緒にいますね」
「従兄弟?」
「はい。先ほど教室に来られたんですが、桜ちゃんがいないとわかったらどこかへ行ってしまったんです」
俺は遠くの方に見える、従兄弟と呼ばれた男をみた。その男は、明るい髪色をしており、別の高校の制服を来ている。
そして桜の方をみると様子がおかしい。そもそも従兄弟とは言え、男って大丈夫なのか?
なんだか嫌な予感がする。
「紫、ちょっと俺見てくる」
「え? 柚月さん?」
「桜、多分恐がってる」
「それってどういう……」
紫はこの距離ではあまり見えないのだろう。俺の目にはしかと見えた。桜の表情が。怯えている様子が。
「先生呼んでおいてくれ!」
「柚月さん!」
俺はそのまま紫の横を駆け出した。
屋上を飛び出し、階段を一つ飛ばしで降りていく。
途中、他の生徒たちとぶつかりそうになったが持ち前の運動能力でどうにか避けながら体育館への道を進む。
「どうにか間に合ってくれよ」
◆
私は従兄弟である、圭吾に連れられ、体育館裏まで来ていた。先ほど、階段でぶつかったのも圭吾であり、紫に連絡を送るように言ったのも圭吾だった。
言うことを聞かないと紫がどうなっても知らないぞ。と脅された形で私はこの男に従うことにした。否、本能的にもう私は従うしかないと思っていた。恐怖していたからだ。私のトラウマを作ったこの男に。
体の震えが止まらない。吐き気がする。気持ち悪い。何も考えられない。
圭吾はここまで道中、私を俯かせながら抱き寄せてここまで連れて来た。きっと他の人からしたら体調の悪そうな彼女を心配しながらどこか休憩できそうなところに連れていくカップルに見えたことだろう。
「ぅぁ……」
圭吾に私は人気がなくなったこの場所で突き飛ばされた。既に私は声を出すことが叶わない状態になっている。
「あれから二年ってのも早いもんだな。お前のおかげで俺はえらい目にあったぞ? おかげでお前を探すのにも一苦労したもんだ」
私は自分の体の震えを抑えるため両手で自身の体を抱きしめる。しかし、一向に震えは止まらない。
「まぁ? 今回は俺一人で来てやったからよ。安心しとけよ。今度はもっといい声出してくれよ?」
ニヤニヤとしながらにじり寄る。
思い出したくもない過去。それがこの男の一言一言で鮮明に思い出される。
「ああああ……あああああ……!!」
いやだいやだいやだ。怖い怖い怖い。やめてやめてやめて。
私は頭を抱える。気が狂いそうになる。
「おいおい、そんな簡単に壊れそうになるなよ。そんなんじゃ、復讐になんないだろ?」
私の恐怖など一切無視して男は詰め寄る。そして私の服に手をかけた。
助けて助けて助けて。
それでも助けはこない。
「たす、け……て」
小さな声で振り絞る。
そもそも誰に助けを求めてたんだっけ? 忘れちゃった……
もういいや……
「誰がお前を助けるんだよ。聞いてるぜ、男性恐怖症だってな。どうせ、学校でも浮いてるんだろ? そんなお前に近づく物好きなんていやしねぇよ」
「っ!」
恐怖でいっぱいだった頭に浮かび上がったのは、そんな私の唯一の男友達、柚月の笑顔。
柚月と初めて出会ったときのことを思い出した。初めは私の勘違いと変な土下座から始まったただの友達関係。それでも嬉しかった。
それから色んな柚月のことを見て来た。そして初めて気づいたこの感情。胸が暖かくなる。恐怖で涙が溢れているのにどうしようもなく、愛しい気持ちになる。なんでさっきまで思い出せなかったんだろう。
そうだ、伝えよう。ちゃんと伝えるんだ。さっき逃げてしまったけど、今度こそ逃げない。トラウマにもちゃんと向き合う。こんな男に負けない。だから……だから少しだけ力を貸して。柚月。
「ほら、もっと叫んでみろよ」
「あ、んたなん……かに」
「ああ?」
「あんたなんかに負けない! 私は絶対に負けないから!!」
「なんだ!? ついにおかしくなっちまったのか?」
「だから、早く来てよ、柚月ーーーーー!!」
私は力の限り叫んだ。先ほどまで声も出せなかったのに、不思議だ。
やっぱり暖かい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます