第51話:カラフルミーティング「誰っ!?」

 昼休みの時間。この学校の生徒はそれぞれ好きな場所でお昼を食べている。


 食堂に行く生徒もいれば、部活をしている生徒は部室で食べたりもする。持ってきたお弁当や購買で買ったパンなどを教室で食べる生徒も多い。また、学内に恋人がいる生徒などは屋上や中庭など人の目など気にしないで堂々とイチャついて食べていたり、ひっそりと誰もいないところで愛を育んでいたりする。


 ここは空き教室。ここにも今日の昼休みにひっそりと人目を忍ぶようにお昼ご飯を食べている生徒たちがいた。

 見られてはマズいなんて言うこともなければ、恋人同士でもない生徒だ。人数は4人。この生徒たちの関係性は言うなれば、友人。言うなれば、恋敵と呼べるものかもしれない。

 未だ、本人たちにその自覚はないのだが──。


「そ、それで!?詳しく聞かせてくださいっ!!朝の件は本当なんですか!?」


「い、一ノ瀬さん!?」


「ちょ、ちょっと紫落ち着きなよ。綾瀬さんも困ってるよ?」


「まあ、紫の気持ちも分からなくはねえけどなー。やっぱりちょっとどうなるかは気になるしな」


 興奮した様子で橙火に詰め寄る、紫を諫める桜。そんなやりとりを見ながら紅姫は空き教室に並べられた机の一つに座り、片足を抱えている。意外にも一番冷静だったのは紅姫だったかもしれない。


「そ、その朝、あいつがいっぱいラブレター貰ってたみたいなの。それでどうするか聞いたら返事するって......しかもYESで......」


「......うそ......ですよね......」


 紫が膝をついてその場に蹲る。今にもずーんといった効果音が出てきそうなくらい落ち込んでいる。


「ゆ、ゆかり?」


 背景には悲壮感が満ち溢れた暗いカーテンがかかっているようにも桜は錯覚した。親友の落ち込みように桜がすかさず声をかける。


「よ、ようやく最近柚月さんとも仲良くなってきましたのに......どこの馬の骨とも分からん輩と柚月さんはお付き合いするんですね......」


「まあまあ、紫。落ち着きなよ......それにあの人にそんな告白されてすぐにOKするような仲良い女子っていたかな?」


「そ、そういえば、いないわね」


 橙火はここ数日は、学校で柚月が話す女子というのは基本的にここにいるメンバー以外では目撃していない。もしかしたら自分の知らないところでという可能性もなくはないが、柚月自身そんな仲良い女子がいたらコンサートだってその子を誘っているはずだと思った。


(まあ、コンサートは私が行きたいって無理言ったというのがあるのかもしれないけど......それでも)


「ということはまだチャンスがありますね!!!」


「きゅ、急に元気ならないでよ、紫......それにしてもチャンスって?」


「ふっふっふっ、桜ちゃん。お互い惹かれあっている仲なら付け込む隙間はないかもしれませんが、お互い初対面なら話は別です!阻止すればいいのです!」


 今の紫は暴走しているというに等しい。いつもの彼女なら他人の恋愛などを邪魔立てしようなど考えない。それどころか見ず知らずの人であっても祝福してしまうくらい優しいのが彼女なのだ。


 そんな紫は今、周りが見えていない。


「そ、阻止ってなんでそこまですんだよ!?」


 そこに疑問をもったのはみんな同じだった。阻止というのは流石に良くないのではないかと桜も橙火も口に出さないだけで思った。


「紅ちゃんは、焦ってないんですか!?」


「べ、紅ちゃん言うな!それに焦るって、なんでだよ?あいつが告白されたらなんか困ることでもあるのか?」


 確かに少しの引っ掛かりは覚えるものの邪魔してまでというのが紅姫の本心ではある。


「そ、それは......なんででしょう......?なんとなくその......取られたくないという気持ちがあると言いますか......とりあえず阻止しなくちゃいけないんです!」


 それは恋では?なんという疑問は無粋である。なぜならここにいる4人はみんな恋愛初心者であり、柚月は親しい男友達という点については認めるところではあるのだが、イコール好きだという感情に気づいていない。

 好意を向けられることは度々あったが、向けたことはないのだ。誰か一人でもまともな経験者いれば別だったかもしれない。


「いや、阻止って......流石にそれはダメだろ。告白する方にも悪いし、柚月に対しても失礼だろ?」


「そうだよ、紫。流石にそれはダメ。友達なら応援してあげなくちゃでしょ?」


 紅姫の言葉に便乗した桜が紫を窘める。桜も桜で実は心の奥にモヤモヤを抱えていた。なんとなく、初めてできた男友達がいなくなってしまうのではないか。そんな不安に駆られている。


