第31話 出来るかな?「真の神殿」《トル・マルヤクータ》での実験①

「ねえ、井出さん。この『カロリーメイト』ってチーズ味しかないんですか? いい加減、きて来ましたよ~。」


七海の言葉に井出は首をかしげた。彼にとっては、この食品は最近発売されたばかりだ。味のバリエーションなど知らない。確か缶入りの物もあったはずだが飲んだことも無かった。そもそも勢いで買っては見たものの、彼は食べないままロッカーの中にしまっていて、この世界に来る前まではその存在を忘れていたくらいだ。


「七海君、それ美味おいしいかい? 俺はちょっと『もさっ』とした食感が苦手でね。味もお菓子っぽくないと言うか・・・。」


「え? これお菓子じゃないですよ。ほら『バランス栄養食』って書いてあるじゃないですか。私の中では、これはおにぎりとかサンドイッチに近い食べ物ですね。」


陸上競技をやっていた七海に言わせると、競技の合間に小腹こばらいた時や昼食をる時間が無い時に重宝ちょうほうするのだそうだ。そう言えば彼女は『カロリーメイト』を良く食べていた。スレンダーな体形の割に基礎代謝が高いのか、お腹が空きやすいらしい。


「ウチ、フルーツ味が好き。けどベジタブル味は苦手やわ。」


「え? そんな味あるの? 私もこのお菓子は苦手だけど違う味なら食べられるかなあ。」


井出と七海の会話を聞いていたアヤと真由美が加わって来た。ピートも『虎狐ティーケルケー』のバースを抱っこしてトコトコと付いてくる。二人は好奇心満々で井出と三人の女子高生たち、エマの顔を順番に見つめていた。そのまま井出の横に来てひざに乗せてくれとせがむ。


「あら、またコーイチのところが良いの? この子、男性には全くなつかなかったのに珍しいわね。」


エマが少し驚く。井出も子供は嫌いではないのでピートを抱き上げると膝に乗せる。そう言えば何時いつからかコイツ、俺になつくようになったな?と彼は思ったが、女子高生たちとの会話に戻ることにした。左手でピートの背中、右手でバースの背中を優しくでながらだ。


「え、こんなに一杯の種類の味があるの? 食べてみたいな。」


「ふーん、やっぱりベジタブル味って無くなったんや。ウチとしてはフルーツ味があれば文句無いけどね。」


「中学生くらいの時まではポテト味って言うのがあったよ。甘いのばっかだときるからたまにアレ食べてたな。」


七海のスマホを見ながら真由美とアヤが盛り上がっている。その時アヤが何かを思いついたように提案した。


「そうや! あの黒い建物に「フルーツ味と交換して」とか書いた紙と一緒にりこんでみたらどうやろ。 実験やと思ってやってみいひん?」


「おお、なるほど。それ面白そうだな。やってみよう。」


井出も興味津々きょうみしんしんで提案に乗っかる。皆で駐在所の裏にある黒い建造物「真の神殿トル・マルヤクータ」の前に移動した。


「ほなら、何味が良いかうて~。4箱しかないから四種類までな。」


「俺は一度、ベジタブル味って奴を食べてみたいな。」と井出。


「ウチはフルーツ味やね。これはゆずれん。」とアヤ。


「私、ポテト味。久し振りにあれ食べたくなったよ。」と七海。


「うーん。どっちにしよう。でもパッケージのロゴがピンクで可愛いからメープル味で。」


真由美はチョコレート味とどちらにするか迷ったようだ。アヤがメモ用紙に皆の要望を書き込んで4箱の「カロリーメイト」チーズ味と一緒に黒い建造物の丸い台の上に置く。そして操作パネルに手をかざした。丸い台が床下に下がってゆき処理が始まり建物全体が淡い緑色の光に包まれた。


