第11話:仲直りの翌日「......いい!」
昨日はいい日だった。ずっと微妙な関係だった妹の水月と仲直りをすることができたからだ。
水月とは小学校に高学年になるくらいの頃くらいから、仲があまり良くなかった。それは俺のせいでもあると思う。
いつも、「すごい、すごい」と後ろを付いてきた水月を失望させてしまったからだ。
昔からいろんなことに興味を持って色んなことにチャレンジしてきた俺だったが、あることをきっかけに俺は努力することをやめてしまった。
そんな俺のことを知ってか知らずか、水月は初めこそはいつも通りに接していてくれた。しかし、俺が中学に入って2年が経った頃、つまりは中学3年生になった頃にはすっかり、俺を毛嫌いするような関係になっていた。
それもその筈。すごいと思っていた兄が学校では、いろんな人からバカにされているからだ。水月が中学に上がって同じ学校に通うことになったのだ。そんな情けない兄を持つ妹としては耐えられるようなことではなかっただろう。
それに思春期も相まってそれが悪い方向へ働いたことも無関係ではないだろう。
とにかく俺は妹に謝りたかった。「こんな情けない兄でごめんな」と。でもそれより先に水月も謝ってくれた。俺に対しての態度が悪かったと。
こうしてお互い謝り合うことで俺たちは昔のような仲の良い兄妹に戻れた気がした。
はずだった。
「ふん、ふん、ふん!」
「......なにやってんの?お兄ちゃん」
「見て分からんか?腹筋だ」
そう俺は自身の筋力値パラメータを上げることに余念がない。それは道場から帰ってきても揺るがない、上昇志向だ。
ちなみに腹筋はデイリーミッションには入っていない。自主性。それが大事。
「そんなの見たら分かるから!私が聞いてるのは、なんでそんなことしてるのかってことよ!!」
「まあ、落ち着けよ。後で腹筋触らせて上げるから」
すると、水月は顔を赤に染め上げていく。
「いらないわよ!そんなの!」
なんだ、恥ずかしいのか。ウブな奴め。ほら、このシックスパック見てみ?バランスよくない?
「言っとくけど......私、まだ昨日のこと許してないから!!」
なんだと!?話の方向性が変わったな。ってなんのことだ?昨日はこれ以上ないくらい円満に仲直りしたじゃないか。あんだけ泣いてたくせに。
俺がなんのことかわからないと言った様子で水月の方を見ていると水月はその視線に耐えられなくなったのか、顔を逸らして続けた。
「だ、だから!その......今までのことはいいの。だけど、昨日私のこと騙したでしょ!?」
「あー」
そういえば、気づいてないことをいいことに他人のふりしてたな。だけどあれは、自業自得だろ。確かに絶大な変貌を遂げたが、兄妹なのに気づかないのはひどいことだと思う。ちょっと傷ついたんだからね!!
「だ、だから、今日はその罰だからね!」
「罰?」
一体俺に何をさせようというのか。罰って聞くといつかの告白を思い出してしまう。あれは、あれで十分なトラウマだった。相手が一ノ瀬さんでまだよかったかもしれない。大人の対応をしてくれたから良かったものの、これが他の女子だったらもっと酷いことになっていたかもしれないのだ。まあ、その後和解できたおかげでそのトラウマも解消されたが。嘘でも人に告白するのは緊張するものなのだ。
「ちょっと聞いてるの!?いい加減、腹筋やめて!!」
ちなみにここまでずっと腹筋に勤しみながら会話していた。
「ああ、ごめん。それで何すればいいの?」
「そ、その今日暇でしょ?だから買い物付き合ってよ!」
罰?それが罰なのか?妹と買い物。それはご褒美なのでは?なんだか、俺も単純な気がする。あれだけ、毛嫌いされていた時は関わらないように、顔色を伺っていたというのに仲直りしてからは、一緒にお出かけするだけでも嬉しいというものだ。長年の確執を埋めるかのように俺は歓喜した。昨日から俺はシスコンになったのかもしれない。あ、称号......まあ、いいや。
「分かったよ。どこでも付き合ってやる!どこに行きたいんだ?」
「ほんと!?えーとね、服とか色々見て周りたいの!」
ぱあっとひまわりのような笑顔を咲かせる水月。なんだかその笑顔を見るのも久しぶりな気がして思わず、俺も笑ってしまった。
「おーけー!じゃあ、朝食食べた後、準備したら出かけるか!」
「うん!」
そうして今俺は朝食を作っている。いつもなら母さんが作ってくれていたのだが、料理スキル向上のためにこれからは俺が自分の分くらい作ると申し出たのだ。もちろん、自分の分だけでなく、家族みんながいる場合も俺が作ると言った。細かいルールは後で決めることとなったが、今は週に何回かが俺の当番となった。
そして出来上がった朝食を皿に乗せ、水月の前へ運ぶ。
「うわっ!何これ!?朝からなんでこんな洒落たもの作ってるの!?」
そう俺が作ったのはエッグベネディクト。見た目だけで言えば、朝食の割に手が込んでいるようにも見えるがそうでもない。イングリッシュマフィンに卵、ベーコンと適当な調味料さえあれば簡単に作れるのだ。
サラダも用意したので一緒に食べることにした。
「おいしい〜〜〜〜!」
水月はほっぺたいっぱいにパンを頬張りながら絶賛してくれた。
「でもお父さんとお母さんも残念だよね〜。お仕事行くのがもうちょっと遅ければお兄ちゃんのこんなに美味しい朝ごはん食べれたのに!これならいつでも大歓迎だよ!」
大絶賛。まだ水月からの賞賛の言葉の雨に慣れていない俺は、なんだかリアクションに困ってしまった。
とりあえず、感謝の意を込めて頭を撫でておこう。
「ありがとな」
「!?ちょっ!やめてよ!」
手を振り払われてしまった。仲直りしたと言ってもやはり頭を触られるのは抵抗があるようだ。お兄ちゃん悲しい。
「もう!食べたんだからちゃっちゃと準備してよね!私も準備してくるから!」
そう言うと水月は自分の部屋に戻っていった。まだどこに行くかは決めてないけど、無難にあのショッピングモールかな。まあ、俺も準備してこよう。
そうして準備を終えた俺は、リビングで水月が戻ってくるのを待っている。えらく遅いな。準備って言っても服着替えるだけだろ?どんだけかかってんだ?
