第30話 霊獣《フゥハーペト》

アヤの悲鳴を聞いて井出は反射的に居間に移動する。居間で仮眠していたエマや真由美、七海が縁側えんがわに向かった。まだ「外敵」の生き残りが居たのか。 しかし、どうやって「防御結界」の中に入ったのだ? まさか何処どこかに穴が開いていたのか? 寝不足の井出の思考がぐるぐると廻る。


「アヤ君、無事か? 怪我は無いか?」


井出が居間に飛び込んだ時、アヤは縁側に仰向けに倒れていた。彼女のお腹の上に何か黄色い生物が居る。彼は反射的に腰の拳銃M1917に手を掛けた。だがエマが首を横に振りながら井出を止めた。手遅れなのか・・・?


「なんや、もービックリしたわー。自分どないしたん、急に・・・。おなかいてるんかな?」


「わ!可愛い! 何て言う動物かな? 尻尾がもふもふだよ!」


上半身だけ起き上がったアヤにその動物はしがみ付いている。ピートはアヤの左手にすがりついていた。頭から背中は黄色い虎縞柄とらじまがら、フワフワの尻尾は白と黄色のしま模様だ。腕や脚、お腹はこげ茶色。口や目の周り、耳の中は白。つぶらな丸くて黒い瞳。井出の第一印象は「虎縞とらじまのレッサーパンダ」だった。


「ほら、リンゴですよ~♪ 美味しいですか~?」


井出と良く動物図鑑を見ていることが多い真由美も同じ意見のようだ。キッチンから小さく切ったリンゴを皿に乗せて持ってくると一つずつ手渡していく。その動物は片手で受け取ると美味しそうにリンゴを食べる。余程お腹が空いていたのだろう。時折ときおり「きゅー」とか「ぴー」と鳴くのも愛らしい。


「あらあら、『虎狐ティーケルケー』じゃない。移動要塞リィーカリンナに乗って来ちゃったのね。まだ子供だわ。多分、アヤさんのことを親だと思ったのじゃないかしら?」


アヤの悲鳴を聞いて駆けつけて来たラヴィニアが息をきながら言う。確かに見てみるとアヤは虎縞柄とらじまがらのスウェットを着ている。色も柄も、その動物にそっくりだった。なるほど親に間違われても仕方が無いかも知れない。だが、この動物が「狐」と言うのだけは納得が行かない。井出と真由美は目を合わせると互いにうなずいた。


「あの、ラヴィー・マム。今日こそは言おうと思います。自分は、この動物が『狐』と呼ばれるのは納得が行かないのですが・・・。」


「うーん。私も『虎』とか『狐』とか『鷹』とか『燕』って古代エルフ語で知ってるだけなのよ。何か動物の名前なのよね。どんな動物なのかしら?」


井出がラヴィニアに問いかけようとすると逆に質問されてしまった。そこに動物図鑑を持った真由美が現れる。あるページを開いてラビィニアの前に差し出した。


「あらあ、本当ね。この『レッサーパンダ』って動物、『虎狐ティーケルケー』にそっくりだわ。良く似てるわねえ。この手に持ってる植物も森に生えてる『霊笹ヘンキルオホ』にそっくり。」


そのページには共通語ヴィルスコで書かれた付箋ふせんが貼ってあった。他にも付箋が貼られたページが沢山ある。やはり真由美もこの世界アルヴァノールの動物に対するネーミングセンスには疑問を持っていたらしい。


「ラヴィー・マム、『狐』はこういう動物です。ちなみに『コヨーテ』はこれです。」


「まあ、確かに『虎狐ティーケルケー』とは大分違うわね。それにしても『コヨーテ』って『ハイコヨーテハイエナもどき』と全然似てないのね。どちらかと言うと『狐』と『コヨーテ』の方が良く似てるわ。」


