第10話:兄妹の関係「何この人......」
何あれ?何なのあれ?何で?どうやったらああなるの!?
私の頭はパニック一色だった。
今日は兄が久しぶりにおじいちゃんの家から帰って来るとのことだった。いつもならお盆の時期とかにも遊びに行ったりするのだが、今回に限ってはなぜか、お兄ちゃんが頑張っているから行かないことになっていた。ちょっとよく分からないが頑張って変わったのを帰ってきてからのお楽しみにしたいとお母さんが言ったのだ。
私はその話を聞いて、全くもって理解できなかった。あのお兄ちゃんが変わる?チビでガリでヘタレでナヨナヨしているお兄ちゃんが?絶対にあり得ないと思っていた。正直言うとそんなお兄ちゃんがあまり好きではなかった。
でも昔はそんなことなかった。昔はお兄ちゃんが大好きだったし、小学校の時とかは一緒に遊んだりしたし、仲も良好だった。どんなことにもひたむきに頑張る姿は兄妹でありながらも尊敬すらしていた。しかし、いつからかお兄ちゃんは頑張ることをやめてしまった。そして、その後ろ向きな考えに体が引っ張られているかのように、弱々しく、根暗でガリガリな今のお兄ちゃんが出来上がった。
そんなお兄ちゃんが、いつも私に顎使われているような人がちょっとおじいちゃんの家の武術を習ったくらいで何も変わらないと思った。
だけど、違った。あの兄は意味の分からない変貌を遂げていた。本当に意味が分からない。なんであんなに引き締まったいい体してるの!?それに身長だってかなり大きくなっている。顔もすごく爽やかな好青年と言う感じだ。
何があったら1ヶ月でそこまで変わるのか。体の成長だって異常だと思った。前まで私の方が身長も少しだけ高かったのに!
それに何か性格まで明るくなっていたように感じる。あんな冗談全く言わない面白みもない人間だったのに。
そして先ほどまでそんな兄に対して、デレデレとしていたかと思うと顔から火が出るほど恥ずかしかった。ちなみ兄と分かっていない時の第一印象はとても爽やかでいい人そうというのが感想だ。兄の友達ということで、少しその性格が気になったが、話してみれば存外、物腰柔らかい優しい人だった。
私は現在、自分の部屋に閉じこもっている。お兄ちゃんにどんな顔して会えばいいのか分からないのだ。
下からお母さんが「ご飯よー」と声をかけて来る。でもダメだ、今行ったらお兄ちゃんの顔をまともに見ることなんてできるわけがない。
ぐぅと鳴るお腹を抑えながら私はベッドで横になっていた。
ああ〜。どうしようかな。それにしても変わったお兄ちゃんはかっこよかった。それに性格もなんだか陽気になっていた気がする。やはり、性格というのはある程度、見た目に引っ張られるものなのかもしれないと思った。
私は先ほどのやりとりを思い出し、一人で顔を真っ赤に染め上げていた。熱い。これはきっと、夏のせいだ。夏の暑さがおかしくさせてしまったんだ。そうに違いない。
私は、クーラーの温度をさらに3度下げた。
はあ。お腹すいた。ちょっと寝ようかな。
私はそのまま目を閉じ、眠りの海へ落ちて行った。
「ん......。寒っ」
夏だと言うのに寒さで目を覚ました私は、ベッドの上にあるはずのエアコンのリモコンを探した。もう外はすっかり暗くなっていて、夕日が差し込んでいた部屋も真っ暗だ。
「あった」
手探りでようやく、目的のものを手に入れた私は、ボタンを押し、温度を28度に設定した。
今何時かな。どれくらい寝ていたのか気になり、私はスマホを見た。時刻は23時5分。5時間ほど寝ていたようだ。寝すぎた......
「んあーーー」
私はその場に起き上がり、体を思いっきり伸ばした。お腹すいたな。あれ?なんでご飯食べてないんだっけ?
