第60話:空「何?」

 俺、相坂スカイには好き人がいる。それも昔、憧れていた相手だ。

 俺は物心つく頃から親の転勤で各地を転々としていた。そのおかげで友達もできず、当時の俺は暗くて地味で人とのコミュニケーションが苦手だった。



 あれは忘れもしない小学校三年生の時の話だ。いつものように俺は、誰との輪にも入らず、静かに休み時間を読書をして過ごしていた。そんな俺に話しかけてくる物好きな相手はいない。当然、友達だっていなかった。

 だけど、そんな俺に唯一話しかけてくれた女の子がいた。


『何の本、読んでるんですか?』


 俺は、初めて女の子から授業のこと以外で話しかけられたことにパニックになってしまった。結局、その場は、冷たく拒絶してしまった。


 その日のその出来事だけで終わりかと思いきやそれだけではなかった。


 ある日のこと。学校が終わって家へ帰っても誰もいないので、俺は公園で遊ぶことにした。遊ぶと言っても一人だ。小学三年生にもなって砂場で一人遊んでいたのだ。


『ねえ?なにしてるんですか?よかったら一緒に遊びませんか?』


 そんな俺に話しかけてくれた女の子がいた。休み時間に話しかけてくれたクラスメイトの女の子だ。その女の子は他の子たちにからかわれながらも俺をみんなの輪に入れてくれた。


 そう。それが一ノ瀬紫。彼女であった。


 同じクラスの人気者だった彼女と俺ではまさに光と影であった。クラスのどんな子にも優しく声をかけ、遊びに誘っていた。


 そしてそんな出来事があった後、俺は転校することになり、彼女とはそれ以来、会っていない。

 俺は彼女に惚れていた。そして決心したのだ。小学三年生ながらに。彼女に相応しい男になると。そして転校先で俺は努力を重ねた。友達もいっぱい作ろうと積極的に話しかけたし、勉強もスポーツも格闘技でさえも頑張った。そして身嗜みも整え、高校に入るころにはモデルとしてスカウトされたのだ。


 俺はこうして学校でのカースト上位の地位を手に入れたのだ。

 そして俺はモデルを始めてから更にモテるようになった。今までも告白されることは数度あったが、モテモテだったというわけではない。


 モデルをするようになり、それが一気にきた。いろんな女の子にチヤホヤされたのだ。

 そのことで俺は自分が最高にイケている男だと自覚してしまった。

 俺は近寄ってくる女に手当たり次第、手を出した。断る女はいなかった。むしろ、どいつもこいつも喜んでいたように思う。俺に媚びて、俺に抱かれるだけで嬉しそうにしていた。

 その頃にはすでに紫に向けていた特別な感情は俺の中から消え去っていた。


 そんな俺はまたもや、転校することになった。

 また、一から友人関係を作るのは面倒ではあったが、俺は最高にイケてる男だ。そんなことに心配はいらなかった。


 そんな俺にまさかの事態が起きた。転校先の同じクラスにいたのはなんと小学校の頃、恋焦がれた初恋の相手、一ノ瀬紫であった。


 当時の一ノ瀬紫に感じていたあの特別な感情が少し、蘇るのがわかった。


 俺の紹介に沸き立つ教室。だが、当の本人の紫は俺が小学校の頃、同じクラスだったあのスカイとは気づいていないようだった。名字が変わっているとはいえ、こんな俺ぐらいしか似合わない名前のやつを忘れているとは、少し、腹が立った。


 そこで俺は決めた。一ノ瀬紫を俺の女にすることに。


 だが、いざ話しかけるとなった時、何を話していいか分からなかった。最近はモテすぎて自分からアプローチを仕掛けることなどしていなかったのでファーストコンタクトは少し、ぶっきらぼうな話し方をしてしまった。そしてそのまま照れて帰ってしまうという体たらく。百戦錬磨の俺が?悔しかった。


 その日から紫とはほぼ接点がなくなってしまった。

 俺が話しかけようにも紫はどうやら隣のクラスの男子のところへ頻繁に会いに行っているらしい。


 隣のクラスの男子。奴は一体何者なのか、詳しい話を紫の友達である、東雲というこれまた、結構かわいい女子に聞こうと思ったが威嚇された。なんだというのだ、くそ。


 それからも奴は球技大会で驚くべき活躍を残したらしい。俺はサッカーだったので奴の活躍は知らないが、話をしていた女子に話を聞くと恥ずかしそうに顔を赤くしながら話してくれた。


