第65話:昔の自分とクロエ「イテッ」

 トンテンカン。トンテンカン。


 我が、2年4組の教室では軽快なリズムでトンカチが何かを打ち付ける音が響いている。周りからはワイワイと楽しそうな声とともに。


 先日から学園祭準備期間に入った、うちの高校は、クラスごとに出し物を決め合い、それに向けた準備を行っていた。


 ベタなことにうちのクラスは喫茶店をやるらしい。ベタ中のベタである。近頃は衛生云々うるさいので出せる料理や食べ物は限られているのだが、飲食店のない学園祭などクリスマスのない冬みたいなものだ。


 え? イマイチわからない? 俺もわからん。


 しかもうちの出す喫茶店はそれもまたベタなことにメイド喫茶をやるらしい。男子ならばメイド喫茶と聞けばテンションが上がること間違いなしだろうが、このクラスの男子は基本的にみんなテンションが下がっている。


 なぜならば、メイド服を着るのはであって、女子ではないからだ。何が悲しくて、男でメイド服を着ねばならん。


 その代わり女子がするのは、男装、執事服などを切る。

 ただ、喫茶店やるだけじゃつまらないでしょ? 女子の誰かがそう言ったことが発端であった。


 意外なことに他の女子もみんなノリノリで男子たちはその女子の勢いに逆らうことができなかったのだ。


 そう言うわけで我がクラスの出し物はメイド喫茶&執事喫茶に決まった。


 クラスではどんな料理を出すかや、教室の内装などを考えたり、作ったりなどをしている。


 しかし、俺はそのどれもを免除されていた。


 なぜなら──


「いつまでそうしているのかしら? 早く練習するわよ」


 俺は、クロエこと、佐藤瑠璃と一緒にミスコンに出ることになったからである。ここでいうミスとはミスター&ミスの略なので何も女子だけが出るものではない。


 ペアで出るのだ。

 出場したカップルでこの学校の代表に相応しい二人を決める。審査基準は生徒からの投票と教師からの投票。その合計値となる。


 ミスコンというくらいだから何かをアピールする必要がある。


 ここで審査内容の話になるが、全ペアが必ず行わなければならない共通の項目が一つある。

 それがダンス。カップルはダンスをどれでもいいから一つ踊らなくてはならないのだ。ダンスと言っても色んな種類があるが、そこは踊れればワルツであろうとタンゴであろうとストリートダンスでも、なんでも構わないようであった。ようはいかにカップルの息が揃い、美しく優雅に舞い、観客を魅了することができるかが争点となる。


「ちょっと、クロエさん。足踏むのやめてもらえませんか?」


「あら? ここに丁度踏みやすそうな台があったから、つい乗せてみたくなってしまったわ」


 全く反省する素振りのないクロエ。その表情は未だ、前髪で隠れてわからない。だけど、きっと意地の悪く笑っているのだと予想される。


 先ほどからずっとクロエと手を繋いで、前へ、後ろへ、揺れるように踊っている。いや、踊っているなどと言うのはおこがましいな。


 実を言うと先ほどから足を踏まれまくっている。一回や二回どころではない。


「イテッ」


 これで二十八回目である。

 なんと、クロエさん。


 びっくりするくらい運動神経がない。

 本当に。どうやって生きてきたの? と思えるほどである。


 あの日。クロエが息巻いて参加表明をした時に、「あなた、ダンスは得意?」なんて言うもんだからてっきり教えてくれるもんかと思っていましたよ。


「なぁ?」


「何かしら? もう弱音? 案外根性がないのね」


 このやろうっ!

