第54話:ハプニング「誤解!誤解だからーーーー!!!」

 水原さんを連れて雨の中、家にたどり着いた俺は、まず家族のことを考えていなかった。何も考えずとりあえず、チャイムを鳴らしたが、家の中からはなんの反応もなかった。


 よかった。今は家に誰もいないみたいだ!って本当に女の子を連れ込むときの言い訳に聞こえる。いや、事実ではあるんですけども。


 俺は鞄から鍵を取り出して家の鍵を開け、水原さんを家に招いた。


「ごめん、水原さん、ビショビショになっちゃったね。タオルとってくるよ!寒いかもしれないけど、ちょっとそこで待っててくれる?ごめんね!」


「う、うん!ありがと」


 そういえばなんだかこの前からよく雨に濡れてる気がする。雨も滴るいい男ってか?いや、冗談です。

 俺は玄関に水原さんを置いて、一人洗面所へと向かった。そして洗面所の収納からタオルを2枚取り出し、俺はまた玄関へと戻った。


「はい、これタオルっ!?」


「ありがと......?ってどうしたの?」


「......な、なんでもないよ?早くふきなよ?風邪引いちゃうよ?」


 頭にはてなを浮かべる水原さんから顔を逸らして、俺も自分の頭をタオルでゴシゴシと拭いた。


 頼む。何も聞かないでくれ!


「あれ?どうしてそっち向くの?」


 聞かれてしまった。


「な、なんでもないよ」


 思わず裏声。なんでもないことなんて本当はない。その、あれだ。雨だ。つまり水原さんの服が透けているのだ。今の水原さんの格好はスキニーパンツに上は白のTシャツ。前みたいなセレブ感あふれる格好ではないけどよく似合っていた。


 しかしながら、ピンクとはけしからん。いいものをお持ちでいらっしゃる。


「っあ!」


 ここで水原さんが小さく悲鳴を上げる。どうやら気づいてしまったらしい。自分の服がスケスケであることを。ああ。そんなつもりはないのに、どうしても俺の顔が何か磁石のようなものに引っ張られている気がしてならない。自制心よ。どうにかもってくれ!!


「あ、あの。柚月くん?」


「はひっ!」


 変な声でた。なんか突然意識してしまう。だって、その......男子高校生だもの。水原さんは可愛い。正直言って学校でも5本の指に入る可愛さ。そんな子が雨に濡れて透けた服で一つ同じ屋根の下におってみ?鋼のような精神をもつ俺であってもそう易々と耐えれるものではない。


「ごめんね、その......服貸して欲しいんだけど......?」


「あ、ごめんね?すぐに取ってくる!」


「あ、あ、ありがと、くしゅん!」


 水原さんは可愛くクシャミをした。畜生、かわいいじゃねえか!!


「へへ、風邪引いちゃうかも......」


 恥ずかしそうに濡れて透けた胸元を隠しながら、上目遣いでこちらをみる。

 やっぱり水原さんって改心したけど、男を誑かす天性のテクを持っているような気がする。なんかその言い方に仕草。なんでか知らんが俺の男心をくすぐりまくってきた。怖い。くすぐられすぎて怖い。


 そういえば、さっきからあざとく感じないわけでもない。いや、こんなことを考えるの失礼すぎる。ごめんなさい。多分自然にやってる。だからこそ、刺激が強い。


「だ、大丈夫?風邪引くとまずいし、シャワー浴びる?」


 思わず出た親切心。


「......へ?」


 ◆


 今、俺はリビングにいる。

 なぜだか心臓の音が大きく高鳴っている。いかん、落ち着け。素数だ。素数を数えろ。


 風呂場の方からはシャーッと水の流れる音がする。

 なんでだ!?いつも聞いてる音なのに!?なんでこんなにシャワーの音に興奮してまうんだ!?


 意識をしだすと止まらない。さっきから俺の脳内は完全にピンク色に染まっている。

 いや、ちゃうんや。そんなつもり毛頭ないんや。これは本当にただの親切心や。誓って何もしない。


「ーーすぅ、ふぅーー」


 とりあえず深呼吸で心を落ち着かせるのだ。こういうときのための精神パラメータだ。俺は座禅を組む。心を落ち着かせ、目を閉じ、闇の中に身を投じるのだ。


「きゃーーー!」


 悲鳴!?風呂場の方からだ!一体何が!?行かなくては!!

