第55話:誤解「そうなんだ。実は俺たち付き合ってるんだ」

「であなたは......?」


「ははは、えっと、彼女は......」


「お兄ちゃんには聞いてない」


「ひっ!」


 俺は今、リビングのダイニングテーブルに水原さんと一緒に座っている。もちろん、水原さんは服を着ている。水月から借りたらしい。サイズもピッタリみたいだ。


 そしてそんな俺と水原さんの目の前には水月。

 まるで尋問感のような雰囲気を漂わせて問い詰めてくる。俺が少しでも喋ると睨みつけられるのだ。さっきまであわあわと焦っていたと思ったら急にこれだ。分からん。女というものは分からん。


「それであなたは?」


「えっと、あの......えっと......」


 なんだ?水原さんがこんなに慌てるなんて珍しいな。普段学校では誰とでも仲良くできているはずなのになんで今はこんなにしどろもどろなんだ?


「ゆ、柚月くんとは仲良くさせてもらってます......」


「それで?」


 水月恐ええええ!!なんでこんなに機嫌悪いんだ!?水月がこんなに機嫌悪いのは久しぶりに見た気がする。


「あ、あの......えっと......」


 その迫力にあの水原さんもタジタジ。でもそろそろかわいそうになってきた。助け舟出しとかないとな。


「あのな、水月。水原さんは......」


「そんなの分かってる!だから聞いてるの!なんであんなところであんなことしてたのかを!」


「い、いや、だからあれはだな......事故だ」


「事故!?あれが!?誰もいないことをいいことに家に女の子を連れ込んでおいて、シャワーまで浴びさせて!あれが事故!?絶対嘘だ......」


 あれはまじで事故だぞ?横の水原さんにも聞いてみればわかる。そう思い、水原さんを見ると先ほどのことを思い出しているのか顔を真っ赤に染め上げている。


 やめて、その反応!なんだか誤解を生みそうだから!!


「ふ、ふふーんだ。どうせお兄ちゃんのことだから初めてできた彼女に舞い上がって、興奮を押さえれなくなってあんなところでいやらしいことしようとしてたんでしょ!!分かってるんだからね!!」


 ちょい待て。何か勘違いしてないか?彼女って言ったかこいつ?ははーん。なるほど。こいつ俺に彼女ができたと思ってこんなに機嫌が悪いんだな。お兄ちゃんがとられたと思ってるんだな。可愛い奴め。


 なんだか、つい揶揄いたくなってしまったな。いかん、悪い癖が......


「そうなんだ。実は俺たち付き合ってるんだ」


「ええ!?」


 俺の発言に水原さんはかなり驚き、大きな声をあげた。水月も俺の発言に「やっぱり」といった表情を見せた。


「だ、だからってあんなところで......」


「いや〜ごめん!まさか帰ってくるとは思わなくてな、つい......」


「......ぐす......」


「え?」


「ひくっ、ひくっ......」


 あ、あれ?


「み、水月?」


 ポタポタとテーブルに雫が落ちた。な、泣いてらっしゃる!?なぜに!?ま、まずい!?揶揄い過ぎた!?


「ご、ごめん!水月!」


「わ、分かってるよ......お兄ちゃんにもいつか彼女ができるんだってことくらい......」


「そうじゃなくて!さっきのは嘘!嘘なんだ!!俺と水原さんはただの友達!なんでもないから!!」


「......へ?」


「あの、だから!水月をからかおうと思って、つい嘘ついちゃったんだ!」


「......」


「み、水月?」


 水月はプルプルと肩を震わせている。


「死に晒せ!!お兄ちゃんなんて大っ嫌い!!!」


「ぐぼはっ!」


 水月は近くにあったティッシュの箱を思いっきり俺の顔面に投げつけた。重くはなくてもあれ、めっちゃ痛い。角がやばい。


「た、ただの友達......」


 そして横を見るともう一人なぜか落ち込んでいた。あれ......?


 これはあれだな。今気づいたけど、俺が嘘ついたせいで二人とも同時に傷つけてしまったわけだな。うわ、俺って最低......


 とりあえず、俺は水月と水原さんに謝り倒した。その結果どうにか二人ともから許しを得ることができた。それにしてもなぜ、水月は泣いていたのか。なぜ、水原さんは落ち込んだのか。それがよくわからなかった。女心って難しい。


 そしてその後、誤解もどうにか解くことができ、いつの間にか水月と水原さんは仲良くなっていた。しかし、これで一件落着!とはいかなかった。




「ゆずちゃん?その子はだあれ?」


 なぜなら我が家の女帝が君臨なさったからだ。



 ◆


 翌日。

 昨日は大変だった。何が大変って今後が心配になった。何がって?母親との距離感である。


 あの後、帰ってきた母さんは初めて俺が女子を家に連れてきていたことに大層、ショックを受けていた。

 結局は何事もなく、水原さんにもご飯を御馳走し、頃合いを見て家まで送ったのだが、帰ってきてからは水月からも母さんからも尋問の続きが待っていたのだ。


「おっす、柚月。なんだか今日も眠たそうだな。最近寝不足続いてねえか?」


「いや、まじで続いてる。なんでかは分からん」


 俺の言葉を聞くと白斗は何かを察したようににやりと笑った。


「まあ、いろいろ悩みもあるだろうけど、それも青春だな。一人一人ちゃんと返事しとくんだぞ?」


「?」


 白斗はそのままがはははと笑いながら先に教室へと向かっていった。あいつもなんか勘違いしてないか?


