第42話:ライトブルー’「バカお兄!」
目が覚めるとそこはいつもの見慣れた天井であった。まだしばらく残る頭痛を抱え、俺は体を起こした。
部屋は電気も付いておらず、カーテンの隙間から少しこぼれる月の光だけが部屋を照らしていた。
あれ?俺何してたんだっけ?全然思い出せない......うーん、うーん......
「あっ!?そうだ!球技大会!」
漸く俺は眠りにつくまで何をしていたかを思い出した。確か、試合で後藤達のチームに勝ったんだよな......?その後、確かそのまま倒れた?あかん、思い出されへん。
なぜか関西弁になりつつも、必死にどうやって気を失ったかを思い出そうとしていた時、パッと部屋の明かりがついた。
「お兄ちゃん!!」
「あ、水月。おはよ」
「おはよ......じゃないっ!!!」
水月の怒鳴り声が炸裂する。まだ頭痛んだから勘弁してほしい。
「もう!これだけ心配かけといてごめんもなし?どうなってんの?その頭?バカ?バカお兄!!」
水月は俺の側まで詰め寄り、ぽこぽこと叩いてくる。そしてゆっくりと抱きついてきた。
「ごめん......」
俺はそのまま、水月の頭を撫でながら、謝罪の言葉を口にした。それにしても学校で倒れたはずであるが、なぜ家にいる?そこのところを水月なら何か知っているだろうか。
「あのさ、水月。俺学校にいたと思うんだけど、どうやって帰ってきたんだ?」
「はあ......」
水月はため息混じりに俺から離れるとずびっと鼻を軽く啜った。もしかして泣いてくれてたのか?
「お兄ちゃんが学校で倒れたってお父さんに連絡入ったみたい。それでお父さんの仕事が終わるまで保健室で休ませてもらってたんだよ?白斗くんだっけ?ちゃんとお礼言っとくんだよ?保健室まで運んでくれたのその人みたいだから!」
少しそっぽを向きながら水月は事のあらましを教えてくれた。
あー、体育館で倒れた後、俺を運んでくれたのは白斗だったのか。悪いことしたな......
「それでその後は、お父さんが来て病院行って点滴打って帰ってきたの。覚えてない?その時、若干起きてた気がするけど」
そういえば朧げではあるが、なんとなく病院に連れられて受け答えした気がする。
「それにしても私びっくりしちゃった!お兄ちゃん、あんな美人の先輩たちにモテモテだったんだね」
「ちょい待て!?何で?」
「は?何が?」
「いや、その美人の先輩って......」
「あ、モテモテなのは認めちゃうんだ!」
「いや、そこじゃなくて、何で水月が知ってるんだよ!」
「だって、私、お父さんがお兄ちゃんを迎えに行く時についでに迎えにきてもらったんだもん。私は車で待ってただけ。お父さんがお兄ちゃんを運んでくる時にその先輩たちも心配そうに見送ってくれたのを見てたの。4人も......罪作りな男だね、お兄ちゃん」
それでか......その前に待て、親父。迎えにきてくれたのは感謝しているが、順番おかしくない?普通病気の息子優先だよね?なぜ、水月から迎えに行ってるんだよ......
それにしても、4人ということは、東雲さんに一ノ瀬さんに綾瀬さんと紅姫か。というかなんか勘違いしてるな、こいつ?
「いや、水月、別にそういうんじゃないから。みんなただの友達だよ」
「ふーん」
水月は少しニヤニヤした様子でこちらの話を聞き流した。何だその顔は!
「ま、とりあえず、いろんな人に心配かけたんだから、休み明けたらちゃんとお礼言っておくんだよ?それにお父さんとお母さんにも!後、私には駅前のデラックスパフェ奢ってね?」
「はあ!?待て待て!!なんでだ!?」
「なんでって......そんなの当たり前じゃん!私だって心配したんだからね!今日朝、看病してたはずのお兄ちゃんが学校で倒れたって聞いたんだよ?びっくりしたに決まってるじゃん!置いて出て行った私のせいかもって思ったんだから!!あー、もう!バカ!!なんだかムカついてきた!バカ!!」
水月は再び、途中から涙まじり、鼻声で俺を叱った。確かにその通りだった。せっかく、朝時間のない中で看病してくれた水月の行為を台無しにしたのは俺だった。
俺はゆっくりとベットから起き上がり、嗚咽の止まらない水月を抱きしめた。
「ぐすっ......お兄ちゃんなんて嫌い!」
「ごめん、水月......」
「......心配したんだよ?」
「うん......」
「......もうこんなことやめてね?」
「うん......」
「絶対パフェ10回奢ってね......?」
「うん......ってちょっと待てい!?」
この流れでそれはおかしい。なんだいい感じに兄妹の抱擁をしていたと言うのにいつの間にか誘導されていた。
しかも10回!?