「お、お待たせ!」
とやっと準備ができたようだ。俺はソファから立ち上がって水月の方を見て固まってしまった。
「ど、どうかな?」
「......いい!」
その姿は花柄のワンピースとシンプルなものではあったが、水月によく似合っていた。それにほんのりお化粧もしている。女の子は俺が想像するよりよっぽど時間がかかるようだ。覚えておこう。
我が妹ながらかわいいではないか。俺がクラスの男子であれば放っておかないね、これは。
「そ、そう!じゃあ、いこ!」
そうして照れた妹とともに俺は、駅近くのショッピングモールへ出発した。
「こ、これは......」
「え?だから服見に行くって言ったでしょ?」
俺は今、水月と一緒に服屋に来ている。普段から女性との接点がない俺には非常に難易度の高い買い物だとくる途中で気づいたのだが、問題はそこではなかった。
水月と一緒に訪れたここは、男性もののブランドショップだったのだ。
「お兄ちゃん、どうせ秋物の服持ってないんでしょ?だから、今日はそれを見に来たの!」
確かに持ってない......けど流石にまだ早くないか?もうすぐ9月とはいえ、最近が9月でもまだ暑いぞ?Tシャツあれば十分な気がするが。
そんなことを水月に言うと怒られてしまった。
「もう、折角、身長高くなったんだから今まで着れなかった服とか来てオシャレしてみればいいじゃん!それにこれは罰なんだからね。今日はいろんな服を着てもらいます!」
そうやって俺は、今日一日、水月の着せ替え人形と化してしまった。ショップの定員さんにはよく、恋人と間違えられたりした。水月も身内贔屓なしにしても文句なしの美少女なので何も言わなかったが、なぜか本人も否定することなく、ノリノリで「そうなんです!」と答えていた。
そんなことをしているうちに時刻は13時16分。昼食も取らずにぶっ通しであらゆる服屋を見て周ったので流石に疲れた。ということでお腹も空いたので、遅めではあるが昼食を取るために、レストランエリアにやってきた。その両手には大量の袋を持っている。
「思ったより空いてるな。何食べたい?」
「だねー。うーん、なんでもいいけど、お昼だしお肉とか重いものはなしかな?」
ピークの時間は過ぎているし、今日は平日。流石に土日でもない限りそこまで人は多くなかった。
そして何でもいいときた。これは外せない。女性のなんでもいいは、何でもいいではないのだ。まあ、今回は重いものなしと言っているので比較的絞り込みやすそうではあるが。
「じゃあ、この店にしようか!」
俺が選んだ店は、カフェだった。カフェだったらランチメニューもあるし、食後にゆっくりすることもできる。何より、ここのカフェはコーヒーが本格的で美味しいと有名なお店だった。
「いいね!そうしよ!」
どうやら正解を引き当てたらしい。よかった。
カフェに着くと店員さんに席に案内された。その時の店員さんは何か対応がたどたどしかったが新人さんだったのだろうか。
店は並んでこそなかったが思ったより人が多い。
席に着くとすぐに水月は「お手洗いに行ってくる」と席を立ってしまった。ここの店自体にトイレはないので、店を出て外にあるトイレに行かなければならない。
メニューを先に決めておいてくれと言おうとしたが、行く直前に「オムライスを頼んどいて」と言われた。店に入る前に決めていたらしい。
俺は和風ハンバーグセットにしよう。
注文も決まったところで俺は、呼び出しベルを鳴らすと、一人の店員さんが水を運んでこちらの席にやって来た。
「お待たせしまし...きゃっ!!」
しかし、店員さんはあろうことか目の前で躓いてしまい、目の前で水を盛大にぶち撒けるのだった。
パリンと言うグラスの割れる音が店内に響く。
そしてもちろんぶち撒けた水は全て俺の服に吸い込まれていきましたよ、はい。
「痛っ.....っ!申し訳ございません!!」
店員さんは我に返り、慌ててこちらに駆け寄ってくる。でも俺はそれを制止した。
割れたグラスがそこら中に散乱している。靴を履いているとはいえ、何かの拍子にどこか切ってしまう可能性もある。だから俺は、店員さんにこう告げた。
「すみません。タオルか何か持ってきてもらっていいですか?少し濡れてしまったので......」
「は、はい!ただいま!」
店員さんは店の奥に戻っていった。他の店員さんは皆、別のお客さんの対応をしている。その間に俺はグラスの処理を行う。幸いグラスは細かくは割れていないみたいで大きな破片だけだった。切らないように慎重に拾い、残されたトレンチの上に乗せていく。よし、全部片付いたみたいだ。
「す、すみません。お待たせしました。あ......割れたグラスまで......」
とそこへ先ほどの店員さん戻ってきた。
「え......?」
そこで俺は気づいてしまう。その店員さんは、同じクラスで隣の綾瀬橙火であったことを。
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