第68話:文化祭での出来事②
クラスでの出し物のシフトが交代となり、俺は教室を出て、隣のクラスを見にきていた。二年五組。そのクラスは、紅姫のクラスでもあり、クロエのクラスでもある。
クロエとはあれから会っておらず、様子を見にきたというわけだ。
「お? 柚月じゃん。うちのクラスの見にきてくれたのか?」
「ああ、紅姫。ちょっとな。クロエ……じゃない、佐藤さんいるか?」
「佐藤さん? いや、見てないな。それより、うちの出し物を見にきたんじゃないのかよ」
教室の前で受付をしていた紅姫が俺が出し物を見にきたわけでないことに少しむくれていた。
紅姫は椅子に座りながら、足を伸ばし、自分の髪を指でクルクルと巻きながらつまらなさそうにする。
「まぁ、でもお前ら練習あんだもんな。どうなんだ、調子は?」
「調子も何も、ちょっと前から全然練習できてなくてな……」
「ん? どういうことだ?」
「いや、実は──」
俺は、ことの経緯を紅姫に話した。衣装を買いに行った時の森崎と相坂とのやりとりをだ。
「森崎か……」
「仲良いのか?」
「はぁ? なんでだよ?」
「いや、森崎もギャルだし……?」
「なんでそうなんだよ! あたしは別に仲良くなんかねぇよ! あたしは普通にこういうファッションが好きなだけだし……ああいうノリは苦手なの!」
そうだったのか。ここにきて知った事実。見た目も言葉遣いとかも結構ギャルだが、本人は別にそんなつもりはなかったらしい。
「それにしても練習できてないんだったらマズイじゃねぇの? 本番明日だろ? こんなところで油売ってて良いのか?」
「うーん、とはいえ来てないんだったらどうしようもないしな……連絡したけど、気にしないで、大丈夫だからって返ってきてたし。心配ではあるけど、やっぱりクロエ……佐藤さんを信じるしかないかな」
「ふーん、信頼してるんだ」
なんだか、紅姫が少し羨ましそうな目でこちらを見ていた。別に信頼とかそういうんじゃないけど、なんとなく。クロエなら大丈夫な気がするってだけだ。これもなんの根拠もないんだけどな。
「それならさっ! 一緒にうちのクラスのやつ回ろうよ!」
「え? 紅姫、受付は?」
「ちょっと、待ってて!」
そういうと紅姫は自分のクラスの中へ入っていく。そしてしばらくして戻ってきた。
「変わってくれるってさ! それじゃあ、次の組みは後、5分後に入れるから入るぞ!」
というわけで俺は紅姫のクラスの出し物に参加することになった。
ちなみに紅姫のクラスではプラネタリウムとやっているらしい。
そして5分後、俺と紅姫は開かれた教室のドアに垂れ下がる暗幕を潜り中へ入った。
「へへ、よし! いくぞ!」
「べ、紅姫!?」
「なんだよ?」
「引っ付きすぎでは?」
「だって、暗いんだし、このくらい普通だろ? いくぞ!」
先ほどの茜や橙火に引き続き、紅姫までもが俺の腕を取って引っ付いてきたのだ。
だからむ、胸が当たってるんだってば。や、柔らかい。
これ最近の流行なのか? 疑問に思ったが口には出さなかった。
そして俺たちは案内されるがままに用意された簡易のシートに寝転がった。
か、カップルシートなの!?
どうやらここは、普通の椅子に座るのではなく、軽いリクライニングが付いた席に二人一組で寝転がるらしい。どこでこんなシート手に入れたんだよとツッコミたくなった。
周りの人のことも気になり、軽く見渡してみると、そこはカップルばかりだったように思う。みんな暗闇のせいなのか、周りも気にぜず、隣同士の男女でイチャイチャと乳繰り合っているように見える。
すてーたすによって強化された俺の視力は夜目でもよく見えるので、こういう時に困る。
「どうしたんだ? 柚月?」
「あ、いや、別に……」
「ん? まあいいや。あ、もうそろそろ投影が始まるぞ?」
紅姫の声と共に、光が空に向かって伸びる。そして真っ暗な教室内に億千の星々が映し出された。
「おお……」
「へへ、すげぇだろ? あたしも手伝ったんだ」
なんだこれ……クオリティ高くない? 億千は言い過ぎだが、それでも十分に素晴らしい見栄えだ。普通にすごい。
学生の手作りとはいえ、こんな綺麗な光を男女で見たらそりゃ、ロマンチックな気分になるだろう。
俺にもそんな相手がいたならな……
あれ? 俺って、今、紅姫と見てるよな? なんかドキドキしてきた……
俺は隣にいる紅姫にバレないようにギリギリの角度で首を傾けて紅姫の様子を伺う。
薄暗い中の淡い光に照らされ、宙を見上げる紅姫は、すごく可愛かった。
あ、これダメなやつ。意識し出したら、なんだか心臓の鼓動が早くなってきたぞ!?
「え!? あ!? べ、紅姫!?」
そんな心境の俺に紅姫からの驚きの行動に少し、声が出てしまった。
そう、紅姫が俺の左手を軽く、握っているのだ。
「な、なんだよ?」
「い、いや手……」
「べ、別に手くらいいいだろ……?」
周りの人たちに聞こえないくらいの小さな声量で紅姫と話し合う。手くらいいいってどういうことだ!?
頭の中が俺は軽くパニックになっていた。
もう星とかそれどころじゃなくなってきたぞ……
そしていつの間にか、先ほど初めに見ていた夏の大三角が大きく移動し、教室の端にあった。
「……」
「……」
お互い無言で星々を見つめる。
ゆっくりと流れていく星。そして握られた手。喧しい心臓の鼓動。不思議な空間だった。周りの方も意識してみれば、みんな宙を舞う星々を指差しながら秘密の会話に勤しんでいる。
「なぁ、柚月」
「な、なんだ?」
未だ、握られたままの手。紅姫に声を掛けられてキョドッてしまう。
「ゆ、柚月はさ。好きな人いるのか?」
「っ!?」
突然予想外の質問に脳が誤作動を起こしそうになる。俺の有り余った握力であやうく、紅姫の手を握り潰すところだった。危ない。
「い、いないけど……」
「そっか……」
「……」
「……」
2度目の沈黙。
……どういうことだ……? なんで紅姫が俺の好きな人を知りたい……? いや、いくら鈍感な俺でも分かる。これってもしかして……いや、まさかな? まさか紅姫が俺のことを好きなんてあるはずが……
「あたし、柚月のこと好きかも」
「……?」
そんなわけないよね。ないない。今までモテなかったのに紅姫みたいな可愛い子が俺のことを好きなんてあるはずがないべ……あれ、今なんて言った? 好き?
「……え? 今なんて……?」
「柚月のこと好きって言ったんだよ!」
俺の手が強く握られた。痛い。
小さな声で叫ぶという器用なことやってのけた紅姫は恥ずかしそうに、投げやりにそう言った。
そしてその後、すぐにプラネタリウムの投影は終わってしまい、変な空気のまま俺たちは教室を出た。
「な、なあ。紅姫。さっきの……」
「ああ、もう何回も言うなよ! あたしだって恥ずかしいんだからな! もう行くから! じゃあな!」
紅姫は顔を真っ赤に染めながら俺に背を向けて歩き始めた。俺はその背中をぼーっと見つめていた。
え……? これマジなの? 俺、告白された?
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