第32話 女子高生たちの昇進問題

「おう、良いじゃねえか。しゃくするくらいよう。どうせ酒場で働くんだろ? じゃあ今やっても同じだろ。」


「きゃあ、変なとこ触らないで下さいにゃん。放してにゃん!」


二人の獣人の娘に要請されて、井出が現場に到着すると2人のオークと3人のゴブリンが猫耳と尻尾が生えた少女にからんでいた。ちなみに彼女の毛並みは銀と黒の縞柄だ。彼は強化魔法マーハヴァルマキを掛けて貰うため、三人の女子高生たちに向かって手を振った。


彼女たちが詠唱を始める。アヤが少し手間取ったが暗唱出来るようになっていた。毎日、練習してるのだろう。真由美の教え方も良いようだ。詠唱が終わると井出の体が赤、青、黄色の淡い光に包まれる。これで彼の筋力、俊敏しゅんびん性、身体強度が大幅に向上した。


「おおーい! そこのぱらったオークとゴブリンども。そのから手を放せ!」


井出が声を掛けると赤い酔眼をした5人の獣人たちが一斉に振り返る。


「なんだ? このチビ! たった一人で俺たち5人の相手しようってのかよ?」


5人のオークやゴブリンが一斉に彼に襲い掛かる。だが身体が強化されている井出に有効な攻撃は出来ない。いたずらに拳や足を痛め、得物えものに使ったスコップをへし折るだけだった。


「ほい。お前ら、全員まとめて留置場トラ箱に入れてやる。そん中でいがめるまでしっかり反省するんだな。こないだドワーフのおっちゃんたちが作ってくれたばかりの新築だから居心地は悪くないと思うぞ?」


彼は目にも止まらぬ速さで次々と獣人共にデコピンをらわせて失神させると猫耳娘に声を掛ける。


「災難でしたね、お嬢さん。あなたを保護致します。さあ、あちらの駐在所へどうぞ!」


井出が駐在所の方向を示すと彼女は三人の女子高生たちに守られて歩き出した。その姿を確認した彼は5人の酔っ払い獣人をひょいひょいと肩にかつぎ、新しく増築した留置場に連れて行く。その時、正午を知らせる「真の神殿トル・マルヤクータ」の鐘の音が鳴り始めた。


「お! 丁度、お昼ですか。今日の昼ご飯は何かな~? 昼飯前に一仕事したからおなかいちゃったよ。」


井出は軽口を叩くと歩き出した。



「キィサ・セペさんですね。コリアさんとカーニィさんからお名前は伺っていました。自分は駐在警察官の井出 浩一巡査部長です。何事も無く、ご無事で何よりでした。」


「危ない所を助けてくれて有り難うにゃん。駐在さん、とってもカッコ良かったにゃん♪」


瞳をウルウルさせて上目遣いで見つめてくるキィサに「いやいや、職務ですから当然の事をしたまでです。」と井出は返した。


事情を聴くと此処ここの工事現場で新しく働くために同じ馬車でやって来たオークとゴブリンが酒に酔ってからんで来たのだそうだ。彼女は犬耳娘コリアと兎耳娘カーニィに付き添われて従業員用宿舎に向かう。


「もう直ぐ酒場が完成するわん。そしたら遊びに来てわん。」


「朝とお昼はご飯だけしか出さないけど食べにくるぴょん!」


「来てくれたら今日のお礼に沢山たくさんサービスするにゃん♪」


そう言うと三人の獣人少女たちは駐在所を去って行った。真由美やアヤ、七海も手を振って見送る。彼女たちは七海のスマホで六人一緒の記念撮影が出来て上機嫌だった。


昼食を終えて午後になるとラヴィニアが駐在所に顔を出した。三人の女子高生たちに話があるそうだ。彼女たちは駐在所の裏の黒い建造物「真の神殿トル・マルヤクータ」の操作パネルの前に行って色々と話し込んでいる。その間、ピートと「霊獣」バースは井出のひざの上に居た。