 そして俺も続いて教室へ向かう。


「おはよう」


 俺は隣に座る綾瀬さんにごく自然に声をかけた。最近綾瀬さんとの仲も良好だ。初めはツンケンされていたが、一緒にコンサートへ行ってからはより仲良くなった気がする。今では挨拶をすれば挨拶が返ってくるほどにな。


「......」


 前言撤回。仲がいいと思っていたのは俺だけだったようだ。悲しい。無視はなくない?挨拶だよ?コミュニケーションだよ?


 俺が綾瀬さんの方をじっと見ると、それに気づいたのか、綾瀬さんもこちらを一瞥した。そしてすぐにため息をついて、心ここにあらずと言った様子で前を向いた。


 また俺何かしたのか?心当たりは......ない。

 まあ、今はそっとしておこう。触らぬ神に祟りなしというやつだ。


 そして席についてすぐだ。


「おはよー!!」


 元気よく水原さんが教室に入ってきた。そしてそれと同時にクラスメイトたちがどんどんと群がっていく。


「水原さん大丈夫だったの!?」

「襲われたって聞いたけど!!」

「なにもされてない?」

「今度何かあったら言ってよ!」


 そして一昨日の襲われた件について学校中の噂となっていたため、その真相を聞こうとしているようだ。


「あ、ちょっと!わわっ!」


 水原さんはもみくちゃにされている。

 学校では猫を被っていると送ったときに言っていたが、それでもこれが彼女の人望だろう。もともと人懐っこい性格なのは間違いない。猫を被っていると言ってもこれだけ周りから心配されているのだから。


 そう思ったのも束の間。今度はその群れがモーゼの十戒のごとく割れた。そんなかっこいい表現をしてみたけど、ただ単に荻野が水原さんの元へ向っただけだ。クラスでは荻野と水原さんが付き合っていると公言していたわけではないが、お似合いのカップルのような扱いを前から受けていた。

 そのため、彼氏役である荻野がきたことでみんな空気を読んで空けたのだろう。


「茜。大丈夫だったか?」


「え?荻野くん?」


「その......事件のこと聞いてな。何かあったら言えよ?俺が守ってやるから」


 その言葉に周りの女子は「キャー」と言って興奮している。女子ってこういうの好きだな。


 それにしても......とてつもなく歯が浮きそうなセリフである。しかし、イケメンが言えば絵になるんだなこれが。これが陰キャと陽キャの違いってやつか。くぅ!俺も言われてみたい!!


 しかし、当の本人である水原さんはぽかんとしている。「なんでそんなこと言ってるんだろう?」みたいな感じだ。


 そして首を傾げながらそれに応えた。


「ありがとう?」


 俺は、そのやりとりを生暖かい目で自席から見ていると丁度その水原さんと目が合ってしまった。そして水原さんは「あっ」と声を上げる。


「ん?どうかしたか、茜?」


 さらには荻野の言葉を無視してそのままこちらにつかつかと歩み寄ってきた。周りはみんな驚いている。

 ああ、なんだか嫌な予感がするぞ?


「ゆ、柚月くん!おはよう!昨日はありがとね!これ!昨日借りた服!洗濯して、コインランドリーで乾かしてきたんだ!はい!」


 あちゃー。その言い方はまずい。あらゆる誤解を生む。


「え?なんで水原さんと時東が?」

「水原さんって荻野くんと付き合ってるんじゃなかった?」

「え?嘘!?これって略奪ってやつ?」

「服借りたって......そういうこと?」

「まじかよ......また時東が......」


 ほれみろ!周りは噂好きが多いんだぞ!!すぐ広まるんだぞ!!


「ははは、ありがと......」


「うん!じゃあ、また後でね!」


 俺が水原さんから差し出された紙袋を受け取ると元気に自席に戻っていった。そのタイミングでチャイムが鳴り、クラスメイトはざわつきながらもそれぞれの席へ戻っていった。


「......ギリッ」


 その際、荻野に思い切り睨みつけられたのはきっと気のせいではないだろう。はあ、また複雑なことになってきたな。


 そして横を見ると綾瀬さんは先ほどより、悲壮感に満ちているようだった。

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