第26話:新たな挑戦「じゃあ、ちょっと教えてもらえませんか?」
昨日なんで帰るの遅かったの?
朝、早起きしていつものルーティンを終え、シャワーを浴びて洗面所から出てきた時に起きてきた妹に遭遇した。その時の質問であった。
だから俺は自信満々に言ってやったんだ。「兄ちゃんな。初めて女の子の友達ができたんだぜ!!」と。
そうしたら水月はなんて言ったと思う?少しの間を置いて、「や、やっと一人目?遅くない?やっぱり見た目変わっても中身はヘタレなまんまなの?」だとよ。
なんだよ!せっかく喜びの感情をいっぱいに表現してやったのに!!あれ?そう言えば、なんだかアイツ、顔が赤かった気がする。声も震えてたな。気のせいか?
そう思ったけど気のせいではなかったようだ。なぜなら、腰に巻いたタオルが床に悲しくも落ちていたからだ。
あ〜なるほどね。なるほどなるほどー。照れだな?
昨日は、なぜか東雲さんと友達になることができた。なることができたはずなのに俺は大事なことを忘れていた。連絡先を聞いていない。
アホか俺は。前に次こそこういう機会があった時は聞くぞと思っていたはずなのに。俺のチャットアプリの友達の数は未だ、増えていない。
くそぅ。次こそは。もうお互い、友達って言ったんだし、月曜日に聞いてもいいよね?
「それで?何で女友達ができたの?」
すでに顔の赤らみが引いた水月がリビングでヨーグルトを食べながら聞いてきた。
ほほう。さっきは喧嘩腰だったのに、やっぱり兄ちゃんの交友関係は気になるのね?いいだろう。では教えてあげよう。俺と東雲さんとの友情秘話を。
「バカじゃない?」
妹よ。兄に向かってバカとは何事か。
俺が分からないと言った様子で水月を見ていると、水月は続けて言った。
「普通、道端で土下座して友達になってくださいって言う?私だったらドン引きだけど」
なんか今日の水月は言葉が鋭い。お兄ちゃんの心にチクチク突き刺さる。先ほどの裸体事件が尾を引いているのかしら。
でも確かに水月の言う通り、なぜ、あの場面で土下座をしたのか自分でも分からなかった。いや、正確にはしてないけども!
それでも東雲さんがなんだか、笑ってくれたような気がした。天次さんから聞いていた東雲さんのことを思うとそれだけでなんだか友達になれてよかった気がしたのだ。
そんなこんなで俺も朝食も食べてリビングでゆっくりした。水月はヨーグルトを食べ終わると二階へ戻っていった。
そうしてしばらく、ソファで読書をしながらゆっくりしていたらインターホンが鳴った。
「あ、もしかして
母さんは洗濯物を干していた。そういえば、今日は母さんの知り合いが来るって言ってたっけな。
俺は、インターホンの話口に近づき、ボタンを押す。
「はーい、どちら様ですか?」
「すみません、宮野と申します。
やはり母さんの知り合いだったようだ。俺はそのまま、「少々お待ちください」と伝え、母さんにお客さんが来たことを伝えた。
そうして、母さんは玄関に向かい、宮野さんと名乗った人と喋りながら、リビングに入って来た。
入って来た宮野さんは俺を見るなり、驚いたような声をあげて近づいてきた。
「あら?もしかして蒼さんの息子さん?大きくなってー!すごいイケメンになってるじゃない!」
「ど、ども......」
この人一体いくつだ?母さんの知り合いだからそれなりの年齢だろうけど、かなり若く見えるな。
ちなみに母さんの年齢は37歳。俺を二十歳の時に生んでいる。父さんも同い年なので学生婚だったらしい。
「あんた、ダメよ?いくらうちのゆずちゃんが男前だからって狙うのは。いくつ離れてると思ってるの?」
「あはははー、蒼さんやだな。私、流石に一回り以上離れた年下には興味ありませんよ」
流石に女性に年齢を聞く真似なんてできはしなかった。
それにしては目が少しぎらついていたようにも見えたが気のせいだったのだろうか。少し身震いがした。
「えっと、母さん。俺、コーヒー入れるよ。母さん達は座ってゆっくり待ってて!」
「あら、そう?じゃあ、お願いね?」
もちろん、飲めるかどうかの確認も忘れない。
「あ、コーヒー大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう」
そして俺はキッチンに立ち、秘蔵のコーヒー豆を取り出した。せっかく母さんの友達が来ているのだからどうせなら美味しいものを飲んでもらいたい。その思いで豆を挽いた。
リビングでは母さん達が談笑している。久しぶりにあったのか、楽しそうだ。
「それにしてもできた息子さんですねー。本当に欲しいくらい」
「ゆずちゃんが優秀なのは認めるけど、あんた、本当にダメだからね?さっさとあんたも結婚相手くらい見つけなさい!」
「分かってますよー。年下でもイケメンはやはり目の保養になるじゃないですか。持って帰ろうかな」
「......」
「じょ、冗談ですよ。蒼さんやだなーもう」
何やら不穏な会話が聞こえるぞ?あの人やはり独身だったのか。持って帰って何されるんだ......?恐怖。
とここでリビングのドアが開いた。
「ふぁ、誰か来たの?コーヒーのいい匂い」
欠伸をしながら入って来たのは、妹の水月だった。お前、二度寝したな?
