第44話:オレンジデート「4543......え?あ?」

俺は今、駅前でとある人物を待っている。時刻は12時33分。別に約束の時間が12時30分で相手が遅れているわけではない。約束の時間は13時00分だ。つまり俺が早く来すぎてしまったという事。ちなみに俺はさらに30分前からここに突っ立っている。


なぜ、約束の時間よりも1時間も早く待っているか。それは緊張しているからだ。じゃあ、なぜ緊張しているかだが、それは女の子と初デートを行うからだ!!!


今日は綾瀬さんと一緒にクラシックコンサートを聞きに行く日。後藤との賭けに勝ち、熱も下がった俺は晴れて、綾瀬さんと堂々と約束のコンサートに行けることになったのだ。


え?これはデートではない?ノンノンノン。男女が一緒に遊べば、それ即ちデート。そう恋愛の参考書に書いてあったのさ。恋愛マスターが書いた本なんだ、間違い無い。


誰が何と言おうとこれはデートである。と言いたいところだが、相手は全くそんなつもりもないだろう。綾瀬さんは単にこのコンサートに行きたかっただけだ。そのチケットを偶々、俺が持っていただけ。ただ、それだけである。

俺もそうである。俺も一緒に行ってくれる女友達を探していた。つまり利害の一致と言うわけだ。あれ?何で女の人じゃないとダメだったんだっけ?


まあ、だからと言って適当な格好で行くわけにも行くまい。せっかくのコンサート、俺は親父のアドバイス通り、しっかりドレスコードを決め込んでいた。親父のスーツを借りたのだ。ぶかぶかかと思われたその紺のスーツは今の俺には意外にもピッタリと着ることができ、割と悪くないと言った印象を受けた。


普段スーツなど着ない。だからこそ初めて着たスーツ姿は幾ばくか大人っぽく見えたと思う。母さんも絶賛してくれたしな。水月には少し怪訝な目で見られたが、きっと俺の醸し出す、大人の色気に充てられたのかもしれん。これが大人の魅力ってやつさ。


まあ、結局のところ、俺も男。女の子には少しでもカッコよくみられたいって言うのが本音。デートかどうかはともかく、女の子と二人っきりで出かけることなどないので少し緊張しているわけだ。



駅前と言っても人通りは多い。だから、集合場所は時計台の下となっている。

時計を確認すると既に13時02分。約束の時間を少し過ぎた。スマホを見るも、連絡は入っていない。何かあったのだろうか?

少し心配した面持ちで連絡を入れようとした時、後ろの方から誰かが駆けてくる音が聞こえた。


「ご、ごめんなさい!遅くなってしまって!」


「ああ、俺も今きたところ......っ!」


綾瀬さんの声が聞こえて、定番のセリフを言いながら振り向いたそこにいたのは、花柄の刺繍が入ったネイビー色のドレスを纏う綾瀬さんの姿だった。肩には長めのストールが巻かれており、美容院でセットしてきたであろう髪は後ろで束ねられ、一括りにされている。そして小さな鞄を手に持って、高めのヒールを履いていた。エレガント。まさにそんな言葉が似合う大人の雰囲気を見事に醸し出している。


緊張が最高潮に達する。


や、やばくない?眩しくてみてられない!というか気合入り過ぎてないかい?


いつもと格段に雰囲気の違う彼女はまさに大人の色気が放出されていた。自分が恥ずかしくなってきた。


「あれ?あなた、スーツできたのね」


綾瀬さんの声で我に帰る。

ん?


「え?こういうのってスーツが基本じゃないの?スーツじゃないと入れないって聞いたんだけど」


「誰に聞いたかは知らないけど別にスーツじゃなくても入れるわよ?大人の人だったらスーツの人も多いけど、必ずしもそうじゃないと行けないことはないと思うわ。高校生ならスーツ持っていない人がほとんどだと思うしね」


なんですと!?親父ィ!騙しやがったな!母さんも分かってたならなんとか言ってくれればよかったのに......だから水月は変な目で見てたのか......


「まっ、で、でもよくに、似合ってると思うわっ!......遅れた私が言うのもなんだけどそろそろ行きましょっ!」


「え?あ、ああ」


綾瀬さんからお褒めの言葉を頂いた。少し照れた彼女とともに俺は電車に乗って、会場のある3駅隣の街まで向かった。ちなみにじいちゃんの家がある方向とは反対である。



休日の昼間ということもあり、電車内はやや混んでいる。ギュウギュウというわけではないが、あまり身動きは取れない。


「そういえば、チャットでも言ってたけど、本当に体調もう大丈夫なの?」


「ああ、もう万全だよ。昨日1日ゆっくり休んだら全部快調になったよ。それにごめん、学校ではいっぱい迷惑かけたみたいで......」


「べ、別にあれくらい当然よ。わ、私のために頑張ってくれたんだから!他のクラスの子たちも心配してたみたいだからそっちにもちゃんとお礼言っておきなさいよ?」


「ああ、そうするよ。ありがとう」


そういえば、保健室で父さんが迎えにくるまでみんなで俺の様子を見ていてくれたそうなのだが、その間、東雲さんや一ノ瀬さん、紅姫とは何を話していたのだろうか。ちょっと内容が気になる。いや、かなり。ちょっと聞いてみようか。


