第29話 夜間演習

井出はび起きた。直ぐに制服に着替えて、その上から機動隊の防護装備を付ける。彼が駐在所の外に出てみると眼前には地獄のような光景が拡がっていた。ホルビー族が照明弾代わりにまばゆく輝く白い光球を多数上げてくれている。その照らし出す場所は全て赤黒い「地獄のムカデヘレビッチ」で埋め尽くされていた。


時折りちらほらと直径10mの「悪魔の口パホライセンソ」や体長4m以上の「邪悪のナメクジパハエタナ」の姿が確認出来るが、やはり赤黒い雑魚ムカデもどきが占める面積が圧倒的だ。一体、全部で何体居るのだろうか?


「さあさあ、皆さん起きてね。丁度良いわ。真夜中過ぎて精霊力マナも戻ってるし、昼間の魔法訓練のおさらいと行きましょうか!」


ラヴィニアに起こされた三人の女子高生が駐在所の外に出て来た。眼前の光景を見て表情が強張こわばる。無理もない、まるで地獄の釜のふたいたような光景なのだから。しかし前回の様に思考停止にはおちいらないのは大したものだ。彼女たちも着実に成長している。


(う~ん、しばらくアヤ君はナポリタン作ってくれないだろうな。粉チーズとタバスコ掛けると最高にうまいんだけどな、彼女の作るアレ。)


井出は強張こわばったアヤの顔を見ながら思った。エマがシャープス騎兵銃カービンを三丁と弾薬箱を持って出てくる。ドワーフ達が何やら細長い木箱を運んで来た。その箱の中身を確認したラヴィニアがこちらに手招きする。


「どうしました? ラビィー・マム、自分に何か?」


「良かった、間に合ったみたい。今日からはこれを使って。」


井出が木箱の中をのぞき込むと盾と剣のような物が入っている。彼は何処どこか見覚えのある気がした。手に取って見る。がっしりした造りの盾、先端だけがとがった円柱状の刀身の剣、そうだマークが乗る「装甲魔導巨人兵器パタゴレア」の持つ盾と剣とそっくりだ。


盾に剣を収納出来るようになっている。これなら咄嗟とっさに拳銃を使う場合も剣を放り投げなくて良い。井出が使いやすいように色々と工夫されているようだ。


「気に入って貰えたかしら? ミィスリウムをきたえて製作した浩一クン専用の盾と剣よ。これを使えば、君の近接格闘能力は格段に上がるわよ。」


「有り難うございます、ラビィー・マム。ところで今回の敵の数はどれくらいなのですか?」


「それは今、マー君に確認して貰ってるわ。恐らく5000体は下らないと思うけど。電話で確認したら『保安官の町』には来襲してないそうよ。完全に初代ヒウムの女の子狙いだわ。」


井出は戦慄した。それはちょっとした軍隊に匹敵する数だ。まさに地獄の軍勢。それにしてはラヴィニアは涼しい顔をしている。彼女の経験者ベテラン振りがうかがい知れるというものだ。


「こちらのセンサーでの探索結果が出たよ。連中の数は約6000体だね。『巨人兵器ゴレア』は居ない。完全に『師団ヤッコー』規模、もしかしたら『お代わり』もあるかも知れない。皆、油断しないでよ。」


「ふうん、やっぱりね。まあ、浩一クンの『分隊パーティー』の実力を測るには丁度良いわ。先ず、一皿目は頑張って平らげてね。『お代わり』が来たときは手伝ってあげるから。」


白銀の騎士に乗るマークの外部音声を聞いてラヴィニアがさらりと言った。井出と三人の女子高生の目が点になる。つまり、この四人だけで6000体の異形いぎょうの軍勢を退しりぞけなければならないのだ。


「大丈夫。あのたち三人には私が指示を出すから。あとエマを補助で付けてあげる。危ない時は助けてくれるわ。」


ラヴィニアはそう言って三人の女子高生たちに指示を出し始めた。最初はアヤに井出の体に「身体強化」の魔法を掛けるよう指示を出す。アヤは真由美に助けられながら、なんとか詠唱を完了した。井出の体が淡い黄色の光に包まれる。


「次は七海さんは『筋力強化』をお願いね。真由美さんは『俊敏性向上』を。盾や装備品の『防御力強化』は私がやってあげる。」


ラヴィニアが次々に指示を出す。井出の体が赤や黄色、青の淡い光で包まれて行く。彼の体中に力がみなぎる。羽根が生えたように動きも軽快になった。しかし、この間の黒い巨人と戦った時ほどではない。不審に思った井出はラヴィニアに質問した。


「あ、あのラビィー・マム。この間、掛けて貰った時より効果が薄いような気がするのですが?」


「ああ、あの時は『精霊力共有マーナ・ヤー』でブーストして掛けたからね。ちなみに、あの時に六人でブーストして魔法を掛けてたら貴方あなた一人で、あの黒い巨人を倒せたと思うわ。」


「え? それじゃあ、何故なぜそうしなかったのですか?」


井出は思わず聞いた。あの時はマークが操る「パタゴレア」が介入してくれなかったら自分は命が危なかったからだ。


「あら、魔法が切れたときひどい目にったでしょ? 多分そんな事してたら貴方あなたまだ寝た切りだったわよ。下手したら死んじゃってたかも・・・。」


ラヴィニアが軽い調子で答えた。そして続けた。


「だから、普段はブースト無しで強化魔法を掛けるの。より強い効果が欲しい時は自分の『技能スキル』を使って。三分間だけ能力がブーストされるわ。」


外敵バフィゴイター」を6000体も相手にするのは「普段」なのか? 井出は一瞬、そう考えた。しかし今回は黒い巨人も居ない。おまけに危ない時は助けてくれるらしい。取り合えずやってみるかと気を取り直す。