コーヒーの香りにつられてやって来たようだ。
「あ、もしかして水月ちゃん?わあ、可愛くなってるー!」
またもや、宮野さんは水月を見るなり、声をあげた。宮野さんの反応を見る限り、どうやらこの人に昔、俺たちは会っているらしい。
全然覚えてないな。
「あ、どうも......」
やっぱりそういう反応になるよね。この人なんか終始、テンション高いもん。
コーヒーを四人分入れ終え、水月とともにL字ソファに座り、改めて紹介されることとなった。
母さんの知り合いの女性、宮野若葉さんは、母さんの大学時代の後輩らしい。とは言っても年齢は七つも離れているらしい。大学の後輩なのに七つも離れているのには訳がある。母さんは大学在学中に俺を身ごもったため、休学をしたからだ。1年後復帰し、さらに水月を妊娠したため、その時も休学。復帰してから仲良くなった後輩らしい。
そしてこの人、プロのピアニストをしているらしい。水月も昔、この人にピアノを一時期教えてもらっていたそうだ。そういえば、うちに埃をかぶっているピアノがあるな。水月のやつ、いつ以来弾いてないんだ?
そしてなぜか、話の流れで若葉さんの演奏を聴かせてもらうこととなった。その前に母さんが慌てて埃を拭き取っていたが。
「じゃあ、弾きますね。こういうのはクラシックとかより、最近の曲の方がいいのかな?」
若葉さんはそういうと優しい指使いで鍵盤に触れ始める。そして流れ出る、優美な音色。
そしてほんの少しの時間を忘れて俺は、その演奏に聴き入ってしまった。聞き慣れた、最近の若者に人気の曲を弾いたということもあるからだろうか。鮮明に先ほどの繊細な音色が胸に染み渡っているのが分かる。
母さんも水月も心地よく聞いていたみたいだ。
「流石、若葉ね!ああ、もう勿体無い!水月ちゃんももう少しやってればよかったのに!」
「もう!お母さんってば!私にピアノの才能はなかったの!それよりこういうのは私よりお兄ちゃんの方がよかったんじゃない?」
「ああ、確かに。ゆずちゃんがかっこよくピアノ弾いてたらお母さんうっとりしちゃうわ」
「親バカ......」
「何か言ったかしら、若葉」
「いえ......なんでもありません......」
そういえば、俺も今から頑張れば、ピアノって弾けたりするんだろうか。いや、もちろんできるだろうな。ちょっと教えてもらえないだろうか。
今の俺はステータスの恩恵を受けている。何か習得できる技術があるのならそれは貪欲に習得しておくべきではないか。そう思った。まあ、もう一つは単純にスキルが増えるのを眺めるのが嬉しいというのもある。
それに様々な経験がいつかどこかで役に立つかもしれない。自分の未来を広げるためにも何か新しいことをどんどん始めてもいいかもしれないと思った。
そして俺は思い切って若葉さんに聞いてみることにした。
「えっと、じゃあ、ちょっと教えてもらえませんか?」
まさか、俺がそんなことを言い出すとは思っていなかったらしく、母さんも水月も若葉さんも驚いていた。
「ちょっ、お兄ちゃん何言って......」
「いいわよ?時間はあるし、ちょっと練習してみる?もちろん、蒼さんがよければですけど......?」
「まあ、私の方はいいけど」
ということで母さんからの許可も出た。今日一日だけのピアノ特別講習が始まった。
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