第6話:パープル①「柚月さんか......」
なぜここに一ノ瀬さんがいるんだ?それよりもお姉ちゃんって......?
未だ俺の頭は思考をフリーズし、文字通り固まっていた。
「えっと、どうされましたか?そんなに見つめられると恥ずかしいのですが......」
「え!?あ、すみません!」
気づいたら謝っていた。
驚きのあまり俺は、固まったまま一ノ瀬さんをじっと凝視していたようだ。一ノ瀬さんは頬を薄いピンク色に染めて視線を逸らした。
というか、もしかして気づいてない?それもそうか、俺だいぶ変わっちまったもんな。前の陰気な感じとは正反対な感じになっているはず。多分。
しかしこれは非常に気まずいな。夏休み前とはいえ、俺は一ノ瀬さんに告白し、一ノ瀬さんはそれを振った。そういう関係だ。
一方的ではあるが、俺だけがその気まずさを感じている。一ノ瀬さんは何を考えているんだろう。先ほどから無言だ。
しかし、そんな状況を打破したのは、緑ちゃんの一言だった。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんどうしたの?二人して固まっちゃって!あ、もしかしてお姉ちゃん惚れた?ダメだよ!ゆずきは緑のカレシなんだからね!」
「え!?彼氏!?違いますから!別にそういう訳ではないですよ!!」
そういう訳とはどういう訳だろうか。
一ノ瀬さんは、今度は顔を真っ赤にしながら手を顔の前で振っていた。
こうやって慌てる一ノ瀬さんもかわいいな。
今一度、冷静に一ノ瀬さんのことを見てみる。今日は一ノ瀬さんも緑ちゃんと同様に浴衣を着ている。模様は緑ちゃんと同じ、かわいい花柄。色は色違いで淡い紫の浴衣だ。よく似合っている。
「えっと、すみません、取り乱してしまいました。その、お名前、ゆずきさんと言うんですね?」
未だに赤い頬をしながらもどうにか冷静を取り戻したようだ。
ん?名前を聞き直したってことはやっぱり俺って気づいてないな。それか単純に覚えてないのかのどちらかだ。多分気づいてない方だと思うけど。仕方ない、改めて自己紹介しておこう。
「ええ、柚月って言います」
「私は紫と言います。紫と呼んでください」
いきなり呼び捨てとはハードルが高いな。ちょっと難しいぞ?申し訳ないが断らせていただこう。
「す、すみません。いきなり呼び捨てというのは......上の名前の一ノ瀬さんで良いですか」
「えっと。そうですよね。すみません。いきなり呼び捨てなんて......え!?あの......なんで私の名前を......?」
あ!?しまった。一ノ瀬さんは俺の事分かってないのに、苗字で呼んでしまうとは......これは怪しまれてるな。仕方ないか......
「えっと、すみません。俺、同じ学校の生徒なんです。だから一ノ瀬さんのこと知っていて......」
「え!?そうなんですか!?え?柚月って......」
あーこれはバレたみたいだな。あの時名乗ってたもんなあ。同じ名前だったら分かっちゃうか。
「......そうです。すみません......」
俺はついつい謝ってしまう。
「あ、いえ謝らないでください!振ったのは私の方ですから!それにしても驚きました。なんだか、見違えましたね?」
「まあ、ちょっと色々ありまして......」
また気まずさがぶり返してきた。
これは弁解すべきだろうか。あの時、告白したのは罰ゲームだったと。しかし、罰ゲームで告白されるって下手したら嫌なことでは?そう思うと中々切り出せなかった。
「そ、それにしても!迷子だった緑と一緒に居てくれた人が柚月さんのような優しいお方でよかったです!ありがとうございました!」
再び、気まずくなった空気を振り払うかのように一ノ瀬さんは、お礼を言ってきた。
「いえいえ、こちらも一緒に居れて楽しかったですし、迷子の子は放っておけませんから!」
俺は正直な気持ちを伝えた。
後ろで緑ちゃんから「迷子はお姉ちゃんなのに......」という呟きが聞こえた気がしたが、気にしないことにした。
「あ、あの!あの告白って本気だったんですか?」
おおふ。確信に迫る質問が来たね。
どう答えるか。まよふ。
「えっと、なんだかあの時様子がおかしかったものですから......」
これは正直に言うチャンスなのでは?いや、せっかくこうやってしっかり向き合ってくれているのだ。言うべきだな。
「えっと、ごめん実は......」
俺は結局本当のことを話した。クラスメイトにさせられた罰ゲームで告白したことということを。
「そうだったんですか......いいんです。それにしてもそうとも知らずにごめんなさい!」
そして何故か謝られた。一層俺に罪悪感がこみ上げてくる。だから謝らないで欲しい。
「いやいや、俺の方こそごめんなさい!」
そして俺も謝った。
そしてお互いに謝り合い、私の方こそ、俺の方こそとやり合っていたら......
