第3話
向田さんの話をしよう。
彼と出会ったのはこのホスピスに来て直ぐの事だった。
「なぁ、兄ちゃん。ちょっと話を聞いてくれんか。」
部屋のゴミの回収をしていたら向田さんが話かけてきた。
「手短にお願いします。後、兄ちゃんじゃないです。これでも女の子なもので。」
「それは悪かったな、お嬢ちゃん。」
そう言うと向田さんは話始めた。
要約すると昔からの行きつけの中華屋のチャーハンが食べたいらしい。医者や家族からは病院食で我慢しろと言われたらしいけど、どうしても食べたいとの事だった。
「はぁ、それぐらいだったら良いですよ。今度の休みにでも届けます。」
「ありがとな、お嬢ちゃん。」
休日に向田さんに言われた店へと向かった。看板には新来軒と書かれていた。
「いらっしゃいませ。」
開店早々に入ったので他の客はいなかった。
「実は向田さんからの依頼を受けてやってきました。チャーハンを1つ向田さんに持っていきたいのですが、よろしいですか?」
「あぁ、向田さんですか。最近は見ないですね。」
そう言うと店主はチャーハンを作り始めた。
熱した中華鍋に油を注ぐ。溶き卵と白米をすぐさま入れてかき混ぜ中華鍋を振るう。パラパラとした米が宙を舞う。米が適度に焼けた頃を見計らい具材を投入。しばらく焼いて仕上げの胡麻油で風味を着けて完成した。
「折角だからお嬢さんも食べていくかい?二人前作ったから。」
店主はそう言うとカウンターにチャーハンを出してきた。僕はその言葉に甘える事にした。
出されたチャーハンを一口食べるとかなり旨かった。これは最後の晩餐に食べたい、と言われても納得する。
「お嬢さん、向田さんは元気なのかい。」
店主が話かけてきた。僕は正直に答えるべきか少し悩んだ。
「ちょっと体調を崩して入院しています。どうしてもここのチャーハンが食べたいとの事でしたので、私がやってきました。」
チャーハンに夢中になりタッパーを出し忘れていた。それを出して手付かずのチャーハンを詰めこんだ。
「早く元気になってまた来てほしいですね。」
店主はそう答えた。
その日の午後に新来軒のチャーハンを向田さんへと届けた。
「チャーハン持ってきましたよ。暖めますか?」
「そのままでいいよ。ありがとな、お嬢ちゃん。」
そう言うと向田さんはチャーハンを食べ始めた。三口ほど食べてレンゲを置いた。そして、向田さんは泣きだした。
どうして向田さんが泣いたのかは僕にはわからない。チャーハンを見つめながら泣いている向田さんを僕は見守る事しかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます