第33話 大晦日《おおみそか》の花火

「まず高校を卒業しなくてはなりません。次に警察学校に入ります。彼女たちの場合は10ヶ月の教育が必要です。」


ラヴィニアに井出が日本における警察官の養成課程について説明した。


「ふうん、マービンみたいに保安官シェリフになったら保安官補アシスタントを任命出来るようになるって訳には行かないのね。『日本』って国で警察官になるのって随分ずいぶんと大変だわ。」


井出は「今のアメリカでも簡単に保安官や警察官に成れる訳無いですよ!」と言いそうになったが我慢する。話が余計にややこしくなるからだ。


「なので、彼女たち三人には高校を卒業して貰わなくては成りません。」


話の流れで卒業式をやることになったが日取りをどう決めるかで意見がれてしまった。


「テレビの中の日付に合わせたら良いんとちゃうかな? それやと判りやすいし・・・。」


アヤの意見だ。ちなみに現在、テレビとラジオの中の日付は12月30日だ。3月1日に卒業式をするとしたら、あと62日後となる。彼女は出来るだけ長く女子高生で過ごしたいようだ。


「でもさ、それだと本当の卒業式の日より大分遅くなっちゃうよね。この世界アルヴァノールは一日が6時間も長いんだよ?」


これは七海の意見。ちなみに一日を本来の24時間で換算した場合、3月1日はこちらでの48日後くらい。つまり年が明けて1ヶ月少々で卒業となる。彼女は出来るだけ早く婦警に成りたい気持ちが口調にも出ていた。


「ねえ二人とも、こうしたらどうかな? 3月1日の卒業式はテレビの日付に合わせてやって、警察学校の入校式は元居た世界の4月1日に換算した日でするの。そうしたら警察官に成る日は変わらないじゃない?」


真由美が折衷せっちゅう案を出した。確かにこの案なら卒業式を終えた後の日数が変化するだけだ。アヤと七海、両方の言い分が通る。本来、警察学校に入校した時点で「巡査じゅんさ」に任じられるので年を越して73日後には三人の女子高生は「警察官」の身分を手に入れられる。


「今年は丁度、元居た世界の『正月』とこっちの世界の冬の『感謝祭カルネバリ』が重なるようだし、卒業式の日取りはそのときにゆっくり話し合って決めないか? 俺としては真由美ちゃんの案が一番良いとは思うけどね。」


井出が一度話し合いを取りまとめた。まだ時間はある。今、無理に日取りを決めるより少し時間を置いてからでも遅くはない。それにしても、あの内気だった真由美が二人の意見を調整するような積極性を見せるなんて。井出はまるで実の妹の成長を見るようで嬉しかった。


「はい、それじゃあらかじめ来年のカレンダーを作って置きますね。」


真由美はニコニコと微笑んで答える。アヤと七海もゆっくりと頷いた。



「それじゃあ、来年の警察学校の入校日までに三人の制服も仕立てなきゃならないわね。どんな制服にしたいか、それも一緒に考えておいて。」


ラヴィニアはそう告げると駐在所を出て「保安官の町」に帰って行く。色々と忙しいようだ。


「そう言えばさ、この世界アルヴァノールに来て十日とおかってから今更聞くんだけど、君たち三人は何故いつも高校の制服姿なんだい? 確かアヤ君も七海君も私服は持っていたよね。」


「え? ウチのこれ制服ちゃうで。私服やよ?」


井出の質問にアヤがさらっと返す。


「ええっ! 私、アヤっちがいつも制服着てるから合わせてたんだけど・・・。それ私服だったの?」


「私も二人がいつも制服だったから合わせてた。」


「これなアイねーちゃんの高校の制服のおがりやねん。ウチの家、姉弟多いから節約するためにおがりを直したりして着てるんよ。」


アヤのあっけらかんとした口調に周囲は脱力する。既に女子高生たちの制服はこの世界の人々には「仕事着」として認められていた。



翌日の12月31日、一応は大晦日おおみそかということで大掃除が始まった。と言っても毎日深夜15時には駐在所はピカピカにメンテナンスされるため、大してやることは無かった。あくまで「心の区切り」を付けるための作業だ。