ひゅるるるるるる......ドン!
遠くで花火が上がる音が聞こえた。そしてその花火はこの祭りに来ている人全てを明るく照らしていた。
時刻は午後8時30分。花火大会の始まりを告げる大きな一発だった。
「キレイですね」
そしてそんな花火を見ながら思わず、口から見たままの感想が溢れた。
「......はい」
横では静かに一ノ瀬さんもそのありふれた感想に同意してくれた。
今年はいい夏だったな。ステータス伸ばすことに夢中で武道の練習ばっかりだったけど。偶然とはいえ、こうして最後に一ノ瀬さんと一緒に花火を見ることができた。罰ゲームの件もちゃんと謝れたし。
しかし、そんな感傷に浸っているとポケット入れていたケータイが震えだす。
何事かと、ケータイを取り出すとディスプレイに表示されていた相手はじいちゃんだった。
出ない訳にも行かないなと思い、フリックしてロックを解除し、電話に出た。
『おおおう、柚月〜〜。どこにおるんじゃ〜〜??早よ、屋台の方戻ってこーい!がはははははは』
これは明らかに酔っ払っている。台無しだ。先ほどまでの一ノ瀬さんとのいい思い出が台無しにされてしまった。このクソジジイ。つい口が悪くなってしまった。それで今までどこ行ってたんだよ!
『あんた、こんなに酔っ払って!ほら、代わりなさい!』
後ろで、ゴンという音が聞こえる。どうやらばあちゃんがじいちゃんをぶったらしい。そして電話は、ばあちゃんに代わったようだ。
『ゆずちゃん、ごめんねえ?せっかく楽しんでるところ申し訳ないんだけど、屋台の方に戻って来てくれないかしら?また、人が増えて来ちゃって......このじじいはどこぞで酔っ払ってきて、くその役にも立たないし......』
『わかったよ、ばあちゃん。すぐに戻るね』
ばあちゃんの頼みとあらば断るわけにもいかない。
電話を切った俺は、隣で未だ花火を見ていた一ノ瀬さんと緑ちゃんに声を掛けることにした。
「すみません、俺もう戻らないといけないので行きますね?緑ちゃんもまたね!」
人混みが増えて来た。花火がよく見える位置に、打ち上がった花火を見ながら見物客は移動をし始めているようだ。
その様子を見るに早く戻った方が良さそうだ。
「え!?あの!」
行こうとしたところ、呼び止められてしまい、立ち止まった。
「また、学校で!」
それは意外な一言だった。
「うん、また学校で!それじゃあ!」
俺はよく考えずにそう返事して、一ノ瀬さんに別れを告げ、その場を後にした。
その場から離れる時、後ろから大きな声で「お兄ちゃん、バイバーイ」と緑ちゃんの元気な声が聞こえた。
◆
私は、柚月さんが去って行った方向をその後もずっと見つめていました。頭上で美しく咲く、大輪の花を見ることもせず。
こんな気持ちは恐らく生まれてこの方、初めてでした。私は正直に彼のことが気になってしまいました。
私は、自分で言うのもなんだが容姿が恵まれている方だと思っています。小さい頃から蝶よ花よと大切に育てられた私は、小学校、中学校と女子校に通っていました。
しかし、高校は親の仕事の都合もあり、元いた場所を離れることとなり、移転先で身近に女子校がなかったので共学の学校を選ぶことになりました。一瞬共学になることに迷いはあったが、勉強をしにいくのだ。特に問題はないだろうと気にしないことにして進学をしました。
でもそれからが大変でした。入学してから、ほぼ毎週のように告白されることとなりました。
そして告白される理由として、主なものは一目惚れ。最初はまだ良かったです。自分の容姿を褒められているんだと嬉しい気持ちが多かったから。
そうやって何度も一目惚れと言われ告白されれば誰でも自分の容姿が良いということは分かると思います。
でも、私は告白されても誰とも付き合うことはしませんでした。あまり知らない男子とそういったお付き合いというものをしても何をすればいいかわからなかったからです。
そうして何回も同じことがあるうちに気づいてしまいました。一体告白してくる男子は私の何を見て告白しているのだろうと。その一言目にはいつも一目惚れ。私は結局顔だけなのか。この顔さえあればいいのか。そんな感情が渦巻きました。
そうして私は一目惚れというのが嫌いになりました。私は誰かを好きになるとしたら、ちゃんとその人の中身を見て好きになろうと思いました。
