第43話:カラフルエモーション「「「「......」」」」

※柚月が気を失った後の出来事


球技大会。バスケの準決勝で柚月たちのチームが後藤たちのチームを倒した後、そのまま柚月は橙火に抱きついたまま、気を失ってしまった。橙火は初め、抱きつかれたことに驚き、硬直していたのだが、返事のない柚月の様子にすぐに慌てて先生を呼んだ。


そして柚月は多くの生徒に見守られる中、同じチームメイトだった白斗に負ぶわれる格好で保健室まで運ばれるのであった。



その時の様子を見ていた多くの生徒たちは、体調が悪いながらも奮闘した柚月について口々に評価を改めた。


「時東ってすごいやつだったんだな」

「ああ、見直した」

「すごくカッコ良かったね」

「私ちょっと好きになっちゃったかも......」

「体調悪いのに......化け物かよ」

「俺、今度、あいつに話しかけてみよ」

「あ、私も!」


この言葉を柚月が聞いていれば、歓喜のあまり飛び跳ねていたことだろう。それに今まで、柚月を馬鹿にするような噂を立てていた他の生徒たち態度が変わって橙火はスッキリとしていた。これは橙火だけではなく、紫や桜。紅姫も同じであった。


今までこの噂に対して、橙火たちが否定してこなかったわけではない。いくら否定しても信じてもらえなかったのだ。噂の当事者であるにも関わらずに。それには、いくつかの理由があった。


まず一つ目は一部、柚月と彼女たちとのやり取りに目撃者がいたということ。中身の事実が異なっていても、結果だけを見ている生徒たちの目には先に広まった噂の方が真実として根付いてしまったのだ。


また、この噂の出所についてはやはり、学校でもカースト上位の人気者、荻野が絡んでいたということもある。

諸悪の根源は実際のところ、荻野たちではないのだが、途中から面白半分に噂について話していたのも事実。美少女と呼ばれる彼女たちではあるが、そこまで人付き合いが多い方ではなかった彼女たちとは違い、結果的に他のクラスにも友人が沢山いたということもあり、噂が噂を呼び、いち早くねじ曲がった事実が流布されていったのだ。


しかし、その評価は全てとはいかないかもしれないが改善された。それも含め、柚月の努力は報われたということであろう。


だが、今回の件で評価を改めた、柚月とは別に逆に評価を貶めたものもいた。

柚月たちがいなくなった体育館では引き続き、生徒たちがおしゃべりを続けていた。


「あの噂ってやっぱり嘘だったんじゃない?」

「そうだよね。そんなことするような人に見えないもん」

「え?っていうことは後藤君と綾瀬さんのことも嘘だったってこと?」

「そうだろ。途中から思ってたけど、明らか綾瀬さんとか後藤避けてたじゃん」

「そうだよね〜。綾瀬さん、普通に時東君のこと応援してたし」

「うわっ。っていうことは後藤君が嘘ついてたってこと?ないわ〜」

「それにしても後藤のやつダサ過ぎだろ。こんな汚い嘘までばら撒いておいて、体調の悪い、時東に逆転負けって」

「ちょっと見る目変わるわ」

「ね〜」


噂好きの生徒たちの目標は次へ移る。後藤はいつの間にか体育館から姿を消していた。



保健室にて、白斗が背負った柚月をベッドに下ろした。そこには橙火たちの姿もある。


「さてと、篠宮君、ありがとう。私は球技大会の実行本部で待機してないと行けないから、誰かここで彼のこと見ていてもらえる?親御さんに連絡はしたから迎えが来るまででいいわ」


「すんません、俺はこの後、まだ試合あるんで、ちょっと抜けさせてもらいますね」


先ほどの試合は準決勝。勝ったので次は決勝戦がある。もちろん柚月は参加できないが、白斗たちは別だ。それに白斗自身わかっていた。自分が残らなくても必ず誰かが残るであろうということを。

そして白斗はそのまま一礼をして保健室から出て行った。




「はいっ!はいっ!私、柚月さんのこと見ておきます!!」


白斗が出て行った後、初めに声をあげたのは紫だった。紫は柚月のことが気になっている。好きという感情は未だに理解できていないが、それでも、今は一緒にいてあげたいと紫は思っていた。ある意味、他の女子たちへの牽制でもある。本人は意識していないが。


