第16話:2学期の幕開け「......は!?え!?なんで!?」
俺、時東柚月の朝は早い──。
今日は目覚ましが鳴る前に目が覚めた。目覚ましはここ最近、いつも5時にセットしている。とは言っても昨日、一昨日とその前は流石に疲れていたのでもう少し遅かったが。これは、夏休みに行った改造計画の一環でもある。普段から早起きをせず、ギリギリまで寝ていた俺は、その生活習慣を改め、より生産的なことに時間を費やすことに決めたのだった。
そして、起きてからある程度の身だしなみを整え、半袖、半ズボンのスポーツウェアに身を包み、ようやく日が昇り始めた空を見上げながら走り出した。
朝からのランニングはいいものだ。まだ、眠気のある頭をスッキリとさせてくれる。そればかりか、一日の体調も整えてくれているような気もする。
そうして俺は、まだ暑くなりすぎていない日差しを浴びながら朝から、5キロほど走って、自宅に戻った。
ランニングの途中で散歩中のワンちゃんと戯れたのもいい一日を予感させてくれる出来事の一つだったと言えるだろう。
ちなみにこれはデイリーミッションとは関係なく行なっている。
家に帰った俺は、まずシャワーを浴びる。汗を流してスッキリし、早速朝食の用意に取り掛かろうとした。時刻は6時を過ぎたところだ。親もそろそろ起きてくる。
俺は手慣れた手つきで卵をボウルに割り、菜箸を使ってカッカッカッとリズムよく卵をかき混ぜた。
今日の朝食は和食。内容もとてもシンプルなものだ。だけど、味噌汁は鰹節からちゃんと出汁をとって仕上げた。シンプルなものこそ、そういう下準備が大事になってくると思っている。
そんな甲斐あってか、朝のご飯は好評だった。そして時刻は8時を回った。親はどちももう家を出ている。俺は一段落してから、水月とともに家を出て学校へ向かうことにした。
俺は今、水月と並んで歩いている。2学期が始まると言ってもまだまだ厳しい暑さが続く。水月は夏服のセーラー服に身を包んでいる。俺の高校はと言うと制服はブレザー指定なので、今は上は肌着にカッターシャツしか着ていない。
「ああ〜、今日から学校か〜。やだなあ......」
「まあ、確かに気だるいけど久しぶりだし、結構楽しみだな」
俺の言葉を意外に感じたのか、水月は少し目を見開いて、その後言葉を続けた。
「やっぱり、お兄ちゃん変わったね!」
「そうかー?」
確かに見た目だけで言えば大分変わったという自覚はある。顔も昔の覇気のない暗い顔に比べれば、少し垢抜けて締まりのある顔になったと思う。多分。まあ性格もポジティブにはなったかな。やはり筋肉というのは自信にも繋がるらしい。筋肉最高!こんなこと言ってたらまた、水月に筋肉バカだと言われてしまう。自重はしないが。まあ、今言ってるのは、筋肉の話でなく、内面的な話だと思うけど。
「変わった変わった!そう!だから、今日帰って来たら学校であったこと教えてね!絶対だよ!」
水月は前半は嬉しそうに言いながら、後半はにやにやとしていた。
それにしても俺の学校での様子なんてまるで興味なかったのにな。これも仲直りのおかげかな。良好な兄妹関係を築けているようだ。嬉しい。
「はいはい。分かったよ!まあ、確かに俺もクラスメイトの反応は気になるところではあるな」
いかん、なんか水月に言われて今更ながら意識し始めると緊張してきた。
そんな俺の言葉に水月は「うんうん」と頷いて、それぞれの学校への道を別れた。
水月も俺のことを心配してくれてるんだなと思うとなんだか胸が熱くなった。本人は面白がっているだけかもしれないけど。
ちなみに水月の通う中学校と俺の通う高校は結構近かったりする。歩いて五分と言ったところか。うちの学校の校舎からも水月の通う学校のグラウンドが見えていたりする。
