第64話:参加表明「クロエでいいわ」

 突如として、相坂に指名された少女、クロエは固まっていた。周りの視線も一気に彼女に集中している。


 彼女はそんな周囲の様子に少し、眉を顰めていた。


「あれって佐藤さんだよね?」

「ぶっ、あんなのと組まされたら絶対に勝てないよね。時東くんだっけ?」

「あいつ最近調子乗ってたし、いい気味だな。佐藤と組んだらあいつも大恥だぜ」

「間違いないな! あはははは」


 口々と周りから嘲笑が聞こえる。非常に居心地が良くない。俺に向けられるものに関しては別に全然どうってことない。だけど、突然巻き込まれた彼女が思っても見ない攻撃を受けるのは耐えがたいものがあった。


「やっほー、スカイくん! 絶対優勝しようね!」


「藍香! ああ、もちろん。俺たちなら余裕だな。まぁ精々頑張れよ、時東。お前だけだったらどうにかなったかもしれないが、これはペア戦だからな。あんな芋臭そうな女とだったら間違いなく大恥だな。俺だったら出ないわ!」


「そうね、あんなのと組むなんてかわいそー!」


 ギャハハと笑う、相坂とその取り巻きたち。まるで品性のかけらもない。

 それに指名したのが自分で、参加しろと言ったのも自分であることも忘れたのか、と突っ込んでやりたいところであったが、今はそれどころでない。


「クロエ」


「あっ」


 俺はクロエの手を取ってその場からいち早く離れた。後ろから俺たちを追撃する相坂の声が聞こえたが、それを振り切って俺はクロエを連れて人気のない空き教室へ連れて行った。




「......それで私はこれからあなたに襲われてしまうのかしら?」


 第一声がそれかよ、と思ったが口にはしない。今の彼女はいつもの人を食った態度ではなく、どこか無理をしている様に感じられた。


「悪い。俺のせいで、変な風に注目浴びちまって。ああいうの苦手なんだろ?」


 クロエがなぜ今のような地味な格好をしているか、考えてみれば分かる。目立ちたくないのだ。目立ちたくない理由までは分からないが、彼女の図書館であった姿を見れば、周りが放っておくはずもない。まさしく、天地がひっくり返るほどの容姿だ。

 まぁ、どちらが本当のクロエの姿なのかは俺には分からないが。


「......そうね。あまり得意じゃないわ。正直に言わせてもらえば、これ以上にないくらい不快だった」


「いつもああなのか?」


「ああ、森崎さんのこと? そうね。いつも私のことを小バカにしたような態度を取ってくるわ。まぁ、いつもなら羽虫が泣いているようにしか思わないのだけれど」


 森崎というのは藍香と呼ばれた相坂のペアの名字だ。性格が悪いという噂はあながち間違いでもなかったらしい。


「流石に、あんな大勢に注目されるのは少し......疲れたわ」


 そう言って前髪で隠れて表情が分からないクロエは、自嘲気味に笑った。


「でも、普段は今の格好してないんだろ? 図書館の時の姿でいれば嘘でも地味とか言われないと思うけど。なんでなんだ?」


 俺は彼女がそれを隠していると分かっていて態と聞いた。


「もし、私があの時と同じ格好で学校へ来ていたとしたら、どうなると思う?」


 質問に質問で返す、クロエ。

 どうなるかって? そんなの決まってるだろ。


「めちゃくちゃモテる」


「当たりよ」


「少しは謙虚という言葉を知らんのか」


 俺はさも当然とばかりに答える彼女につい、ツッコんでしまった。


「何を謙虚になる必要があるのかしら。当然のことよ。私は自分の容姿がどういうものか、第三者目線でしっかりと判断できているわ。私、かわいいもの」


 かわいいというより美人。そう答えたかったが、どちらも今の場合、大した違いはないのであえて言い直しはしない。


「それでもあんなにバカにされて嫌にならないか?」


「別に普通よ。確かにさっきみたいに注目されることは好ましくないけれど、バカにされるくらいで平穏が保てるなら悪くないわ」


 この場合の彼女についての平穏を考える。やっぱり目立ちたくない。それに尽きると思う。


「なんでそこまで自分の本当の姿を晒すのが嫌なんだ? 今の姿が本当って言うんなら仕方ないけど、そうじゃないんだろう?」


 俺は彼女が目立ちたくないということの核心について触れる。興味本位ともとれなくはないが、彼女のことをもう少し知りたくなったというのは事実だ。


「単純に面倒なだけよ」


 人は良くも悪くも容姿で判断する。第一印象なら尚更。俺もすてーたすを手に入れるまで、どういう風に見られていたか分かっているつもりだ。手に入れてからも。やはり、今の方が印象としてはかなりいいだろう。


 それなのに、頑なに彼女は、否定する。そこには、彼女にしか分からない苦悩があるのだろうと思った。


「分かったよ、もう聞かない」


「そうしてもらえると助かるわ。私もこれ以上答えようがないもの。それで私は結局、今から襲われてしまうのかしら?」


「いや、今の流れでなんでそうなるんだよ......それにしてもどうするんだ、ミスコン。俺に巻き込まれただけなんだから出る必要ないけどさ」


「当然よ。出るつもりはないわ」


「だろうな。じゃあ、相坂には俺から断っておくから」


「そうしてもらえると助かるわ」


 彼女はそう言って空き教室から出ようとする。


「もういくのか?」


「何言ってるの? もう昼休みは終わる時間よ?」


 クロエは少し、俺を小バカにしたようにそう答えた。


「あ、そうか......最後に一つ。佐藤って名字?」


「......はぁ。私の名前は佐藤瑠璃。クロエなんて名前ではないわ」


 お前がそう名乗ったんやないかい!!


