第69話:文化祭での出来事③

 お祭りというのは人の心を浮つかせるのかもしれない。いつもであれば、言えないことを言えたり、できないことをできるような気持ちにさせる。


「好きか……」


 俺は先ほど、紅姫から告白された。あれが、告白だったかどうか、正式に付き合って欲しいともなんとも言われてないのでわからないが、あの暗闇で聞こえたあの言葉は確かに紅姫が勇気を出していってくれた言葉なのだ。


「どうすりゃいいんだ、これ……」

「あれ? 柚月?」


 中庭のベンチ。すでに十一月に入るということもあり、寒空の下に態々出てきている人などいない。そんな冷たい風は俺に取って火照った頬を冷ますのには丁度良かったのだ。

 そしてそんな俺を見つけて声を掛けにきてくれたのは──桜だった。


「どうしたの、こんなところで?」

「いや、ちょっとぼーっとしてた」

「ふーん? 珍しいね、なんだか」

「そうかな」

「寒っ!」


 桜はそういうと俺の隣に腰を下ろす。寒いなら中に入っていれば良いのに。そう思ったけど、何か俺に用があったのかと思い、言わなかった。


「それで、俺になんか用?」

「なに? 用がなかったら隣座ったらいけないの?」

「い、いや、そういうわけでは……」

「じゃあ、いいじゃない。はい、これコーヒー」


 桜はそういうと缶コーヒーをこちらへ差し出した。


「ああ、ちょうど寒かったんだ。もらっていいのか? ありがとう……って冷た!?」

「ふふ、引っかかった!」


 桜はいたずらな笑みを浮かべた。桜がこちらに渡してきた缶コーヒーは冷たい物だったのだ。てっきり、ホットかと思っていただけに驚いてしまった。


「はい、こっちが暖かいの」


 そういってもう一本、缶コーヒーを差し出す。


「……今度は本当に暖かいんだろうな?」

「さぁ? 自分で確かめてみて?」

「え!?」


 そういうと桜は俺の手を取り、彼女の掌に置いてある缶コーヒーに重ねるように置いた。缶コーヒーを跨いで俺と彼女の手が重なり合う。


「あたたかい」

「でしょ? 私も暖かいよ」


 彼女の笑顔につい、顔をそらしてしまう。なんだか照れ臭くなってしまった。

 隣に座る、桜が俺に若干寄りかかっているようにも感じる。今でこそ忘れそうになるが、桜は男性恐怖症だ。そんな桜とこんな自然なやりとりをしているのは奇跡かもしれない。本当は無理してるのかもだけど。未だ、理由は話してくれないがいつか話してくれる日が来ると信じている。


「ん……落ちつく……」

「っ!」


 俺の肩に桜の頭が乗りかかる。ドギマギしながらも横にいる桜に目をやると目を閉じていている。疲れているのだろうか。

 爽やかなフローラルの香りが、俺の鼻腔をくすぐる。女子っていうのはなんでこう良い匂いがするのか。先程の紅姫との一件もあり、俺は意識せずにはいられなかった。


 なにか話さなくては。そう思い、話題を切り出そうとした時。


「ねぇ、柚月……」

「ど、どうした?」

「私ね……柚月のこと……」


 先に言葉を発したのは桜だった。しかし、この流れはまさか……

 とここで桜のスマホに着信が入る。


「え!? あ……」


 桜はスマホを見て慌てて電話をとった。


「ゆかり? え!? もうそんな時間!? ごめん、すぐにいく! うん、うん……え!? なんで分かったの!? い、いや、別にしてないよ。本当だから! じゃあね、すぐ行くから!」


 相手は紫のようだ。会話を聞いている感じ、出し物のシフトの時間が来たのだろう。何やら焦っているが何か言われたのだろうか。


「ごめん、柚月。私シフトの時間だ。忘れてた……よかったこの後、遊びに来てよ?」

「えっと、三組は何してるんだっけ?」

「お化け屋敷! 定番でしょ? じゃあ、私もういくね!」


 桜は急に立ち上がり、ベンチから立ち上がり校舎の中に入っていった。

 結局桜が何を言いたかったのか、モヤモヤだけが心の中に残った。まさかな……?


