第21話:噂「俺、お前のこと好きかもしれない」

「ただいまー」


 家に帰ると既に水月が帰っており、ソファで制服のまま寛いでいた。水月も今日は始業式のみで授業は明日からの予定だ。

 全く。帰ったんなら、制服くらい着替えなさいな。シワになっちゃうだろ。

 そんな俺の批判的な視線に気づいたのか水月は、俺を見ると慌てて、横になっていたソファから立ちあがった。


「お兄ちゃん、お腹すいたから、お昼ご飯作ってー!」


 別に制服を着替えるために立ち上がったのではなかった。そもそも俺より早く帰っていたんなら、水月が準備してくれていても良かったのではないか、そう思ったが、口に出すとうるさいので言わないことにした。時刻は既に13:30分を回っている。俺もお腹が空いたので、お昼はあまり凝ったものではなく、手早く作れるものにした。



 お昼ご飯を作り終え、俺と水月は食卓に並んで、きつねうどんを啜っていた。


「それで?」


「何が?」


 脈絡のない質問に俺は、聞き返すことしかできない。


「学校でどうだったの?話してくれるって約束でしょ?今日何があったか教えるって」


 完全に忘れていたな。っていっても大して面白いことなかったけどね。俺に今日起きたイベントといえば......あれ?そこそこ何かあった気がするな。でもどう説明したらいいだろうか。俺は考えた末、問題のなさそうな部分だけ話すことにした。


「友達ができた」


 はい、これが今日一番にうれしかった出来事です。俺の連絡先に新たな仲間が増えました。これ以上のことはなかった。美少女のパンツを見たことも捨てがたいが、こんなこと水月には言えまい。


「それだけ?」


「......?そうだけど?」


「つまんなーい」


 水月はさっさとうどんを食べ終え、食器をシンクに持っていく。それ以上は何も聞いてくることはなかった。一体何だったのだろうか。何が気に入らなかったというのだ。考えても俺の知能ではまだまだ、女性の心を理解することはできなかった。


 その後は、筋トレに勉強、ランニング。いつも通りのメニューをこなし、一日を終えることとなった。

 結局、今日一日は、女性のことでよく悩まされる一日となってしまった。

 明日からの学校、どうなることやら。



 翌日。

 まず、登校中から教室に入るまで気になったことがある。何やら、俺に対する視線が増えているようである。そして、俺を見た後、仲間内でヒソヒソと話す様子も増えているように思える。昨日に増して、気のせいではないだろう。

 これは......遂に俺の時代来ちゃった?昨日はモデルイケメン転校生がいたから話題が散ってしまったが、一日を通し、どうやら俺の魅力にみんなが気づいてしまったらしい。俺って罪な男だな。まあ、そんな見ないでくれ給え。恥ずかしいから。と心の中で冗談を飛ばしつつも、教室に入って、自分の席に着いた。


 隣には既に綾瀬さんが座っている。昨日の手前、どうするか迷ったが挨拶をすることにした。


「何よ、変態」


 すると、なぜだろう。ゴミを見るような目で俺のことを見てくるではないか。流石に昨日はあんなことがあったにしろ、そんな扱いはひどいのではないか?変態は言い過ぎ。そう思いながらも予鈴がなるまでの間、俺は本を読んで過ごした。隣の白斗は予鈴が鳴ってもまだ来ていない。遅刻か?そんな白斗は本鈴がなると同時に慌てて、入ってきた。


 ギリギリじゃねえか。もう少し余裕を持って行動しろよな。そんなことを考えていると、白斗はこちらをじっと見てくる。俺は思わず聞き返してしまった。


「な、なんだよ」


 ちなみに今はHR中で朝の諸連絡を先生が行っている。

 そして白斗は小さな声で先生にバレないように、話してきた。


「なあ、あの噂って本当か?」


「噂?」


 何のことを言っているのか。噂......?朝からのみんなの視線に何か関係あるのだろうか。


「そこ!何をこそこそ喋ってる!」


「す、すみません」


 先生に怒られてしまった。それにしても噂か。どんな内容か気になるな。白斗は先生に怒られたにも関わらず、また小さい声で話しかけてくる。


「悪い、後で話すわ」


 どうやら後でその噂について話してくれるらしい。しかし、HRの後はこのまま担任の授業、化学がある。この先生は中々厳しいので授業中にその噂とやらを聞くことはできなさそうだ。


 そうして少しの間、悶々としながらも1限目の化学を終え、休み時間。どうも教室では言いにくいことらしく、廊下に出て人の少ない階段の踊り場で話すことになった。


「それで噂って何?俺に関すること?」


「ああー。その言いにくいんだけどな。昨日、放課後、俺と話した後、何してた?」


「何って、勉強しかしてねえけど......」


「本当に?」


 中々勿体ぶって本題に入らない白斗。それに俺は少し、苛立ちを覚えながらも冷静に聞き返す。


「本当だよ。それで噂って何?」


「実はな......お前さん、昨日、女子のスカートの中を覗いた変態ということになってる。更にはその変態行為の後、別の女子をいじめて泣かせた、サディスト野郎ということにもされてるぞ......?本当か?」


「......は?......はああ!?」


 白斗は俺の反応を見ながらも話を進める。


「えっと、その反応......ってことは、やっぱり嘘だったのか。しかも、その女子というのが、あの狭山と一ノ瀬って話だけど、学年を代表する美少女だけにお前に対する悪評というのが、すごい勢いで広がってるぞ......?」


 あれかぁぁぁぁぁぁ!!!

 一体全体なぜ!?なんでそんなことになってるの!?待って!!え、ちょっと待って!!という女子がよくSNSでするような反応をしてしまう俺。というかやっぱり一ノ瀬さん泣いてたんだな......やっぱり何かあったのか......心配だ。それにしても.......


