第20話:後悔/マダー①「な・ん・で・も!」

 一ノ瀬さんどうしたんだろうか。


 俺は、狭山さんと会話した後、ジュースでも買いに行こうかと自販機のある場所に向かうため、廊下に出た。すると、そこには見たことのある後ろ姿。その柔らかで優しい雰囲気を持つ人は一ノ瀬さんだろうと思い、声を掛けた。


 すると彼女は少し上擦った声を出し、こちらに振り返ることなく、走り去ってしまった。

 うーん、何かまずいことでもしただろうか。考えてみても分からなかったので、また、明日話を聞いてみようと思った。



 そうして、俺は自販機でカフェオレを買ってから、また教室に戻ってきた。そして、また参考書を開き、勉強を始めること3分。


「あああああ、集中できねえ!!!」


 さっきのあれ、よく考えたら泣いてなかった!?なんか涙声だったよね?あそこ追いかけるべきじゃなかった!?あああああ、なんだったんだ。気になる......いや、でももしかしたら泣いてなかったかも知れない。くそ......分からない......だめだ、やめだやめ。集中できん。今日は、もう帰ろう。


 俺は机の上に散乱する参考書やノートを乱暴にカバンに詰め込み、先ほど買ったカフェオレのパックを手に持ちながら、学校を後にした。


 そして俺は帰り道で、また一ノ瀬さんのことを考えていた。確証はないが、多分泣いてた。声を掛けた時は、何も考えてなかったから気づかなかったけど、よくよく考えたら震えてた気がする。後悔先に立たずとはまさにこのこと。あの時の俺バカ。今さら気になるならあの時、どうして声を掛けておかない......どうしたもんか。連絡先でも知っていれば、話の一つや二つ聞けるんだけどな。というか、なんであの祭りの時に連絡先交換しなかったのかね。俺というやつは本当にバカだ......


 俺の手元にある連絡先は今のところ、家族と白斗だけ。チャットアプリの友達の部分の数値は4。寂しすぎない?そもそもこのチャットアプリが活躍してるところほぼみたことない。親からの連絡と妹から俺へのパシリの連絡だけ。あまり、このことを考えるのはやめよう。白斗の友達も今度紹介してもらえるだ。そうしてもらえれば、友達の部分の数値は5の大台に乗る。これは記念すべきことだ。


 と話は逸れたが、連絡先の交換というのはこういう時に重要な役目を果たす。今は何があったか分からないが、明日学校で会ったら確認してみよう。そしてできれば連絡先も聞いておこう。あれ?でも女の子に連絡先聞くのってなんだか、緊張しない?ま、まあ大丈夫だろ。多分......

 今の俺にはできることがない、気にはなるが切り替えて家に帰ったら筋トレでもしよ。


 そうして俺は大した連絡先の入っていないスマホを眺めながら歩いていると、前から声がした。

 そこには赤いスポーツカーが一台止まっている。


「今日は少ししかいられなくてごめんね?」


「おう、また遊ぼうぜ。気をつけて帰れよ?」


「うん、またよろしくね!ありがと!バイバイ!」


 そしてスポーツカーから誰かが降りて、運転している男の人に別れを告げているようだった。別れっていても恋愛的な意味じゃないよ?相手は屈強そうな男だった。大学生っぽい。あんな良さそうな車に、女の子とな?このリア充めっ!!ん?イレズミ......?男性はそのままスポーツカーを走らせて去っていった。

 そして俺の進行方向から車を降りた制服姿の女性がこちらに向かってきた。その女性と俺は目が合う。


「あ......」


「み、水原さん?」


 明らかに驚いている顔をしている女性、水原さんは何か言いたげな目でこちらを見ている。

 こ、これは。男性との密会現場を目撃してしまったのかもしれない。プライベートがベールで包まれた水原さんのその一端を垣間見たのだ。少し、テンションが上がる。しかし、学園のアイドルたる、水原さんに男の影。これはこれでショックである。俺は気になってしまったのでついつい聞いてしまった。


「えっと、さっきの人彼氏?」


「......」


 うーん、別に仲良くもないのに馴れ馴れしすぎたかね?この反応は、何かまずいこと言ったかしら。そもそも、クラスで人気の水原さんでも誰かと付き合っているなんて噂は聞いたことがなかった。まあ、俺に友達がおらず、その情報が流れていないだけかも知れないが。水原さんはなんだか気まずそうに視線を逸らしている。そして、やや遅れて返事が帰ってきた。


「そ、そんな感じかな?」


 やっぱり、そうなのね。学園のアイドル。逝ってしまいました。みんなのアイドルが......やっぱりアイドルなんていうのはどの子も噂がなくても誰かと付き合っているのね。教訓になりました。祝福します、おめでとう。でも少し、心の中で悲しい感情が入り混じっています。あれ、目からしょっぱい何かが(本日2回目)


「ええと、えと。でもそのお付き合いしてるとかじゃなくて、ただの仲良い男の人の一人だからね」


「......そうなの?」


 ガックリと項垂れていた俺は、顔を上げた。やはり、アイドルは生きていた。しかし、まだ油断はできない。いつどこで誰のものになるとも分からない状態だ。やはり、さっきの人との関係を聞いておいた方が良いだろうか。というか、俺、全くの無関係な人間なのにそこまで聞くのは流石にダメか。