真由美が次の付箋ふせんが貼ってあるページを開く。


「これが私たちの世界での『ハイエナ』です。」


「まあ! この動物って『ハイコヨーテハイエナもどき』そっくりだわ!」


「あと『たか』と『つばめ』です。」


「あら『鷹』って精悍な顔してるのね。『燕』は可愛らしくて素早そう。この世界アルヴァノールの『鳥』はちょっと間抜けな顔してるのよ。」


「最後に、これが『虎』です。」


「ふうん、体の柄が『虎狐ティーケルケー』と全く同じね。アヤさんの上着の背中に描かれてる動物ってこれだったの。強そうだわ。」


やっと判って貰えたようだ。井出と真由美は胸をで下ろした。しかしラヴィニアは次の瞬間、言い放つ。


「でも、この動物は『虎狐ティーケルケー』よ。昔から皆そう呼んでるもの。今更、変えることは出来ないわ。見たところ、この子はメスね。せめて名前だけは好きなのを付けてあげたら?」


彼女は、そう言って立ち去ろうとしたが何かを思い出したように振り返った。


「あ、そうそう。その子も一応、『霊獣フゥハーペト』だから扱いには気を付けてね。黄色いから『雷属性オコーネ』だわ。人が死ぬほどじゃないけど、電撃を出すから注意するのよ。」


ラヴィニアはそのまま欠伸あくびをしながら駐在所を出て行ってしまった。彼女も寝不足らしい。電撃? 井出は何かを思い出しそうになった。しかし寝不足で上手く考えがまとまらない。取り合えず名前を決めるか。


「はい、皆さん。名前の候補は在りますか?」


井出の問いにアヤと真由美が案をだす。七海とエマは任せると言って事態を見守っていた。


「はーい、ウチは『バース』が良いと思います!」


「えー、アヤ君。『ランディ・バース』って今年来た外人枠の選手だよな? どうせならミスター阪神タイガースの掛布選手にあやかって「マサユキ」だろ?」


「え~! 虎縞とらじまで電撃を出すなら『ラム』でしょ? 女の子なんだよ。二人とも男の人の名前なんてひどいよ。」


議論が白熱してきた。アヤが井出に得意げに語り出す。


「そっかー。井出っちは1985年に起こる『奇跡』を知らんから、そんなん言うんやね。」


「なんだ、その『奇跡』って・・・。まさか優勝するのか阪神タイガースが!」


「そうやで! しかも日本一にもなるんや。その原動力の一人がランディ・バース選手やねん。ものごっつい偉業を一杯達成するんよ、この人。」


「ねえ、じゃあ『ラン』は? せめて女の子っぽい名前にしてあげようよ。」


真由美が食い下がる。動物の事となると内気な彼女も引き下がらないようだ。


「ゴメン、マミたん。その名前はウチの妹で使こてしまったねん。堪忍かんにんや。」


「そうか! なら本人に決めさせよう。皆でアイツを好きな名前で呼んでみようじゃないか!」


らちが明かない。井出はそう考えて提案した。


「おーい!『マサユキ』こっち来い。美味しい果物あげるぞ!」


井出が声を掛ける。だが、その『虎狐ティーケルケー』は見向きもしない。


「ねえねえ、『ラム』ちゃん、こっち来ない? 美味しいもの沢山あるよ?」


真由美が優しく語りかける。その『虎狐ティーケルケー』はチラリと彼女を見たが直ぐに興味を失ったようだ。


「こりゃ! 『バース』こっちゃ来い! えさ上げへんぞ!」


アヤがそう呼んだ瞬間、その『虎狐ティーケルケー』は一目散に彼女の胸に飛び込んで行った。ここで物言いが付く。井出と真由美の言い分としては、アヤが着ている母親を思わせる虎縞柄のスウェットがズルいとのことだ。アヤが制服に着替えてから再度、名前を呼んでみる。


「バース! おいで!」


アヤの一言で、その『虎狐ティーケルケー』は彼女の足元に駆けてゆき、ちょこんとお座りした。決定的だった。試しに井出や真由美が「バース」と呼ぶと直ぐに反応して足元に寄って来る。リンゴを上げると美味しそうに食べた。その愛らしい姿に井出と真由美は白旗を上げる。


「判りました。今後、この子は『バース』と言うことで・・・。」


くして、駐在所の新たな仲間の名は「バース」と決まったのであった。

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