 集中力を極限にまで高めていた俺は、その悲鳴に瞬時に反応し、リビングを飛び出した。そして洗面所のドアを開ける。


「水原さん、大丈夫!?」


「柚月くん!!」


「ぐぉ!!」


 洗面所のドアを開けた瞬間、俺は水原さんに突撃された。軽く鳩尾に入ったが悶絶するのは我慢した。


「そこ!!そこ!!」


「え!?」


 抱きついた水原さんからいいシャンプーの匂いがする。ああ、なんで女子の風呂上がりってこんなにいい匂いがするんだ?同じシャンプーのはずなんだけどな......?


 そんなことを考えながら、水原さんが指差した方向を見る。そこには一匹の小さな蜘蛛がいた。


 なるほど、水原さんは蜘蛛が苦手なのね。というか女子って大体虫が苦手か。水月もこの前、騒いでたっけ。部屋にゴキブリが出たとかで。いや、ゴキブリは俺も無理だわ。まじであいつら人類の敵だから。そのうちテラフォーミングしそうだから。


 俺は抱きつく水原さんをゆっくりと引き剥がして、冷静に蜘蛛を素手で捕まえると逃さないように手を軽く握りしめ、風呂場の窓からそっと逃した。


「もう大丈夫だよ」


「あ、ありがと!ごめんね、蜘蛛苦手で......」


「気にしないで......!!」


 冷静になって考えてみる。あれ?俺、ガッツリ覗いてね?

 目が合ったことでそのことを水原さんも気づいたのか、みるみるうちに顔を赤く染め上げていく。幸い、水原さんの大事な部分はタオルで巻かれており、見えていない。それでもタオル一枚のその姿はなんともエロい。タオルの上から大事な部分を押さえ、身を縮める。風呂上りで髪の毛から滴る水がなんとも艶かしい。


 ごくり。喉を音がなる。これはもう条件反射である。眼前に広がる光景を思わず、上から下まで視界に納めてしまった。俺の脳内HDDにがっつりと保存されてしまった。これは、生涯消えることはないだろう。


 この思考コンマ2秒。俺は一瞬で我に返る。


「え、あ!?ごごご、ごめん!うわっ!」


「ゆ、柚月くん!?」


「あ......」


「キャッ」


 そして俺は慌てて洗面所から出ようと後ずさる。それがいけなかった。俺は、洗面所と廊下の間にあるの小さな段差に踵を詰まらせ、つまずいてしまった。


 そして、後ろに倒れゆく、俺に反射的に反応した水原さんは咄嗟に手を伸ばしたが間に合わず、そのまま共倒れとなってしまったのだ。


 ゴチンと大きな音が廊下に響く。


「いつつ......」


「んん......」


 思い切り頭を打った。後頭部。ここはどう頑張っても鍛えようがない。ん?それにしても程よい重量感。冷た。水?


 俺はゆっくりとそのまぶたを開けた。


「うぁ!?」


「っ!」


 眼前に広がるのは水原さんの透き通ったような肌。うなじからは湯気が立ち込める。そしてぷるっとした唇。きれいな瞳が真っ直ぐにこっちを見つめていた。


 水原さんも驚いたように目を見開いたが、すぐに顔を赤く染め、一瞬目を逸らした後、もう一度俺を見た。そして軽く目を瞑る。


 な......んだ?え?待ってくれ!?顔近づいてない!?


 突如として昨日の出来事が鮮明にフラッシュバックする。あの柔らかな唇が近づいてくる。


 ちょ、ちょっと!!それは......!?まっ、待って......!ちょっ......!?


 ガチャガチャ。


「あれ?お兄ちゃん先に帰ってたんだ。ただいまー!あー、もう最悪だよーびしょ濡れになっちゃった......っ!!!!!!!!!お、お邪魔しました......」


 ガチャン。

 一度家の中に入った、水月は再び外へ出て行った。


 二人して、その状態のまま水月が出て行った玄関を見つめる俺たち。


「......」


「......」


 俺と水原さんの状態を説明しよう。水原さんはバスタオル一枚の状態で俺の上に覆いかぶさっている。つまり俺を押し倒している状態だ。さらにいえば、マウストゥーマウス。つまりチッスをするほどの距離まで顔を近づけていた。


「水月ーー!!ちょっと待ってーー!!誤解!誤解だからーーーー!!!」


 俺は慌てて、その場から立ち上がり、今出せる本気のダッシュで玄関を出た水月を追いかけた。このときの俺はおそらく、ボルトの初速を超えていたと思う。

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