第41話:後半戦「勝ったらちゃんと約束守れよ!」
俺のところからよく得点が入っており、俺のところからディフェンスがうまく機能していること。この6分間振り返ってみれば基本的にこちらの攻めも守りも中心は俺から始まっている。
このことは経験者であればすぐに気づくこと。意地になって盲目的に俺ばっかり狙っていた後藤達であったが、追いつかれそうになった今や、作戦を改めたらしい。
「あ!?」
桃太は敵チームの一人に抜かれ、こちらのディフェンスもカバーできずに相手に得点を許してしまった。これで28対16。また点差は広がってしまった。
「ごめん、柚月!」
桃太が両手を合わせて謝る。
「気にすんな!まだ時間はあるからよっ!」
再びボールを受けた俺はチームでうまくパス回しを行い、敵チームのディフェンスをできるだけ撹乱させる。そして白斗にも手伝ってもらい、スクリーンプレイから再びフリーになり、ボールを受け取った。そしてそのまま3ポイントラインの外側からシュート。ボールは三度ネットに吸い込まれる。28対19だ。
「くそっ!」
相手チームも俺にうまい具合にやられているのでだいぶストレスが溜まっているようだ。明らかに実力も下と見下していた相手からのこのやられようなので尚更かもしれない。
相手側のシュートは再び外れ、また俺の手元にボールが回る。相手もなり振り構ってられなくなったのかダブルチームでこちらを押さえてくる。
しかし、今のテンションが上がり切っている俺に敵はいない。俺はそのダブルチームを物ともせず、鋭いドライブで抜き去る。
「くそがっ!」
後藤はどうにかヘルプで俺の前に着く。しかし、俺は巧みなボール捌きで右左と相手を揺さぶり、切り返した。
「っ!?」
あまりに早すぎるその体重移動により、後藤はそのままバランスを崩してしまった。その場に尻餅を着く後藤。アンクルブレイクと呼ばれる技術だ。
俺はそのまま2歩下がって3ポイントラインからフリーの状態でシュートを放ち決めた。
「また決まったぜ、後藤!」
今にして思えばテンションがおかしくなっていたこともあるかもしれない。普段ならしない煽りを後藤に向けてしてしまっている。
その後、相手も点が取れるようになり、俺も相手のダブルチームなどに苦戦しながらも点の取り合いは続いていく。残り、4分半を切ったところで点差は6点差まで追いついていた。
「はあはあはあ......」
「お前、大丈夫か?」
「ああ、問題ない!後ちょっと!もう少しだけがんばろうぜ!」
「あいよ!無理すんなよ!」
白斗に心配をかけてしまっているようだ。それもそのはず。時間も残り少なくなってきてから俺の動きは始めほどのキレが無くなってきている。明らかに体が悲鳴を上げている。
だけど、そんな体からのSOSを無視して俺は走り続ける。相手の後藤達はその俺の異変に気づいたのか残り4分を切ったところで俺を中心に攻めてくるようになった。わざと俺を中心に攻めることにより余計な体力を使わせようという魂胆。そして後藤達はまだ、俺が無様な姿を晒すのを諦めていないらしい。だけど俺はそんな作戦にも負けじとどうにか相手の攻撃を止め、得点をする。
「時東がんばれ〜!!」
「ほら、そこ!!」
「もうちょっとで逆転だ!」
「淳くん!!」
「柚月さん!ファイトー!」
「ゆ、ゆずき頑張れ......」
「おら、いけー!柚月!!」
もう既に周りは後藤ばかりの味方ではなくなっている。
俺のことも平等に応援してくれているようだ。
「くそ!くそ!くそ!くそが!!」
どうもそれが後藤には耐えがたいみたいだ。
「っ!?」
俺が敵一人を抜き去り、レイアップシュートを行う態勢で飛び上がった時、後藤は思いっきり俺の手をはたいてきた。これは明らかなファールだ。だが、審判からは死角に入っており、見逃されてしまった。
「へん!」