「紫が残るなら、私も残るよ」


桜は、紫を一人にするのも心配だったので自分も残ると宣言した。本当のところ、それだけが理由ではなかった。


「それに......それに柚月は友達だし......」


消え入りそうな声で桜はそう言った。実際、桜は本当に柚月を心配している。桜にとって初めて嫌悪感のない男友達だったからというのもあった。


「私も残るわ。私のせいで無理させてしまったようなものだし......」


橙火もそう答えた。特に橙火自身、無理にお願いした訳ではない。それでも約束のために頑張って倒れた柚月に罪悪感を覚えるのも仕方のないことだったのかもしれない。


「それならあたしも残る。この風邪も多分、あたしのとこのやつが移ったせいだしな」


最後に紅姫。紅姫は先週、弟である黄夜が風邪を引いた。その面倒を柚月が少しの間見ていたのでそれが移った可能性があると思ったのだ。


「え?移る?え?待ってください!!一体、柚月さんと何をしたんですか!?」


しかし、これが良からぬ誤解を招いた。紫が過剰な反応を見せた。紫の異常な反応により、他の二人も柚月と紅姫の間に何がったのか少し、気になっていた。


「な、なにって別になんでもいいだろ!?」


紫の言葉で柚月が自分のパンツを持っていたことを思い出す、紅姫。

それに引き換え、紫はこの曖昧な発言から妄想は加速させていく。


「ふ、不潔ですっ!!!」


「な、なんだと!?」


一触即発。そうなりかけた時、保健室の先生が見かねて手を叩いた。


「はいはい、そこまで!病人が寝てるんだから静かにしなさい!私はそろそろ戻るけど、みんな残るんだったら仲良くしなさいよ!いい?」


「「はい......」」


紫と紅姫の声が重なる。怒られて、少し我に帰った二人だった。


「あ、それと。彼の体拭いておいてくれない?上半身だけでいいから。汗かいたままだと余計に体に良くないからね。タオルはそこの棚にあるから。お願いね」


保健の先生はそんな爆弾を置いて出て行ってしまった。


「「「「......」」」」


空気が一瞬静かになる。そして。


「わ、私が拭きます!!」


「待て待て、なんかお前危ない気がするぞ!?」


「離してください!!私が拭くんです!」


「いい加減にしなさい!!さっき先生に怒られたばかりでしょう!!はあ......」


タオルの取り合いをする紫と紅姫を一喝した橙火。そして二人からタオルを奪い、ゆっくりとベッドの近くまで戻った。


「東雲さんだったわよね?お願いしてもいい?」


「え?わ、私?」


「ええ、そのあの二人じゃちょっと......」


「で、でも私、男の人触れない......」


「え?あ、そうなの......じゃ、じゃあ仕方ないわね......私が拭くわ......」


「あ、いやでも柚月だったら触れるかも......?」


「むむぅ」


「くそ......なんでだよ......」


そんな桜と橙火の様子をむくれて見る紫と紅姫。その目はずるいと言わんばかりだ。もっとも紅姫は、紫に対抗してのことだったが。


「はあ、もうわかったわよ。それじゃみんなで協力して拭きましょ。どちらにせよ、一人で体を起こして拭くのは難しいしね」


「そうですね」


「そうするか」


「わ、私もがんばってみる」


こうしてみんなで協力して柚月の体を拭くことが決まった。そして改めて柚月の顔を覗き込む、橙火たち。


「んん......」


その寝顔は苦しそうであった。


「やっぱりしんどそうよね......ごめん、狭山さんと一ノ瀬さん。彼を起こしてくれる?」


橙火に指示を出され、二人で柚月の体を起こす。


「しんどいけど我慢してね」


そして橙火は柚月の体操服を捲ろうとした。しかし、ここで橙火の脳裏にはいつぞやの光景が鮮烈に思い出された。そう、橙火はバイト先で一度柚月の裸を見ている。しかも見惚れて。橙火の手が止まった。


(待って待って!そういえば、こいつの体ってめちゃくちゃいい体してなかった!?)


ゴクリと喉が鳴る。急に気恥ずかしくなってきた橙火。同じく、いい体をしているとは知らないが、男性の裸など見たことのない3人も緊張した面持ちで見守っていた。


(よし、行くわよ)


覚悟を決めて、一気に柚月の体操服を捲りあげた。


「っ!?」


「うぇ!?」


「〜〜〜っ!!!」


そこには磨き上げられた肉体美が姿を現した。ただでさえ、男の裸を見慣れていない4人は目の前にある、素晴らしくも逞しい体に一瞬で目を奪われていた。


「っあ。早く、拭きましょっ!」


「あ、ああ」


「はいぃ......」


「う、うん」


その後、なんとも言えない空気感の中、4人全員で柚月の体を隈なく拭いた。もちろん、上半身だけである。そして特に隆起した胸筋や割れた腹筋を4人全員が中心的に拭いていたことはみんな黙認していた。



そして漸く、柚月をベッドに寝かせると4人はしばらく先ほど拭いた体のことを思い出していた。


「す、すごい体でした」


ここで端を発したのは紫。


「ああ、まさかこれほどとは思ってなかった」


「男の人の体初めて触ったけど、あんなにすごいの?」


それに続く、紅姫と桜。


「わ、私は、前に1回見たことがあるけどね!!前よりすごかった......」


ここで謎のマウントを取り始める橙火。


「「「!!?」」」


ここでまたもや爆弾発言。結局、柚月の父親がくるまで柚月に関する話題は尽きることなく、みなそれぞれ自分たちが柚月からしてもらったことを話し合うのであった。

柚月は知らない。この4人の間に友情が芽生えていたことを。

柚月は知らない。この4人が皆、自分が柚月に対して少しだけ特別な感情を向けていると自覚したことを。


熱にうなされ、ベッドで悶える柚月は知る由もなかった。



そしてその後、迎えにきた柚月の父親を見て、4人が柚月の将来について想像したのはまた別のお話。

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