第62話:大勝負の前の小勝負「そりゃ!」
両方からやけに圧迫感を感じる。ファミレスのソファ席は対面を合わせて最大6名、オススメは4名で座る様に設計されているらしい。
だから片側の方に3名座れないことはないのだが、やはり快適さが2名の時に比べると劣ってしまう。
なにが言いたいかというと......狭くありません、二人とも?
確かに男が3名であれば、結構狭いだろう。しかし、俺の両隣は女性。しかも、どちらも体格が大きいとは言い難い。いや、とある部分はかなりは大きいんですけど。
なのに、やたら狭く感じてしまうのはなぜだろうか。詰めすぎじゃない?
紫さん、桜さん。あなたたちの横、少しスペース余ってませんか?それに何か柔らかいものを押し当てられていて気が気ではない。
「どうしましたか?柚月さん?」
「どうしたの?」
軽く目で訴えてみたが、返ってきたのは素敵な笑顔であった。
この感触......喜んでいいのか......迷いどころであった。
「それにしても、東雲が男とねぇ......」
「何?」
「い、いや......(俺と柚月で態度違いすぎだろ......)」
白斗が桜のことを少しいじると返ってきたのは強烈な睨みだった。その後、ボソリと何かを呟いたが聞き取れなかった。
「それにしても皆さん、何の話をしてたんですか?」
「ああ、それは柚月が受けか、攻めかの話をだな......あだっ!」
白斗がまたしてもふざけたことを言いそうになったところを横にいた桃太が俺の代わりにどついてくれた。ナイス。
「受け?攻め?」
ほれみろ。純粋な紫さんが疑問符を浮かべているではないか!
「なんでもないよ。柚月が相坂くんだっけ?モデルの。彼とのテストの勝負勝ったら何を命令するかって話をしていただけだよ」
桃太が俺の代わりにニコニコと話を進めてくれた。
しかし、そのことを聞いて紫の顔が少し曇った気がした。
「そんなの決まってる!金輪際、紫に近づけさせないんだから!」
そして桜は急に大きな声で宣言した。まぁ、二人からしたら相坂はいい印象をもってないということは確かだ。桜は紫の親友でもあるわけだし、親友が害をなされて怒る気持ちも分かる。
「勝負するの俺だからな?命令権も俺だけど......まぁ、でもなんでそんなに紫のことに執着するんだろうな。紫、何か身に覚えあるか?」
「いえ......なんだか、転校してきた日から私のことを嫌っている感じでしたので、その原因はわかりません......」
しかし、イケメンでモデルまでやってファンクラブまであってそこまで紫に執着する理由が分からなかった。俺が勝ったらそれを聞いてみるのも一つかもしれないと思った。
そうして俺たちはそのままファミレスで他愛もない話をしてその日は解散となった。最後まで腕に押し付けられた柔らかい感触は忘れ難かった。
◆
全てのテストが終わり、いつも通りの日常が戻り始めたころ、遂にテストの返却が始まった。校内の順位が張り出されるのは、大体それから一週間後である。
「次、時東」
「はい」
「がんばったな」
現在、俺は数学のテストの返却を受けていた。先生の一言により、前回よりも確実に点が伸びたことを確信し、答案用紙を受け取った。
そこに書かれていたのは88という数字。
高校に入ってから数学では見たこともないような数字であった。
「っし!」
思わず小さなガッツポーズをした。そして自席に戻ると、橙火が俺の答案をそーっと見ようとしていた。俺はそんな橙火をジト目で見つめた。
「ち、ちがうわよ!別に柚月の点数が気になったわけじゃないわ!ただ、赤点だったら可哀想だなって思って!」
何も言ってないのになぜかしどろもどろになって言い訳をする橙火。それにやっぱり気になってるんじゃないか。
「そういう、橙火は何点だったんだよ」
「わ、私?私は別に......」
何やら隠す素振りを見せている。
ははん、さては思っていたより、よくなかったんだな?
ちなみに返却前に先生から言われた今回の数学の平均点は全体で59点だったらしい。結構難しかったので納得である。
ということは俺は結構、上位の方であるはずだ。まさかのまさか橙火に勝っちゃったか?
