第36話:心配事「なんだか、おかしいです......」

さて。やっと今週が終わった。長きに渡る1週間の戦いを終え、俺は明日より2日休息に入る。といいたいところだが、1週間後に迫る球技大会を前に俺に休みなど存在しない。今は特訓あるのみ。やつらを見返すために少しでも練習をするしかないんだ。



水曜日、後藤のあの発言からなぜかクラスでは俺が勝つか、後藤が勝つかという賭が大っぴらに行われていた。賭け事など褒められたことではないが、その発端はやつだ。


「面白えじゃん。時東が勝つか、あつしが勝つかみんなで賭けようぜ」


クラスの中心人物かつ、理事長の息子たる荻野の発言力は凄まじいものがある。ここで今更ながら後藤の下の名前が判明したところで、俺と後藤の勝負はクラス全体の賭けにも使われるようになってしまったのだ。全く良い迷惑である。ちなみに賭けの商品は食堂の食券。この辺は意外と倫理的に問題ないものだったので安心した。


ちなみにオッズは、俺が19倍だ。このクラスは30人クラス。当人である、俺と後藤、そしてその賭けの対象となってしまった綾瀬さんを除いてどちらに賭けるかが決められた。俺に賭けてくれたのがなんと5人もいたのだ。なんていいやつらだ。


しかし、この5人というのは1人を除いてと当然のメンバーであったことは容易に想像できる。なぜなら4人は俺を除いた球技大会に参加するBチームのメンバーであるからだ。その中には白斗と桃太も含まれている。後の2人には感謝しかないよ、ほんと。ここで問題なのは最後の1人は誰であろうかということだ。


これがまたややこしいことになってしまっている。なんとここに投票をしたのは学園のアイドルこと水原さんであるのだ。これによりなぜか、興味本位で賭けを行っていたやつらからも一気に敵意を向けられることとなった。


俺何かしたかね?


「なんで俺に投票したの、水原さん?」


投票が行われた後、俺はこっそり水原さんに迫った。あ、この言い方は誤解を招く。


「え?だってそうした方がおもしろそうじゃん!」


満面の笑みで言われてしまって俺はそれ以上何も言い返すことができなかった。悔しいけど、可愛かった。


そして、賭けの対象となってしまった綾瀬さんは、女子たちから思っても見ない同情を向けられ困惑していた。言い訳もできないまま、俺に脅されていると決めつけられてしまったらしい。本当に仲の良い相手がいないあたり、この辺の話をしっかり聞いてくれるような女子もいなかったようだ。


そして俺は綾瀬さんからこう告げられる。


「あんた、死んでも勝ちなさい!あいつが勝ったら、なぜかカップルにさせられそうなのよ!そんなの絶対死んでも嫌!!それならあんたのほうがマシ!!」


周りの同調圧力は強い。周りからしたら、差し詰め、後藤は悪いやつ(俺)から姫(綾瀬さん)を救うヒーローって言ったところか。みんなは後藤の勝利を望んでいる。そして奴もあわよくば、綾瀬さんと付き合いたいと考えているようだ。


あーもうやだやだ。本人の意思を無視してそうやって周りで勝手に囃し立てるのってよくないことよ。あ、あと俺の方がマシだからね!!ここ大事!!


それに綾瀬さんがあんなに楽しみにしているコンサートを行けなくなるなんて真似はさせてはいけない。また、俺自身にも負けられない理由がある。もし負けてしまってコンサート綾瀬さんと一緒に行けないなんてことになってしまえば、それはつまり......水月にハイパーデラックスパフェを10回奢らなければいけなくなってしまうのだ!!それだけは阻止せねばならぬ。俺の財布が危機。



そして放課後。いつも通り、授業が終わり、いつもの公園へ特訓に向かおうとした時だった。帰り支度をして教室から出ると、そこに女子生徒が二人。


「柚月さん!!ちょっとお話いいですか?」


そこにいたのは一ノ瀬さんと東雲さんだった。

二人に自転車小屋まで呼び出され、誰もいないであろうことを確認した後、一ノ瀬さんから話があった。


なに?もしかして告白されちゃう?き、緊張してきた.......


「あの、賭けって本当のことですか??」


違いました。恥ずかしい。


「あんたのこと学年中でまた噂になってるみたい。まあ、明らかにあんたを悪く言う噂だから8割方嘘なんだろうけど」


また、噂......どんな噂が流れているかは想像に難くない。というか二人はそんな俺をわざわざ心配して来てくれたってことか。なんてええ娘たちなんや......


「ありがとう!東雲さん」


「な、何でお礼言うの!?」


「いや、心配してくれたんだと思ってさ」


「べ、別に!わ、私たち友達でしょ?これくらい普通だから!」


焦ったようにそう言う東雲さんは一段と可愛い。そして横でそのやりとりを見てむくれている一ノ瀬さんも。ほっぺたつまみたい。


「なんだか、おかしいです......私が桜ちゃんに声かけて柚月さんのところに行こうって誘ったのにおかしいです......」


「ゆ、ゆかり?」


あ、あれ?なんだか一ノ瀬さんの様子がおかしいぞ?むくれていただけだったのになぜか、やや殺気を感じる!?