そしてそのまま後藤は突っ走り、点を決めた。これで36対28。また点差が広がってしまった。その後も引き続き、陰湿な見えないところでの奴らの小細工は続く。服を掴んだり、押したりといったラフプレー。
そして先ほどから俺が不用意に煽っていたこともあるかもしれない。後藤の怒りはそろそろ限界を迎えていた。
極め付けはもう一度、俺がレイアップに行った時のことだった。
「危ない!!」
「キャー!」
「いっ!?」
どしんと地面に何かが落ちた音が体育館に響く。それと同時に観客側から悲鳴が上がる。俺が空中でレイアップの姿勢に入った時、後藤のやつが思いっきり腕を引っ張りファールをしたのだ。今度はバレないとかそういうレベルのものではないあからさまに故意のものだ。俺はそのまま空中でバランスを失って、背中から地面に倒れた。
「ピピピ、ファール!」
「へへ......」
審判が笛を吹き、ファールをコールする。しかし、俺は倒れた地面から立ち上がれずにいた。
頭がグラグラする。目を開けようとしたら視界がグルグル回る。あれ?俺今なんでここにいるんだっけ?何してたんだっけ?頭が痛い。
「柚月!」
「柚月さん!」
「おい、てめーわざとだろ!!」
「は?別に普通だろ」
そこで観客席側から聴き慣れた声が聞こえてきた。この声は、東雲さんに一ノ瀬さんに紅姫だ。どうやら立ち上がれない俺を心配して、駆け寄ってくれたらしい。紅姫に至っては後藤に抗議している。
「っ!もういいから!あんた、下がりなさいっ!」
綾瀬さんもどうやらきてくれたようだ。未だ頭がグラグラと鳴り響く。そうだった、約束してたんだった。今負けたら折角ここまできたのにもったいないよな......
「まあ、あんなんで倒れるとは思ってなかったけどな。思ったより貧弱だったな!」
「っ!!」
パシンと乾いた音が鳴り響いた。これは目を閉じている俺でも何が起きているのか想像がついた。これは綾瀬さんが後藤のやつを叩いたのだ。
これにより静まり返っていた場内は再び、ざわつき始めていた。
「え?あれって?」
「どういうこと?」
「綾瀬さんって後藤くんのことが好きだったんじゃないの?」
「いや、でもあれって......」
「確かにさっきのはちょっと......」
「あ、柚月!」
俺は意識を無理やり覚醒させ、起き上がり綾瀬さんの肩を軽く、叩く。
「綾瀬さん。俺、大丈夫だから!」
「あ、あんた!」
綾瀬さんは驚いた顔をしている。そして俺はそのまま頬を叩かれ呆然と立ち尽くす、後藤に視線を戻す。
「まだ、後もうちょっと時間あるからよ!勝ったらちゃんと約束守れよ!」
俺は努めて笑顔でそう言い放つ。後藤はなんともいえない表情をしていた。
「き、君大丈夫かい?」
審判にそう言われ「はい」と答えたことで試合は再開された。コートに出てきていた観客達を応援席に見送った後、俺のフリースローからで試合は再開される。
俺は難なくその2本を決め、残り2分で38対32の6点差。俺たちの試合を見てくれている人たちは先ほどの一件もあり、後藤の応援より、俺たちの応援をする声の方が明らかに多くなった。
「あ!?」
それにより相手チームにも動揺が広がっている。相手のパスミスでまたこちらボールになった。
「おらぁ!てめーら!抜かれんじゃねえぞ!!」
後藤も後藤なりに意地があるのか、チームメイトに喝を入れ、鼓舞する。先ほどのビンタがよほどショックだったのだろう。これなら正々堂々やってくれそうだ。
俺はボールをもらって目の前のディフェンスを振り切る。しかし、すぐに2枚目のディフェンスが現れる。先ほどよりディフェンスも連携がうまく取れているようだった。喝が効いたのだろうか。
だけど俺には関係ない。俺は現れたディフェンスを右に揺さぶり、そのままくるり。ロールで敵を振り切り、体が流れた態勢のままシュートを決めた。