「なあ、保健室でっ!?おっ?」


「キャッ!」


俺が丁度綾瀬さんに聞こうとした時、電車が揺れた。カーブだったようだ。そして俺は咄嗟にバランスを崩した綾瀬さんを抱き寄せた。


「あっ......」


「大丈夫?」


「う、うん......そ、その......近い......」


「っ!ごめん、今離すね」


そして彼女を抱きとめた腕を離そうとした時。


『まもなく〜四ツ谷〜四ツ谷〜です。』


車内に到着のアナウンスが流れる。そしてそのまま電車が着くと、乗っていた乗客が一斉に降り出す。これでは人の流れに流されてしまう。そう思って、今も抱き寄せている綾瀬さんの肩を強めに抱き寄せ、ドア横の端で流れに耐えた。

そしてこの駅でも降りた時より多くの人が乗ってきて、先ほどより車内はかなり狭くなった。


ま、まずい。咄嗟に抱き寄せたはいいがまずいぞ。まずすぎる。今の俺の状態は綾瀬さんとほぼ密着状態である。というかほぼ抱きしめている格好だ。しかも何がまずいってめちゃくちゃいい匂いするの!!この至近距離本当ダメ。神様ありがとう!!ごめんなさい、後でセクハラとか言わないでね......


本音と建前が心の中でせめぎ合っている中、俺は先ほどからほぼ無言の綾瀬さんの様子を伺うため、少し下を向いた。


「っ!」


「あ......」


至近距離状態のまま、綾瀬さんと目が合う。そして1秒に満たない時間見つめあった後、俺はすぐに顔を逸らした。それは綾瀬さんも同じだったようだ。


ヤバイだろ、これ。ヤバすぎる。めちゃくちゃかわいいじゃねえか!!ああ、無心だ、無心。このままではまずい。男としてまずいことになってしまう。心臓の音がうるせえ!!聞かれたどうしよ。そうだ。こんな時は円周率を数えよう。こういうときのための知識パラメータが役に立つ。


よし。3.1415926535......


─────


「ちょっと!」


......2847564823......


「ちょっと、ねえってば!!」


「4543......え?あ?」


「も、もう着くわよ?降りよ?」


「ああ、ごめん」


俺はそのまま3駅目に到着するまで、円周率を数え続けた。本当にあっているかは分からないが、今覚えている限りを尽くしたはずだ。

※気になった人は柚月が何桁まで数えれたか調べてみよう!


綾瀬さんも到着するまでずっと無言だった。きっと彼女は素数でも数えていたのだろう。数学、万歳!!



俺と綾瀬さんは改札を出ると、目的地のあるホールを目指し歩き始める。先ほどの電車での出来事がなかったかのように普通に話し始めた。


「うわ、結構人が多いわね」


「ああ、このホールかなり人入るみたいだしね。昨日、俺以外の家族も行ってたんだけど、今日も同じくらい人いるみたいだ」


「へえ〜そうなのね。そういえば、席の場所聞いてなかったけど、どの辺なの?」


「あ、そういえば俺も見てなかったな。多分チケットに書いてあると思うけど」


俺は胸ポケットからチケットが入った封筒を取り出して、中身を確認した。


「えーっとB-24と25だね」


「B-24と25ね」


すると綾瀬さんはスマホを取り出して、席の位置を確認した。


「ってここ、最前列のど真ん中じゃないっ!!え?嘘!?なんでこんな席!?あんたの知り合いって一体誰!?」


「お、おお。そんないい席だったんだ......知らなかった。その〜、まああれだよ。たまたまだ」


綾瀬さん、俺がこのチケット若葉さんから直接もらったって聞いたら卒倒しそうだな......とりあえず、今は誤魔化しとこ。


「ああ〜それにしても楽しみね!ずっと行きたかったの!」


「ぅ!ああ、俺も楽しみだ」


綾瀬さんはくるりと振り向いて満面の笑みを浮かべた。

いつも学校ではクールだった彼女がこれほどの笑みを見せるとは。若葉さん恐るべし。というか、その笑顔に一々ドキドキさせられてしまうこっちの身にもなってほしい。心臓に悪いよ、ほんと。


俺はヒールで器用にも軽くスキップする綾瀬さんを追いかけてそのまま会場入りした。

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