「むむ......確かにそうですね......そんなえっちなパンツ履いてる紅ちゃんに正論を言われてしまうとは......無念です......」


「な、な、な!?見るな!!」


 紅姫は先ほどまでスカートの中身が丸見えだったことにも気づいていなかったのか指摘されて初めて足を閉じた。


「ま、まあ、阻止するかどうかは兎も角、やっぱり気にならない?」


「まあ、それはそうだな」


「うん、私も気にはなるかな......?」


 紫も言葉にはしなかったが激しく頷いた。


「じゃあ、こうしましょ!放課後、柚月は屋上の呼び出しに答えに行くって言っていたわ!だからみんなで尾行しましょう!」


「だな!そうしようぜ!」


「うん、分かったよ」


 紫はまた激しく頷いた。


 こうして、柚月を取り巻く4人の女子が人知れず、尾行の計画を立てていくのであった。しかし、彼女たちは気づいていない。尾行してどうするか、告白されて柚月がOKした後どうするかなどは、全く考えていなかった。







「......そういえばいつの間に呼び捨てになったんですか?」


「っ!......いろいろよ」


「あやしい」


「あやしいな」


「あやしいですね」


 計画の後、橙火はみんなにもみくちゃにされた。


 ◆


「へっくしょい!!」


「どうした、また風邪か?」


「ああ〜そうかも。病み上がりに雨の中思いっきり自転車で爆走したからかな......」


「一体何があったらそんなことになるの......でも、案外誰かが柚月のこと噂してるのかもしれないよ?」


「噂ってまさか、また?はぁ......もういい加減にして欲しいよ、後藤のやつ」


「噂は噂でも女子からの......だったりしてな」


「俺が?ないだろ」


「なんでだよ。朝もいっぱい手紙もらってたじゃん」


「いや、あんなわかりやすい悪戯ほんと後藤たち好きだよな。ムカついたから今日の呼び出しに応じてもう一回、お灸を据えてやろうかと思ってんだよ」


「はあ......柚月お前......」


「流石にこれはないよね......」


「なんだよ、お前ら二人して?」


「「はぁ......」」


 なんだか可哀想なやつを見る目で見られた。納得がいかない。

 ここでチャイムが鳴り、今日の昼休みが終わった。なり終わるギリギリに綾瀬さんが慌てて入ってきて、席についたと思ったらなぜか睨まれた。納得がいかない。





 時間はあっという間に過ぎ去り、放課後となった。白斗と桃太は、一言「まあ、がんばれ」と言い残し何処かへ去っていってしまった。あいつらもついてきてくれたらいいのに。


 俺は鞄に荷物を詰め終え、屋上に向かうことにした。なんだか隣座る綾瀬さんがソワソワしていたのはきっと気のせいだと思う。


 屋上へ向かう途中の廊下。俺は何度か後ろを振り返った。なぜなら誰かに付けられているような気がしたからだ。気がしたというか、確実につけられている。俺の気配察知能力はちょっとしたバトル漫画並みになっていると思う。そろそろ超能力くらい使えるかも知れない。


 でも俺は敢えて、その尾行を確認しなかった。どうせ、後藤たちの仲間だろうと思った。屋上に呼び出して逃げ道を塞ぐ。挟み撃ちにするつもりだろう。その計画を先に潰しておくのも一つの手ではあるが、ここまで諦めが悪いなら、敢えてその企みに乗った上で打ち勝つというのが俺の策だった。策って言うほどのものでもないけど、圧倒的な力の前だったら諦めもつくだろうと思う。


 自惚れているわけではないが、今の俺は多分、相当強い。多分ね?と心の中で予防線を貼っておく。


 そんなことを考えていると屋上への扉が見えてきた。前までは階段を上り下りするだけで疲労困憊だったが、本当に丈夫な体になってしまった。


「ふぅ......」


 俺は深呼吸した後、ゆっくりと扉を開けた。キキッという少し、錆び付いた音を出し、一歩踏み出すと広大な空が広がった。


 そして、その奥に見えるのは長い髪を一括りにした女子生徒であった。......ん?女子生徒?なんで?後藤じゃないのか?

 どこか周りに潜んでいるのはないかと疑ってキョロキョロと見渡すが隠れられそうなスペースも気配もない。後ろには微妙に感じるが。


 俺は1歩2歩と歩を進めてその女子生徒のすぐ近くまできた。ダークブルーの髪が風に靡いている。


「あら、ようやく来たのね。待ちくたびれちゃったわ」


 どこかで聞いたことのある、落ち着いた大人っぽいの声。その女性がゆっくりとこちらに振り向いた。


「っ!」


「ふふ、久しぶりね?随分有名人になったのね?」


「......」


「あら、久しぶりの再開に言葉も出ないかしら。それとも私に見惚れちゃった?」


「......」


「ふふ......そんなに見つめられてしまうと照れてしまうのだけれど」


 そこにいたのは──。








「誰っ!?」


 分厚い瓶底メガネをかけて長ったらしい前髪が目までかかっている、見たこともない女子生徒であった。

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