「お前始めからこれが狙いだったのか!?」
「ふんだ!今更気づいても遅いんだからねっ!!もう言質取ったんだから!きっちりデラックスパフェ10回分奢ってもらいますっ!!」
「ぐぬぬぬ、さっきのも演技だったのか......?」
「当たり前じゃない!!涙の一つや二つ、ここぞと言う時に流せないで女の子なんて務まらないわ!!」
騙された.....!!女の子ってそうなの?恐いよ、女の子。女の子の涙恐い。みんな女の子の涙には十分に気をつけるんだぞ?本当に泣いているパターンもあるかもしれないからな!!
「じゃ、約束ね?まだ、熱はもう下がったみたいだけど、まだしっかり寝て休むんだよ?おやすみ」
水月はそういうと俺の部屋を出て行った。
時間はもう12時を周り、日付も変わってしまった。まだ、少し頭は痛いが体のしんどさは大分マシになっていた。日曜日は綾瀬さんとの約束もあるし、明日、もとい、今日は1日ゆっくりと過ごそう。たまにはいいよね......?
「ん?」
+メッセージ(NEW)
デイリーミッション失敗により、あなたの能力値が一部下がりました。次からは気をつけましょう。
「......」
鬼か。
俺は電気を消して再び、目を閉じ眠りについた。
◆
バタンとお兄ちゃんの部屋のドアを閉じた私はしばらくそこに蹲ってボーッとしていた。
なんだか久しぶりに泣いた気がする。前に泣いたのはいつだったっけ?そうだ、夏休み明けに変わったお兄ちゃんに久しぶりに会った時だった。
「はあ......」
最近、お兄ちゃんのことでよく泣かされている気がする。前までは風邪を引いてもこんな感じにはならなかったのにな。
前までは熱を出してもどこか他人事。貧弱なやつとまで思っていた。我ながら最低だけど。
でも今回のは、本気で心配した。休んでいたと思っていたところを抜け出して、倒れたからって言うのもあるけど、私も休んで見てあげていたら──なんてことを思って自分を責めた。
私は立ち上がり、お兄ちゃんの部屋の前から自分の部屋に移動した。
そしてベットに倒れこむ。
あそこで泣くつもりはなかったけど、なんだか悲しくなって泣いてしまった。
お兄ちゃんが変わったのは言うまでもない。前の根暗だった時以上に普段会話する機会は増えた。だけどなんだかどんどん遠い存在になって行ってしまっている気がするのも確かだった。
お兄ちゃんは日に日に進化して行っているような気がする。いや、比喩ではなく本当にそう感じる。料理だって、あんなにできなかったし、ピアノだって最近始めたばかりでそんなに時間経っていないにも関わらず、既に楽譜見ずに何曲かは弾けるようになっている。
それに今日の球技大会のためにバスケまで練習していたみたいだった。中学の時に見たお兄ちゃんの球技センスは酷いものだったけど、今日の話を聞いた限りものすごい活躍をしたみたいだった。
そんなお兄ちゃんの元にはどんどん人が集まってきているようだった。
今日だって、男友達はもちろん、あんなに美人で可愛い人たちがお兄ちゃんと仲良くしていたなんて全く寝耳に水だった。
お兄ちゃんに仲のいい友達ができるのは妹として喜ばしい事。だけど、今日見た先輩たちはどの人も美人で少しモヤモヤしてしまった。
私の中で消化しきれないこのモヤモヤは何なのだろうか。考えてみても答えは浮かんでこなかった。
明日は、コンサートのある日だ。お兄ちゃんの熱も下がったようだし、またお兄ちゃんを一人にしてどこか行かないかは心配だけど、こんなに怒ったからもう大丈夫だろう。少し、お兄ちゃんから離れてみていい音楽を聴いて気持ちをスッキリさせよう。そうすれば、この変な気持ちの正体もわかるかも。
私は目を閉じ、しばらく胸に蟠るこの気持ちについて考えていたらいつの間に眠ってしまっていた。
少し肌寒い夜だった。
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