第5話:夏祭り「緑がね。ゆずきの彼女になってあげる」
「あっつ〜〜〜」
そう夏真っ盛りなのだ。暑いのは仕方ない。しかし、ギラつく太陽から放射される熱だけでは説明がつかないような熱さが俺を襲っていた。
今回俺が手伝うことになっているのは焼きそば屋の露店。
この暑い中、鉄板との熱さと戦いながらも俺は真面目に準備を行なっている。
「あら、あなた源さんとこのお孫さん?こんな男前なお孫さんがいたのね!こんなに暑いのにお手伝いして偉いわね〜」
ここで近所のマダム達から声をかけられた。なぜ俺が源さん(じいちゃんの名前は源蔵)の孫と分かったのだろうか。その疑問は尽きないが、マダムは優しく話しかけてくれる。
「ふふ、こんな男前な子がいたんなら、うちの娘のところに婿に来てくれないかしら!」
ははは〜。と汗をぬぐいながら愛想笑いしかできなかったが、心の中で突っ込む。いや、あなたじいちゃんと同い年くらいですよね。娘って何歳だよ。
さすがに母さんと同年代の人は遠慮させていただきたい。
それにこの男前というのは、よく言われるお世辞だということは分かっている。
だいたいおばちゃん達は若い男を見たら男前と言ってくるものだ。
そうやってどうにか愛想よく?マダム達とお話をしつつも準備を終えた新は、露店裏で休憩していた。
主に人が増えてくるのは夕方にかけてからだ。
そしてその時間からじいちゃんとばあちゃんが来てくれることとなっている。
それまではゆっくりさせてもらうことにしようとパイプ椅子を並べて横になった。
「ゆずちゃん!おきんさい!」
「冷た!」
全く唐突に俺は冷たい何かを首筋に当てられ起こされてしまった。
そこにいたのは、ばあちゃんだった。
そこは普通、かわいい幼馴染の女の子がよく冷えた缶ジュースで起こすもんだろうがっ!しかし妄想と現実の狭間に囚われた俺に幼馴染などいなかった。
ましてや、よく冷えた缶ジュースですらなかった。
なんで冷やしきゅうりなんだ......。
ばあちゃんに起こされ、俺は屋台の準備を始める。ちらほらと人通りが増えて来た時間帯だ。
よし、とりあえず、焼き始めるか!こういうので大事なのはライブ感だと聞いた事がある。ジュウッとそばが焼けていく音が出る。そしておいしそうなソースの匂いが拡散されていく。そして今の料理パラメータをもってすれば、ある程度美味しいものが出来上がるはずだ!
「あ、すみません〜」
どうやらお客さんが来たようだ。
お客さんは中学生くらいの女の子二人組だった。よく浴衣が似合っている。
「やきそば2つください!」
うむ。元気が良くてよろしい。それにしても中学生か。水月のやつどうしてるかなー。昔まではこの祭り一緒に行ってたんだけどな。
あ、すみません。早くパックに詰めます。
「すみません、2つですね?少々お待ちください!」
俺は手際よく、できあがった焼きそばをパックに詰めていく。
パックに詰めた焼きそばに鰹節と青のりをかけて、完成だ!
うん、我ながら美味しそうに出来たと思う。これなら目の前の女の子にも喜んでもらえるだろう。
「お待たせしました、1,000円になります!」
「あ!」
慌てて財布からお金を取り出して渡して来た。
渡すときに手が触れて、一層顔が赤くなった気がした。気のせいだと思うけど。鉄板の熱、熱いからね。
それからはどんどん客足も増え、長蛇の列が出来上がっていた。
忙しすぎる......。汗が鉄板に飛ばないよう額に鉢巻のようにタオルを巻き、次々に焼きそばを作り上げていく。
ばあちゃんがそれに合わせてパックに詰めていってくれた。
おい、じじい。どこいきやがった。
それにしてもなぜ、ここだけこんなに列ができているというのか。
焼きそばの露店は他のところにだってある。
男性も女性も一様にこの屋台に向かって蛇のように列をなしている。
タピオカはもうすっかり廃れてしまったが次にくるのはもしかして焼きそばか?