そして夏休みが近づいたある日のことです。私はようやく、安らぎの時間を手にいれることができると待ち遠しい思いでいっぱいでした。夏休みに入ればそういった煩わしい思いもしなくて済むからです。
でもそんな日でも私は、屋上に呼び出されました。
呼び出したその子は、すごく細かったのを覚えています。ちゃんと食べてるのか不安になるレベルでした。そして漂う雰囲気も言っては悪いですが、暗いものでした。
そんな子から告白されました。がちがちに緊張していて思わず笑みがこぼれそうになりました。いつもされる告白と何か違う雰囲気を感じました。しかし、私は彼のことをそんなに知りません。彼も私と話したことなどないはずです。つまり一目惚れとは言われませんでしたが、これはそういうことだと思いました。
私はもちろんいつも通りの言葉で断りをいれ、その場を去りました。
結局、私はその子の中身を見ることはしませんでした。
こうして一目惚れを忌避していたはずだった私は、今まさに、その一目惚れに近いものを体験しています。正確には違いますが。
その人は、迷子になった緑を連れて来てくれた人でした。最初、緑を見つけて話しかけた時その人はそっぽを向いていました。恐らくですが、緑を連れていたことを怪しく思われるとその人は思っていたんだろうと感じました。
実を言うと私もそう思っていました。一瞬誘拐かと。でもこんな人混みでそんな大胆なことはできないと思うし、何より、緑が非常に懐いていました。
まず、それが大きかった要因です。それだけで私の心は安心しきったのだと思います。
そして、私は彼にお礼を言い、彼と目があいました。彼は見た目はすごく爽やかそうな好青年といった感じです。彼は何やら驚いたような顔をしてこちらを凝視してきました。
あまりにこちらを見つめるその瞳に思わず、恥ずかしく顔を赤くなるのがわかりました。
これだけ見つめられる経験もないので少しだけ心臓が高ぶってしまったんだと思います。
それから少し、彼、柚月さんと話しました。迷子になった緑と一緒に私を探してくれていた時点で分かってはいましたが、彼はかなり優しく、心が綺麗な人なんだと分かりました。
こんな素敵な人はいないと思いました。今日初めてあった人にこんな感情を向けるのは初めてだったと思います。
ですが、名前を聞いた時、偶然にもその人が夏休みの屋上で告白してきた人だと言うことがわかりました。私は衝撃を受けました。あまりに変わりすぎていると。夏休みで彼に何があったのかはわかりませんが、私は少し自分を恥じました。結局、私も見た目だけで人を判断していたんだなと。夏休み前の彼は、すごく陰気な感じで近寄りがたく感じました。私はそんな彼の中身を知ろうともしませんでした。だけどその中身は本当に心優しい人そのものでした。見た目が変わったため、いくらかフィルターがかかっているかもしれませんが。
そして彼は正直にもあの告白は罰ゲームだったと謝ってくれました。彼の中で正直に言うことで私を傷つけないか葛藤していたそうです。やっぱり優しい人だと思いました。そしてそれを聞いた途端なんだか申し訳なくなって私から謝ってしまいました。
そうしてお互いに譲らず謝りあっていたら遂に花火が上がりました。
私は打ち上がった花火よりもその花火を見つめる柚月さんを見ていました。
そして彼は恐らく自然に心からの感想をこぼしました。
その顔に私は完全に見とれていました。あまりに夢中に見ていたせいで、それに対する返事が遅れてしまったほどです。
しかし、そんな私にとって初めての幸せな時間もすぐに終わってしまいました。
彼は電話で誰かから呼び出されたのか、そのまま花火を見ることなく去ってしまいました。
「柚月さんか......」
また学校で会える。なんだかそれだけで嬉しく感じてしまいました。
そんな私の喜びの感情を読み取ったのか緑が横で私に向かって言います。
「お姉ちゃん、柚月のこと気になってるの?」
緑がニヤつきながら聞いてきた。我が妹ながら中々鋭いですね......
私は、その呟きに返事することもなく、聞こえていないふりをしました。
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