「柚月さん!!」


「は、はい!」


「私、応援してますからね!!」


「あ、ありがとう」


なんか一ノ瀬さんの新しい一面を垣間見た気がした。



まあ、彼女たちの応援、そして綾瀬さんのこと、パフェ。そう言った諸々の理由を含め、俺は勝たなければならない。だから今日も公園で練習!!と思ったんだけが、今日はいつもの時間に先生がこない。


仕方ないので俺は先生に教わった通り、シュートフォームの矯正から行うことにした。シュートフォームっていうのは人によって様々。俺の元々のフォームは両手で押し出すように放っていた感じだった。黄夜先生にスマホで録画してもらって確認したら、そこには何とも情けない姿をした俺が映っていたのだ。想像の100倍かっこ悪かった。


だから、俺はNBAの動画見漁り、綺麗なシュートフォームの脳内に叩き込んでやった。そして家でも素振りならぬ、素シュートを行っていたのだ。水月には「何踊ってるの?」と変な人を見る目を向けられたが今更だった。


というわけで黄夜先生が来るまでフォームを確認しながら近い距離でシュートを行う。ようやく、近い距離でシュートが7割ほど入るようになった頃にはもう日は落ちていた。


「あれ?今日はこないのか?」


思っていたより夢中で練習していたわけだが、その日黄夜が公園に現れることはなかった。

俺は明日が土曜で休みと言うこともあり、結構遅い時間まで練習を行なった。帰ってからは母さんに怒られてしまったが。



そして土曜日。今日もバスケ少年よろしく、朝一番から勉強、筋トレ、走り込みを終わらせた後に公園でドリブルをつき始める。

いや、まじで人生でこんなに努力したのは夏を抜けばここ最近一番かもしれない。それほどに俺は、今バスケにハマっていると言ってもいい。だって楽しいもんね。こうなってくると苦手だった他の球技も色々やってみたくはなるが、それはまたの機会にしようと思う。


その日、俺は1日公園にいた。昼飯も俺が家で作ってきた弁当を公園で食べた。そして脇目も振らず、延々と練習し続ける俺は、他の人たちからは異様に見えたかもしれない。


そして夕方。日が暮れる前のことだった。結局その日も黄夜は姿を見せないと思い帰ろうとした時のことだった。


「はあはあはあ......兄ちゃん!!」


「お?お?黄夜?」


自転車で急いで来たのかかなり息が上がっているように思えた。2日振りに会った黄夜はどこか体調が悪そうに見えた。

そして息を整え、黄夜は近づいてきた。


「......ごめん、兄ちゃん!約束したのに、昨日行けなくて......」


開口一番は謝罪であった。


「いやいや、元々こっちが頼んでたことだから、黄夜の都合もあると思うし、気にしなくてもいいよ」


「はあはあはあ......ありがと兄ちゃん」


どこか息をするのも辛そうな黄夜だった。大丈夫か?


「今日は、練習見れるからね!どれだけ上手くなったか見せてよ」


「見れるったって、今日はもう遅いぞ?それにお前、なんだか体調悪そうだけど大丈夫か?」


「へへ、大丈夫だって!ほら!この通り......あれ......?」


「こ、黄夜!?」


黄夜は大丈夫だとアピールしようとしてドリブルを突こうとした時、ふらついてその場に倒れそうになった。それを俺はどうにか受け止めることができた。いきなり倒れて頭とか打たなくてよかった。


それにしても......かなり熱い。熱があるなこれは。きっと昨日も熱があったんだろう。俺は自分で言うのもなんだが、黄夜に懐かれていた。だから黄夜は無理してでも今日、来てくれたのかもしれない。


「ほら、黄夜。帰るぞ?家どっちだ?」


「に、兄ちゃん......?大丈夫だって......」


「熱あるんだろ?無理するなよ。家まで送るからどっちか教えてくれ」


「......あっち」


「よし」


俺は黄夜を背中に片手で背負い、自転車をもう片方の手で押しながら黄夜の指す方へ向かった。これも器用さと筋力があってのことだね!みんなも筋トレをしてみよう!!



黄夜の家は歩いて30分ほどの場所だった。黄夜はその間も辛そうにはしていたが、もうすぐ家だと分かると少し、元気になったように感じた。安心したのかもしれない。


黄夜の家は新築の家が立ち並ぶところに少し、似つかわしくない(というと失礼かもしれないが)ところに立っていた平屋だった。


俺はその平屋の入り口近くに自転車を停め、インターホンを鳴らす。しかし、誰の反応もない。それに気づいた黄夜が反応を見せる。


「今、誰もいないから......ポケットに鍵あるから入って......」


辛そうにそう答える黄夜のポケットを探り、鍵を見つけると俺は黄夜の家にお邪魔した。


家の中はそこまで広くはなかったがよく片付いていた。居間に敷してあった、布団に黄夜を寝かせ、おかゆを作ってあげることにした。ちゃんと黄夜に許可は得てからね。


そしてもう少しでおかゆも完成かと言ったところで、誰かが慌ただしく、鍵を開け家に入ってくるのが分かった。そして、居間の襖が勢いよく開けられる。


「黄夜!大人しくしてた!?」


そして勢いよく開けられたそこには、学校やコンビニで何度か見た金髪にピンクのメッシュを入れた美がつくほどの少女の姿があった。

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