第50話:変化「もちろんYESだ」

 またまた長い1週間がやってきた。

 球技大会も無事?終わりを迎え、次にやってくるは我らが学生の敵、中間テストである。

 そんなテストを前にいつもなら吐き気を催し、阿鼻叫喚と言った様子で学校へ向かっていたことだろう。嘘だが。

 しかし、今の俺はステータスによって上がりに上がりまくった知識をフル動員し、テストに挑む所存である。そのため、今回のテストは楽しみで仕方なかったのだ。


「ふぁ......」


「眠そうだね?昨日はお兄ちゃんが警察のお世話になったって聞いてびっくりしちゃった!」


「言い方。俺捕まってない......」


 いつもの通学路、俺は妹の水月と一緒にいつものように登校している。昨日は家族にもすごく迷惑をかけた。俺が帰ってくるまでみんな起きて待っていてくれたのだ。


 スーツを汚したことは親父には怒られなかった。それどころか話を聞いてよくやったと珍しく褒めてくれたくらいだ。母さんも誇らしいと言ってくれた。なんだか照れくさかったけど。水月はと言うと心配して初めは口を聞いてくれなかったが、今朝はもうこの通りである。


 そんなこんなで寝るのは結局、3時くらいになってしまった。それにしても病み上がりに雨に打たれて無理したけど、熱がぶり返さなくてよかったと思う。



 俺は妹と別れた後、一人で学校まで行き、生徒玄関に入った。心なしかまた、みんなからヒソヒソと噂話や視線を感じた。

 また、俺の変な噂まで流れてるのかね......?まあ、何となくだが今までよりはどこか好意的な気もしなくはない。


 少し、そんな状況に居心地を悪く感じながらも俺は、スニーカーを脱いだ。

 ふと顔を上げると後藤が俺の方をギョッとした様子で見ていた。そして俺と視線が合うと慌てて、その場から走り去ってしまった。


 何だあいつ......?俺を見るなり逃げるとは失礼なやつだな......

 気を取り直して下駄箱を開けようとしたところで後ろから肩を叩かれた。


「おっす!柚月!もう調子は大丈夫なのか?」


「おはよ!柚月!体は大丈夫?」


 白斗と桃太だ。二人には金曜日、球技大会の日に迷惑をかけた。土日にチャットでもお礼は言ったが改めてお礼することにしよう。


「ああ、もう大丈夫だ。サンキュ!」


「ならよかった!それにしても......」


「今日は大変だと思うよ〜?」


「大変って......何が?」


「まっ、すぐにわかるんじゃない?」


 二人はお互い顔を見合わせてニヤニヤとしていた。何だってんだ一体。俺何かしたかな......?

 そんな二人を尻目に下駄箱を開けた時だった。


「いっ!?」


 ガラララララと俺の下駄箱から何かが崩れ去り、大量の紙が地面に落ちた。


「......」


 俺は落ちた紙を一枚を拾い上げた。それは可愛らしいピンク色の便箋。表には何も書いておらず、裏を向けると、可愛らしい字で俺への宛名が書いてあった。そしてその便箋を止めるシールもこれまた可愛らしい、ハートのシールであった。


「じゃ、柚月!それ全部片付けてから来いよ」


「先行ってるね〜」


 二人は相変わらず、ニヤニヤフェイスを崩さずに楽しそうに教室へ向かって行った。


 ほう。これは、あれだな?ラブ......いや、流石にないな。今時、そんなものを書いてくる奇特な人間がこんなにいるとは思えん。つまりは......分かったぞ。新手のいじめだな?


 白斗に桃太も分かってたのか?薄情な奴らめ。手伝ってくれたっていいのに......

 それにしたって誰がこんなこと......


「!!」


 そうか。後藤か!だからあいつ、あんなに慌ててたのか......つまり俺に負けたのが余程悔しかったのか、こんな手の込んだ悪戯したというわけだな。一応内容を確認しておくか。なになに?放課後、屋上で待ってます?


 なるほど。放課後、屋上に浮かれてノコノコやってきた俺に何かしら嗾けるつもりらしい。今気づいてよかった。危ないところだ。いいだろう受けて立ってやる。何度だって勝ってやるさ。どうせ他のも似たような挑戦状みたいなもんだろ。可愛らしく、女の子っぽい字まで頑張って書いちゃって。ったく、どうすんだよ、この量。仕方ない、とりあえず、カバンに全部詰め込んで後で捨てよう。そんで屋上であった時にもうやめてもらうように後藤にも釘刺しとかなくちゃな。


 俺は散らばった大量の手紙を鞄に詰め込むと教室へ向かった。



 教室ではすでに、白斗や桃太も席についていた。クラスのみんなは俺が教室に入った時、一瞬今までしていた会話をやめ、俺を見た。そしてまたすぐに何事もなかったかのように話し始めた。


 まあ、金曜日ぶっ倒れたからかな。仕方あるまい。これが心配してのことだったらいいけど。

 俺はそのままゆっくりと自分の席に戻る。

 俺の席の隣には綾瀬さん。昨日ぶりだが、なんだか昨日の1日が濃すぎて久しぶりのように感じた。


 そして俺を見つけた綾瀬さんは心なしかモジモジしていたように感じる。


「ゆ、柚月、おはよ!」


「あ、ああ。おはよう。綾瀬さん」


「......」


 ?なんだ?挨拶をしたのに少しムスッとした顔をしているな。何でだ?