「なんなんだよ、あいつ......」
俺のその常軌を逸した動きに感嘆の声をあげる敵選手。
相手チームはまたこちらのディフェンスに苦しみシュートを外した。
その後、残り時間も少なくなってきたところで俺はまたドライブインをしたが、今度は相手のディフェンスがさらに修正を加えてきた。俺が飛び上がった正面には二人いる。この角度ではシュートを打つことはできなかった。だから俺はボールを反対サイドへ放り投げた。
「わわ!」
そこにはフリーになった桃太がいた。
「桃太!シュート!」
桃太が放った3ポイントシュートはボードの奥にぶつかり、リングに吸い込まれた。これで残り40秒の1点差だ。
「っしゃあ!ナイシュー!」
みんなで桃太を褒め称えた後、すぐにディフェンスに戻る。ここを取られてしまえば、俺たちの逆転は難しくなる。俺たちの試合を見る人たちはより声援が大きくなっていた。
「かせぇ!」
しかし、厳しいディフェンスをするこちらを前に後藤は躍起になったのかボールを味方からもらうと無理やりディフェンスを抜ききれないまでもシュートまで持って行った。当然、ボールは外れこちらがリバウンドを確保する。
最後にこちらのオフェンスだ。これを取らなければ負け。しかし、相手も意地があるのか俺にはべったりとボールを持つ前から後藤が付いていた。
「お前にはもう触らせねえよ」
かなり気迫がこもっていた。だがもう時間も多くはない。味方同士でパスを回してはいるが攻め手がないのだ。
「白斗頼む!」
俺はボールを貰えないながらもスクリーンで白斗のフリーを演出し、残り7秒のところで白斗にボールが渡った。
シュートモーションに入る、白斗に対してディフェンスはシュートチェックに行く。そして残り5秒のところでシュートが放たれた。
誰もがそのシュートを見守った。
観客側ではみな、「入れー」と祈っているようにも思える。空中でボールがリングに向かう間も時間は流れ続ける。4秒、3秒......
「あ!?」
ボールは結局リングに弾かれ、大きく跳ねた。後藤達のチームに安堵の表情が見える。
だけど、最後まで俺は諦めなかった。
「!?」
味方達でさえも負けたと思っているであろう中、俺は大きく跳ねるボールに向かって飛び上がった。
そしてそのまま弾かれたボールは俺の手に収まり、リングに向かってまっすぐ振り下ろされる。残り時間1秒のことだった。
ダンッ!
とリングが大きく揺れ、ボールはそのままネットを揺らした。
1秒に満たないシーンとした空気に試合終了を告げるブザーが鳴り響いた。
わあああああああああ!
この日一番の大きな声援が俺達を包んだ。
「すげえ!!」
「まじか、あれ!?」
「ダンク!?あの身長で!?」
「かっこいい......」
「ヤバイ、泣きそう......」
「キャー柚月さん!!!」
「す、すごい......」
「ははは、マジで勝ちやがった!柚月のやつ!」
俺が後藤との賭けに勝ったのである。
38対39。俺はなんとこの10分だけで見事30点を一人で取ったのであった。
そして試合終了の礼が終わり、俺は綾瀬さんの元に近づく。
「と、時東!?」
そしてそのまま俺は綾瀬さんに抱きついた。
「え!?何!?ちょっと待って!?みんな見てるから!?」
その様子に周りは大きくざわつく。「やっぱり綾瀬さんと時東はできているんだよ」とか「いいなあ〜」とか「ゆ、柚月さん......う、うそだ......」とかしきりに言っている声が聞こえた。
「ちょっと!!離れてってば!!」
羞恥に声を荒げる綾瀬さんの声が聞こえる。しかし、俺の中でその声はどんどん遠くなって行った。
あー、疲れた。お疲れ、俺。
俺の意識はここで途切れた。
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