時代の最先端をうまく先取りすることによってどうにかお金儲けができないだろうか。
いかん、邪念が生まれた。俺は清く正しく、努力して生きると決めたのだ。
もう一度、気を引き締め直して、焼きそばをどんどん作り上げていく。
まるで曲芸師のような手さばきでソースを麺に絡め、ヘラを使って解していく。
その流れるような一連の動作に列を成すお客さん達からは感嘆の声が時折、聞こえた。
この一件無駄な動きもステータスに影響を与えている。料理のスキルレベル向上を図るとともに器用パラメータもあげようとしているのだ。
そうやって次々に来る客をどうにか捌きながら気づくと、列も大分少なくなっていた。どうやら花火の時間が近づいたため、お客さん達は皆、花火がよく見える場所へ向かって行ってるみたいだ。
ようやく落ち着きを取り戻したところで、ばあちゃんからお声がかかった。
「ゆずちゃん。せっかくの花火なんだから、楽しんで来なさい!はい、これお小遣い」
ばあちゃんから懐からお金を取り出して、俺の手をに渡して来た。
渡されたお札を確認するとそこには諭吉さんが2人もこちらを見ていた。(正確には重なっていたので見ていたのは一人だったが。)
それにしてもお小遣いにしては多すぎないか?
感じた疑問をそのままばあちゃんにぶつけてみる。
「ちょっと、ばあちゃん!こんなにもらえないよ!」
「ええんよ。今日は大繁盛やったから、いっぱい儲けさせてもらったわ。いつもの5倍以上ね。それもこれもゆずちゃんのおかげやからここは黙ってもらっておきなさい!」
はて?俺のおかげとは一体......?それにしてもいつもより5倍も売れたのか。そうか!俺の料理スキルが上がったことによって、味の評判がよかったんだな!夏休み中、ばあちゃんに教えてもらっといてよかった。それにあの曲芸も中々に人を集めるのに役立ったようだった。
結局、ばあちゃんは何と言ってもお金を受け取ろうとはしなかった。ばあちゃんも頑固だからね。まあここは、今日のお手伝いのお礼ということでありがたく頂戴した。
しかし、せっかくの花火だからということでお小遣いもらったのに俺一人ではまるで使い物にならない。
食べたいものちょっと買っても余ってしまうだけだ。
うーん、どうしようかと人混みに流されながら歩いていると小学生低学年くらいの女の子が人混みから外れた通路の脇の方で、泣きそうな顔をして辺りを見回していた。
これは、迷子というやつだろう。きっと親とはぐれたんだな。前までの俺だったら話しかけたら気持ち悪がられただろうが、今の俺はいくらか爽やかになっているはず。それでも小学生にとって高校生というのは大人に見えるものだ。威圧感を与えないように膝を曲げて女の子と同じ目線の高さで話しかけた。
「大丈夫?どうしたの?」
自分でもびっくりするくらい甘くて優しい声が出た気がする。自分で言っててなんか気持ち悪いな。おえ。
女の子は泣きそうな顔を崩すことなく、鼻をすすりながらぽつりと呟いた。
「お姉ちゃんがはぐれちゃったの......」
お姉ちゃんとはぐれたんじゃなくて、お姉ちゃんがはぐれたのか。困ったお姉ちゃんだな。
こんな可愛くて小さい子を置いてフラフラと何処かへ行ってしまったというのか。つまりお姉ちゃんが迷子。
心の中で変わった子だな。と突っ込みをいれながらも女の子に提案した。
ここで唐突にウインドウが開かれる。
メッセージ(NEW)
緊急ミッションが発生しました。
迷子の女の子を保護者の元へ送り届けよう!
