第48話:救いの手「怖かったよぉ......」
俺は、車が走り去った後、慌てて車が止まっていたところに向かい、その車が走り去って行った方向を確認した。
夜ではあったが、繁華街ということもあり、周りは明るく、その車の状態はしっかりと確認する事ができた。
車のナンバーと後ろ側のバンパーに大きな傷があったことを記憶し、俺はその車が走って行った方向に向かって走った。
今、自分に持てる全力で車を追いかける。割と本気でプロランナーくらいの体力はあるんじゃないかと思う。
日曜の繁華街。交通量も多く、車は何度か信号に引っかかっていたため、視認できる距離まで何度か近づくことができた。それでもやはり車の速度には追いつけなかった。
「くっそ......足痛ぇ......あ、雨......まじかよ」
今の格好はスーツに普段、履き慣れていない革靴。靴づれにより、足首が痛んで集中して走る事ができない。更には追い討ちで雨まで降ってきてしまった。コンディションは最悪だった。
そうして痛みで足を抑えているうちに車は信号を曲がっていってしまった。
「ちっ!このままじゃ見失ってしまう」
車に連れ込んでいた男は、前に水原さんとあった時にスポーツカーに乗っていた男だった。
本当はただのお節介かもしれない。彼女は自分の意思であの男と一緒にいるかもしれないと思ったからだ。それでも、あの様子は異常だったように思えてならない。
ただのクラスメイト如きが何でしゃばってるんだって思われるかもしれないが何かあってからでは遅い。もし、ここで気にしないで帰って本当に何かあったら俺は本当に後悔することになると思う。
そう、これは俺のエゴだ。ただのでしゃばりなら怒られればすむ。それだけの話。
「あれ?君大丈夫かい?」
手をついて休みながらそんなことを考えていると後ろから声をかけられた。気の優しそうなおじさんでメガネを掛けている。鼻の下にはチョビヒゲ。
そこは自転車ショップで雨が降ってきたため、外に出している自転車を店内に入れようとしているところだった。
「え?あ、いや......」
「スーツなのにビショビショだし、風邪ひいちゃうよ?」
そこで俺は閃いた。自転車ならもしかしたらあの車に追いつく事ができるかもしれないと。
「あの、すみません。実は......」
俺は迷った挙句、店長さんであろうこの人に訳を話すことにした。
「なるほど......それで自転車を貸して欲しいと?」
「はい......す、すみません。時間もないので貸していただけないなら俺......」
「まあ、待ちなさい」
店長さんは奥の部屋に行くと一台のクロスバイクを持ってきた。
「......これは?」
もしかして貸していただけるのだろうか。
「あげるよ、これ」
「え!?いいんですか!?」
まさかくれるとは。意外な一言だった。
店長さんはにこやかに笑うと俺の肩に手を置く。
「ああ、これはもう捨てようと思っていたからね。これで追いついてカッコよく、女の子を救ってきたまえ!」
「......!はい、ありがとうございます!」
指を立て、キラリと白い歯を見せた店長さんにお礼をいい、俺はそのクロスバイクにまたがる。少し、時間が立ちすぎた。急いで向かおう。あそこから曲がったら少しして住宅街だったはずだ。
普通に警察に連絡しろとかいろいろ言われるかと思ったが、あの店長さん優しかったな。今度、何か買いにこよう。そう胸に決めて、俺はそのまま車が走っていった方向へ向かって漕ぎ始めた。
クロスバイクというものに初めて乗ったにも関わらず、すごくよかった。これで誰かを追いかけて、雨に打たれていなければもっと楽しかっただろう。
そして全力で漕ぎ初めて数十分が経ったところだった。俺は、水原さんたちを乗せた黒いバンをついに見つける事ができたのだ。大きな家の前に停まっていた。
ぐるぐると住宅街を探し回った結果、思ったより時間が経っている。無事だといいんだけど。
バンが止まっている横にクロスバイクを立てかけ、俺はそのままその家の門を静かに開けた。
既にスーツは水浸しで体は重かった。裾は泥ハネでかなり汚れている。父さんの大切なスーツをかなり汚してしまった。後で謝ることにしよう。
俺はその重いスーツのまま、玄関まで進む。
あれ?これってよく考えたら不法侵入だよな?これでもし、ただの勘違いだったら相当問題な気がする。どうする......?一旦インターホン鳴らしてみるか?
