第47話:マダー②「ごめんなさい......ごめんなさい......」

 今日はこの前出会った男に誘われて、クラブのVIPルームへ連れて行ってもらう約束の日だった。

 朝起きてから早めに家を出た私は夕方の時間になるまで街でブラブラしたり、適当な男に連絡を付けてご飯を奢ってもらったりして時間を潰した。


 そして、約束の時間の17時に駅近く、繁華街にある、G-FUSSジーファスと呼ばれるクラブに来るように言われていた。


 未成年ということでクラブにこれまで来たことはなかった。あまりどういう服装が適当かは分からなかったが、とりあえず男が喜びそうな、体のラインがよく出る服を着て行った。タイトスカートのワンピース。昼間の男も明らかに体を舐め回すようにみていた。

 気持ち悪いとは思うが別に嫌いではなかった。


 そうして大人っぽい服装と化粧をしていたとしてもやはり、入り口で年齢確認はされてしまった。

 困ったことに私はここを突破できるような、証明するものを持ち合わせていない。そもそも未成年である。


「ええ〜今日忘れちゃって〜。だめですか〜?」


 そうやって入り口でスタッフに色仕掛けを仕掛ける。胸の谷間を強調したこともあって食い入るように目線がそこに向いているのがわかった。


「だ、だ、だめですよ......」


 もう少し押せばいけるな。そう思った時だった。


「おい、コイツは俺の連れだ。分かってるよな?」


「た、高藤様!申し訳ございません!」


 後ろから現れた、その男は今日、私を誘った張本人であった。


「悪かったな、待たせて。じゃあ、行こうぜ」


 私はそのまま高藤に肩を抱かれたまま、クラブの中に入場した。この高藤という男、親がこのクラブを経営しているとのことだった。自分の実力で手に入れたわけでない、親の七光の分際で偉そうにしていたのは気に食わなかったが、愛想よくしておいた。


 まだ17時過ぎ。開演したばかりのそのクラブには既に多くの人が入ってきていた。どうやら今日はイベントを開催しているらしい。ハロウィンはまだだというのにコスプレなどをしている客もちらほらと見える。


 そして薄暗い館内を煌びやかに光らせるネオンライトが飛び交う中、VIPルームまでの道を歩いていく。

 爆音で流れる音楽や、躍り狂う人。お酒を飲んで男女で乳繰り合ってる人もいた。なんだか異世界に迷い込んだような気分であった。


「お?龍二!やっときたか!その子が言ってた子か!可愛いじゃん!あ、今きたこいつが龍二ね!」


「悪りぃな、遅れちまった。だろ?そっちの女の子たちもよろしくな」


 VIPルームに着くと既に男たちが女の子を間に挟んで座っていた。このVIPルームは広く、今来た私たちを含めて合計で8人となった。男女4人ずつだ。


 そしてそのまま、先に来ていたチャラそうな男に連れられるがままに、高藤の隣へ座らされた。そして反対側にはその金髪ロン毛のチャラそうな男も座る。


 どうやらこのメンバーは高藤と同じ大学の連れみたいだった。高藤もボンボンなのでコイツらもボンボンなのだろうか。ということはここで仲良くなっておけば、いい金ヅルになるかもしれない。そんな打算的なことを考えていると金髪ロン毛から話しかけられた。高藤は今、私の反対側に座る、女の子と話しているみたいだ。猫撫で声が聞こえる。


「君、名前なんていうの?」


「茜って言います〜。お兄さんは何て言うんですか?」


「オレ?オレは、蓮って名前!」


「ええ〜カッコいい名前ですね〜?」


「でしょ?よく言われる!」


 私の言葉に気分をよくした蓮と名乗った金髪ロン毛は分かりやすくテンションをあげる。

 なんか、ナルシストっぽくてきもい。こいつ絶対自分のことカッコいいって思ってるタイプだ。


 そんな本心とは別に私は金髪ロン毛の機嫌を取るために、高藤と同様に適当な話に愛想よく答えていた。


「あ、そういえば、茜ちゃんお酒飲む?何がいい?」


 ここはクラブ。もちろんお酒の提供はセットと言っていいほど当たり前なのである。

 高藤、私のこと未成年とは言ってないようね......