 口を開けば憎まれ口が飛んでくる。俺が反論しようものなら、その3倍返しで俺に返ってくるのだ。


「あのさ、結局その格好はやめないのか?」


 そういえば、と俺は切り出した。俺はこの準備期間が始まってからずっとクロエと一緒にダンスの練習をしている。てっきり、俺はその不自然なを取って、メガネも外すもんだと思っていたのだが。


「いやよ。私が本当の姿を晒してしまったら、興奮を抑えきれなくなったあなたに襲われてしまうもの」


 ああ言えば、こう言う。これがクロエってやつだ。どうやらクロエは今の格好のままでいるらしい。


「もしかして、本番もその格好か?」


「さぁ? 私結構、この格好気に入ってるの」


 今の格好が悪いとは言わないが、やはり本当の彼女の姿に比べると地味である。それにとびっきりダンスが上手いわけでもないので、どうやってあいつらを見返すのだろうか。


 まぁ俺にできることは精一杯、やると決めた彼女を手伝うことくらいか。俺のすてーたすを使って、どこまで彼女をサポートできるか、やるしかない。


「よし、もういっちょ踊んぞ」


「お手柔らかに頼むわ」





 それからまた、一時間ほど、足を踏まれながらもステップを刻み続けた。


「ふぅ。ここら辺で休憩にしましょ」


「ああ」


 ガララ。


 ようやく、休憩と思ったところで突如、俺たちが使っていた空き教室のドアが開けられた。


「アッハハハハハハハハ。見てたよ! 何あのヘッタクソなダンス。ウケるんですけど。そんなんじゃ藍香たちが圧勝だね〜。あれだけ啖呵切ったくせにダッサ〜。時東くんも可愛そうに。こんな地味でブスな女の相手役をやらされるなんてね〜? どうせアンタなんて何やったって何もできないよ。何も持ってないし、そんなアンタのことなんて誰も見てないから。まっ、本番楽しみにしてるよ。精々頑張ってね〜。バイバ〜イ」


 まるで嵐のように過ぎ去った、森崎藍香は分かりやすくこちらを煽るだけ煽って行った。


 まるで彼女がマシンガンのように言葉を繰り出す途中、文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、クロエに視線で止められた。


「なんで、止めたんだ? あそこまで言われたらムカつかないか?」


「別にどうってことないわ。精々言わせておけばいいのよ」


 どこか釈然としないモヤモヤな気持ちが俺の中に残る。友達が嫌なことを言われたら誰でもそれだけで不快になるが、俺の中にはそれ以上の何かがあった。


 なんでこんな気持ちになる? 考えれば考えるほど沼のように沈んでいく。そして一つの答えにたどり着く。


 そうだ。似ているからだ。彼女は俺に似ている。すてーたすを手に入れる前の俺に。まるで昔の自分が言われているように感じた。何もできない、何も持っていない、誰も見ていない。あの言葉は俺に深く突き刺さった。


「まぁ、あの子の言う通りよ。私は何もできないし、何も持っていないわ」


 少し、覇気のない声で俯き、そう呟く。


 俺と似ている。そう思ったけど、やっぱり違うと思う。クロエは俺と違って素晴らしい容姿を持っている。容姿を褒めるなんてチープなことしたくはないが、事実、それだって十分に才能の一つだ。

 それ以外にも俺は彼女の優しさを知っているつもりだ。この準備期間で憎まれ口を叩きながらも俺への気遣いは何一つ忘れていなかった。


 何より、しっかり自分でやると決めたことに向かって頑張っている。そんなクロエを馬鹿にした森崎に怒りを感じた。


「なぁ、やっぱり、その格好やめないか?」


 それだけで周りの連中の態度は変わると思うんだ。


「......私は本当の私を誰にも見せるつもりはないわ」


 寂しそうな顔でそう言うクロエ。クロエからの返事はNOだった。


 ただ......それではなぜ、図書館での姿と今の姿。俺には見せたんだろうか。考えてもわからなかった。


 ウジウジ考えても始まらない! とりあえず今は練習しまくる。それしかないのだ。


「じゃあ、もういっちょがんばろうぜ!」


 俺はクロエを元気付けるために努めて明るく声を掛けた。


「ええ」


 それから一時間、俺は二十一回ほど足を踏まれ続けた。

 俺、明日歩けるかな......


 最後の最後、別れ際に小さく、「ごめんなさい」と聞こえた。それだけで明日も歩けるような気がした。



 少し、元気のなかったクロエ。

 だが、翌日。



「放課後、デートに行きましょう」


 またしても不気味な笑顔と一緒にそう誘われたのだった。



─────


クロエさんが頑なに本当の姿を隠す理由......なんでしょうか。

それに柚月にだけ見せた理由も.......



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