第17話:痴話喧嘩「忘れなさい!」

 身長が高い。それだけで人生何かが変わるだろう。そりゃ、俺だって男だから、ないよりあったほうがもちろんいい。以前、161センチだった俺は、人混みの中で改めて身長が高くなった喜びを噛み締めた。


 全校生徒が一同に会す、この始業式という式典は、俺にとっては苦い記憶ばかり残っていたものだ。始業式に限らず、こうやって全校生徒また、学年全員が集まる集会は全て嫌だった。なぜなら、161センチまで伸びたが、基本的に小学、中学ではクラスでも一番背の低い方だった。そんな俺は、いつも人の山に囲まれ、谷と化していた。そんな身長を嫌でも気にしてしまうことが多かった。


 だけど、今はどうだろう。漸くと言うべきか、皆と後頭部を下側から眺めることはほぼなくなった。今の身長でもクラスでは高い方に当たるのではないだろうか。すばらしい。ちなみに今も俺の身長はまだまだ現役で伸び続けている。夏終わりから0.2センチまた伸びていた。ふはは、皆の者、俺の成長を刮目せよ!!

 とそんなバカみたいな思考が一瞬だけ過ぎったが、口に出しそうになった手前で心に押しとどめた。危ない。

 そして、体育館に集められた生徒達はみな転校生の話もしていたが、クラスメイト達は違った。どちらかと言うと俺の話題の方が多い気がする。やったぜ。やはり、見たことのない転校生よりも普段からバカにされていたクラスメイトが180度見た目が変わっている方がインパクトとしては大きいのかな?イケメンに勝つ。少しの優越感が得られた。

 しかし、人の目に慣れていない俺にとっては少しの不快感はやはり感じるものだった。


 そうして、校長のありがたくも長い無駄話が終わり、連絡事項が先生から告げられると、生徒は皆、そのまま教室に戻って言った。


 戻る途中でどこからか、「あ!!」と言う大きい声が聞こえた。何か忘れ物でもしたのだろうか。宿題とかね。列をなして皆帰っているので、その声はどこから聞こえたものかは分からなかった。


 俺は一早く自分の席に戻った。綾瀬さんはまだ席に戻って来ていない。先ほど、返事をしそびれてしまったので、少しだけ気になってしまった。すると教室にドアあたりから、綾瀬さんと誰かが、話しながら入って来た。話しながらと言うよりかは、一方的に話しかけているのが正しいという様子だった。その相手は、荻野の取り巻きの一人でもある、後藤という男子生徒だった。


 後藤の見た目は......そうだな、目つきが悪い。そしてめっちピアス開けてる。なんか夏休み前と印象が違う。髪色も明るい茶色になって、ヤンキーっぽくなっている。夏休みデビューというやつか?

 夏休みデビューとは、夏休みまで大人しく、暗かったタイプの女の子が夏休みが明けるとめちゃくちゃ髪色が明るくなってギャルになっているあれだ。

 あれ?それは俺にも当てはまりそうだな?なんだかデビューって恥ずかしい。


 後藤の紹介はこの辺にしとおこう。その間にも後藤を振り払った、綾瀬さんはため息交じりに自席に座った。座る瞬間、「はあ、うっとおしかった。茶髪似合わなさすぎ」と呟いていた。確かに後藤の茶髪姿は似合ってなかった。


 そしてみなが教室に戻り着席するとLHRがあった。夏休みの課題の提出などがある。今日はこれだけで終わりだ。


 LHRを始める時、担任が俺に向かってもっともな質問をしてきた。


「あーその、そこの時東の席に座ってるやつ。お前、時東なんだよな?」


「はい、時東ですけど......」


「そうか......ならいいが......」


 まあ、そうですよね。そんな反応ですよね。ちょっとスケールアップしすぎました。すみません。先生は何か釈然としていない。そして急にあたりがざわざわと騒がしくなった。みんなも変な人が座ってると思っていたのね。解せぬ。

 担任は、一気に騒がしくなった、クラスの皆んなを諌め、LHRを進め始めた。


 とここでLHR中、隣に座る綾瀬さんにまた声をかけられた。


「あんた、本当にあの時東なの?」


 ええ、あの時東でございます。隠キャでガリガリで根暗だった時東です。ついでにあなたに情けないとまで言われました時東です。おっと、卑屈になりすぎた。

 綾瀬さんは始業式を挟んだおかげが少しばかり落ち着きを取り戻していた。うん、これこそ綾瀬さんって感じがするな。


 そして俺は、一昨日のことを思い出しながら、やけに反応が違うなと思って苦笑しながら肯定の句を述べた。


「そうなんだけど、ということはやっぱり一昨日も気づいてなかったんだ?」


 今度こそ、「そうだ」と答えることができた俺は、念のため一昨日のことを確認することにした。



「や、やっぱり!一昨日のはあんただったのね......?そんな......」


 何?明らかにがっかりして無いかい?それはそれで少し傷つくんだけども。

 するとなぜか隣の綾瀬さんは何かを思い出したのか、みるみる顔が赤くなって行くではありませんか。そういえば俺、裸見られてるな。それを思い出してるのかな。いやん。えっち。

 そしてその赤い顔のまま、こう一言放った。


「わ、忘れなさい!」


 綾瀬さんは思ったより大きな声をあげたことにより、クラスの皆んなから注目を浴びた。先生もそんな綾瀬さんに「どうした、綾瀬」と声をかけると綾瀬さんは「すみません」と謝り小さくなっていた。