「本当になついちゃったわね。パパにも全然なつかなくて私かママが居ないとわんわん泣いて大変だったのよ、この子。」


エマが井出とピート、バースを見ながら感心している。レッサーパンダに似た動物「虎狐ティーケルケー」のバースはまるでピートの妹のようだ。この動物は良く二本足で立つのでピートと手をつないで並んでいたりすると本当に愛らしい。その姿を七海が良くスマホで撮影していた。


「そう言えば午前中に拳銃を新しくしてたわよね。 どんな銃になったの、見ても良い?」


「あ、良いよ。念のため弾丸たまは抜くけど。はい、どうぞ。」


井出は新しくなった愛銃、S&W M629から銃弾を抜いてエマに手渡した。同時に抜き出した44マグナム弾も渡す。彼女は受け取った拳銃を隅々すみずみまで熱心に見ている。弾丸の方も丹念に確認していた。


「どうして銀色なの。これじゃ直ぐにびてしまうでしょう? 弾丸は私のコルトと同じ位の大きさだけど、そんなに威力が違うものなの?」


「この銃は『ステンレス』って言う合金で出来ているんだよ。とても錆びにくいから表面処理はしてないんだ。あと弾丸の威力は45コルト弾の3倍近くあるね。」


「あら錆びにくいのは良いわね。それに威力が3倍って言うのは魅力ね。あの大きな『アルヴァイソン』でも一発でたおせるかもね。」


「アルヴァイソン」とはこの辺りの草原に広く棲息するアメリカバイソンに似た生物の名前だ。平均して1000kg位の体重がある巨大な草食獣で「保安官の町」でも時々狩るらしい。本当の名前は「ヴェシプーハリ」らしいが呼びにくいのでエマたちはこの名で通しているのだそうだ。


「あら二人とも銃の話になると随分ずいぶんと話がはずむのね。そうやってピートを膝の上に乗せて一緒に居るところを見たら、まるで夫婦みたいよ?」


突然、ラヴィニアが会話にり込んで来た。ふと横を見ると三人の女子高生たちもそろっている。


「あ、話は終わったんですか。それでどういう内容だったんです、ラヴィー・マム?」


「コーイチ! どうして話をらすの? 私は貴方あなたと夫婦でも全然悪くないわよ。ねえピートもコーイチがパパで良いわよね?」


「ぱー! ぱー!」「ぴー! ぴー!」


井出としては、この手の話題は回避したいのだがエマが強引に引き戻した。彼の膝の上でピートが義母エマの言葉を肯定するように叫ぶ。その声に合わせてバースまで鳴き出す始末だ。おまけに三人の女子高生の視線が痛い。


「あー、井出さん。やっぱりエマさんみたいに胸が大きい人が良いんだー。ふーん。」


「もう、井出っち、鼻の下びてるで~。満更まんざらでも無いんとちゃうん?」


「・・・。」


七海がジト目で、アヤがいじる気満々まんまんの目で井出を見ながら言う。真由美だけは目に抗議の色をにじませて黙って彼を見つめていた。少し赤い頬をふくらませながら・・・。


「それじゃあ話の本題に入りましょうか。真由美さん、アヤさん、七海さんの昇進のことなんだけど・・・。」


ラヴィニアが再び会話をぶった切る。最初から本題に入れば良いのに変なフリを入れるから、こんな展開になったと言うのに・・・。一体何がしたいんだ、この女性ひとは? 井出の非難の眼差まなざしを悪戯いたずらっぽいみでかわしながら彼女は続ける。


「この間の夜間演習で三人もかなり大量の『治安維持ポイント』を獲得したわ。けれど昇進してないから『精霊力マナ』の上限も『技能スキル』のレベルも各パラメータも全く上昇してないのよ。これは問題だわ。」


「そうなんですか。まあ、いきなり進級して高校四年生になったら留年りゅうねんですしね。あ、じゃあ女子大生になれば良いのに!」


ラヴィニアの問題提起に井出はきと答える。表情がとても楽しそうだ。


「もう! そうじゃないでしょ? 教えて、向こうの世界では警察官になるにはどうしたら良いの?」


「えええっ! この三人を婦警にするんですか、 しかし本人たちはどう思ってるんですか?」


井出が問いかけるように真由美、アヤ、七海の顔を見廻す。三人は決心を固めた表情でゆっくりとうなずいた。

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