「えっと、どうしたの?綾瀬さん?」


「......本当に分からない?」


 なんだ!?なんの謎かけだ?くそっ!分からない!綾瀬さんがムスッとしている理由が!なんでそんな朝から不機嫌なの!?もしかして、月のモノですか?いや、こんなこといったら確実に殺されるからやめておこう......


「はあ......(名前......)」


「え?」


 ため息と共にボソリと小さな声で呟いた。小さすぎて俺の強化された五感を持ってしても聞こえなかった。


「名前で呼んでって言ってんの!!」


「え!?ええ!!」


「昨日は帰り呼んでくれたじゃない!なんでまた名字呼びに戻ってんの!?わ、私が折角、ゆ、柚月のこと名前で呼んでるのに!柚月も名前で呼ぶこと!いい!?」


「は、はい!!」


 まさにいつも通りといった感じで怒られてしまった。昨日の少し、しおらしかった彼女はどこへ行ってしまったのか。しかし、やはりこちらの方が綾瀬さんらしいといえばそんな気がする。それにしても呼び捨てとは、ハードルが高い。


 そこで俺は周りの様子が気になりを見渡した。何やら皆のものからニヤニヤした視線を受けているではないか。何故。白斗も一層ニヤニヤしている。あいつのニヤケ面は一発くれてやりたくなる。後でくれてやろう。


 綾瀬さんもそんな周りの視線に気づいたのか、慌てて座った。

 俺もそれに倣い、自席へと座る。


 そして鞄を横に置いた時だ。ひらりと先ほど詰めた手紙もとい、挑戦状が一枚こぼれ落ちた。


「......?何これ?」


 それを綾瀬さんが拾い上げた。


「な!?あ、あんた、これ......?」


「あ、それ?いや〜困るよな〜ほんと。同じようなのが下駄箱開けたら大量に入ってたんだ。見る?ほら、こんなに」


 俺は鞄に詰め込んだ大量の手紙を綾瀬さんに見せた。


「え!?こんなに!?」


(これってラブレターよね!?こんなに!?)


「あ、あんたこれどうするの?」


「え?これ?いや、どうするも何もちゃんと(後藤の挑戦には)応えるよ」


「これ全部!?(告白には)な、なんて答えるの?」


「いや、こんなの一つだけで十分だろ。答えは決まってるし、もちろん(挑戦は)YESだ」


「えええ!?う、嘘でしょ!?どこの誰かも分からないのに、YESなの!?」


「いや、まぁ、確かに名前は書いてなかったけど、多分あいつに間違いないな。それにしてもあいつ俺のこと好きだよなー。ちょっかいばっかかけてきやがってって......綾瀬さん?」


「(うそ、なんで、どうして......だれ.......?)」


 んん?何やら一気にテンションが下がったな。なんだか微妙に俺と綾瀬さんで会話が噛み合っていない気もする......気のせいか?


 それに俺がまた呼び捨てするのを忘れたにも関わらず、それに気づく素振りもなく、ぶつぶつと譫言のように何かを呟いている。そして、綾瀬さんはハッと何かを思いついたかのように、スマホを取り出して慌てて何かを入力し始めた。誰かに連絡をとっているようだ。誰だろう......?


 気になって話しかけようとしたところで先生が入ってきてしまった。


「おーす、出席とるぞー」


 綾瀬さんの様子が気にはなったが、先生が名前を点呼し始めたので前を向くことにした。

 ん?そういえば、水原さん来てないな?やっぱり昨日の今日だ。心の傷は残っていることだろう。帰りに様子見に行ってみるか?

 そう思っていたら先生が丁度、点呼する。


「みずはらーって、そうか今日は休みだったな」


 先生がそう言うと少し周りがざわざわとし始めた。


「ねえ、やっぱり襲われたのって本当だったんじゃない?」

「そうだよね......水原さんかわいそう」

「くそっ、俺がその場にいたら守ってあげたのに......」


「うーい、静かにしろー。続き点呼するぞー」


 どうやら昨日の出来事はもう噂になっていたようだ。どこから情報漏れてんだよ。これで水原さんが来づらくならなければいいけど......


 今は様子を見るしかないか。


 相変わらず、横でぶつぶつ言っていた綾瀬さんを少し気にしつつもまた慌ただしい今日の1日が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る