 もちろん、どうするか迷ったか、別に今更いい子振る気もない。それにお酒というものを飲んでみたかったのも確かだ。場所の雰囲気もあるだろう。


 私はメニューを指差し、美味しそうなカクテルを選んだ。



 そしてお酒を飲み始めてしばらく経ってきたころ、なんだか体が熱くぽ〜っとしてきたのが分かった。初めての感覚に戸惑いつつも、お酒を飲むのを私はやめなかった。


「おう、茜。飲んでんじゃん!どうよ、始めてきた感想は?」


「た、楽しいです〜」


 少し自分でも酔っていると自覚している分、私は、まだまだ大丈夫だと高を括っていた。

 そうして、しばらく、そのVIPルームでお酒を浴びつつ、くだらない話で盛り上がったところで、私は自分の意識が保って居られなくなった。

 それは、他の女の子たちも同様だったようだ。机やソファに突っ伏している。


 薄れゆく意識の中、男たちの下卑な声が聞こえた。だけど、何を話しているかまでは分からなかった。


 ◆


「ん......?あれ?ここは......」


 次に目が覚めた時は、どこかの家の広い部屋の中にある、キングサイズほどあるベッドの上だった。


 なにここ......?

 どういうこと?私の携帯はどこ?私何してたんだっけ?確か......クラブで飲んでてそれで......だめだ、その後が全然思い出せない......


 ベッドの他にはソファや小さなガラステーブルと部屋の中は最低限のものしか置いて居なかった。

 私は、持ってきた小さな鞄に財布も携帯も入っていることを思い出し、探すもこの部屋には見当たらない。


 私は、携帯がないことと意味のわからない場所へ連れてこられたことへの焦燥感に駆られながらも部屋の扉から外へ逃げ出そうとした。


 そして扉のドアノブを回す。


「よかった、鍵はかかってないみたい......」


 そのままドアノブを回した時。


 キャァーーーーーー


「えっ!?何!?」


 この家のどこからか女性の悲鳴が聞こえた。


 何なの!?ホラー映画じゃないんだからさ......


 外は大雨、雷もなっている。ますますホラー感が増してきた気がした。

 私は気を取り直してドアを開けようと手を伸ばした。だけど、その手はドアノブを空ぶる。そしてそのままドアがキーという音を出して開いた。


「へ?あっ!」


 その目の前に現れたのは、腰にタオルを巻いて上半身裸だった、高藤だった。


「なんだ、もう起きちまったのか」


「な、ななに?何なのここ?」


「んあ?ここはオレん家の別荘みたいなもんだ。そんでここでよくあいつらと遊んでるわけよ」


「そ、そうなんだ。あの、介抱してくれてありがと。そろそろ私帰らなくちゃ行けないから!荷物返してくれない?」


「はあ?帰るぅ?帰すわけねえだろ。これからお前はオレと楽しいことすんだからよ?」


「え?ちょ、やめて!」


 高藤はそういうと私の腕を掴む。私は抵抗を試みるも高藤の力は強くビクともしない。そしてそのまま腕を引っ張られ、ベッドに投げとばされてしまった。


「キャッ!ちょ、お願い!やめてよ!」


「ははは、諦めろや。他の子たちも楽しくやってからよ。お前みたいな上玉久しぶりだし、興奮してきたわ」


 ヤバイ。このままじゃ本当に襲われる。高藤の息遣いは少し荒い。高藤の言い方から今までもこうやって何人もの女の子を釣って食い物にしてきたんだろう。こんな下衆野郎にヤラレるなんて絶対に嫌!

 私は完全に自分のことを棚に上げながらも、目の前のことでいっぱいだった。そしてそのまま高藤に覆いかぶさられる。


「いやっ!やめて!お願いっ!な、なんでもするから!ねえ!」


 高藤の舌が首筋に沿って移動する。ぞわり。全身に鳥肌が立つのが分かった。


「んぁっ!やめてー!誰かっ!誰かー!!」


 私は全身でジタバタともがきながらも大声を出して助けを呼ぶ。だけどそう都合よく。助けは来ない。


「はっはっは。叫んだって誰もこねえよ。ここにいるのはオレの他にあいつらだけだけだからな。あいつも今頃楽しんでるだろうよっと、おら。その手邪魔だ」


 ダメだ。本当にダメ。

 高藤は私の両手首を片手押さえ込む。力じゃ勝てない。

 そして、高藤はそのままもう片方の手で私の胸を揉み始める。


「やだやだやだ、やめてってば......んっ!?」


 途中から恐怖で涙が溢れてくる。それでも目の前の男は手を止めない。そしてそのまま男は自分の口を私の口に被せてきた。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!