「あっ!」
思い出してしまった。そうだお兄ちゃんだ。お兄ちゃんと顔を合わせたくなくて今日はご飯を食べなかったのだ。
でもこの時間とはいえ流石にお腹がすいた。もうこんな時間だし、下には誰もいないかな?
私はこっそりと自分の部屋を出てゆっくり廊下を通った。お兄ちゃんの部屋のドアの隙間から光が漏れている。ということは下にはいない。しめた!私は急ぎながらも音を鳴らさないように慎重に階段を降りて行った。
リビングには誰もおらず、真っ暗だったので一番暗め状態で電気をつけた。
そして夜の残りでもないかと思い、冷蔵庫を開けたが出来上がっているものは何もなかった。
うーん。こんな時間だしな。どうしよ。何か簡単なものがいいな。
「水月?」
「!?」
唐突に声を掛けられた。後ろを振り返るとそこには部屋にいたはずのお兄ちゃんが立っていた。
「あ、えっと。これはその......違うの!」
別に言い訳なんてしなくてもいいのだが、夜ご飯に来なかったのにこんな時間にこっそり何かを食べようとしていることがなんとなく後ろめたく感じて誤魔化すように言ってしまった。
ぐぅ〜〜
だけど、そんな私の気持ちとは裏腹にお腹が鳴ってしまう。
顔が熱い。今の顔は絶対に真っ赤だ。
「はは、お腹空いてるのか!夜ご飯食べてないしな。何か作ってあげるよ」
「え!?ちょっと!」
お兄ちゃんはそういうと私の肩を持って、ダイニングキッチンに面するテーブルまで誘導した。
そして、冷蔵庫に戻り、中身を見てメニューを考えているようだった。
あれ?お兄ちゃんって料理できたんだっけ?
「時間も遅いし、凝ったものは作れないけど、焼きそばでもいい?」
「え?うん......」
どうやら焼きそばを作るようだ。確かに焼きそばなら野菜を切って、麺と一緒に焼いて付属のソースを一緒に使えば誰でも簡単に作れる。私にだってできる。
何か作ると言われてなぜか少し期待してしまっていたらしい。焼きそばと聞いて少し残念に思ってしまった。
そして私はいつまでもお兄ちゃんが料理しているとこを見つめることもできなかったので携帯でSNSをチェックし始めた。今日も学校の友達が面白おかしく、いろんな内容を投稿している。
そういえば、焼きそばといえば、この前なぜかトレンドに上がってた気がする。あれはなんだったのだろう?
SNSを見ながらその時のことを調べようとしたら、ジュワッといい匂いが立ち込めてきた。ソースの濃厚な匂いだ。
どうやら焼きそばはもうそろそろできるらしい。さっきは少し残念に思ったがこれはこれでいい匂いなので期待ができそうだ。私のお腹の音はその匂いに釣られるように加速した。
「もうすぐできるから待っててな」
お兄ちゃんはその様子に気づいたらしい。恥ずかしい。私はまた、赤く染まった顔を隠すように下を向いた。
「はい、お待ちどうさま!」
ことっという音とともに目の前に置かれた焼きそばは市販のものから作ったのにも関わらず、強烈にいい匂いを放っていた。
ゴクリ。喉がなった。
お兄ちゃんは私の正面に座り、にこにことこちらを見ている。
「どうぞ?」
「い、いただきます」
私は手を合わせてから、箸を取り、その油で煌めく麺を啜った。
「おいしい!!」
何これ!!めちゃくちゃ美味しいんですけど!?市販の焼きそばとは思えないもちもち感!それにソースもいつものものとは違う気がする!!なんで!?どうやったの?
