第37話:ガーネット②「はあ、ほんと調子狂うな......」

ここ2日、黄夜はすごく嬉しそうにその日にあった出来事をあたしに話してくれた。


「それでな!その兄ちゃんすげえヘタクソなんだぜ!」


黄夜というのはあたしの歳が少し離れた弟のことだ。黄夜とは6つ年が離れている。小学5年生になって日に日に生意気になってきた黄夜がそうやってその日の出来事を話してくれることは珍しいことだった。


主に黄夜が楽しそうに話すことは基本的にバスケのことばかり。黄夜はミニバスケの選抜に選ばれるくらいすごくバスケがうまい。寝ても覚めても頭の中はバスケのことばかりだ。そんな黄夜は学校では少し浮いているらしい。何を話してもバスケの話ばかりだから最近の子からしたら、つまらないのかもしれない。いじめには繋がっていないようだが、友達も特にいないらしい。


それは黄夜の通っているミニバスケットのクラブチームも同じだった。黄夜は小学5年生にしてその中でもずば抜けてうまく、誰も黄夜について来れないというのが原因であった。


そうやって毎日バスケのこと以外はつまらなそうにしていた黄夜が目を輝かせてある人物のことを話している。

それもまた、バスケ繋がりで出会った人ではあるらしいのだが、なにやら黄夜はその人物に懐いているようだった。


あたしは普段バイトで家を開けていることが多く、黄夜の相手をほぼできていない。その人物にはいつか会って感謝しないとなと思っていた。



そんな黄夜が金曜日に熱を出してしまった。高熱を出しており、看病している間も苦しそうに呻いていた。


「うぅ......兄ちゃんそれ違う......ウインドミルダンクはそうやるんじゃないよ......それにリバースダンクはこう......」


熱をうなされながらも黄夜はそう呟く。


「つーか、どんな夢見てるし......」


姉であるあたしより、そのお兄さんが出てくるのがなんとも釈然としないが、それほど慕うことのできる人物ができたというのもいいことだろう。そして夢の中でも黄夜はそのお兄さんとバスケをしているようだった。


「さて、黄夜を一人にするのは心配だけど、今日はバイト休めないし......さっさと終わらせて急いで帰ろっと!」


あたしは一人でそう呟き気合いを入れた。今日は昼からコンビニのバイトが入っている。黄夜の熱が出たため休みたかったのだが、生憎その日は元々シフトに入っていたあたしともう一人の子しか出れないらしく、変わってもらうこともできなかった。



バイト先のコンビニ着いてからもあたしは頭の中で黄夜のことを考えながら、せかせかと時が進むのを待っていた。


「先輩、そんなに焦ってどうしたんですか?」


「弟が熱出してるんだよ」


「ええ、それは大変ですね。でももうすぐ終わりますし、早く帰って看病してあげなくちゃですね!」


「ああ、そうだな。もう少しだけ頑張るか!」


「はい!頑張りましょう!あ、いらっしゃいませ!」


あたしは棚卸し作業に戻り、後輩のゆきがレジを行なった。

バイトの終了時刻は19時。それまで後5分を切ったところだった。

ピッとレジから後輩が商品のバーコードを読み取っていく音が聞こえる。


「年齢確認できるものはお持ちですか?」


「ああん?俺が20歳に見えねえってのか?おおっ!!?」


客が年齢確認についてゴネている。その客はいかにもチンピラといった容貌で雪に絡んでいる。


「え、えっと、お決まりですねので.......年齢確認できるものを......」


それでも雪は怯えながらも毅然とした態度でチンピラ客に対応をする。


「だからんなもん、ねえって言ってんだろうが!てめえで判断しろや、オラァ!!おい、てめえ名前何つうんだ、あ?」


「ひっ」


ここでついに恫喝までし始めるチンピラ。あたしはすかさず、雪の元へ行く。そしてマニュアル通りの言葉を掛ける。


「お客様!年齢確認できるものがありませんとこちらの商品はお売りできません!!」


「だから、てめえらで判断して売れって言ってんだよっ!!」


「でしたら、お客様は20歳に見えませんのでお売りできません。お引き取りください!!」


「俺のどこが20歳に見えねえんだよ!!おい!おら、店長呼べ。オメエラじゃ話に何ねぇよ」


ダメだ、コイツ。話が通じない。あたしも我慢の限界に近づいてきた。


「おら、さっさと呼べや」


チンピラ男はそう言ってレジを軽く殴りつけた。それがあたしの堪忍袋の緒を切れさせた。


「店長はいねえよ!!これ以上、何か用があるんだったら警察呼ぶぞ!?さっさと帰れ!!」


ついに切れたあたしの言葉にチンピラ男はぎょっとして目を見開く。


「チッ。オメエら、顔覚えたからな、特にピンクのやつ。覚えとけよ!!」


チンピラ男はそう捨て台詞を吐き捨て、入り口から出て行った。


「せんぱ〜い〜.......怖かったですぅ〜......」


「おら、お前も泣くなって!あ、くそ!もうこんな時間じゃん!やば!早く帰らねえと!」


泣きながら鼻水を付けて抱きついてくる後輩をあたしは引き剥がし、急いで退勤処理を済ませ、あたしはコンビニを後にした。


「黄夜、すぐ帰るからな!!」


あたしは全力で自転車を漕いで家まで帰った。



そして、家について鍵を開けて、慌てて家に入っていく。黄夜のことだから熱が少しでも下がったら外へ抜け出してそうな気がした。


「黄夜!大人しくしてた!?」


「......」


「は?」


そしてあたしが居間の襖を開け放ったそこには、あたしのパンツをよく覗いてくる変態、柚月の姿があった。




あたしは柚月がなぜここにいるかという理由を聞いた。どうも黄夜が最近仲良くしていたお兄さんというのは柚月のことだったらしい。それで柚月によれば、黄夜が今日、ふらふらの状態で公園に来て、倒れてしまったらしいのだ。そこで柚月は黄夜を背負って家まで運び、看病してくれたらしいのだ。