事務所の机や椅子をきながら、井出は元居た世界の家族の事を思い出していた。大晦日というと大掃除を嫌がって彼を市場いちばに連れ出した父親のこと、余計な買い物をしてきたと小言を言っていた母親のこと、兄や姉のこと。皆、元気にしているだろうか・・・。


ふと真由美やアヤ、七海の様子を見ると三人とも忙しそうにしているようで、実は掃除をしながら物思いにふけっているようにも見える。いつもなら何をするにも楽しそうに話しながらなのに、今日は珍しく誰も口を開かない。やはり元の世界に残して来た家族や友人のことを考えいるのだろう。


「よっしゃー。年越し蕎麦そば出来たで~!」


アヤが腕を振るって作った年越し蕎麦そばを食べながら、皆で紅白歌合戦を見る。初めて食べる蕎麦にエマやピートは不思議そうな顔をしていた。今年、元の世界で起こった事件や出来事の話題をエマに説明しながら振り返る。


「ほなら二階に寝かしつけて来るわ。バース、おいで!」


アヤがいつの間にか眠ってしまったピートを抱いて二階に上がってゆく。可愛い「霊獣フゥハーペト」バースも一緒だ。テレビでは「ゆく年くる年」が流れていた。除夜の鐘の音が聞こえる。しかし、この世界アルヴァノールの真夜中まではあと3時間近くあった。


「こんばんわん! 私達のお店にお誘いに来たわん。」


「明日から始まる『感謝祭カルネバリ』の準備がやっと終わったぴょん。」


「駐在さんも皆も新しく出来たお店で一緒にお祝いの花火を見るにゃん!」


酒場兼食堂のウエイトレス、獣人三人娘のコリアとカーニィ、キィサが事務所にやって来た。店の完工記念のお披露目会をするから招待に来たそうだ。井出たちは戸締とじまりをしてから獣人少女たちについて店に向かう。


「ふうん。『イッサカーヤ亭』か。明るくて良い雰囲気のお店じゃないか。今度、皆でお昼ご飯でも食べに来ようか。」


その店は駐在所から歩いて数十mのところにあった。木造の暖かみがある内装、店内にはカウンターやテーブルがあり30人程度は入れそうだ。井出たちは一番窓際のテーブルに通される。


「はい、これが当店自慢の『甘蜜酒ヴァテラヴィーナ』ですにゃん! お湯割りにしたのであったまるにゃん♪ 駐在さん、沢山飲んで下さいにゃん。」


猫耳娘キィサが料理や酒を運んでくる。エマと三人の女子高生は果汁と甘蜜かんみつをお湯で割ったホットドリンクを飲んでいた。ふと店内を見ると、この間酔ってキィサにからんだ五人組の獣人たちも居た。獣人たちは褐色かっしょくの肌をした女性と一緒だ。その女性が井出を見て立ち上がり、丁寧ていねいに頭を下げる。


「あ、あの人シュネンさんの奥さんだよ。すごい綺麗で丁寧だけど怒ると怖いんだ。あの五人すっごいおきゅうえられてたんだから。」


七海が真由美やアヤとエマ、三人の獣人娘たちにそっと打ち明ける。身元引受人としてやって来た「アイノー」ペロッタに最初に応対したのが七海だったのだ。ペロッタは酔っ払いの一人、シュネンと言う名のオークの女房だ。怖いお目付け役がいるので今夜は事件を起こすことは無いだろう。


「あ、そろそろ花火が挙がる時間よ。少し見たら私は先に帰るわね。ピートが花火の音で起きちゃうといけないから。皆は気を使わないで楽しんでね。」


エマがそう話すと同時に花火が上がり出した。様々さまざまいろどりの大輪の華が腹に響く破裂音と共に夜空に次々と描かれる。「動く城」移動要塞リィーカリンナの甲板ではホルビー族や獣人族、ドワーフ族の花火職人たちが忙しそうに打ち上げを行っていた。皆、法被はっぴのような物を羽織はおっている。


「この世界の花火もなかなか綺麗なもんだ。たまにゆっくりしながらながめるのも悪くないな。」


井出は花火を見上げながら小さくつぶやく。三人の女子高生たちも穏やかな表情で夜空に咲くはかない華を見つめていた。

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