「よかった。ちゃんと喜んでくれたみたいで!これソース自分で作ってみたんだ!焼く時も色々工夫してみた」
「えええ!?ソースって自分で作れるの!?」
私はその驚きを思わず口にだしてしまった。
なんでそんなことができるのか分からないがとにかく美味しい。
そしてそのことに恥ずかしくなった私は、無言で残りの焼きそばを平らげた。
静寂がこの場を支配する。今のお兄ちゃんが何を考えているのかさっぱり分からなかった。前までのお兄ちゃんも分からなかったが、こちらの顔色を伺うようにしていたのは分かった。だけど今は、そんな様子もない。
お兄ちゃんは本当に変わったのだ。外見だけでなく、その中身でさえも。あれだけバカにしていた自分が恥ずかしくなった。それと同時に今までバカにしてきたことを申し訳なく思った。
だから、私は今謝ろうと思う。
しかし、中々切り出すことができずに時間が過ぎていく。
もうすぐ0時になる。いつまでもこうしていても仕方ないと思い、私は覚悟した。
「ごめん......。その今まで嫌な態度とって......」
「......いいって!気にするなよ」
お兄ちゃんは少し驚いた顔をした後、許してくれた。
私はその言葉に安堵する。
「その、またよかったら昔みたいに仲良くしてほしい......」
私は消え入るような声でお兄ちゃんに言った。昔みたいに仲良く戻れたらどれだけいいか。さっきは許してくれたけど、そこまでは無理かもしれない。自分で聞いておいてそんな甘い希望を持っていることに少し情けなくなった。
「ああ、また一緒にどこか出かけような!」
だけどお兄ちゃんは即答だった。私の悩みはなんだったのだろうか。
でも本当にこんなに簡単でいいのだろうか。私はそんな簡単に昔みたいに戻ってもいいのだろうか。そんな疑問をそのまま口にした。
「な、なんで、そんな簡単に許してくれるの?私、お兄ちゃんのこと本当にバカにしてたし......それなのにお兄ちゃんが変わった瞬間にこうやって、都合のいいこと言っちゃうし......」
ああ、ダメだ。泣きそうになる。なんで謝ってる側の私が泣きそうになってるんだ。ダメ、我慢しなくちゃ。
「そんなの水月が俺の妹だからに決まってるだろ?どんなに嫌われても妹をちゃんと守るのがお兄ちゃんの役目だからな。それに俺の方こそごめんな?今まで。情けない兄を持つ妹ってのも大変だと思うから......」
何それ......そんなこと言われたら......
「う......うあああああああん」
「ご、ごめん!泣かせるつもりはなかった......」
私はその言葉を聞いて思いっきり泣いてしまった。我慢することができなかった。私はこれからお兄ちゃんに今までのことを反省して、しっかり向き合っていこうと思った。
「ぐすっ......」
「泣き止んだか?」
無言で頷く私。しばらく泣いてから、私はまたまた恥ずかしい姿を見せたことにより小さくなっていた。
「まあ、そのなんだ......妹のわがままを許すのも兄の役目ってね!」
お兄ちゃんは努めて明るく言った。
その時私は、お兄ちゃんの大切にしていたコーヒーをこっそり飲んでいたことを思い出した。このことを謝らなければ心の中で引っかかり続けることになる。今なら謝れる気がした。
「じゃ、じゃあその......お兄ちゃんの大切なコーヒーも隠れて飲んでたのもごめん......」
「許さん」
「え......!?」
私はまさかこの流れで怒られるとは思わず、身を竦めた。
だけどそれは杞憂だった。お兄ちゃんは驚いた私の顔を見て笑いながら言った。
「冗談だって!コーヒー興味あるんだったらまた今度一緒に飲もうな!俺も美味しい入れ方とかいろいろ勉強したいし!」
お兄ちゃんは私の頭をポンポンと撫でながら優しい言葉をかけた。
何この人......どこでこんなテクニック身に着けたの?今の中々、グッときてしまった。つい、妹であることを忘れてしまうところだった。危ない。
見た目だけでなく、なんか仕草や振る舞い方まで変化している。兄はきっと学校でもバカにされていたと思う。しかし、こんな変貌を遂げた兄が2学期から登校したら、それを見た周りの人の反応は面白いことになりそうだ。
そう思わずにはいられなかった。
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