第53話:憂鬱な雨「ん?俺のせい?」
屋上でのサプライズの後、俺が向かった先は昨日も夜遅くに訪れた場所であった。俺は今、水原さんの家の前に来ている。やはり昨日あんなことがあった手前、今日休んだことが心配だった。
そこでふいに俺は、昨日の帰り際の記憶が思い出された。唇に残る、柔らかい感触。
「っ!」
自分の顔に熱が帯びるのがわかった。一度、頭をブンブンと左右に振り思考をリセットする。
そして俺は目の前の家を見つめた。
まだ2回目ではあるが、いつ見ても地震が来たら倒壊しそうな感じの家である。
明らかに耐震構造ではなさそうだ。とは言っても他所様の家にこんなことを考えるは失礼にあたると思いなおし、再び頭を振り払った。
そして一呼吸おいた後、チャイムを鳴らす。キンコンと短い音が響いた。
「......」
少し待っても誰も出てくることはなかった。やはり、体調が優れないのだろうか。迷惑だったかもしれないな。だけど、やっぱり心配だ。もう一度だけ鳴らして出なかったら諦めて帰ろう。
そしてもう一度、短めの甲高い音を鳴らす。
「......帰ろう」
10秒待って反応はなかった。そうして踵を返した時、中からドタドタとゆっくりと人が向かってくるのが分かった。
「はい〜?」
そして扉が開くとそこにいたのは、水原さん......ではなく、金髪のお姉さんであった。
なんとなく水原さんに似ている気がする。お姉さんか?というか酒臭い。
昼間から飲んでいたようだ。
「なにあんた?」
「えっと......」
水原さんはいますか?そう聞こうとした時、後ろから大きな声が聞こえた。
《おい!誰が来てんだ!》
その声に反応して目の前の金髪のお姉さんは後ろを振り向き、答える。
「知らないガキー!」
《とっとと追い返せ》
「わかってるよ!」
俺の目の前で部屋の中の男とやりとりが続けられる。どうやらお邪魔のようだった。俺は一瞬家を間違えたかと思ったが、水原さんの家で間違いない。
「誰か知んないけど、何の用?とっと帰ってくれる?」
「す、すみません。あの、水原さんは......?」
「は?何?あんた、あの娘の男?」
「え?いや......」
「お母さん!!」
返事に困っていた時、突然後ろから大声が張り上げられた。ぎょっとして後ろを振り向くとそこにいたのは水原さんであった。
あれ?今、お母さんって言った?
「あ〜、もう帰ってきたの、茜。これ、あんたの彼氏?邪魔だから、どっか連れてってくんない?それにあんたもしばらく帰ってこなくていいよ」
「っ!!ごめん、いこ?」
「え?あ、水原さん!?」
俺はそのまま、水原さんに手を引っ張られ、水原さんの家を離れた。
そして俺たちはそのまま、近くの公園へとやってきた。水原さんは俺を引っ張っていっている間も何か考え事していたのか、無言であった。
公園のベンチに座り、気まずい沈黙が続く。
「......ごめん、さっきの。あれ、お母さんなんだ」
「......そうなんだ!いや〜、あんなにお母さん若いんだね。お姉さんかと思ったよ!」
ちょっと気まずい空気を打破するべく、ちょっと戯けてみる。でも本当にお姉さんかと思った。20代にしか見えん。
「......」
くっ!全然空気が軽くならない!!
「いや、本当20代かと思ったよ!」
「......だって20代だもん」
「......へ?」
まじ?20代?え?水原さん今年17歳だよね?ん?計算が合わないぞ?お?分かった!連れ子だ!
「ええっと、さっきの奥から聞こえてきた人がお父さん?」
「違う。知らない人」
んん!?家族構成がわからん!!複雑すぎて下手に口を挟めなくなってきた。俺もしかしてさっきから地雷踏みまくってない?
