本編

第1話:僕だけが見えるもの「なんだこれ?」

 人は何かしら才能を持って生まれてくるものだと思っている。その才能は人によって様々で、スポーツが得意な人もいれば、頭のいい人、芸術に造詣が深い人もいる。もしかしたらその容姿でさえも才能と呼ばれるものに含まれるものかもしれない。


 僕も昔は才能があると思っていた。保育園の頃の話ではあるが、かけっこをすれば一番になったし、誰より早く逆上がりだってできた。でもそんな才能も小学校、中学校に上がるに目立たないものへと成り下がっていった。50メートル走のタイムだって、テストの順位だって上を見上げればきりがない。才能があったと思っていたものも自分以上に才能がある者はいくらでもいる。


 そんな「才能ある人」たちを見上げて、天才だからと「持たざる人」は口々に言う。

 僕もその口で、そういう風に言ったことはなくとも思ったことはある。

 でもその天才たちにも凡人たちには垣間見えない限りない努力が存在するのだろう。

 自分もその一人になりたくて努力を続けたつもりだったけど、何事にも限界は存在し、諦めてしまった。

 続けていれば、その先になにかが見えていたかもしれないのに。

 結局、才能とは諦めずに続けることで開花する何かかもしれないな。


 まあ、何が言いたいかというと努力って大事だよねって話。


 こんなことを考えているのも今日という日にこれでもかというほど才能と努力に関して痛感した出来事があったからに他ならない。



 ──────────────────


 今日も僕、時東柚月ときとうゆずきは一人で教室の片隅に座って本を読んでいた。決して友達がいないわけではないが、そこまで深い仲という相手がいるわけでもない。ましてや同じクラスにはいない。

 つまりは、教室では僕はぼっちというわけだ。


 そんなぼっちを決め込んでいる僕は、前の方で朝から騒がしく、わいわいと騒いでいる連中を横目に見ていた。


 その中心にいるのは、陽キャと言われる人物たちだ。

 男子4人に、女子3人。

 その中でも特に二人が目立っている。


 荻野悠人おぎのゆうと水原茜みずはらあかね

 荻野は金髪で見た目は完全にチャラい男だ。見た目だけなく中身までチャラいのは言うまでもないが、そのくせになぜか頭がめちゃくちゃよい学年2位だ。その上、理事長の息子。さぞおモテになっていることだろう。


 そして水原茜。かなり人当たりが良く、クラスでは人気者の女子だ。見た目は茶髪のショートヘア。少し濃いめのメイクをしているがすっぴんでも十分に綺麗とわかる顔立ちをしている。


 噂では彼女は良く男を誑かしており、相手を取っ替え引っ替えしてお金を貢がせているらしい。だけどそんなのは噂にすぎないと思っている。なぜなら彼女は本当に優しい。こんなクソ隠キャの僕にも優しく接してくれる数少ない人の一人だ。そしてそんな彼女はあざとい。僕は何を勘違いしたのか、告白しそうにまでなったことがあったがある。

 だってボディータッチしてくるんだもん!そんなの勘違いしちゃうに決まってるだろ!?

 しかし、誰にでも人気の彼女と僕とでは住む世界が違う。寸前でどうにか思い留まりこの気持ちは気のせいだと言うことに気づいた。隠キャはつまり惚れっぽい。ちょろいのだ。自分で言っていて悲しいが。


 まあ、僕の恋愛遍歴は置いておくことにして、見た感じこの荻野もこの水原さんに惚れているように見える。惚れているというより自分のものにしたいと言う感じか。クラスの中心人物にすら見初められるほどの魅力を持っているのだ。しかし、今の関係性が心地よいのか特に付き合うとかはしていないようだ。他にもいっぱい荻野のこと好きな女子いるもんな。