「どうやろ? あー、上手うまい事行ってるで! 違う味のヤツと交換されてるわ!」


「ホントだ! きゃー、ポテト味久し振り! 早速、食べてみようよ!」


処理が終わって交換が成功したのを確認して、アヤと七海は大喜びだ。皆で味見を始めることになった。四種類の味の「カロリーメイト」を少しずつ割って、それぞれ試食し始める。


「あ、メープル味ってホットケーキ食べてるみたいで美味おいしい。これなら食べられるよ。」


「うーん、久しぶりのポテト味。甘いのにきた時はコレだよね♪」


「ふう、やっぱりウチはフルーツ味が一番やわ。やっぱ鉄板よ、コレ。」


「お! このベジタブル味って結構イケるじゃないか。確かにこれなら、おにぎりやサンドイッチの感覚で食べられるな。」


井出と三人の女子高生たちは、それぞれ自分が選んだ味を気に入ったようだ。


「うん。私やピートはメープル味が一番好きかな。これ北の森でれる甘蜜かんみつに似た味がするわ。」


バースはどうだろうと皆が見てみると、甘い匂いがするメープル味やフルーツ味には興味を示したが水分が乏しいのが気に入らないのか好みでは無いようだ。唯一、フルーツ味を少しかじったが興味は薄い感じだ。


「やっぱりバースちゃんには果物かな? はい、どうぞ!」


真由美が紫色のブドウに似た果実をバースに手渡すとカロリーメイトはそっちのけでムシャムシャと食べ始める。野生動物に人間の食べ物を上げ過ぎると良くない。無理に食べさせることもないか、と井出は思った。


「なるほど。これなら保存も効くし非常食としても使えるな。食べてしまっても深夜15時を過ぎたら、また補充されるしすごく便利だ。」


一日が30時間のこの世界アルヴァノールでの真夜中は午前15時だ。その時間に「真の神殿」を囲む半径25mのサークルが淡く赤い光を発すると、その内側にあるパッケージに包まれた製品は補充され、自動車やバイク、馬車なども修理・整備される。恐らく家電製品もある程度消耗しょうもうすると整備されているらしい。


「同じ製品のバリエーションは要求リクエストすると受けれてくれるのか。と言うことは・・・。良し、一度やってみるか!」


井出はメモ用紙にある要求リクエストを書いた。そして腰の拳銃M1917をホルスターごと黒い建造物の丸い台に置く。そして予備の弾丸と要求を書き込んだメモ用紙をえて操作パネルに手をかざした。今回は直ぐに処理が始まらない。操作パネルに日本語の光る文字が現れた。


『S&W M1917をS&W M629に進化させますか? 同メーカー内の進化なので消費する進化ポイントは100ポイントです。 はい/いいえ』


井出は「はい」を選んだ。すると処理が始まる。再び処理台が戻って来た時、そこには専用のホルスターに入ったS&W M629スミスアンドウェッソンM629があった。銃身長は6.5インチ、これは彼が指定した。予備弾も全て44マグナム弾だ。ハーフムーンクリップはスピードローダーに交換されている。実験は成功だった。


「やった! これで暴発を気にせず6発全弾装填そうてん出来るぞ。しかも弾丸の威力も3倍以上で、大幅な戦力アップだ!」


「あー! それ、けいちゃんの持ってるヤツと同じ鉄砲やん。なんやったらウチが黄色い縦縞ストライプ柄の制服仕立てたろか?」


それを言うなら「ダーティーハリー」と同じヤツと言って貰いたかったが、井出はアヤに譲歩じょうほする。ちなみに「黄色い縦縞ストライプ柄の制服」の方は丁重ていちょうに辞退しておいた。その時だった。駐在所の事務所に誰かが来た。大きな声で助けを求めているようだ。井出たちは駐在所の正面に回る。


「助けて下さいわん。キィサちゃんがオークやゴブリンの酔っ払いにからまれているわん!」


「駐在さん、早く早くだぴょん。キィサちゃん、ひどい目にっちゃうぴょん!」


駐在所に助けを求めて来たのは獣人族の二人の少女、コリアとカーニィだった。

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