そして校門が近づいてくると余計に緊張を感じた。今の俺の姿を知るものは、一ノ瀬さんや、狭山さんを除いていないはず。それなのになぜか女子たちが、こちらを一瞥し、ひそひそと話しているようにも思えなくもない。意識のし過ぎているだけかもしれない。
なんだか恐い。偏見ではあるが、こういうのって大体悪口。一度何か良からぬ、噂に火がつけば、それはすぐに燃え広がる。女子高生ネットワークは恐るべきものなのだ。
そんな偏見をよそに校門を潜った。
あたりからは何やら話し声が聞こえる。
「ねえ、あんな人いた?」
「え?確かにまあまあイケてるけど......」
「ちょっと待って!その人もそうだけど、そっちじゃなくて後ろの人!!」
「え!?嘘!!」
「え!?あの人ってモデルしている人だよね!」
「ほんとだ!スカイ君だ!!」
あれー。一瞬ではあるが、俺がイケメンって言われた気がして歓喜したのに。やっぱり変わっただけあった!よかった。そう思っていたのに。
全ての話題を一瞬で後ろの人物が掻っ攫っていた。
「もしかして転校生じゃない!?」
「ええ!ほんと!?」
話をしていた女子たちのうち、一人がその人の正体に気づくと一気に周りが騒がしくなったような気がした。
そこらかしこでキャッキャと何か話している。俺は玄関まで進んで立ち止まり、後ろを振り返ると、女子の群れが出来ていた。
どうやらモデルが転校生としてくるらしい。
イケメンとかやめて欲しい。せっかく2学期から変わった姿をみんなにお披露目できるというのに、イケメン転校生なんか来たら全ての話題を持ってかれてしまう。既に持っていかれているけども。
とは言ってもそこまで目立ちたい訳ではなかったが。まあ、イケメン転校生か。いい奴なら、機会があれば、仲良くなれるといいな。
そして女子の群がりの中心にいる人物をどうにか視認することが出来た。確かに彼は男の俺から見てもイケメンと言える容姿を持っている。髪サラッサラだな、おい。
モデルかー。きっとあの整った顔と同じくらい素晴らしいスタイルをしてるんだろう。羨ましい限りだ。いや、昔だったらそう思っただろう。しかし、俺はしなやかで美しい筋肉を手にいれた。今は自分の体のことを気に入っている。
それにしてもスカイ君とやら。えらいキラキラな名前だな。カタカナの名前なのか?イケメンでなければ成り立たない名前だ。イケメン恐るべし。
俺はそんなイケメンから視線を逸らし、校舎に入った。そして下駄箱から、上履きのスリッパを取り出した。
「......」
おい、入らねえぞ。失念していた。俺は足の大きさすらかなり大きくなっていたのだ。身長が大きくなったのだから当然だが。
でも代わりのスリッパはない。仕方ない。
俺は無理やり、先っぽの方だけ隙間にねじ込み、小さいスリッパで変な歩き方をしながら教室に向かった。
廊下を歩いている中、すれ違う人たちはイケメン転校生の話題でいっぱいだ。これはこれで大変そうだな。注目されることが好きならいいけど。
教室に着くと、席には既にちらほらと生徒が座っていた。そこにはクラスの中心人物たる、荻野悠人や水原茜の姿はまだなかった。
しかし、俺が教室に入るのを目にした、クラスメイトたちは皆一様に目を見開いている。そして近くに座る生徒と「誰?」「もしかして、あれが噂の転校生?」などと言っていた。
まあ、予想通りの反応ではある。クラスメイトからすれば、今の俺の姿など見たことないだろう。残念ながら、俺は噂にすらなっていないんだよ、畜生。大体、俺が夏休みでそんな急成長遂げてくるなんて誰が思うだろうか。それに俺には友達がいない。夏休みの間、ほとんどクラスメイトに会っていないのだ。こういう反応になるのも仕方ないと思う。
ただ、教室に入ってから感じる様々な視線は、あまり心地がいいものではないと思った。スカイ君もこりゃ大変だな。
俺はその好奇な視線の中、自分の席に座った。
「......」
