第32話:勘違い「なんでちゃんと言ってくれなかったんですかーーー!!」

「柚月さん!」


放課後、俺は帰ろうとしていたところを後ろから声を掛けられた。声を掛けてやってきたのは一ノ瀬さん......と東雲さんであった。ああ、二人セットなのね。


一ノ瀬さんと共にやってきた東雲さんはどこか恥ずかしそうに一ノ瀬さんの後ろに隠れている。どうしたんだね?


「えっと、柚月さん。今日はお時間ありますか?お話ししたいことがありまして」


「ん?えーと、大丈夫だけど?」


一ノ瀬さんは俺が大丈夫だと答えると笑顔が溢れ、よかったと安堵の表情を浮かべていた。そしてその後、後ろに控えている東雲さんを小突き、「ほら!」と声をかけ前に出るように促している。


それに対し、東雲さんは「いいって」と言って中々前に出ようとしない。

そんな東雲さんに対し、一ノ瀬さんは身を寄せ、ひそひとと話し始めた。


(桜ちゃん!ちゃんと謝らないとダメでしょう?)


(だ、だから大丈夫なんだって!)


(何が大丈夫なんですか!もう!仕方ありませんね!)


何やら目の前でこそこそと話されていると内容が気になって仕方ない。きっと二人で「アイツの今日の髪型ダセーよな」「鼻毛でてるー」って話しているに違いない。ヤダ、今のうち抜いておこ。


そして良くも悪くも最近目立っているの俺の前で学校でも噂の美少女がこそこそとやりとりをしているもんだから、目立ってしょうがない。

あーこれは、また良からぬ噂を立てられるな?そう予感した。


そんなことを考えていると一ノ瀬さんはいつの間にか俺の方に向き直していた。


「柚月さん!お茶しに行きましょう!!」


「はい?」


こうして俺の穏やかな放課後は一ノ瀬さんと東雲さんとのおしゃれカフェ巡りへと変貌したのであった。



俺はそのまま一ノ瀬さんに連れられ、駅前のカフェに来ていた。目の前にはアイスカフェラテ。一ノ瀬さんはキャラメルラテに、東雲さんはなんか分からんけどホイップが山盛りになったドリンクを頼んでいた。口が甘さで支配されそうだ。


いつもなら、この時間は筋肉との対話を始めている所だったのだが、こちらは夜に回そう。今は良く分からんが、二人が俺に話があるらしい。


あ、そういえば東雲さんに連絡先聞いてないや。この機会に聞いておこ。


そんな東雲さんはというと何やらモジモジしてドリンクをチューと飲んでいる。トイレ我慢はしたらいかんぞ?


「柚月さん!」


「っ!はい!!」


唐突に名前を呼ばれたものだったから驚いてしまい、思ったより大きな声が出てしまった。


「すみませんでした!!」


「??」


なぜ一ノ瀬さんが謝っているのか俺には全く以って見当が付いていなかった。なんか謝られるようなことしたっけ?


「あの、噂の件です。私のせいで柚月さんに変な噂が流れてしまって......それで桜ちゃんも勘違いしちゃったんだと思います。だから、私のことはいいので桜ちゃんを許してあげてください!!」


一ノ瀬さんはそう言うとテーブルに額を擦り付け謝った。

あれ?この状況よくないね。周りの客達は俺たちのことをガン見している。これってなんか俺が一ノ瀬さんをいじめて謝らせてるみたいだよね。それに東雲さんの件は解決済みなのでは?


俺は横の東雲さんをジト目で見た。東雲さんは俺の視線に気づくと不自然に目を逸らし、誤魔化すようにドリンクを啜った。


これは、東雲さん......一ノ瀬さんに言ってないのね......じゃあ、一ノ瀬さんの中では俺はまだ東雲さんに打たれたまんまになっているのか。はあ。


「ちょちょちょ。頭をあげてよ、一ノ瀬さん。えっと、ごめん、その件なんだけど......実はもう解決してるんだ」


「......え?」


「えっと、東雲さんと偶然会う機会があってさ。そこで東雲さんには謝ってもらったからもう大丈夫なんだ。それに、一ノ瀬さんとの噂のことも全然気にしてないから大丈夫だよ」


一ノ瀬さんはぽかんとしている。何この子、かわいいよ。

そう思ったすぐに、横の知らないふりをしている東雲さんの方に首をむけた。


「桜ちゃん?」


「......はい......」


その声にはどこか怒気を孕んでいるように感じる。東雲さんは戦々恐々と言った様子で身構えている。


「なんでちゃんと言ってくれなかったんですかーーー!!」


あ、一ノ瀬さんってこんなに大きな声がでるんだ。


俺はその後、そんな感想を抱き、一ノ瀬さんがビクビクと怯える東雲さんに説教している姿を氷で薄くなったカフェラテを飲みながら見ていた。





「失礼しました」


その後、説教を終えた一ノ瀬さんは息を整え、喉が渇いたのか再び注文を取っていた。


「それにしても柚月さんはやっぱり優しい人ですね」


いや、照れる。そんな真正面から褒めないで。褒め慣れてないの。


「それにしても桜ちゃんはどうやって柚月さんに許してもらったんですか?」


「......えっと......」


東雲さんはなんだか気まずそうにこちらをチラリと見ている。先程の説教があったせいかなんだか声が小さい。あの勝気な性格の東雲さんらしくない。というか一ノ瀬さんの前ではこんなんなんだな。新鮮。


「その......友達になった......?」


東雲さんは恐る恐る、顔を逸らして目を瞑りながらも片目で様子を伺うように一ノ瀬さんの方を見た。

そんなに怯えることかね。


「......と、ともだち!?」


あれ?何やら一ノ瀬さんがショックを受けている。なぜだ?あ、ぷるぷる震えている。理由は分からないがこれはまた怒られるパターンなのでは?ご愁傷様、東雲さん。


そう思っていたらその矛先は思わぬ方向へ飛んできた。


「ず、ずるいです!!私も柚月さんとお友達になりたいです!!」


一ノ瀬さんはテーブルをバンと両手で叩き、こちらに身を乗り出してきた。

お、おう?