豪勢な装飾がなされた玄関前でそう迷っているところだった。
やめて!誰かっ!誰かー!!
「!!」
微かだけど確かに聞こえた。これは水原さんの声だ。普通の人だったら聞こえなかったかもしれない。今の俺は、ステータスにより、五感が研ぎ澄まされている。
「やっぱり、ここに水原さんがいるのか!?今のは2階か......?」
玄関を慌てて開けようと思って持ち手を引くが開かない。鍵がかかっている。
「こうなったら、どこか裏口とか探すしかないか......ちんたらしてられないな」
俺は周囲の様子を確認しながらも、家の外壁に沿ってどこかから、入れないかぐるりと周ることにした。
しかし、各部屋の窓を確認してもどこも鍵は開いていない。
「くそっ!......ん?」
そのうちの一つの窓のカーテンが閉まりきっていないところを偶然見つけ、覗き込む。
「水原さん!」
そこには後ろを確認しながら階段を慌てて駆け下りる水原さんの姿があった。階段からこの窓は離れており、外の大雨も相まって俺の声は聞こえていないようだ。そして2階の奥の方から男が怒りの形相で同じく階段を追いかけてきている。前にスポーツカーで水原さんを送っていた男だ。
水原さんはそのまま階段を降りた後、角を曲がり、奥の部屋へと入って行った。男もそれを追いかける。
あの部屋はここから反対側にある。先程確認した窓もあちら側にあったはずだ。俺の空間認識能力がどれほどのものかは分からないが、とりあえずそっちの方向へ向かうことにした。多分あってる。
そして、窓の前までくる。当然鍵はかかっており、開けることはできない。
耳を窓に引っ付け、澄ませば中から怒号が聞こえてくる。そして、大きな音と共に男の笑い声が聞こえてきた。
ヤバイ。いくしかない!こんなアクションスターみたいなことできるか?いや、やるしかねぇ!
俺は覚悟を決め、後ろに下がり、頭を腕で覆いながら突っ込んだ。そしてそのままくるりと一回転して部屋に侵入し、片膝を着いた。
しかし、窓ガラスの破片が俺の手に突き刺さりまくっている。
「いたっ!?いった!バカじゃねえの、これ!?」
映画とかでよくみるけど、これ本当に危ない。怪我する。というかした。手首から先に破片刺さりまくってんじゃん。頭刺さってないよね?大丈夫だよね?ハゲない?
やっぱりあれはフィクションの出来事だったのか......
「てめぇ誰だ!?なんでそんなとこから!?」
手に刺さった破片を丁寧に抜いていたら男から声をかけられた。危ね、完全に今、俺の意識はガラスの破片にいってた。男は腰布一枚である。
そして頭を上げた先には水原さんが涙を流しながら、まさに頭にハテナを浮かべた状態でこちらを見ていた。
「と......き......とう......くん......?」
蚊の鳴くような小さな声で俺の名前を呼んだ。状況を理解した俺はすぐに声をかける。
「水原さん!大丈夫!?待ってて!すぐに助けるから!」
「おいおいおいおい、不法侵入だぞ、クソガキ。ここが誰の家か分かってんだろうな?」
半裸というかほぼ全裸の男が怒りを露わにする。
「あんたも自分が何やってんのか分かってんのか?普通に犯罪だぞ!?水原さんを解放しろよ」
「はあ?んなこと知るかよ。どうせこの女共はどいつこもこいつも俺の金に目が眩んでるようなやつらばっかりだからな。そんな女どもをどうしようと俺たちの勝手だ。それに終わったら金だってくれてやるんだ。文句もないだろ。現にこの女だって、金目当てで俺に近寄ってきた卑しい奴なんだからよ」
男は腕を掴んでいる水原さんをぐいっと引っ張る。
「いゃぁ......」
「おいっ!」
水原さんが力なく悲鳴を上げる。水原さんを乱暴に扱う男につい、声が出てしまう。男はククと笑い、話を続けた。