机が小さい。以前まで身長の小さかった俺に割り当てられていた机は身長に合わせた小さいものだった。でも誰かの机と勝手に交換などできないので、俺はその小さな机にこじんまりと座った。かなり不恰好に見えると思う。
俺は、そんな様子を見られるのを恥ずかしく思い、顔を伏せ時間が過ぎるのを待った。
ざわざわとあたりが騒がしくなって来た。クラスメイトがみんなどんどん登校してきたんだろう。騒がしい声の中には、あの荻野たちのグループの声も聞こえる。聞き耳を立てているわけではないが、どうやら転校生の話で持ちきりのようだ。それに混じっていくつか
「あれ?誰だろう?」「なんか知らない人座ってるけど......あそこ、隠キャ君の席だよな?」「声かける?」そんな話し声が聞こえた。
あ。これは俺の話題ですね。少し嬉しい。イケメン転校生の話題に混じって、少しでも見てくれている人もいるのかと喜んだ。
そしてそろそろ顔をあげようかとした時、二人の女性の声が聞こえて来た。
「おっはよー!」
「おはよう」
この声は、水原さんと綾瀬さんの声だった。綾瀬さんとは一昨日の件がある。少し気まずいかもしれない。
どうやって話しかけようか、とりあえずおはよう?でもなあ。今まで学校ではちゃんと挨拶してなかったからな......。まあ、一昨日はお礼も言ってくれたから少しは俺に対して態度は軟化していると思うんだけど。挨拶くらいするべきか?うーん、ええい、ままよ!
そして俺は隣の席に綾瀬さんが来た気配を感じて顔を上げ、綾瀬さんの方を見て挨拶をした。
「おはよう」
「......」
おや?綾瀬さんが返事を返してくれないぞ?挨拶をして無視されるのは一番悲しい。やや傷つく。まあ本当に傷ついた訳ではない。こんなのは慣れている。
というより、綾瀬さん固まってる?
そう思った瞬間、綾瀬さんが突如、声をあげた。
「......は!?え!?なんで!?」
がしゃんと言う音がクラスに響いた。
綾瀬さんはその場から跳びのきバランスを崩して、そのまま尻餅をついた。もちろん横にあった机は、綾瀬さんがぶつかったことにより、乱れている。クラスメイトは突如としてクールな綾瀬さんが叫んだことに驚愕を禁じ得ないでいる。
そしてクラスメイトは皆、綾瀬さんそして俺に注目している。全視線を感じる......いくら俺でも逃げ出してしまいたい気持ちに陥るがぐっと堪えた。
そこらからは「え!?誰!?」「誰だあいつ......」「なんであの席に?」「とうかちゃんかわいい」などお馴染みのセリフが飛び交っている。
そして綾瀬さんは未だにその場にへたり込んでいる。少しスカートがはだけている。俺は露わになった太ももをできるだけ見ないようにして、彼女に手を差し伸べた。
「えっと.....大丈夫?」
「は、はひ」
きっと俺もクラスメイトもこんな慌てた彼女は初めて見ただろう。いや、俺の場合は一昨日も見てるか。
綾瀬さんは俺の手を取るとスカートを庇いながら立ち上がった。そして俺は手を離して自分の席に戻った。ようやく、自分の席に座った綾瀬さんは俺と俺の机を何回も交互に見比べ、何か言いたそうにしている。そして少し深呼吸をした。
「あああ、あんた、ななななんで?」
いつものように平静を取り戻そうとしているのが分かったが、全く戻っていなかった。噛み噛みすぎて何を言っているのかが分からない。でもなんとなく言いたいとしていることは感じ取れた。
「えっと、ごめん」
そしてなんとなく謝った。多分、一昨日バイト先で出会ったやつが、実は隣のクソ隠キャであることに驚いているのだろう。
「だ、だからあんた、と、時東なの?」
「そうだよ」と答えようとしたタイミングでチャイムがなり、担任の先生が入って来た。
「始業式行くぞー」
その一言でみんなは、廊下に出て言った。ただ、視線の嵐は一向に止まなかった。
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