「そう!だから、あの、お願いなんだけど、さっきの人と一緒にいたこと、クラスのみんなには黙っておいてくれる?」


 ん?まあ、なんとなくだが秘密にしたい気持ちは分かる。しかし、今の俺は、すごいネタを掴んだパパラッチの気分だ。先ほどまでアイドルに偶像崇拝していたのとは別に、今はこのことを友達に言いたくて仕方がない。ウズウズしている。友達くらいもだめだろうか。あ、友達って単語使いたかっただけです。すみません。


「えーっと、なんで?」


 俺は一応その訳を彼女に聞き直した。すると彼女は予想外の動きに出る。


「な・ん・で・も!」


 彼女は色っぽい声でそう言いながら俺の腕に抱きついてきたのだ。

 な、なんぞこれは!?柔らかい!柔らかいぞ!?それにいい匂いがする。女の子の香りってなんでこんなに脳内にガンガン響くんだ。もっと嗅いでいたい。だ、ダメだ!意識を持っていかれる......


 俺は頭を振り、飛んでいた意識をどうにか引き戻し彼女に問う。


「み、水原さん?」


「ね?」


「は、はい!黙っています!」


 もうね。こう答えるしかなかったよ。情けないことに。だって女の子に抱きつかれてお願いされてるんだよ?俺、童貞だよ?無理に決まってるじゃん。いくら精神力上がってもこの甘美な誘惑には抗うことができませんでした。


「じゃ、お願いね!ばいばーい!」


 そして水原さんは嵐のように去って行ったのであった。

 まあ、別に黙ってるのはいいんですけどね。それにしても、なんで秘密にしたがるんだろうか。うーん、女の人の考えてることは分からん。

 それにしても、いい匂いだったなあ。また嗅ぎたい。


 そんな変態じみた思考をしながら、俺は家までの道をゆっくりと帰って行った。



 ◆


 はあ。全くもって危なかった。なんであんなところにクラスのやつがいるかな。あいつ、確か時東とか言ったけ?1学期の時は全く名前も覚えてなかったほどの地味で目立たない隠キャだったけど、今日から訳わからないくらいのイメチェンをして学校に来てたやつ。あまりの変わりように名前まで覚えちゃったわ。夏休みデビューかっての!


 それは置いておいて、所詮、時東も男ってわけね。まあ、見た目は少しは爽やかな感じに変わったって言っても私が抱きついたくらいで慌ててたし。それを見た感じ、中身の方は然程も変わってないんでしょうね。




 私、水原茜には裏の顔がある。表の顔は、学校のアイドルとしてみんなに優しく振る舞い女神とも呼ばれている生徒。そして裏の顔は、いろんな男を誑かせて、金を貢がせる悪女。まあ、自分で言っちゃうあたり、自覚しているだけに質が悪いと思う。裏の顔って言ってもみんなが簡単に私に騙され......夢中になって、勝手にお金を落としていってくれるだけだから別に悪いことはしてないんだけどね。


 まあ、所詮、男なんてみんなそんなものよ。私が少し優しくしたり、甘えたり、色っぽくするだけで簡単にお金をくれる。どいつもこいつもすぐ勘違いしちゃうんだから。男って単純よね。

 それでも男の人も私みたいな可愛い子と少しの時間でも一緒にいられて幸せだと思うし、私もそのために時間を提供してあげてる。楽しませてあげてる。これはまごうことなく、ギブアンドテイク。最近流行のレンタル彼女とかと何も変わらない。まあ、私の場合、それを個人でやっているってところね。個人事業主みたいなもの。



 私は一人、自宅の方に向かって歩き始める。

 今の生き方はそんなに嫌いじゃない。別に望んでなったわけではないけど、自分の容姿を売りに自由にお金を得る。単純でいいと思う。貧乏なのは絶対に嫌だ。私は絶対にお金持ちになってやる。こんな惨めな生活、絶対に抜け出してやる。



 それにしてもさっきの会ったお兄さん。大学生なのに今度、クラブのVIP貸切にしてくれるって言ってたな。楽しみ。お金もいっぱい持っていそうだし、今回は大当たりかな。何かブランドものねだっちゃおうかな。それくらいはお金好き勝手に使う感じの頭の悪そうなタイプだったし、ちょっと甘い感じで接したらすぐに堕ちてくれるだろう。ほどよく、お金を落としてくれたところで自然にフェードアウトしていく。これで完璧。


 後は、あの隠キャが下手に誰かに話さないといいけど。私の学校でのイメージが変わってしまう。今時アイドルに処女性を求めるのもどうかと思うけど、そういうのって大事だし。まあ、実際に処女なんだけどね。結局のところ、例えあの隠キャが何か言ったところで、そんなに影響力ないと思うし、私がとぼければそれまでだけどね。念のためにお願いはしておいたし、あの反応を見る限り大丈夫でしょ。



 そうやって考え事をしていると、私は家の近くまで帰ってきた。私は周囲をよく見渡し、知っている人がいないことを確認してから、この錆びたトタンでできた今にも崩れそうな1階建の家に入って行った。

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