 また、クラスがざわつき始めた。


「ええと、ごめん。綾瀬さん、忘れるって何をかな?」


 少し落ち着きを取り戻したところで、俺は綾瀬さんに先ほどの命令に対して、質問をした。いきなり忘れろと言われてもなんのことかわからんのだ。


「そ、その一昨日あったこと全部よ!!」


 全部!?そんな無茶な。どのことよ?俺は綾瀬さんと会った時の様子を思い出す。


「えーと、確かあの時は......綾瀬さんが転んでマネージャーさんに怒られて泣きそうになって......そんでフォローしてから更衣室で裸を見られたな。それで帰り際にお礼言われたっけな。はは、思いっきり噛んだでたな。あっ......」


 俺は、どうやら考えて来たことが口からポロポロと零れ落ちていたということに口にしてから気づいた。綾瀬さんの前でわざわざその失態を言うなんて、ミスったと後悔した。俺は恐る恐る横を確認する。そこには綾瀬さんがプルプルと体を震わせてさっき以上に顔に血を巡らせていたからだ。


 本当にごめんなさい。言ってはならなかったということだったと理解した。謝ろうとしたその時。


「忘れろおおおおお!!!」


 綾瀬さんはそんな顔のまま、俺の首根っこを掴み、前後に振り回した。

 く、苦しい。このままでは殺される......。


「おーい、綾瀬、いいかー?時東が死にそうになってるから。痴話喧嘩ならその辺にしておけよー?」


「っ!?」


 先生からの注意が入る。今はLHR中だということ気づいた綾瀬さんは、先生からの言葉に顔を赤く染め、手を止めた。痴話喧嘩て。


「はあはあはあ」


「はあはあはあ......」


 そして俺と綾瀬さんはお互い、肩で息をし合っている。俺は言わずもがな、息ができなかったから。綾瀬さんは、怒りに身を打ち奮わせていたからだ。


 クラスは相変わらず、俺と綾瀬さんを見てざわざわしている。


 息も絶え絶え。紅潮した綾瀬さんが少し色っぽく感じてしまう。いかんね。彼女は非常に恥ずかしそうである。


 それに何やら強い視線を感じる。俺が斜め前の方向を見ると明らかにこちらを憎しみをこもった目で睨んでいる男子生徒がいる。後藤だ。俺が何かしたかね?

 疑問に思っている俺の横で綾瀬さんは相変わらず、またもや縮こまっている。


「あんたのせいよ......」


 ええ......俺のせいなのですかい?俺殺されそうになってたんですけど?被害者なんですけど......


「あんた、全部忘れなさい。忘れられないのであれば、私が記憶を消す手伝いをしてあげるから」


 綾瀬さんはニコッと効果音がなりそうな笑みに全く似合わない物騒なセリフを吐き出した。

 そして興味本位で突っ込んでしまった。


「消すってどうやって......?」


「夜に背後から、後頭部を一発よ」


 こえーよ。ちょっと猟奇的すぎない?それに計画的な犯行する気満々じゃん......


「忘れます......」


 もうこれはこう答えるしかなかった。こう答えなければ、命の危うささえ感じた。


 その後はクラスメイトからの少しの視線も浴びつつも、恙無く、LHRは進行していった。

 とここでいきなりではあるが、俺の視界にメッセージウインドウが浮かび上がった。何?緊急ミッション?今LHR中なんだけど。何させる気よ?


 そこには緊急ミッションではない、内容が記載されていた。


 +メッセージ(NEW)


 条件の達成により通常ミッションが解放されました。 

 

 通常ミッション(学校)

  勉強

   数学を勉強する [0/1]

   英語を勉強する [0/1]

      ・

      ・

      ・

  その他

   人助けを行う  [0/1]

      ・

      ・

      ・


 な、なんだこれ。通常ミッション?なんか新しい機能が増えたらしい。通常ミッションの横についている(学校)という文字を見る感じ、学校に来たことが条件で解放されたらしい。後はステータスレベルも3に上がってたし、それかな。


 それにしても、これは......やるしかない!ただ、勉強するのも1時間で達成できてしまうな。報酬はもちろんあるだろうが、これじゃあすぐ終わっちまいそうだな?まあ、考えていても始まらない。とりあえず、達成すれば何か起こるはずだから、このLHRが終わったら早速取り掛かってみよう。


 そうして一部波乱もあった、LHRを終えた俺たち3組の生徒は下校することとなった。そして帰り仕度をしていると、綾瀬さんはこちらをキッと一睨みし、教室を出て行った。でも少し顔が赤かった気がする。あ、怒りか。恐い。そんなにさっきのやりとりが恥ずかしかったのか......夜道は気をつけよう。

 そしてなぜか、それを見た後藤も綾瀬さんの後ろを追いかけて行った。なるほど、LHR中のことといい、あいつ綾瀬さんに気があるのか。頑張れ!後藤!茶髪似合ってない言われてたけども!!


 そうして綾瀬さん達を目線で見送った後、「待ってました」と言わんばかりに教科書を開けた。早速この常設されたミッションに打ち込むのだ!!きっと(学校)って書いてあるから、学校じゃないと意味はないのだろうと思う。


 そうして取り掛かろうとした時、綾瀬さんとは逆の隣の席に座る男子から声を掛けられた。





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