「それに......こいつみたいに自分の容姿に自信を持ってるような奴らは自分を中心に世界が回ってると思ってやがる。男を手玉に取れると勘違いしてるようなやつらばかりだ。だからそんな勘違い女どもを逆に罠に嵌めて、ハメんは最高に楽しいんだぜ?」
思った以上にクズだった。聞いているだけでイライラしてくる。
「いいから水原さんを離せよ、変態野郎。自分がどんな格好で偉そうに喋ってんのか分かってんのか?思ったよりダセェぞ?」
「はっ。ガキが調子に乗りやがって」
「きゃっ!」
「水原さん!」
男は水原さんの腕を離し、乱暴に床に放り投げる。
そして男はそのままそこに立てかけてあった、ゴルフクラブケースからクラブを引き抜き、構えこちらに振りかぶってきた。
待て、それは洒落にならない。
俺は寸前のところでその攻撃を回避した。
痛って!手を付いたらまた、破片で切った。
「オラァ!!」
「っ!」
尚も男の攻撃は続く。男は縦、横と連続でクラブを振り回してくる。危ないったらありゃしない。
だが俺も避けてばかりではない。隙を見つけてはボディに何発かお見舞いしていた。
「はあ、はあ、はあ......」
男は痛み耐えている。屈強そうなのは見た目だけではないようだ。
「クソがっ!」
男は尚も気力を振り絞り、また一段と早くクラブを振り回す。俺はその攻撃を避ける。避ける。避ける。幸いなことにこの部屋は広く、ものが少なかったのと、男の攻撃が単調であったため、避けるのは容易だった。
どうにか反撃の隙を伺う。そして大きく降り被った縦の一撃を俺は左横にスッと避けた。男は隙だらけ。俺はそのまま男の右肩を勢いよく掴み、そのままの勢いで下半身を浮かせ両足を男の首に挟む。後は、遠心力のまま体を捻って相手をそのまま首から放り投げた。プロレス技で言うフランケンシュタイナーと呼ばれる技だ。
「ぐぉ......」
相手はそのまま地面に激突し、意識を失った。
「よっしゃ......初めてにしちゃ上出来か......?水原さん、もう大丈......うおっ!?」
俺が裸男を倒してから水原さんの方を振り返ろうとした時、タックルをされてそのまま地面に尻餅をついた。
「ぐす......ぐす......怖かったよぉ......」
俺はそのまま水原さんに抱きつかれたのである。いつも教室で明るい水原さんがここまで怯えるとは。よっぽど怖かったんだろう。俺はそのまま俺の胸で泣く、水原さんを抱きしめながら、よしよしと頭を撫でた。
しばらくそのまま、水原さんを抱きとめていた。水原さんが少し落ち着いてきたところで声をかける。
「水原さん、動ける?とりあえず、ここから出た方がいいと思うんだけど?」
水原さんはまだ、喋れないのか無言で首を横に振った。
「ま......だ、他の子いる......」
そういえば、複数人があのバンに入れられてたな。
「分かった、水原さんは警察に電話しててくれる?他の子の様子も見てくるから。はい、これ俺のケータイ」
「やだ......置いてかないで......」
水原さんは怯えながら立ち上がった俺にしがみつく。だから俺はそのまま水原さんに優しく、抱きしめて耳元で囁いた。
「大丈夫、すぐ戻ってくるよ。だからここで待ってて?」
抱きしめた水原さんを離すと水原さんは不安そうに頷いた。
俺は、そこに横たわる裸族を部屋にあった、もう一つのクローゼットに運び、鍵を閉めた後、2階へ上がった。
2階はひどい有様だった。俺は、他の下衆どもを難なく始末した後、怯える女の子に細心の注意を払いながらも一つの部屋に集め、警察がくるまで待った。その間ずっと水原さんは俺に抱きついてその手を離そうとしなかった。
そして間もなく聞こえてきたパトカーのサイレンと共に慌ただしい今日の1日が終わった気がした。
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