「つないだ手」

 遠く聞こえるサイレンの音に、暁の意識は呼び覚まされる。だんだんはっきりと聞こえるようになった。暁が慌てて体を起こし、耳を澄ます。

 警察だ。

 ケータイを開くと、朝の六時を示していた。電池は三分の二残っている。

「キオ」

 暁が軽く揺さぶると、キオがうっすら目を開ける。

「すぐここを出るぞ。着替えて、顔洗ってこい」

 寝ぼけ眼のキオに、水の入ったペットボトルを差し出した。

 

 暁が慎重に道路へと顔を出し、周囲の様子を窺う。辺りにパトカーや警察らしき人物は見当たらない。時折、雀の声が頭上を通るだけだ。――何か別の事件だったのだろうか? それとも、幻聴か。

 どちらにせよ、ここに長く滞在するのは危険だった。暁とキオは、警戒を怠らずに駅までの道を進んでいく。

 広大な空には、灰色の染みたほの暗い雲が、散り散りに漂っている。

「どこに行くの」

 キオが暁を見ていた。

「海の方に行こう。朝早くから開いてる、いい銭湯があるんだ。昔、親に連れてってもらった――」

 ――思い出の場所に。


 暁の言葉を遮る形で、突然、いきり立った黒塗りの車がエンジンをうならせ、前方から近づいてきた。

 二人の行く手を阻むかのように、数メートル先に急停車する。

 何だ、と言おうとして、暁はキオがぎゅっと手を握ってきたことに気付いた。

「キ……」

 キオ、と声をかけたかった。

「お迎えに上がりました」

 ドアが開いて、中からスーツ姿にサングラスをかけた、明らかに日本人ではない風貌の男が二人、現れる。

「あまり勝手なことをなさいますと、こちらも少々困ります」

 暁には聞き取れない、英語らしき言語で何かを話す。男たちの視界はキオしか捉えていなかった。どんな人物も威圧できるほどのオーラを放ち、向かってくる。


 暁は直感的に、逃げなければいけない、と悟った。キオの手を強く握り返す。タイミングを見計らって、キオの手を引っ張り、走りだそうとしたその時――男の一人が、暁より早く動いた。

 背中に回り込まれ、片手をひねり上げられる。

「アキラ……!」

 もう一人の男が、キオの腕を引く。

 それでも暁は、この小さな手を離すまいとしていた。キオの指先にも力がこもる。

 必死で抗おうとする暁の肩を、ガタイのいい男が後ろから押さえつける。

 キオの悲痛な表情が目に焼きつく。

 男たちが声を荒げた。

「っ……キオ‼」

 暁の叫びが反響する。


 ついに、繋いだ一筋のぬくもりが、離れていく。

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