第8話:ガーネット①「少し、かっこよかった」

 一体なんだったんだ、アイツ......

 あたしの心臓は少しだけいつもより早く鼓動が鳴っていた。

 それにしても変わりすぎだろ......夏休み前に見た印象とまるっきり違うじゃん。あの時は只々、人のパンツを見て興奮している変態にしか見えなかったけど、さっきのアイツは......


「少し、かっこよかった」


 少しだけね?まだパンツ見た時の変態の印象が薄れた訳ではないけど。

 また、学校でって言ってたけど、何話すんだよ?まあ、なんでもいいか。




 夏休みも残り少なくなってきたこの頃、まだまだ続く暑さに参っていたあたしは家にアイスがない事を思い出し、アイスを買いに行くためコンビニに行くことにした。

 やっぱりこんなに暑い時はアイスに限る!アイスを買うだけにも関わらず、あたしは浮き足立っていた。そしてコンビニに入ってアイスを見ていたら声をかけられた。


「暑いっすね?こんな時にはアイスに限りますね?」


「......え?あ、はい」


 最初は友達にでも話しかけているのかと思った。知り合いでもない人から声をかけられるなんて思ってもいなかったからだ。

 あたしに声をかけてきた男は、身長が180センチくらいの無駄に筋肉をつけているタイプの強面の男だった。

 明らかに高校生ではない。ということは大学生あたりだろう。


 少しその視線が気になりつつもあたしはさっさとアイスを買って帰ることにした。


 あたしはコンビニからの帰り、アイスを我慢できずにすぐに開け、その頬に頬張りながら歩いていた。後ろを振り返るも先ほどの男はいない。どうやら思い過ごしだったようだ。

 ちなみにアイスはファミリー用と今すぐに食べる用を買ったので家に帰っても食べるアイスは残る。


 そうして歩いていたら、曲がり角で誰かとぶつかった。


「いたた、すみません!」


 あたしは軽くぶつかっただけなのですぐに謝った。

 最近よくぶつかるな。この前も学校で誰かとぶつかったことがある。その時はバランスを崩して転んでしまい、そのぶつかったやつに思いっきりパンツを見られてしまった。とりあえず、ビンタしておいたが、あのむっつり野郎。今思い出しても腹がたつ。次あったらもう一回くらいビンタしてやる。


 一人で勝手にあの時のことを思い出していると、今、ぶつかった男が声をかけてきた。


「あれ?さっきの!偶然っすね!!」


 その男は先ほどコンビニであたしを舐めるような視線で見ていた男だった。その男を見た瞬間にしまったと悟ってしまった。

 この男はあたしに声をかけるためわざとぶつかってきたのだとすぐにわかった。


 あたしは「そうですね」と適当に返事をして、すぐにその場を去ろうとした。

 しかし、男はあたしを逃すまいとあたしの腕を掴んだ。


「ちょっと、待てよ!よかったら、遊ばねえか?」


 なにこいつ?急に態度が荒々しくなった。相手にされない事が分かったからか、強気でいくように計画を変更したようだった。


「いたっ!ちょ!?離せよ!」


「いいじゃん。遊ぼうよ?そんな露出多い格好してさ。結構遊んでるんだろ?俺もちょっとくらいならいいじゃん。楽しいことしようぜ?」


 こいつ最低だ。あたしをすぐに股を開くような軽い女と思っているのか。

 確かに今のあたしの格好は肌もよく出ており、露出が多い。あたしは所謂ギャルというやつだ。しかし、これはただ単にこういうファッションが好きなだけでしているのだ。

 決して男ウケを狙ってしているわけでもないし、そもそも男性との経験なんてない。

 それでも男はあたしの気持ちとはお構いなしに手を強く握って迫ってくる。

 恐い。あたしは強がって乱暴な口調で吠えることしかできなかった。


「ちょっと!やめろってば!離せよ!!」


「ちょっとくらい、いいじゃねえか!遊ぼうって誘ってるだけだろ!!」


 男の強引さは相変わらずだ。そして周りには助けてくれるような人影はなかった。そう思っていたが一人の男の人がこちらをじっと見ている。

 というより、ぼけーっと突っ立っている。何あれ?