「その......黄夜のことあんがとな」


居間の黄夜を寝かせているところから机を挟み、あたしは柚月にお礼を言った。今日の倒れて看病してくれたこともそうだが、普段一緒に遊んでくれてることも含んでのお礼だった。


「え?ああ、いいよ。気にしないで。それより、黄夜のお姉さんって狭山さんだったんだね」


柚月は優しい顔で微笑みながらこちらを見て、そう言った。

くっ......前助けてもらった時から思ってたけど、こいつの笑顔、結構くる......


「紅姫」


「え?」


「紅姫って呼べっつっただろ!!」


あたしは自身の気恥ずかしさをごまかすように、それと上の名前で呼ばれることがなぜか無性にイヤで、つい声を荒げてしまった。


おかしい。あたしは助けてもらった立場のはずなのにこれはダメだ......多少の自己嫌悪を交えつつ、柚月の様子を見た。


「ご、ごめんって。紅姫。これでいいだろ?」


「なっ!わ、わかりゃいいんだよ......」


それに対し、柚月は少し、申し訳なさそうに、でもさわやかな笑顔であたしの名前を呼んだ。

それに対し、あたしは自分で呼べって言っておいてなんだか、いざ呼び捨てされると照れ臭く感じてしまった。

ったく......なんか調子狂うな......


「あ、紅姫。そういえば、ご飯まだ?お腹空いてない?」


「え?ああ、まだだけど......お腹は空いた」


「お邪魔させてもらってるし、よかったら何か作るよ。キッチン借りるね!紅姫は黄夜の面倒見てて!」


「え?あ、おい!」


柚月はそういうと立ち上がり、キッチンの方へ歩いて行った。本当だったら、黄夜のことで迷惑かけたあたしが何かおもてなしすべきなのだが......


「はあ、ほんと調子狂うな......」


あたしは寝ている黄夜の頭を一撫でし、そう呟いた。

それから30分ほど経って、柚月がお盆に作った料理を載せて持ってきた。


「お?おお......」


柚月が作った料理は肉じゃがであった。



「うまい......」


なんだコレ!?あたしが作るやつより何倍もうまい......どうやったらこんなことなるんだ!?

あたしは言い知れぬ敗北感を覚えた。


「そういえば、紅姫は球技大会何に出るんだ?」


そして柚月は今、あたしと一緒にご飯を食べている。作った本人は帰ると言ったが、あたしが一緒に食えと言ったので食べていくことになった。


「そーいや、なんだったかな?最近学校サボってたからわかんねえや......」


ここのところ、バイトしすぎてあんまり学校行ってない。そろそろ単位やばいんだよな......行かないと......


「柚月は何に出るんだ?あ、バスケか」


「そうだよ!」


「それで黄夜に特訓してもらってたわけか。それでもたかが球技大会だろ?なんでそんなに練習してんだ?」


「実は......」


あたしは、柚月からどうして球技大会の練習を頑張っているのか訳を聞いた。

そういえば、こいつの悪い噂最近よく耳にするな。たまにしか行っていないのにも関わらず、そこらかしこで聞こえてくる。


「それにしても......許せねえな。その後藤ってやつ!よし、決めた!あたしも応援してやるよ!当日ちゃんと見にいくからよ!」


「え!」


あたしのその一言に柚月は驚いたのか、声をあげた。


「なんだよ。あたしが見に行ったらイヤなのか?かっこ悪いとこ見られるのが恥ずかしいのか?ん?」


あたしは意地悪くっぽく、少し冗談めかして柚月にそう聞く。話を聞く限り柚月は球技が苦手らしい。


「いや、応援してくれると思ってなかったからさ。嬉しいよ、ありがとう」


「っ!」


なんだよ、その笑顔!

不意打ちだった。思った以上に爽やかで威力のある笑顔だった。そのせいであたしの頬はやや紅潮してしまった。


「姉ちゃんがメスの顔してる......」


「っ!?黄夜!あんた起きて......!!?」


「黄夜!もう大丈夫なのか?」


「うん、熱は下がったみたい。兄ちゃんと姉ちゃんのおかげだね。ありがと」


「ったく!アンタは油断してすぐ振り返すんだから、まだ寝とくんだよ!!あたし、コレ片付けとくから!」


どこでそんな言葉覚えた?とツッコミたかったが、今は柚月の元から逃げるように茶碗を重ね、台所へ持っていこうとした。後でお仕置きしてやる。


「あ、じゃあ俺も手伝おうか?」


「あ、兄ちゃんはここにいてよ!」


「?」


あたしが立ち上がった時に、柚月が手伝いを申し出たが、黄夜に引き止められた。

そして、あたしはそのまま台所で皿を洗い始めた。黄夜と柚月が何話しているのか気になったけど、どうせバスケのことかと気にしないで皿の汚れを濯いでいった。


「はあ〜。わりい、お待たせ......!?」


「あ......」


そして皿が洗い終わった時、居間に戻るとそこにはタンスからあたしのパンツを手にした柚月がこちらを見て固まっていた。

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