第66話:影の努力「いい加減しろよ、お前ら!」
授業が終わり、放課後を迎えた翌日。
クラスのみんなは準備に精を出しているので、手伝えないことを少し、申し訳なく感じた。
しかし、クラスのみんな嬉しいことに俺のことを応援してくれていた。
「気にすんなって。ただ、優勝した時はお礼期待しているからな?」
「そういうこと。負けたらただじゃおかないから。アイツ私のことも口説いてきて本当にキモかったんだから」
「うーん、柚月がいないのはやっぱりちょっと寂しいかな? 私も付いていこうかなー?」
「まぁ、こっちのことは気にせず、いっておいでよ。頑張ってね」
上から、白斗、橙火、水原さん、桃太と俺と仲の良いやつらがそう言ってくれた。特に橙火や水原さんがクラスのみんなに言えば、みんなも文句を言わず応援してくれることになったのだ。
このクラスでも大分、俺の印象も変わったと感じた。もちろん、良い方向にだ。
ただ、荻野も何も文句を言わなかったことが意外だった。最近、彼、影薄いしね。こんなこと言ったらさすがに怒るか......
そして放課後、俺はショッピングモールへ来ていた。一度、家に帰るのも面倒だったので制服のまま来ている。
クロエにはデートをと言われていたが、その実、コンテストに出るのに必要なものを買いに来ただけである。
クロエのドレスに俺のダンス用の衣装も買わなくてはいけない。太っ腹なことにこの辺は学園からお金が出る。上限は決まっているが、特別高いものを買わなければ十分に足りる金額であった。
クロエとは、ショッピングモールで待ち合わせをしている。同じ学校なのだから一緒に行けばいいのにと言ったのに、拒否されてしまった。なんでも一度、家に帰ってからくるらしい。
「待たせてしまったかしら。ごめんなさい」
そうして、待ち合わせ場所、ショッピングモールの北入口で待っていると、声を掛けられた。
予定より10分の遅刻。いつもならそんなこと気にしないが、いつもクロエにからかわれているので意趣返しの意味も込めて、ちょっと悪態をついてやろう、そ思って振り返った。
「ッ!?」
絶句。
そこにはいつものウィッグに目元を隠した長い髪も、分厚いレンズの入った瓶底メガネ姿でもなかった。
そこにはあの日、図書館で出会ったような、大人っぽい服装にありのままの彼女の姿があった。
「あら? どうしたの? まさか、遅刻した私にいつもの仕返しに文句の一つでも言ってやろうとしたけど、いつも地味な格好じゃなくて、あまりに綺麗だったため言葉も出なくなったってわけじゃないかしら?」
こいつ、俺の心でも読んでんのか。全く以って正解だ、コンチクショウ。
度肝を抜かれてしまった。久しぶりに見たその姿はいつもクロエと同一人物とは思えないほどの色気を放っている。
久しぶりに見た青い瞳。吸い込まれそうなくらい綺麗だった。
心臓に悪い。
「さぁ、行きましょうか。遅れてしまってごめんなさい」
結局、いつも通りクロエにからかわれることになったが、遅刻については謝ってくれたのでこれ以上は何も言わなかった。そして少し、歩き方がぎこちないことが気になった。
そうして俺たちは目的の専門店に向かう。その際、わざとか、またからかっているのか知らないが、クロエが俺の腕に抱きついてきて気が気ではなかった。
ようやく、というべきか本番で使う衣装を買い終わった、俺とクロエ。俺の衣装はさっと決まったんだが、クロエのドレスは何回も何回も試着を繰り返した。おかげでくたびれちまったよ。女子の買い物ってなんでこう長いんだろうな。不思議だ。
そうして目的のものを買い終えたので、俺たちはカフェで休憩することになった。直に夕ご飯の時間だと言うのに、クロエは胸焼けしそうなくらい生クリームの乗ったパンケーキをパクリと平らげていた。
食べている途中も相変わらず、俺はクロエにからかわれていた。
「あら? そんなに見つめてどうしたの? もしかしてほしいのかしら?」
「い、いや別に。よくそんな甘いの食べられるな。それにしても意外だ」
「私はこういうのを食べないと思った? 私だって甘いものくらい食べるわ。よかったら一口食べる?」
「え?」
クロエが先ほどまで食べていたフォークで切り取ったパンケーキをこちらに差し出してくる。
これって間接キスじゃ......なんて今時の中学生でも気にしないようなことを考える。
しかし、その差し出された手をよく見ると手にはいくつかの絆創膏が貼られていた。怪我でもしたのだろうか。
「早く。食べないのかしら」
「じゃ、じゃあ、遠慮なく」
手のことは気にしないことにして少し、ドキドキしながら口をあーんと開け、差し出されたパンケーキに近づく。
パクリ。
そんな効果音がなりそうな音とともにパンケーキを口にほうばる。クロエが。
「......」
「あら? 本当にもらえると思った? 私が甘いものを他の人にあげるはずないじゃない。それともまさか、私と間接キスできなくって残念に思ってるのかしら?」
「うっせえやい!」
完全にバカにされているぜ、このやろう。俺の知っているやつの中で腹黒選手権を開催すれば間違いなくこいつが1位である。
「はぁ、それより......んぐぅ!?」
ため息混じりに口を開いた瞬間の不意打ち。俺はクロエに先ほどもらえなかったパンケーキを今度こそ、食べることができた。というか、押し込まれた。
「......」
「どう? おいしいかしら? それともやっぱり私と間接キスしたことが気になる?」
「へいへい」
なんか逐一反応するのが疲れてしまった。こいつは俺のことをからかってその一挙一動を楽しんでいるみたいだ。
「ふぅ、時東くんをからかったところでちょっと、失礼するわ。すぐ戻ってくるから待っててくれるかしら」
そう言うとクロエは小さな鞄を持って立ち上がった。
「何か用事ごと?」
「......ふぅ。あなたは察するということが苦手なのかしら。デリカシーがないのね。まぁ、いいわ。お手洗いに行ってくるわ」
クロエはそのままカフェから出て行ってしまった。
デリカシーがない。言われてしまった。いや、トイレくらい普通に行くって言えばよくない!? そんなにダメ!?