 別に大切していた訳ではなかったが、最悪のファーストキスだった。そして今度は無理やり舌をねじ込もうとしてくる。


「んーっ!!」


 私はその気持ち悪さに顔を歪めながらも諦めることなく、ジタバタを続ける。そして、ついに男の片方の手から左手を抜き取る事に成功して、ベッドのサイドテーブルにある、電気スタンドを手に取った。そしてそのままそれを掴んで思いっきり、高藤の頭へ振り落とした。


「がっ!?」


 高藤の後頭部へ見事命中し、高藤が痛みで悶える。そして私の体に乗っかかっていた体が浮いた隙に私は体を最大限にひねり拘束から脱出した。


「ってえ......」


「ひっ」


 私はそのまま、高藤が入ってきたドアへ向かいその部屋から逃げ出した。


「てめぇ!おら!待てや!!」


 後ろの方から怒り狂った高藤の声が聞こえる。奥行の長い廊下を走る。他にもいくつか部屋があったが、そちらからは女の喘ぎ声が聞こえてきた。きっとあそこにいた他の女の子たちが他の男に襲われているのだろう。助けてあげたい気持ちも少しはないことはなかったが、今は私は自分の身のことしか考えられなかった。私は脇目も降らずそのまま廊下を走り抜けると下へ続く階段を見つけた。


「はあ、はあ、はあ......」


 息遣い荒く、慌ててその階段を駆け下りていく。

 玄関を探すも見当たらなかったのでどこか、隠れられる場所がないか探した。そして1階の奥の部屋に忍び込んでクローゼットに隠れ、鍵をしめた。更に扉の前にものを倒し、簡単には入ってこられないようにした。


「なんなの......ほんとやだ......」


 小さく独り言が溢れる。頭を抱えながらその場に蹲った。先程の高藤に襲われたことを思い出し、身震いした。震えが止まらない。


「おいっ!どこだ!?この部屋に入ったのは分かってんだよっ!さっさと出てこい。今なら気持ちいいことだけで済ませてやるからよ」


 クローゼットの外から高藤の声が聞こえる。そして私の隠れているクローゼットのドアノブが回る。


「ちっ!鍵かけやがったか。まあいい、おいっ!ここにいるのは分かってんだぜ?今からぶっ壊してやるからよ。覚悟しとけ」


 ヤバイヤバイヤバイ......どうしよう?どうしたらいい?

 私が何したっていうの?なんで私ばっかりこんな目に......


 感情のうねりを堰き止められない。

 私は自分の体を抱きしめる。恐怖と涙が止めどなく溢れる。頭の中がぐちゃぐちゃだった。


 涙のうち恐怖で頭がおかしくなったのかもしれない。


「ごめんなさい......ごめんなさい......」


 よく分からない感情で胸がいっぱいだった。

 それは今まで私がしてきたことへ対する懺悔の気持ちだった。


 ......そうよね......私もあいつらと同じだったかもしれない。

 女の子を食い物にしてきたように私も男たちを食い物にしてきた。その結果がこれ。まさに因果応報というやつだった。


 ばん、ばんと男が何かでドアを打ち破ろうとしている音が聞こえる。


 もし、ここをちゃんと出れたら今度は真っ当に生きよう。だからお願い、誰か助けて......

 そんな叶うはずのない願いを祈った。


 だけどそんな祈りは届かなかった。ドンという音と共に乱暴に扉は壊され男が入ってきた。


「みぃーつけた。オラ、こい!」


「やぁ......」


 恐怖で声が出ない。男に腕を引っ張られてクローゼットから出された時だった。

 ガシャンと目の前の窓が割れた。何かが部屋に入ってきたようだった。

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