 それでも助けてと叫ぼうとしたした時、その男の視線に目の前の筋肉ゴリラは気づいたみたいだ。


 そして筋肉ゴリラはこちらを見ていた人の方に怒気を孕んだ声で威嚇をする。助けを呼ばれると思ったのだろう。私を掴む手も先ほどより強くなった。


 それに対し、その人は。


「ウホッ」


 え!?あの人、今「ウホッ」て言った!?聞き間違いかと思った。だけど聞き間違いじゃないとすぐ分かった。この筋肉の塊を男の人はゴリラと表現したに違いない。ぴったりだと思った。だってそれはあたしも全く同じことを思っていたからだ。あまりにも偶然な出来事にこんな状況にも関わらず、少し吹き出しそうになった。


 でもそれに激怒した筋肉ゴリラはその男の方に向かっていった。ヤバい。このままじゃあの人やられちゃう。無駄に筋肉つけているだけあって力が強いのは分かっている。あの人も中々いい体格だが、筋肉量だけで言えばこのゴリラの方が上だ。


 それでも男の人は逃げようとはしない。それどころか、何やら変なダンスを踊っている。は?一体何やってんの、あの人?あたしには全くそのダンスの意味が理解できてなかった。その変なダンスを見ている間にもゴリラは彼に肉薄していた。怒りに身を任せついに拳を振り上げた。


「危ない!!」


 気づいたらあたしは叫んでいた。ああ、殴られてしまう。しかし、それは杞憂に終わった。

 一瞬だった。一瞬で男の人はゴリラを地に伏せさせた。

 え?何が起こったんだ一体?男の人がゴリラの手を掴むとくるりと流麗な動きで一瞬の内に倒してしまった。見ていたはずなのにその軽やかな動きは全くもってあたしの理解を超えていた。


 男の人は倒したゴリラを抑え込みながら、どこか虚空を見つめている。

 その間にもゴリラは痛がっているが、男の人は気づいていないようだ。


 ゴリラは涙目になって痛みを訴えているが全然この人は解放する様子がない。爽やかな顔して鬼畜だ......。さすがにゴリラの涙目は見ていられないと思い、彼に声をかけた。


 彼は何か考え事をしているようだった。

 結局彼がゴリラを解放すると、そのまま逃げていった。

 私は何もしていないが、かなりスカッとした。


「ざまあみろ、ばーか!」


 助けてもらった人の目の前にも関わらず、あたしは思い切り、汚い言葉を吐いてしまった。恥ずかしい。

 でもそんなことも気にしていないようで、何やら頭を抱えて、「うーん、うーん」と悩んでいる。さっきのぼーっとしていたことといい、面白い人だと思った。

 だけど、あたしは、彼の胸ポケットにあるスマホが目に入った。そこには「努力!!!」という文字が書かれていた。だ、ださい......でもあんなデザインのスマホケース前もどこかで見たな......あっ!!!思い出した。ま、まさか......

 私は一つの可能性を元に目の前で頭を抱えている彼に声をかけた。



「あんた、もしかしてあの時、パンツ見たやつ?なんか大分変わってるけど......」


 そしてあたしはこの人が終業式の日、あたしのパンツを見たやつか聞いた。その反応は明らかになんでバレたんだ!?と言っているような反応だった。


「そのスマホのケース。見覚えある.......」


 そしてその答えを提示してあげた。その結果、やはりそうだったようだ。彼は申し訳なさそうに謝った。

 分かってるよ。あの時のことがわざとじゃなかったことぐらい。偶然スマホがあたしのスカートの方に滑り込んだだけだってことくらいわかってた。だけど、目の前で自分の下着の色を口されてみ?そんなのあたしじゃなくても引っ叩きたくなるに決まってる。

 まあ、口から出てしまっただけなんだろうけど。あの時は衝動的に叩いてしまって後から気がついた。

 そして目の前のあの時とは様子の変わったこいつは、すごく申し訳なさそういしている。だからあの時のことはもう水に流すことにした。


 そして今助けてもらったお礼を言うことにした。


「いや......でも見直した。その、助かったよ、ありがと」


 あの時の謝罪も込めて、お礼を言ったのだが、思いの外、恥ずかしかった。

 それに対して彼は予想外の一言を返してきた。


「かわいい」


 思考が停止する。え!?え!?え!?かわいいって言った!?え!?


「は!?え!?何言ってんの!?」


 ああ、絶対顔真っ赤だ。慌てて返すことできたけど、ヤバい。

 今までそんな面と向かって言われたことはない。軽そうな男になら何回もあるけど。

 そんなことだから焦ってしまった。

 彼も自分の口にしたことを思い出したのか、慌てて逃げるように去って行った。


「行っちゃった......」




 その場に取り残されはあたしは先ほど身に起きたことをもう一度思い出していた。

 まさかあんなことを言ってくるなんて思っても見なかった。あたしのアイツに対する印象はパンツを見た変態から少しかっこいい、いいやつに繰り上げされていた。

 それにしてもまた学校で......か。アイツ何組だろ。てゆーか、名前聞いてない。名前くらい聞いておけばよかったか。まあ、同じ学年っぽいし、またすぐわかるだろ。そう思い直して、自宅への道を歩いた。

 ファミリー用のアイスはもう完全に溶けきっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る