 許せねえ。俺を差し置いて、注目を浴びているだと?それに奴の周りにはなぜか、学年の五大美女とやらが集まっているらしい。それも許せねえ。どんな女も落としてきた俺が、紫はおろか、他の美女と呼ばれる女子からも空気扱いされるのは耐え難かった。


 こんなこと、今までの学校ではなかった。あいつは許さん。



 だから俺はそいつを完膚なきまでに倒すことに決めた。


「俺と勝負しろ」


 ◆


 俺と勝負ぅ?何のだよ?

 目があったら勝負を仕掛けてくるってお前はポケットの中のモンスターで戦うマスターなのか?


 それにしても俺こいつに何かしたっけな......全然記憶にないんだけど......


「それで勝負するのか?しないのか?」


 目の前の男、スカイは俺をギロリと睨む。そんな俺を睨み付ける姿も悔しいことに様になっていた。


「勝負ってなんの勝負だよ?いきなり勝負って言われてもわかんねえよ!」


「別になんでもいいよ。お前が得意なジャンルで勝負してやる。その上で俺がお前を負かしてやるよ」


 何?なんなの一体?何が目的なのか皆目検討もつかなかった。俺に恥を掻かすのが目的とか?


「いや、勝負しないけど......意味わかんないし......」


「何?」


 誰か!!助けて!!変な人に絡まれています!勝負仕掛けられたので断ったら睨み付けられます!!助けて!!


 そんな時、俺の元に救いの女神が降臨した。どうやら俺の祈りは通じたらしい。


「あれ?柚月さん、そんなところで誰と話してるんですか?」


 俺を後ろから呼ぶ声の主。それは今日お昼を一緒に過ごした紫であった。


「あ、相坂くんと話してるんですか?もしかしてお知り合いですか?」


「え?あ、いやぁ......なんか急に勝負をしかけられちゃって......」


「勝負ですか?何の勝負でしょう?」


 コテンと可愛く、首を傾げて俺の後ろにいる相坂の方に尋ねた。


「ッ!」


 相坂は紫のその仕草に酷く動揺していた。


「チッ!」


 そして舌打ちをしてさっさと歩いていってしまった。一体何だったんだ?


「一体何だったんでしょう?」


 あ、被った。


「分からないけど、紫って相坂と仲良いの?同じクラスだっけ?」


「はい、そうですよ!でも私多分、避けられてるんだと思います。今も私が来たらどこかへ行ってしまいましたし......それに......」


「それに?」


「以前、桜ちゃんが勘違いして柚月さんをぶったこと覚えてますか?」


 あーあれね。はっきり覚えてますよ。女の子から本気のビンタをくらうことなんてそうないですからね。今もあの時の痛みは忘れてません。


 俺はそのままうなずいた。


「確か、紫がクラスの男子に泣かされてそれを桜が勘違いしてってことだったよね?」


「そうなんです。それでその男子っていうのが、相坂くんなんです。私、あの時相坂くんに酷いこと言われて悲しくなって泣いちゃったんです」


 マジかよあいつ。あんなツラしといて女の子を泣かすなんて中々、許せねえな。でも一体何で紫のことをそんなに嫌ってるんだろうか。そこは考えてもさっぱり分からなかった。




 そして翌日から俺は執拗なストーカー被害に遭うことになる。


「おい、俺と勝負しろ」


 廊下ですれ違うたびに勝負を仕掛けられるのだ。

 マジでなんなの。


 俺もいちいちそんな奴の相手をするのもバカらしかったので無視をしていたのだが、当然何度もイケメンモデルから勝負を仕掛けられたら噂が広がるのは早かった。なんでか知らんが俺とイケメンモデルの勝負が決まってしまったらしい。


 なんでだよとツッコミたい。


 そしてその勝負内容の一つが、中間テストの合計点数であった。


 意外と平和な戦いだなと思った。ただし、負けた方は勝った方の言うことをなんでも一つ、聞くと言う謎ルール付きだった。


 しかもその勝負が決まったのはテスト前日の話であった。

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