第52話:フィクション「掃除当番?」

 いや、ホント誰?目の前の人物はどうやら俺のことを知っているようだ。それもそうか、いろんな俺の噂が流れてたもんな。ロクなものじゃないけど。


 言っては悪いが目の前の女子生徒はなんて言うか、一言で表すなら地味だ。いや、以前の俺も似たり寄ったりなものだったが、そんな俺から見ても彼女は明らかにイケてはいない人種だと思う。


 見かけで判断するのは失礼だが、彼女はなんとなく、わざとそうしているように見えなくもない。なんというか、仕草がすごい気品に溢れているのだ。それなのにその地味な見た目のチグハグさになんとも違和感を覚える。


 とりあえず、俺は目の前の女子生徒に尋ねなければいけない。俺がここにきた目的を。


「えっと、俺、後藤に呼び出されてここにきてたんだけど?君は後藤の知り合い?」


 多分違うだろうが聞いてみた。


「後藤?知らないわ、そんな人。それにしても私以外にあなたをここに呼び出していた人がいたのね」


「私以外に?」


「ええ。お手紙読んでないかしら。わざわざあなたのために可愛い便箋を買ったっていうのに釣れないわね」


「んん?あれ?あの手紙、君がくれたものだったの!?」


 俺の頭の中にはハテナがいっぱい。てっきり後藤から挑発だと思っていただけに本当に女の子から手紙だったとは驚きだった。俺の脳みその処理が追いついていない。


 彼女は相変わらず、分厚いメガネと長い前髪で目元全般を確認することはできないが、口だけは少し口角が上がったのがわかった。


 そしてそのまま彼女は1歩2歩と歩き始め、俺の隣を通り過ぎる。俺もつられて彼女の進行方向に合わせて体を捻った。

 そして彼女は俺から2メートルほどの距離で止まり振り返る。


 俺の視線は彼女に向いている。そしてその後ろは、俺が屋上に入ってきた通用口の方向でもある。そこで何かの4つ影がさっと動いたのがわかった。


 あれ?あそこのドア閉めたと思ったけど......誰かいる?......まあ、いいか。今はとりあえず、彼女に用を聞かねば。


「えっと......それで俺をここに呼び出してなんの用?」


「あら、女子から屋上に呼び出されてされることって言えば一つじゃないかしら?」


 なかなか勿体ぶるなこの人。それにしても女子から呼び出されてされることか......はて?俺の今まで17年(正確には16年と11ヶ月)を振り返っても答えは見つからない。なぜなら、女子に呼び出されたことなんてほぼない。いや、数回あったな......確か掃除当番を押し付けられたことがあった。

 まさかっ!?


「掃除当番?」


「どう言う人生を歩んできたらそんな答えに辿り着くのかしら。不思議だわ。はぁ......もういいわ」


 泣いちゃう。初対面なのにこの人、辛辣だよ。それにため息まで吐かれた。吐きたいのは俺の方なんですけど......


「女子が屋上に男子呼ぶ用......そんなの一つしかない決まってるじゃない。愛の告白よ」


「こくっ!?ごほっごほっ!」


 何やら屋上の入り口付近も騒がしい。しかし、俺は目の前のことに意識を取られ、それどころではない。咽せてしまった。


 なんですと!?告白って言った?今、告白って言った?あれ?そういえば確かにそんなシチュエーションは見たことがある。主にドラマとか漫画とかの中で。フィクションだ、そんなもん。


 ......いや、フィクションじゃないじゃん!!

 ってことは何か!?この目の前の謎の地味子さんは俺に告白を!?まさか、今から!?ヤバイ、ドキドキしてきた......


「あら、そんなに慌てちゃって。意外に可愛いとこあるのね」


「ちょ、ちょっと待って!!今から告白するの!?俺そもそも君のこと全く知らないんだけど!?」


「ふふ、全く知らないとは酷いものね。あんな情熱的な1日を過ごしたと言うのに......」


「いっ!?」


 ガシャン!!


 何言ってんの、この人!?情熱的な!?それにしてもさっきからやけに出入り口が騒がしいな。今、大事なとこなんですけど!!