 俺は会話の中で少しずつ、彼女がいつもの彼女らしい態度に戻ってきたことを実感した。


「じゃあ、なんて呼べば.....?」


「クロエでいいわ」


 結局かい。

 クロエはそう言うとゆっくりと教室から出て行った。




 ◆



「ペアを変えてくれ? ダメだ。お前は、俺との勝負に負けたんだ。なんでお前の言うことを聞かねえといけねぇんだ?」


 あのテスト勝負から数日。俺は相坂にペアを替えてもらうように説得にきていた。


「本人が乗り気じゃないんだ。納得してならいいけど、無理強いは良くないだろ」


「とは言っても、既に参加申し込みの方は、時東とあの芋女......佐藤だったか? その名前で俺が出したからな。今更変えられねぇぞ。それに乗り気じゃないっていうのはあまり気にしなくてもいいぜ。多分、だろうからよ」


 ちゃっかり参加申し込みを出していることは置いておいて。


「......どういうことだ?」


「さぁ。まあ精々あの芋女によろしく伝えといてくれ」


 そういうと相坂は廊下を歩き去っていく。


 クロエに何て言えばいい? ちゃんと断っておくから!! って言っといてこの様よ。笑えよ。


 ああ、紫たちにもなんて言おうか。

 俺は相坂と会話する前の情景を思い出した。



 ***



「ずるいですっ! 私も柚月さんとミスコン出たかったです!」


「そうだよ。一言くらい相談してくれててもよかったのに......」


「いやいや、俺だって急に決められたんだからな? それに出るつもりなんてなかったし......」


 俺は紫と桜に詰められていた。

 やはり、相坂と同じクラスだからか情報が回るのは早かった様だ。それでなくてもあの順位発表の場にいたものなら誰でも知っている情報だ。


「ぅぅぅ......」


 紫が声にならない様子で唸っている。というか俺とそんなに出たかったの?


「それに佐藤さんだっけ? 五組の。その子大丈夫なの? あんまりミスコンに出るようなタイプじゃないって聞いたけど。勝手に決められたんでしょ?」


「ああ、だから。相坂にはペアを替えてくれって頼むつもりだ」


「そう簡単に行かなそうだよね......」


「それじゃあ、是非私に交代を!」


「あ、紫!」


「あ、ああ。考えておくよ!じゃあな!」


 紫たちが身を乗り出してきたことにやや危機感を感じたところでその場から脱した。


 その後、同じ様なことが橙火や紅姫ともあったのだ。


 そして水原さんにも言われてしまった。


「そっか......残念。私、柚月と出たかったなぁ」


 寂しげな表情だった。


 ***


 あんな表情で言われたら大抵の男子は落ちる。間違いなく。俺じゃなければ危なかったはずだ。


「それにしてもどうしたのものか......? ん? クロエ?」


 放課後の廊下。相坂と別れてどうするかを考えていると目の前にクロエが現れた。


「ちょっといいかしら?」


 そしてそのまま、以前俺が連れ込んだように空き教室へ入った。



「それでどうしたんだ?」


「ミスコン、参加するわ」


 突然の告白。愛の、ではない。

 180度意見が変わったことが気になった。それに先ほど、相坂が言っていたことも。


「なんで急に?」


「もう、私の平穏を保てそうになくなったからかしら。森崎さんに脅されてしまったわ。参加しなかったら、クラスでイジメるとね」


 ずいぶん幼稚的な発言だな。もっと......?


「まぁ、直接イジメるとは言われてないけれど、それに近しいことは言われてしまったわ。別に無視とかくらいなら構わないけれど、さすがにこれ以上、ノートや筆記用具がなくなってしまったら私も困ってしまうわ」


 既に実害が出ている様な口ぶりであった。


「それに私にとって、一番許されないことを彼女はしてしまったわ。だから、この際、徹底的に潰そうかと思うの」


 相変わらず、表情の見えないその顔でニヤリと笑うとかなり不気味に見えた。そしてかなり物騒なことを言っている。よっぽど許せないことをされたのだろう。


 クロエがここまで感情を表に出すなんて珍しいことだと思った。それほどクロエと親交があって彼女のことを知っているわけではないんだけどね。


「だから、あなたにも協力してもらうわ。よろしくね、時東君」


 うーん、まあ結果オーライ? やる気を出してくれたことは喜ぶべきことだが、本当にいいのだろうか。


「それで相談なんだけど......あなた、ダンスは得意?」


「......はい?」



─────


さて、結局のところ、クロエと参加することになってしまいましたね。

結構、クロエとのやりとりはお気に入り。

紫たちに再び、どう言い訳するのか見ものです。



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