 とここで彼らを観察していると、荻野が僕の視線に気づいたのかこちらにやって来た。


「朝から何こっち見てんの、クソ隠キャくん?」


 凄ませてこちらにを睨んでくる。恐い。


「な、なんでもないよ、荻野くん......」


 僕はビビってしまってうまく声が出せない。


「もう、あんまり田中くんのこといじめないの!」


 そこへ助け舟。水原さんが荻野を呼び戻してくれた。

 そして私は田中ではないのです。彼女は優しいのだが、たまにこうやって、関係の浅い人の名前を間違える。まあ興味はあんまりないんだろうな。これが僕の勘違いから覚めた理由の一つでもある。優しい人が名前間違えるか?そんな疑問も出ないこともないが、普段本当にこんなクソ陰キャにまで優しいので今はそういうもんだと割り切っている。


「おう。茜が言うなら!お前、気持ち悪いからあんまりジロジロ見んなよ?」


 でも最後まで喧嘩腰なのはいかがなもんかね。と心の中で悪態をついた。


 ちなみに、クソ隠キャとは自虐でもなんでもなく、僕の見た目通りのあだ名だ。何が嬉しくてこんなのあだ名を付けられなければいけないのか。

 僕の見た目は伸びきった長い髪で顔が隠れており、表情も暗いらしい。うん、ぴったりなあだ名だな、これは。

 結局、僕みたいな隠キャはこうやっておとなしく、心の中でいきがるしかないのだ。


 そんな隠キャの僕でも中学の時は、卓球部に所属していた。その卓球部というのは部活とは言うのは名ばかりで僕と同じようなタイプの人が多く所属していた。それでも適当にその仲間内でやるのは楽しかった。

 その仲間内ではそこそこ強い方だったので、その中では自分の優位性というものを持っていられたのだ。大会とかでは勝ったことなかったけど。

 だから、卓球部でもなかった相手に負けることなどないと思っていた。


 しかし、「井の中の蛙、大海を知らず」を今日体現してしまったのである。


 今日の体育の授業内容は卓球だった。

 やった!と心の中で叫んだ僕は、唯一にして誇れる特技を披露して少しでもクラスメイトの印象を上げようと思ったのだ。


 しかし、そのペアの相手はあの荻野。朝のこともあるし気まずいかと思ったが相手はそんなことを感じさせることなく、あるいは無邪気に俺に話しかけた。


「クソ隠キャ、卓球本気で勝負しようぜ!それで負けたらなんでも言うこと1つ聞くことな!」


 相手にそもそも気まずい感情なんて持ち合わせていないようだった。更に言えば、悪意しかなかった。

 これは明らかに僕になんか負けるつもりはないという気持ちでいるようだ。


「おいおい、悠人手加減してやれよー」


「あんまいじめんなよー」


 荻野の友達が囃し立てる。誰も僕が勝つとは思っていまい。

 これは僕に運が向いて来た。元卓球部の実力見せてやる!



 結果は惨敗だった。僕の中学3年間は一体何だったのだろう。その努力は水泡に帰った。言うほど何も努力などしてないけどね。彼は初心者にも関わらず、難なく僕が打った球を返し、挙げ句の果てにはスマッシュを決めて来たのだ。おそるべし、陽キャ。