「そりゃ!」
「あっ!」
油断した橙火の答案用紙を取って勝手に点数を見た。昔だったら怒られたかもしれないが今となっては橙火とそれくらいできる仲になった。と思いたい。
「どれどれ......え"......?」
「もう!返して!」
橙火はプリプリと怒って恥ずかしそうにその答案用紙をしまった。
「隠す必要ないじゃん......100点じゃん......」
「べ、別に自慢とかそういうんじゃなくて......」
完全に自惚れておりましたよ。この子、つおい。
全生徒の答案用紙返却が終わったらそれからは問題の解説があった。橙火は満点だったにも関わらず、真剣にその解説を聞いていた。
そりゃ、満点とるわ。
それからの授業もテストの返却は続く。
だが、テストと関係のない授業もあるのでそちらは通常通り。
今は体育の時間である。
この数日間の体育では、体力テストをすることになっていた。今回はそのうち握力測定と50メートル走である。
今まで、体育だとよく絡んできていた後藤たちも球技大会の一件依頼、大人しく感じた。
その代わりと言ってはなんだか、俺によく絡んでくる様になった奴がいる。
「よう、時東。テストで負ける準備はできたか?」
馴れ馴れしく俺の肩に腕を回してきた男は、相坂であった。
体育は別のクラスとも合同なのでコイツがいること自体は別におかしいことではない。
ただ、絡み方は前の後藤とかと似た様な絡み方なのに、一々笑顔が爽やかすぎて別の意味でうざい。キラキラと効果音が流れている様でうざい。
しかもそれを見た一部女子生徒が興奮して倒れて運ばれていた。意味が分からん。「時東 × 相坂!!」そんな声が聞こえたが気のせいだと思いたい。
やっぱりそっち系いるんじゃねえか、白斗!!
「別に?お前こそ勝てるか分かんねえじゃん」
「まあな?今ここでどちらが勝つかは分からねえけど、一教科だけ勝負してみねえか?」
「一教科だけ?勝負?」
「ああ、例えばだな。数学とか」
「これも変な命令付きか?」
「いんや、ただ単に今時点の差ってものを知っておきたいだけだな」
何が目的だ?もうテストは終わっているからこの差を知ったところで負けていれば、不安しか残らないはずだが。まぁ、そんなに深く考えなくていいか。数学だったら俺も高得点なんだ。多分勝てる。
「いいよ。じゃあ数学」
「へぇ。潔いじゃん。じゃあ俺から言うが、86だ。お前は?」
「ふっ。勝った。88だ」
「......ちっ!まあいい」
いや、なんだよ。というか2点差か。相坂も結構勉強できるのか。こりゃ、他の教科によってはまだ分からんな......
「それでそれを言いにきただけか?」
「いや、本命は別だ。俺と50メートル走、勝負しろ」
「はい?別にいいけど......」
「決まりだな」
相坂はそう言うと向こうの方へ歩いていった。
なんだってんだ?
「おい、柚月。あいつに何か言われたのか?」
相坂の後ろ姿を見ていたら、後ろから白斗に声をかけられた。
「いや、勝負吹っかけられた」
「まじか、なんの?」
「50メートル走」
俺はそう答えて視線を再び、相坂の方へ向けると自分のクラスの女子たちに囲まれて何かを話していた。
......何もなけりゃあいいけど。
そうして俺と相坂のテスト総合点の勝負の前に小さな勝負をすることになってしまった。
勝負と言ってもタイムを競うだけ。実際はクラスが違うので同じグループで走ることはない。
先に奴のグループが走ることになる。
ゴール付近には女子たちが群れをなして男子を応援している。いや、相坂をか。
「「「「がんばって〜!!」」」」
その黄色い声援を受けて相坂は朗らかに手を振った。そしてそれに沸く女子一同。一緒に並んでいる男子たちがなんだかかわいそうに思えてしまった。
そしてスタートのピストル音が鳴ると同時に相坂のグループは一斉にスタートした。そして息をつく間もなく、ゴール。相坂が1位だった。
「ろ、6秒2!!」
タイムを計っていた男子が驚きの声を上げる。そのタイムを聞いて女子もさらに沸いた。
当の本人の相坂はと言うと、涼しい顔で女子に手を振りながら、こちらに「ふっ」と笑いかけて来た。腹立つ。
しかし、予想外だった。相坂があそこまで運動できるとは思っていなかった。しかも陸上部並みの速さだ。イケメンで運動もできるとか、神様は不公平である。
安請負いしてしまってよかったのだろうか。まあ、なる様になるしかないか。
そしてまた、いくつかのグループが走るの見て、遂に俺たちのグループがやって来た。
パンッというピストルの破裂音とともに俺もスタートを切る。
はじめの一歩を踏み出した時に思った。
あれ?そういえば、俺、全力で走るの初めてじゃね?ちょっとやってみるか。
この思考、わずか0.2秒の出来事であった。
そうして俺は風にでもなったかの様に50メートルを走り去った。
そして読み上げられたタイムは。
「5、5秒9......」
まさかの6秒を切っていた。
俺の時には黄色い悲鳴は上がらなかった。それより、なんだか引いている奴の方が多かった気がした。
......なぜ?
──────
書けば書くほど、スカイが小物になっていく......
総合点は次回発表となります!無駄にテンポ悪くて申し訳ございません......
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