「コホン。いい加減、からかうのはやめてくれ。本当に。俺は君のこと全く知らないから。そのじょ、情熱的な1日も知らない」


「あら。バレちゃった。そうね。少し語弊はあったかも知れないわ」


 語弊てなんのだ。舌をペロリと出しながら不気味に目の前の女子は笑う。


「まあ、安心して?今日は告白するためにここに呼んだわけじゃないから」


 違うんかい!!さっきまで無駄にドキドキした俺の感情を返せ!!17年間一度も告白されたことのない純情な男子を弄びやがって!!


「......じゃあ、なんの用が......?」


 俺は若干、冷めた気持ちで彼女に問うと彼女はまた口角を上げ、近寄ってきた。

 鞄をゴソゴソして、何かを取り出そうとしている。

 な、なんだ?包丁でも出して刺すつもりじゃないだろうな?や、やるか?お?


「はい、これありがとう。なかなか面白かった。返すわ」


「......え?」


 そうして彼女が鞄から取り出して俺に押し付けたのは一冊の本であった。ご丁寧に包装までしてくれている。


「それじゃ。私の用はこれだけだから」


 Why?本?誰かに貸してたっけ?

 彼女はそのまま翻ると出入り口の方まで歩いていく。


 本当にこれだけの用?

 そしてもう一度くるり。膝下まである、スカートがひらりと舞う。


「ああ、それとあなた気づいてないようだから言っておくわ。私以外の他の手紙はあなたへの本当のラブレターだと思うわ。ちゃんと返事しておくことね。それじゃ」


 そして彼女はそのまま屋上から去っていった。いつの間にか出入り口から覗いていた人の気配も消え去っていた。


 ふう......なんだったんだ、一体......それより一言いいだろうか。


「まじかっ!!!!!あれ、全部ラブレター!?やばい!!全部読まなきゃ!!全部無視しちゃってるっ!?ヤバイ!!と、とりあえず、読もう!!」


 俺はとりあえず、たくさん鞄に詰めていた手紙を取り出し、一枚ずつ、丁寧に読み始めた。


 ◆


「ああー、なんだったんだよ、ちくしょー」


 手紙を読み終えた俺は、現在下校中。

 内容は様々だった。まず初めに言っておこう。半分以上はラブレターなるものではなかった。差出人は男子である。女子ですらない。さて男どもが何の用かと思えば勧誘であった。男子バスケ部の諸君。入部届を大量に入れるのはやめようか。なんの嫌がらせか。これで本当に入ると思っているのか......

 とりあえず全て無視する所存である。


 そして次に他の手紙数枚はラブレターと呼べるかは怪しいが、チャットのIDなどが書いてあった。「連絡してください」とか「友達になってください」とか中には「好きになりました」だってさ。ちょっと怪しすぎない?なんか出会い系か何かっぽい気がしなくはない。


 残りは謝罪の内容が綴られたものもあった。俺の噂についてのことだ。デマを信じてごめんなさいという内容だった。今時手紙で謝罪するなんて真面目な人もいたものね。素直に感心してしまった。まともに面識のなかった相手に対して謝れるというのは誰しもできることではないと思う。


 ということで大体はこんな感じ。チャットのIDなどが入っていたものはまた連絡するかは検討することにしよう。下手に連絡して俺のIDが晒されても嫌だしね。まあ、そんなことないと思うけど。



 ......結局、まともなラブレターねえじゃねえか!!また、あの女からかいやがったのか!!一体誰だったんだ、ホント。結局、手紙で呼び出されて告白なんていうのはフィクションの世界だけなのさ。自分で言ってて虚しくなった。


「それにしても......」


 俺は渡された本を鞄から出して手に取る。そしてそのまま包装から取り出した。


「ん!?」


 その本のタイトルは俺も持っていた小説のタイトルだった。そしてその小説は今、図書館で出会った謎の美少女に貸していたはずだ。それも同じ学校の生徒で同じ学年であるらしい、ハーフ美少女に。いや、見たことないけども。


 ん?どういうことだ?あの地味子は返すって言ったよな?返すって......


「まさか!?」


 俺の脳内は再びパニック。先ほどの会話を思い出す。仕草。喋り方。振る舞い。人を喰ったような性格。

 そして図書館で遭った、美少女。


「まじかよ......」


 ......完全に合致した。

 変装ってレベルじゃねぇぞ......まじで別人だな、ありゃ。今度見かけたら話しかけてみるか......それにしてもなんで?


「まあ、いいか」


 彼女はなんであんな格好をしているかは分からなかったが、一旦頭の中を整理した俺は先ほどのやりとりは頭の端へと追いやりとある場所に向かった。

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