そうして一人カフェに取り残されていると。
「あっれ〜? 時東くんじゃない?」
「こんなとこでなにしてやがんだ、時東?」
俺に声を掛けてきたのは、相坂とそのペアになる、森崎さんだった。相坂もそうだが、森崎さんにはあまり良い印象はない。前日、クロエをあれだけバカにしていたからだ。
「ああ、お前も衣装を買いに来たのか。まあ、どんな衣装を買おうとお前らは勝てないけどな。聞いたぜ、お前のペアの地味女。ダンスくっそ下手なんだってな」
「そうなんだよ、スカイくん! 本当に笑えるくらい下手なんだよ。スカイくんにも見せてあげたいくらい」
「お前らな......」
俺は反論をしようと口を開けた。しかし、悪口は続く。
「ほんっと無駄だよね〜。見た目もブッサイクだしさ。昨日も私見ちゃったんだよね、夜に公園で一人練習してるの。一瞬、下手すぎて不審者が暴れてるのかと思ったよ! 何回も転けてたし。そんなに下手なんだったらどうせ頑張ったって無駄な努力なのにね。あ〜それにしても今、思い出しても笑える。時東くん恥掻く前に辞退した方がいいんじゃない?」
「うーわ、ますます見たくなったわ。今度見たら録画しといてくれよ。ブスがどんなに頑張ったって無駄なんよなぁ。まあ辞退は無理だ、俺の命令だからな」
「あ、そっか! はははは」
一人で頑張ってた? クロエが? だからあんなに歩き方もおかしかったのか。手もおそらくだが、転けた時に手をついて怪我をしたのだろう。なにやってんだか......
しかし、もう聞いてられん。
「いい加減しろよ、お前ら!」
「んだよ? いきなり」
「もうびっくりするじゃない。いきなり大きい声出さないでよ」
「クロエだって......あいつだって、あいつなりに頑張ってるだろうが! 確かにあいつはダンスが下手で、運動神経が悪いのかもしれない。だけど、無駄な努力だって? そんなわけあるかよ。努力に無駄なんて絶対ねえ! お前らがあいつの何を知ってんだよ! あいつのことわかったように語んじゃねえ!」
「っち」
「す、スカイくん。もう行こ」
相坂と森崎は周りの視線が気になったのか、舌打ちをして出て行った。
「ふぅ」
思わず、言ってしまった。
あいつの何を知ってる? あいつのことを分かったように語る?
それは俺のことだろうよ。俺もあいつのこと何にも知らないのに、あいつが影で頑張っていることをバカにされたら、我慢できなかった。
やっぱり、ちょっと似てんのかもな。
「時東くん」
不意に呼ばれた。
「お、おお。おかえり」
帰ってきたクロエに平静を装って答える。さっきのやりとり聞いてなかった......よな?
「ごめんなさい、私、用事ができたから帰るわ。それに、ごめんなさい。学園祭当日まで私、用事であなたとは一緒に練習できそうにないわ。ぶっつけ本番になってしまうけど、練習はしておくから。それじゃあ」
「え? あ、おい!」
クロエはそう言うと今日買ったドレスを持って行ってしまった。
やっぱり、聞かれてたのかな。
そうして、俺はクロエと一度も合わせの練習をすることなく、本番当日を迎えた。
──────
さて、合わせの練習もなしにぶっつけ本番。これは柚月にとっても難しい戦いとなるでしょう!
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