「お母さんが私、産んだの12の時だから。だからギリギリ29歳」
ああ〜なるほど!それじゃあ計算が合うね!納得!!......じゃない!!!やっぱり複雑な家庭だった。
「は〜嫌なとこ見られちゃったな〜。まっいいんだけどね!高校卒業したらあの家出ようと思ってたし!」
「えっと、お母さんとはうまくいってないの?」
人様の家庭に口を出すのはよろしくないが、やはり俺はお節介かもしれない。聞かずにはいられなかった。
「そうなんだ。男を取っ替え、引っ換えしてるの。だからあんまり仲は良くないかな。あんな母親になるもんかって思ってた」
これはツッコミ待ちか?いや、真面目な話だやめておこう。
「それでも似たようなことやってたんだからやっぱり親子だよねー」
水原さんは諦めたようにそう言い放ち、体をぐっと伸ばした。
うーん?あまり話の流れが良くない。水原さんを心配してきたのに、複雑な家庭環境のセンシティブな話になっている。確かに彼女の生い立ちには興味があるが、それ以上聞くのはやめておこう。話の流れを変えようと思う。
「えっと、話は変わるけど水原さん大丈夫?」
「へ?」
急に話題を変えられたことに少し驚きを見せた。
「いや、今日休んだし、昨日あんなことあったから......あ......」
思い出したくない一件。それをわざわざ口にするとはバカか俺は......やらかした。それが顔に出ていたのだろう。
「ふふ、心配してくれてきてくれたんだ!大丈夫だよ!私、結構立ち直り早いから!」
ほっ......よかった。とは言ってもやはり心配なものは心配である。
「今日はね、その今まで騙してた男の人たちのところに謝りに行ってたんだ!」
「え?」
まさか今日休んでそんなことをしてるとは露知らず。すっとんきょうな声を出してしまった。
「めっちゃ怒鳴られたり、殴られそうになっちゃった」
「殴られそうになったってそれ大丈夫だったの!?」
「いや、本当に殴られてはないよ?みんな怒ってた。当然だよね。私最低だったもん」
「それでもやっぱり一人はちょっと危なかったと思うよ。言ってくれれば付いていったのに」
「ありがと。それでもこれは自分でやらなきゃいけないけじめだったからね!幸い、真剣に謝ったらみんな最終的に許してくれたからね!お金も頑張ってバイトして返すって言ってきた」
立派だ。立派すぎる。自業自得ではあるが、人間こんなに簡単に変われるもんじゃない。俺だってステータスなしにこんなにすぐに自分を変えることなんてできない。そんな水原さんを俺は素直に尊敬してしまった。
人間何があればここまで変わることができるのだろうか。昨日の出来事は確かに衝撃的だったかもしれないが、ここまで立ち直りができる人はそうはいないだろう。
「ふふ、それもこれもぜーんぶ、君のせいだからね!」
「ん?俺のせい?」
「なんでもないよ!」
なんか急にご機嫌だな、水原さん。それにしてもよかった。水原さんは自分のしたことをちゃんと償っていくようだ。それに昨日の件は、からげんきかもしれないが今は大丈夫そうに見える。
「ん?」
そんな安心した俺の頬に何かかがポツリ。空を見上げた。
空がどんよりしてきた。まさか......雨?
「あっ雨!」
隣で水原さんも声を上げた。ポツリポツリと雨粒が次々に体に当たる。
「雨降ってきたし、そろそろ帰ろうか」
「う、うん......」
水原さんの歯切れが悪いな。どうしたんだ?あ、そうか。お母さんが男を連れ込んでたんだった。
「もしかして、帰れない?」
「うん......帰るとこない......」
でもあのお母さんなら失礼な話、今までもこんなこと結構あったはずだろうけどどうしてたんだろう。その疑問に答えるように水原さんは続けた。
「ははは、今まではその......いろんな男の人の家泊まらせてもらってたから......もうそれもできなくちゃった」
少し、気まずい表情を浮かべる水原さん。
そういうことか!え?今までいろんなところ泊まってたの?よく大丈夫だったね......っていや。待てよ。そういうこともあったのかもしれん。
ここで俺が変な想像を働かせていることを察したんだろう。
「ああ、違うよ!!ただ泊まらせてもらっただけだから!!それ以上は何もしてないよ!!」
めちゃくちゃ慌ててるな。ま、まあ、そういうことにしておこう。水原さんは俺より大人の階段を数段登っているんだ。これ以上の妄想は童貞の俺には刺激が強い。
そんなアホなことを考えていると雨脚が強くなってきた。
「ああ、ごめん、どうしよ?雨強くなってきたし、行くとこないんだったらとりあえず俺の家くる?」
「え?いいの?行く!」
こうして俺は水原さんを我が家に招待したのであった。水原さんと俺の家に駆け足で向かっている途中でふと思った。
やべえ!!女の子を初めて家に呼ぶ!!しかもさっき、あんな話したところだから変に意識しちまってる!?
いや、弁解させてもらおう。童貞が意識してここぞとばかりに連れ込んだのではない。決してない。決してやましい気持ちはないよ?1ミリもないね。いや......1ミリくらいなら......
少し自己嫌悪して、雨でずぶ濡れになりながら、どうにかマイハウスに着くことができた。
これからが大変だと言うことを俺はまだ知らない。
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