 そして約束通り、彼の言うことを一つ聞くことになった僕は、罰ゲームさせられていた。その罰ゲームとは隣のクラスのある女子生徒に告白をするというものだ。

 その女子生徒の名は、一ノ瀬紫いちのせゆかり。学年を代表する美少女で聖母にも等しい包容力をもつ女子生徒だ。


 そんな彼女を放課後に僕は、屋上に呼び出していた。

 そして彼女が現れるとその様子を影から見守る荻野たち。幸い、こんな悪趣味な罰ゲームは彼ら男子しか見物していない様子だった。


「ボボボボク、3組の時東柚月って言います!い、一ノ瀬さん!すすすす、好きです。つつつつ付き合ってください!」


 以外と僕は度胸があるのかもしれない。嘘と分かっているせいかこんなにもすらすらセリフが出てくるとは。ごめんなさい。嘘です。緊張で吐きそう。


「えっと、まずごめんなさい。私あなたのこと何も知りませんから。またよかったら仲良くしてください。では」


 完璧な社交辞令入れつつ、断るあたりさすがだなと思った。

 その後、僕は彼ら、僕に罰ゲームさせた張本人たちにバカにされながらも帰路についた。


 帰り道で考える。

 僕には何も才能がない気がしてならない。神様は不公平だ。頭も良くなければ、運動もできない。身長も大きくないし、体型だってガリガリ。目だって悪いし、顔だってお世辞にも良い方とは言えない。

 身近には格好良い容姿をもたらされ、勉強も運動もそこそこできて可愛い女子たちと仲良く喋る人間だっているのに。


 僕も努力すればああなれるだろうか。いやきっとなれないな。そもそも元の才能がないのに努力などできようはずもない。

 自分はなんとも情けないんだなあと心の中でどうにか正当化する理由を考えたが、言い訳のオンパレードだった。


 家に着いた僕は、自分の部屋にそそくさと戻り、ベッドに横になった。なんだろう。今日に限って頭痛がひどい。きっと、学校で色々あったから疲れたんだろう。親が帰ってくるまで少し眠ることにしよう。




 ガチャ。ただいまー

 おかえりー


 親が帰って来たようだ。1階の玄関から声が聞こえる。そしてそれに対する返事も聞こえる。どうやらいつの間にか妹も帰ってきていたようだ。その音で目が覚めた僕は寝ぼけ眼をこすりながら体を起こした。そして目を開くとそこには不思議な光景があった。


「なんだこれ?」


 自分の目の前に半透明なウインドウとも呼べる画面があるではないか。

 そこにはパラメータのようなものが記述されている。



 名前:時東柚月ときとうゆずき

 年齢:16歳


 基礎能力

 筋力:16

 体力:11

 精神:18

 知能:15

 器用:16

 運 :2


 エクストラ

 ステータス:LV.1


 +メッセージ(NEW)


 なんだこれ?基礎能力?おい、なんだか高校2年生にしてはえらく数値が少ないんじゃ無いのか?他を見てないからわからんけども。

 それにしても目の前でこんなのが映っていたら、うっとおしくて仕方ない。


 コンコン。

 ドアがノックされる音が聞こえた。


「ゆずちゃん〜入るよ〜」


 部屋に入っていきたのは母だった。


「ノックしてから返事する前に入ってくるのやめてってば!」


 これ大事。思春期の男の子は部屋で何してるか分からないのだ。決してナニとは言わないが。


「もう!そんなこと言わないの!今日の夜ご飯カレーだけど、何かほかに食べたいものある??」


「いや、別に特にないよ。それとサラダだけでいい」


「りょーかい!じゃあできたらまだ呼びにくるからね〜」


 夕食の内容の確認だった。母さんが来ている間もこのステータス画面は開きっぱなしにしていたのだが、どうやら母さんには見えていないらしい。


 とりあえず、最小化できないのかな。そう思った瞬間、画面はどこかへ消えていった。これって念じれば出し入れ可能なのか?そう思って念じるとまた現れた。

 

「これを見て一体どうしろと?ん?そういえば......このメッセージってなんだ?」


 そう意識すると、また新しくウインドウが表示された。


『デイリーミッションが届きました』


 デイリーミッション

 毎日コツコツがんばりましょう。


 −腕立て伏せ [0/100]

 −数学の勉強 [0/1]

 −瞑想    [0/1]


 なんだよ、デイリーミッションって。なんかゲームみたいだな。腕立てはこれは、回数か?他の数学の勉強と瞑想というのは、なんだ?何を1回すればいいんだ?わからん。というか、僕が腕立て100回もできるわけない。絶対無理だ。


 結局、意味不明なまま、ご飯ができるまでの間、宿題に取り掛かるため、僕は机に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る