「ちょ、ちょっと待ってくれ!!なんでそんな......一体どこからの噂だよ!?」


「いや、それは分からんけど......これ嘘なんだよな?」


 ぐっ......中々痛いところを突く質問だ。この件、全くのでっち上げである。しかしながら、俺が狭山さんのスカートの中を見てしまったのも事実と言えば、事実。一ノ瀬さんの件はともかく、否定しづらい内容である。確かにあの時、教室にはまだ、他にクラスメイトが残っていたが......こんなことになるとは.......


 とりあえず、俺はことの経緯を白斗に話した。すると白斗は頭を抱えた。


「な、なるほど。確かにこれは中々、弁解し辛い内容だな。スカートの中を見たのは事実なんだな?でも一ノ瀬さんの件は全くの誤解であると......」


「はい......」


 俺はすっかり意気消沈してしまった。折角、努力して変わった俺の新しく始まるはずだったスクールライフ。こんな噂が立ってしまっては青春をまともに謳歌することなどできない。もしかしたら、白斗も友達をやめようと言ってくるかも知れない。あかん、泣きそう......


 いや、待てよ?それだったら、噂の根元から否定して貰えばいいのではないか?当事者である狭山さんと一ノ瀬さんに事情を説明してもらうのだ。そうすれば、俺への誤解も解けるというものだ。狭山さんの件は事が事だけに、言いづらいかもしれないがお願いしてみるしかない。一ノ瀬さんの方は、あの時の泣いていた原因をまずは聞いてみないと。


 そういう考えに至り、白斗にそのことを話してみた。すると。


「いや、今日は無理だな。俺も今日、学校来た時点でこの噂を聞いて本人たちに聞いてみようとしたんだが、どちらも今日は休みらしい。狭山さんはなぜか、学校来てないし、一ノ瀬さんは、体調不良でお休みらしい」


 ジーザス!!俺は絶望に打ちひしがれた。だけど、それとは別に、喜びもある。あ、別に俺が悪評広められて喜んでいる変態というわけではないよ?

 俺が嬉しいこととは、白斗のことだ。お前が俺のためにそこまでしてくれていたなんて。付き合いがまだ一日で浅いというのに。本当に感動した。いいやつすぎるだろ......さっきは、友達やめるとか疑って悪かったよ。もう俺の学校生活、お前がいればいい。


「お、おい。何泣いてんだよ......」


「もう、俺、お前のこと好きかもしれない」


「き、気持ち悪ぃよ。離れてくれ!?」


 白斗にまで嫌われてしまったら、俺は死んでしまうかもしれない。まあ、それは置いておいて、どうしたもんか。


「とりあえず、またこの話はあとでしよう。休み時間終わりそうだ」


 それにしてもなんでこいつはこんなに親身になってくれるのか。俺など前まで全くと言っていいほど関わりなどなかったというのに。俺はそのことが気になったので白斗に聞いた。


「なあ、なんでそこまでしてくれるんだ?」


「なんでって......友達だからだろ?」


「友達......ああ!!そうだな!やっぱりお前いいやつだ!」


「ちなみになんだけど......」


 白斗と友情を確かめ合ったところで彼は、周りの様子を伺い、小さな声で問いかけてきた。


「狭山さんのパンツ何色だった?」


「......」


 前言撤回こいつはただの変態だった。


「ピンクだ」


 俺たちは、がっちりと握手を行い、二人で教室へ戻って行った。

 後、心の中で謝った。狭山さんごめん。


 そして時間は過ぎ去り、昼休み。授業中にしろ、休み時間にしろ、俺に対する侮蔑の視線は如何程も減ってはいなかった。それより、白斗までもがそういう目で見られるというのは少し、耐え難かった。当の本人は、「気にすんな」と言っていたが、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 そして、そんな俺を一際、ニヤニヤと笑いながら見てくるものもいた。荻野たちのグループだ。夏休みが明けてから特にあいつらには何もされてないし、何もしてないが以前に比べてもこちらをよく見ている気がする。気のせいか?まさか、あいつらが噂を広げたんじゃないだろうな......






「それはついてなかったね〜」


「ああ、全くだ」


「白斗が面白いやつがいるって言うからどんな人かと思ったら、まさか噂の人だったとはね!」


 そして今、俺の前には身長の小さな、下手をすれば女子と間違えてしまうのではないかと思うほどの可愛さをもった男子がいる。そう、こいつが白斗の友達である、八坂桃太やさかももたである。

 桃太は、このルックスから女子からも人気が高く、マスコットキャラのような存在である。つまり、男の敵だ。


「?」


 俺がそんな少し憎しみの篭った目で見ていると、「どうしたの?」といった様子でほっぺたに菓子パンのクリームをつけながら、可愛らしくこちらを見返してきた。あざとい、あざといぞ貴様。しかし、桃太きゅんかわいい。


「それにしてもここ暑いな」


 そんな俺と桃太のやりとりを傍目に白斗は嘆く。


 そう。俺たちは、今、屋上に来ていた。まだ、夏の厳しい暑さが残っている中、屋上を使うものは全くいなかった。俺への視線もあるということで都合がよかったのだ。本当に重ね重ね、二人には申し訳ない。噂がおさまったら、絶対に何かおごる。そう心に決めた。


 結局ここではどうするか、話し合ったが今日はどうすることもできないということで話は終わった。とりあえず、今週は今日で終わりなので週明けの月曜に彼女たちに弁解してもらうしかない。

 それに一ノ瀬さんのことも心配だ。お見舞いに行こうと思う。そう二人に話したら、顔を見合わせ、難しそうな顔をしてこう言った。


「いや、忘れてたんだけど、多分無理。お前殺されるかも知れん」


 ......物騒だな、おい。

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