第3話

「……そういえば、なんで目覚めた時にキスしてたんだ?」


 珠希は目が覚めた瞬間のことを思い出し、至極普通な質問した。起きた瞬間に口の中を優しく愛撫され、何かを注ぎ込まれるような感じがしていのだ。


「あれは……その……」


 リリアが言いづらそうに指先どうしをちょんちょんとつつきあう。


「………言いづらいなら別に言わなくても大丈夫だけど……」


「いえっ!その……そういう訳じゃないんです……なんて説明したらいいのか迷ってまして……」


 サキュバス族だけしか扱えない特別な魔法。それをどう珠希に説明するのか迷っているリリア。それに、リリア自身も経験がないためにどう説明すればいいのか分からない。


 魔王様なら一発で分かりやすく説明してくれるのに……と自らの不甲斐なさに少ししょんぼりとするリリア。珠希はそんなリリアの頭を撫でて励ました。


「大丈夫だ。俺は日本人にしては珍しく、待てる人だ。ゆっくりでいいからな……」


「は……はい……」


 頬を赤らめさせ少しばかり考えるリリア。


「………私がキスをした理由は、珠希様の生命力エネルギーを回復させるためです」


「……生命力エネルギー?」


「はい。大抵寝れば回復するんですけど、今の珠希様は異世界召喚による影響で、かなりの生命力エネルギーが低下しているんです。だるいーとか、つらいーとか生命力が低下してるとそんな感じになるんです」


「……あぁ、なるほど」


 つまり、体力的なものだと珠希は当たりをつけた。


「それで、先程のキスはサキュバス族特有の魔法で、精力譲渡トランスファーという、他人にその生命力エネルギーの元となる精力を他人に分け与えると言うものです」


「……精力とは」


「その………精力が無くなると腹上死してしまうので、それで察して頂けると……」


「……なるほど」


 実にサキュバスらしいとこの時は珠希は思った。


 それよりも、珠希は試したいことがひとつあった。


 精力譲渡トランスファー。サキュバス族特有らしいのだが、何故か分からないが、珠希はそれを使えると思った。


「リリア」


「はい、なんでしょうか珠希さーーーーふぐっ」


(………精力譲渡トランスファー)


 リリアの口を塞ぐと、一瞬目が熱くなるのを感じると、確かに、何か珠希の中から何かが持っていかれる感じがした。そして、徐々に体がだるくなっていく。


 リリアは使用されているのが精力譲渡トランスファーだと分かると、驚きで目を丸くした。


 ほんの五秒の、いつもよりも短いキスだが、珠希はやけにだるさを感じた。


「い、今の……なんで……」


 ぽつりぽつりと信じられないものを見たような感じで呟くリリア。そしてさらに、珠希の目を見た瞬間にさらに驚きで目を丸くした。


「そ、それは魔眼!?」


「………魔眼?」


 なんだその厨二チックな物は……と思いつつ、いつの間にかリリアが持っていた手鏡を珠希の前に掲げる。


 そして、珠希が見たのは、いつもの自分の黒目ではなく、蒼く輝く己の瞳だった。


「………なんだこれ」


 しばらく見続けると、蒼の光は消え去り、いつもの黒目へと戻っていく。なにからなにまでファンタジー過ぎて、先程まで日常を送っていた珠希の脳はパンク状態になっていた。


(ダメだ………もう頭痛てぇ……)


 いくらなんでも一度に感じた情報量が多すぎた。学校の方ではそれなりに頭も良く、要領のいい珠希でも限界がきていた。


「こ……これは早く魔王様に伝えないと……久方ぶりの魔眼の使い手……これは波乱です……波乱が起きますぅ!」


 わたわたと慌て出すリリア。珠希は癒しを求めてリリアを抱きしめた。


 この世界で今のとこ信用できるのはリリア一人のみ。珠希がこの行動に出るのは当たり前なことだった。


「はぁ……リリアは最高の抱き心地だな」


 ハグにはストレスを軽減する効果がある。そして、珠希はストレスが非常に溜まると、この様に過度なスキンシップを他人に求める。学校でも友達に抱きついていたこともあり、向こうでは「神楽くんってまさかそっちの気が……」なんて噂されていた。甚だ不本意である。


「あのあの……珠希様……そんな、急に求められても……」


 珠希は腕の中にいるワタワタしてるリリアのこと見て、愛おしく思えてきた。ホントだったらこのままベッドに押し倒し、ベッド戦に移行してもいいのだが、自分で言った手前、そんなことは出来ない。


「……リリア、とりあえず早いところ今日の用事を終わらせたい……その後、いっぱい楽しもう」


「あっ……は、はい。楽しみです……」


 珠希の口から出た言葉は夜のお誘いだった。

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