第49話:罪の意識「変われるよ」
その後、到着した警官たちによって男たちは連行されていった。そして、水原さんを含む女の子たちは婦警さんに保護されながらも俺も同様に事情聴取のためパトカーに乗り、最寄りの警察署へ移送された。
初パトカーにテンションが上がって怒られたのはここだけの話である。
結局、俺たちが解放されたのは、深夜になる時間の前のことだった。もちろん親にも警察の方から連絡済みである。俺と水原さんは未成年ということもあり、被害も未遂で終わっている。そのため、他の女の子たちよりも先に帰されたのだった。
他の人たちも心配ではあるが、そこはやはり他人。冷たい言い方にはなるがこれ以上心配しても仕方なかった。後は警察の方達がケアしてくれることだろう。それよりも同じ、クラスメイトの水原さんの方が俺にとっては身近な存在であり、これまで関わりがあまりなかったとはいえ、大事である。
解放されてから本当はパトカーで俺も水原さんも送ってもらえることになっていたのだが、なぜだか婦警さんに「水原さんを家まで送ってあげて」と依頼され、送ることとなった。今は、精神的に参っている水原さんのケアを俺に任せるつもりらしい。
それでいいの、警察の皆さん?この時間、補導対象だよ?
それにしても何か忘れている気がする。あ、自転車......
後で取りに行くことを決心した。
今、俺は警察署からの帰り、水原さんの家に向かって歩いている。既に深夜。学生の出歩いていい時間ではない。雨は既に上がっていた。
「......」
「......」
帰り道。俺は水原さんを自宅まで送ることを任務として与えられた。それ自体は別に構わない。怖い経験をした彼女の精神的疲労を俺如きが少しでも取り除いてあげられるなら俺は喜んでそれをする。
水原さんも婦警さんのカウンセリングにより、だいぶ落ち着いたようではあった。
ただ、一つ気になる点があるとすれば、水原さんが俺の腕にまるでコアラのようにずっとしがみついていることだ。その表情は何か思い詰めているようにも感じる。抱きつくのも構わないけど、俺も一介の高校生男児。そのお山の感触はどうにも忘れることはできなさそうである。性被害にあった後で不謹慎ではあるが許して欲しい。
警察の話によれば、あの下衆どもはこの近辺でよく女性を拉致して強姦紛いのことをしていたそうだ。クラブで金にものを言わせて女の子たちを囲い、薬を盛ってあの家に連れ込む。常套手段だったようである。
これまでこの経緯が発覚しなかったのは、被害者の半分は、無理やり犯された後に写真などを撮られて脅されていたからとのこと。そして残りの半分は驚くべきことに同意の上で行っていたからである。やはり、お金がある男に対して群がる女性も一定数いるわけだ。自分の体を売ってでも。
それと今回の事件もクラブで薬を使って連れ去ったということだったらしい。クラブとは無縁そうな水原さんがどうしてそんなところにいたのは不明であるが、無事助けることができてよかったと思う。
それはともかく、これからまだまだ、あの男たちには余罪が出てくることだろう。思ったより大事になったが、俺たちが住む街のことでもある。これで一安心だ。
「時東くん......」
考え事をしていたら不意に名前を呼ばれた。
「ごめん、ここ。私の家......」
もう着いたのか。というかほぼ無言だったせいで全然心のケアできてないんですけど!?明らかに人選ミスでしたね......
そして水原さんが指さしたところは、ベニヤ板で作られたなんともいえない平屋だった。
「......」
少し、意外な事実に驚きを隠せないでいる。なぜなら俺は水原さんがお金持ちだと思っていたからだ。身なりは綺麗だし、学校でもよくブランド品を持ち歩いていて、友達ともそんな話をしているのを知っている。
その優れた容姿に加え、一般の生徒では到底手に入れられない高級なものを持っている。キラキラした憧れの女子生徒。というのが学校での主なイメージだった。
そんなイメージと合わない現実が今、目の前に広がっている。
「......引いたでしょ?これが本当の私なの」
しばらくの間、驚きを隠さず固まっていると水原さんがポツリとこぼす。
「いつもの学校での私は嘘の私。本当はこんなオンボロ小屋に住んでるの。私の家貧乏なんだー......」
どこか投げやりになったように水原さんは家の横の外壁にもたれ掛け、話始める。その表情は暗い。
「あいつが言ってたこと間違いじゃなかったんだ。私、学校ではいい子ぶってるけど、外では男を騙していっぱい貢がせてたの。今日のことだって同じ。あいつを利用してやろうって思ってたの。そしたら自分が痛い目みちゃった」
「......」
「こんなの自業自得だよね。バカだったよ。私もあいつらとなにも変わらないクズなの」
水原さんは自分を責める口調で話す。俺は水原さんの知らない一面に触れて、「水原さんは違う。クズじゃない」なんて無責任な言葉は言えなかった。少なくとも自業自得であるということについて、どこかその通りだとも思ってしまった自分がいる。
「私にとって男は自分を高めるだけの利用できる道具。そう思ってたの。いつか成り上がって、自分を捨てた父親に復讐がしたかった」
また、少し鼻声になってきた。今の彼女は精神が不安定になっている。父親との間に何があったのかはわからない。