「と、ともだち?俺と?」


「は、はい!あのなって頂けますか?」


「も、もちろん......」


あまりの迫力にYESと答えるほかなかった。別にそんな迫力なくても可愛い人に友達になってくれと言われたら問答無用でYESと答えるけどもね。今はなんだか、脅迫でつい答えてしまったみたいになった。

それでも一ノ瀬さんはその答えがうれしかったようで、「やった!!」とガッツポーズを決めていた。


「それにしても桜ちゃんずるいです。なんで黙っていたんですか?」


「あ......え?いや、そのなんか言い辛くって?」


「なんだか怪しいです。それに、桜ちゃんそう言えば私が無理やり連れてきたとは言え、男の人大丈夫なんですか?その友達って言ってましたけど......」


「え?あー確かに。なんか柚月くんは大丈夫っぽい......?」


俺は東雲さんの回答によりなんだかドキリとしてしまった。決して男嫌いの東雲さんが俺は大丈夫と言ったことが嬉しかったからと言うわけではない。いや、それもあるけど、大部分は名前だ。なんか不意打ちだった。いきなり下の名前で呼ぶなんてずるいよ。心臓に悪いです。


ちなみに一ノ瀬さんの方は一番最初に自己紹介した時からそう呼ばれていたので嬉しいのは嬉しいがそこまで感情の揺さぶりは生まれていない。


これはちょっと顔が熱いぞ、お?


「な、な、な、なんですかそれは!?ふ、二人は一体どういう関係なんですか!?」


「ちょ、ちょっと紫!落ち着いて!別に私とこいつはなんでもないから!普通の友達だから!!」


あ、こいつに格下げされました。

それはさて置き、一ノ瀬さんどういう勘違いしてるんだ?この慌てぶり、謎である。


「コホン。失礼しました」


一ノ瀬さんを怪訝な顔で見ていたらそれに気づいた一ノ瀬さんは、また平静を取り戻し、わざとらしく咳払いした後、乱れた髪を整え座った。


「えっと、柚月さん。連絡先を教えていただけませんか?」


これまた唐突なお願いであった。是非。


「もちろん。俺ので良ければ、いくらでも!あ、後、東雲さんも前交換してなかったし、よかったどうかな?」


「え?私も......?分かった」


「むむ、なんだかジェラシーを感じます......」


とりあえず一ノ瀬さんの言っていることは分からなかったが、二人を連絡先を交換することが出来た。これで俺の寂しかったチャットアプリの友達数は家族を抜いて、5!!これはもう大所帯である。大台に乗ったねこれは。


「ありがとうございます!またメッセージ送りますね!!」


「ああ、いつでもどうぞ」


一ノ瀬さんは花も恥じらうような綺麗な笑顔だ。携帯を大事そうに抱えている。俺の連絡先でこんなに喜んでもらえるならいくらでも差し出そう。守りたい、その笑顔。

一方の東雲さんは、どこか照れている様子だった。


「そういえば、柚月さんは今度の球技大会何に出るか決めましたか?男子はバスケかサッカーだったと思いますが」


球技大会?あーそういえばもうすぐって言ってたっけな?今週中に決めなくちゃなんないんだっけ。


「えーと、まだかな。俺、球技って苦手でさ」


「へー、意外」


「確かに意外ですね」


「そう?」


俺ってそんなに球技できそう?卓球でさえ危ういよ?


「なんか、結構鍛えてるし、なんかスポーツできそうに見えるけど」


「そうですね。柚月さんだったら、バスケでもサッカーでも様になりそうです」


何この期待感。今日なんてバスケだったけど、真上にシュート放ってたよ?ステータス開いたけど、珍しくスキルの判定すらされてなかったよ?あの程度で取得したとはならないらしい。虚しいよ。


「いや、ほんとヘタクソだからね?」


「そうなんですか......でも私応援してます!桜ちゃんもです!!」


「え!?わ、私も!?」


う、嬉しいけど。これは本番までにどうにかしなくちゃ、無様な姿を見せてしまうことになる。


「あ、ありがとう。できるだけ頑張ってみるよ。二人は何出るの?」


「私たちですか?私も桜ちゃんもバレーに出ますよ!!」


バレーか。俺は二人がバレーしているところを想像する。東雲さんはそうだな。なんだかスポーツ全般なんでも出来そうな感じだ。運動できそう感が漂っている。

一ノ瀬さんは......と俺はここで正面の一ノ瀬さんを見て、よくない想像をしてしまう。あの,,,,,,あれがすごく揺れそうです。

俺は思わず顔を逸らす。


「?」


一ノ瀬さんは首を傾げている。


「あんた......」


そんな俺に東雲さんは気づいたようだ。鋭い視線が俺に刺さる。

ま、まずい!!な、何か言い訳を!!


そこで偶然、神の御技かのようなタイミングで俺の携帯が鳴る。俺はすかさず、その携帯に出た。


相手は水月だった。


『お兄ちゃん?何してるの?早く帰ってきて?お腹すいた』


『わ、分かった。とりあえずナイス。すぐ帰る』


『はあ?』


俺はそのまま電源を切った。


「ごめん、俺、そろそろ帰らなくちゃ!!」


「え!?あの、柚月さんちょっと!!」


俺はそのまま、伝票を握り締め、会計を光の速度で済ました後、自宅への帰路を逃げるように急いだ。



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