うお!急に出てくんなよ。びっくりするなあ。もう!まあ言われなくても探しますけどね。これで一体なんのパラメータが上がるのか。そこも気になった。
「じゃあ、お兄ちゃんと一緒に迷子になったお姉ちゃんを一緒に探そうか!」
女の子は先ほどまで泣きそうにしていた顔をぱあっと効果音のなりそうな笑顔に変え、元気よく、「うん」と頷いた。
え?さっきの嘘泣きだったの?まじで?騙された......
涙も流してたけど、笑顔に切り替わるまでが異常に早かった気がする。女優になれるぞ、この子。
そうして女の子のお姉ちゃんを探すこととなった。
俺の左手には女の子の右手が収まっている。その顔は完全な笑顔だった。
かわいい。
違うぞ!?決してやましい気持ちはないし、ロリコンでもない。これは「繋いで?」と上目遣いをされて、繋がないと泣きそうになったから仕方なく、繋いだんた。
これは本当だからな!!
「お兄ちゃん、いけめんだね?彼女いるの?」
と邪な思考を否定していると声をかけられた。
うーん、どこでそんな言葉覚えたかな。この年齢の子にしては早すぎる話題な気がする。
まあ、嘘ついても仕方ないし正直に答えるか。
「いないよ。今までできたこともないよ」
これは紛うことなき真実である。彼女いない歴=年齢。つまり童貞。
悲しい。って小さな女の子の手を繋ぎながら何考えてんだ、いかんいかん。
「うそだあ〜。じゃあね、緑がね。ゆずきの彼女になってあげる」
やった。初めて彼女が出来たぞ!これで彼女いない歴=年齢とは言わせない!
しかしこれはダメだ。明らかな犯罪だ。これをカウントするのは倫理的にいかん気がする。気がするじゃなくて、ダメ。
そう、そして紹介が遅くなったがこの女の子、緑ちゃんという。
それにしてもやはりませている。最近の子はみんなそうなのか?
お断りしてぐずられても困るな。ここは適当にごまかしておくか。
「はいはい、じゃあ10年後まだお兄さんがまだ一人だったら彼女になってね?」
「ほんと!?じゃあ、10年後、結婚してね!」
やった婚約者までできたぜ!それにしてもこの子の年齢聞いてないけど、10年後でもセーフ?やっぱり犯罪?
それにしても今のままでも十分美少女なので将来はもっと美人さんになることだろう。
それから俺は緑ちゃんに露店でりんご飴を買ってあげたり、一緒に金魚すくいをしたり、射的をしたりした。
ちなみに金魚すくいも射的も全力だ。全てこれが俺の能力アップにつながる。器用さをどんどんあげていくぜ。もちろん、緑ちゃんと楽しむことも忘れてないよ?
しかし、やはり小さい子は和む。りんご飴を口いっぱいに頬張る、緑ちゃん見ていたら、昔を思い出す。水月も昔はこうだったんだな〜と感慨にふけっていた。そして当初の目的を完全に忘れていた時、緑ちゃんを呼ぶ声がした。
「緑!!」
「あ、お姉ちゃん!」
しまった。これでは完全に誘拐犯ではないか!顔を見られないように顔を咄嗟に逸らしてしまった。しかし、俺は犯罪者扱いされることはなかった。
「お姉ちゃん!もうどこいってたの?迷子になって!このお兄ちゃんが一緒に迷子のお姉ちゃんを探してくれたんだよ?」
ナイス、緑ちゃん!完璧な言い訳?をしてくれた。お姉ちゃんは相変わらず、迷子扱いにされていたけど。
「あ、そうだったんですね。すみません。緑がご迷惑をおかけしました」
「ああ、いえいえお気になさらないでくださ......」
俺は犯罪者扱いされることがないとわかり、ゆっくりと顔を元に戻し、緑ちゃんのお姉ちゃんを見た。
「いっ!?」
そこにいたのは、以前俺が罰ゲームで告白し振られた、一ノ瀬紫だった。
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