 ◆


「いらっしゃいませ! よかったらどうぞ!」


 私は今、クラスの出し物の受付をしています。私のクラスの出し物はベタなことにお化け屋敷です。学生のクオリティで怖いお化け屋敷なんて作ることなんてできないと思いますが、やるからには本気で取り組みました。

 というか、私はそもそもお化け屋敷、というより暗い場所が苦手なのですが……しかしこれを利用しない手はありません。これをチャンスに柚月さんと一緒に入って、リードしてもらうのです。お化け屋敷にハプニングは付き物、私ももう少し大胆になろうと思うのです!


「それにしても桜ちゃん、遅いですね……もう直ぐシフトの時間なのに……はっ!? まさかもしかして柚月さんと一緒にいるとか!? そ、それはいけません!」


 私の危険センサーが反応します。男性恐怖症の桜ちゃんは、男の人ではなぜか柚月さんにだけ心を開いています。不思議です。というより、もしかしなくても彼女は、きっと──桜ちゃん可愛いですからね……私なんか……


 ここで私は頭を左右にブルブルと振ります。

 私も負けていられません。もっと積極的に行かないといけませんね。


「あ、すみません」

「はい、なんでしょうか? 一名様ですか?」


 考え事をしていると、一人の男の人に声をかけられました。制服を着ていますが、当校の生徒ではないようです。茶髪にピアス、チャラい印象を受けます。


「ああ、違います。ごめんなさい」


 じゃあ、何のようでしょうか。もしかしてナンパ? そう思いました。なぜなら先ほどから何度か同じようなことが多発しているからです。声をかけられるのは嬉しいことですが、全てお断りさせていただいています。


「このクラスに東雲さんがいるって聞いたんだけど……?」

「桜ちゃんですか? はい、いますけど……お知り合いですか?」

「まぁ、そんな感じです」


 おっと、私に用があったのではなかったようです。ナンパだとか言ってお恥ずかしいです。

 それにしても桜ちゃんに男の知り合い? ちょっと私は警戒しました。


「って言っても従兄弟なんですけどね。親にちょっと様子を見てこいって言われまして」

「従兄弟ですか……?」

「ほら桜ってあれじゃないですか? だから心配してて……」

「そういうことですか! わかりました。でも、桜ちゃんなら今はシフト外れてますのでここにはいないです。もうちょっとで時間なので戻ってくると思いますが、待ちますか?」


 従兄弟がいるというのは初耳でしたが、心配して来てくれたようなのでそんな人を無下にできません。


「いえ、ご迷惑をおかけしますので。じゃあ、また来ますね。あ、それと桜には俺が来たこと言わないでね。事情が事情なだけに俺怒られちゃうから……」

「そうですか……分かりました」


 確かに桜ちゃんなら余計な心配をって言って怒りそうな気がしました。


「それじゃあ、ありがとう。一ノ瀬さん。また来るよ」

「はい、お待ちしております」


 そういうと桜ちゃんの従兄弟はいなくなってしまいました。それにしても彼の名前を聞いていませんでしたね。なんだったのでしょう。


「あ、もうこんな時間です。桜ちゃんに電話しなくては! きっと柚月さんといるに違いありません!」


 私は些細な疑問などすぐに忘れ、桜ちゃんに電話しました。


「もしもし、桜ちゃん。シフトの時間ですよ? もしかして柚月さんと一緒にいましたか? やっぱり……ぬ、抜け駆けはしてないですか? 本当ですか……? 分かりました、すぐに来てくださいね」


 私は桜ちゃんとの電話を切り、彼女がくるまでもうしばらく、待っていました。やっぱり柚月さんといましたか。油断も隙もありませんね。後、従兄弟さんのことは本当に言わなくてよかったでしょうか。そういえば……


「私、彼に名前を名乗りましたっけ……?」

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