本来であれば、被害にあった彼女にかけるは優しい言葉なのかもしれない。だけど、それではいけないと俺は思った。俺がかけるべき言葉は別のことのような気がした。
今の水原さんは自分がしてしまったことにどう報いればいいかわからないと言った様子だった。そして被害にあったことによる心的ストレスと自分も同じことをしている加害者意識によって自暴自棄になっている気がする。
だから俺は決意し、それを口にする。
「確かに、水原さんのしてきたことは最低だと思う。俺は別に被害を受けたわけじゃないけど、今までそうやって利用してきた男たちは少なくとも恨んでるかもしれないね。中には本気で水原さんのことを好きになった人もいたと思うんだ。そんな気持ちを水原さんは弄んだ。それは許されることではないと思う」
「......そう......だよね。分かってるよ。私、最低の性悪女だもん。自分がされて初めて気づくようなバカなの」
水原さんは俺の言葉にかなり動揺している。分かっていても人から言われるのは堪えることだと思う。
「だけど」
「......?」
「だけどまだ間に合うと思うよ。今気づけたんならやり直せる」
「......そんなの無理だよ」
「無理じゃないよ。今までそうやって扱ってきた男たちに謝ればいい。間違っていたと。ごめんなさいと。中にはひどい言葉を言われることだってあるかもしれない。だけどそれは水原さんが受け止めるべきだよ」
「......」
尚も水原さんは俯く。それでも水原さんが後悔しているなら、そのことについて思い悩むならここは俺も後押ししてあげたいと思った。
「それに......それに一人で怖いなら俺も一緒に謝ってあげるから。だから勇気を出そう?」
水原さんは目を見開く。まさに予想していなかったといった様子だった。そして緊張した面持ちで言葉を紡ぐ。
「......変われるかな?こんな私でも......」
「変われるよ。今回気付けたんだ。必ず変われる。俺だって変われたしね」
誰もが自分のギャップに悩んでいると思う。俺だってステータスが見えるようにならなければあのまま腐った人間になっていたことだろう。だからこそ、目の前で苦しんでいる水原さんを放ってはおけなかった。
「えっ!水原さん!?」
「......ぐす......ぐす......」
俺の言葉を聞いた水原さんはまた震え出し、涙を流し始めた。
ええ!?ヤバイ!泣かせちゃった!?どうしよう!?どうしよう!?偉そうなこと言って泣かせちゃった!!どうすればいいの!?
俺の内心は酷いものだった。焦りに焦る。確かに今日、性被害にあったばかりの女性に説教とは......やってしまった。傷口を酷く抉ってしまった形だ。俺こそ最低だったか......
さっきまでの偉そうな自分を反省した。
「ご、ごめん!俺、水原さんのこと何も分かってないのに偉そうに......ごめんね?」
俺は水原さんに近づいて謝る。俺にできることはこれしかなかった。
「違うの......違うのぉ......」
「え?」
「その、ごめん。時東くんのせいじゃない......嬉しかった......私に面と向かってそんなこと言ってくれた男の人、時東くんが初めてだったから......嬉しかったの......」
水原さんはそう言うと俺の胸にまた、もたれ掛かる。
「......ぐす......もう少しだけ。もう少しだけこうさせて......?」
俺は無言で頷き、寄りかかって泣く彼女をゆっくりと抱きしめた。
彼女の中で何か変わってくれた。そんな気がした。
────
「ごめん。もう大丈夫......」
俺は胸からゆっくりと離れる水原さんの顔を見た。そこには涙で赤く腫れている目蓋があり、目が合った。
「み、みないで!」
そんな俺の視線に気づいたのか、水原さんは慌てて俺に背を向ける。そして背を向けてしばらくしてから話し始めた。
「......今日はありがと。助けてくれて嬉しかった。それにさっきの言葉も。その......私頑張ってみる。誠心誠意謝るよ。貢がせたお金は、バイトして返そうと思う」
「うん。水原さんならきっとできるよ。難しかったらいつでも言って?俺もできる限り手伝うからさ」
「ありがと......」
また少し、静かな時間が流れた。未だに水原さんは俺に背を向けている。
「私ね。男の人なんて好きになったことなかった。ずっと男はみんな父親みたいにクズだって思ってた。だけど、違った。今日で私の価値観変わっちゃった!」
水原さんは声色を高くして、こちらに振り向いた。その顔はどこかスッキリした顔で笑顔だった。綺麗だと思った。
「だから......」
「っ!?」
唇に触れるは柔らかな感触。これは......
「だからこんな私にした責任とってね?柚月くん?」
1秒に満たない時間だった。
眼前には水原さんの整った顔があった。そして水原さんは顔を朱に染めながら慌てて俺から離れた。
「今日はありがと!おやすみ!また学校で!!」
バタン。古びたドアが音を立てて閉められた。
なんだ、今の......?何か。何か柔らかな感触が......
え?え?え?い、今のって......えーーーー!?
頬が熱い。
俺はしばらくその場所から動くことができなかった。
そして俺が家に到着したのは日を跨いでのことだった。どうやって帰ったかは覚えていない。
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