「判りました。やってみます。」


「良い返事ね。そろそろ『外敵バフィゴイター』の先鋒が『防御結界』に取り付きだしたわ。浩一クンは、あれを片付けて。後続はあの三人にやって貰うから。」


井出は頷くと「防御結界」に群がり始めた雑魚ムカデもどきどもに向かってダッシュした。100m程の距離を5秒も掛からずに走り抜ける。そのまま軽くジャンプすると高さ3m近い木塀を跳び越えた。


「うん。ずはこの状態でやってみるか。」


彼は自分を取り囲む赤黒い異形いぎょうの群れに視線を走らせる。大きくいた丸い口腔に沿って鋭い牙が二列、内側に向かって生えていた。その上にある複数の黒い目が井出をとらえて襲い掛かって来る。彼は一番近いムカデもどきに向かって右手に握る突撃刺突剣アザルレイピオンふるう。


「ザシュッ!」


体長1.5mの雑魚ムカデもどきなど刀身に触れた瞬間、事も無げに撃ち砕かれる。そのまま突撃刺突剣アザルレイピオンを数回振るうと井出の正面から右側に居た10体ほどの地獄のムカデヘレビッチが砕け散った。今度は彼の左側から別の個体が襲い掛かってくる。試しに左手に持つ強化装甲盾マーハパンツァリーをカウンター気味に突き出してみた。


「パチンッ!」


ソイツはまるで風船のように盾の表面で弾けた。井出は盾を正面に構え直すと左側の群れに突進してみた。突進する先に1体の邪悪のナメクジパハエタナが居る。体長4mを超える体の模様は趣味の悪い紫地にこん斑点はんてんだ。彼は盾で進路上の地獄のムカデヘレビッチどもを10体以上砕きながらナメクジもどきに体当たりした。


「ドムンッ!」


大型トラックが何かに衝突したような音が草原に響いた。井出の体当たりで吹っ飛んだ邪悪のナメクジパハエタナは転倒して痙攣けいれんしながら息絶いきたえた。そのまま彼は体当たり戦法で3体のナメクジもどきを始末する。これで「防御結界」に群がっていた「外敵バフィゴイター」の先鋒は殆ど消えてしまった。


「浩一クン、一旦いったん戻って来て! 魔法攻撃イルヴァルマキを始めるわ。」


白銀の「パタゴレア」の外部スピーカーからラヴィニアの声が響く。井出が声の方を振り返ると彼女が機体の脚から取り出したマイクを手に握っていた。井出は一跳びで木塀を跳び越えると素直に駐在所前に戻る。


「中々良い感じだったわね。どう、ブーストなしの強化魔法マーハヴァルマキだけでも結構やれるもんでしょ?」


「そうですね。『技能スキル』を使ってブーストするって意味が良く判りました。次に前に出た時、試してみます。」


井出とラヴィニアが会話している間に三人の女子高生たちの準備が出来たようだ。真由美、アヤ、七海の順で横に並んでいる。アヤが両手を二人とつないでいる。まず七海が魔法攻撃イルヴァルマキを詠唱する。午後からまた練習したのか、今度はスラスラと詠唱を完了した。


七海の右の掌から昼間よりも二回りは大きな火球が発生する。その直径は1mを超えていた。その炎の巨塊は狙いを付けた紫色のタコギンチャク「悪魔の口パホライセンソ」に向かって赤い光の尾を引きながら突進して行く。


「キュッドオォーン!」


命中した瞬間、白い爆轟波ばくごうはが発生し凶暴な赤い爆風がタコギンチャクの周囲に居た数十体の「外敵バフィゴイター」を一掃してしまった。真由美が次々とり出す火炎球が残存をつぶしてゆく。こちらの威力も昼間より倍以上は上がっている。一発で地獄のムカデヘレビッチを5体以上吹っ飛ばしていた。


「どう? まだ魔法ヴァルマキの詠唱がたどたどしいアヤさんでも『精霊力共有マーナ・ヤー』でブースト役に回れば中々の戦力になるでしょう?」


ラヴィニアの言葉を聞いて井出は思い出した。黒い巨人と戦う寸前に三人の少女たちの助けが必要だと彼女が言っていたのを。彼が見ている前で七海と真由美の「火炎弾アルタポックルアット」が「外敵バフィゴイター」の群れをゴリゴリと削って行く。あっと言う間に悪魔の口パホライセンソを20体以上、その取り巻きと一緒にほうむり去ってしまった。


「うん、悪くないわね。これで大体2000体くらいは倒したわね。三人とも少し息を整えましょうか。じゃあ浩一クン、『防御結界』に取り付いた生き残りの掃除をお願いね。」


井出が「防御結界」の周辺を見渡すと真由美と七海の猛爆撃をくぐった「外敵バフィゴイター」が100体ほど取り付き始めていた。彼は精神を集中すると自分がつばめの様に軽やかに素早くなるイメージを思い浮かべる。体が淡い青の光に包まれる。


「加速装置!」


井出は小さくつぶくと「防御結界」の内側に沿って全速力で走り出す。木塀を跳び越えるとそのまま盾と剣を構えながら「外敵バフィゴイター」どもの生き残りを体当たりで潰していく。直径200m、一周約630mのトラックを三周もする頃には生き残りは全て倒されていた。時間は1分も掛からなかった。


「あと2分以上あるな。少し遊んでやるかな。」


井出は小さくつぶやくと、そのまま無傷の「外敵バフィゴイター」どもの群れに突進した。群れの中に趣味の悪いナメクジもどきを見つけると片っ端から体当たりを喰らわせる。無論、進路上にいる雑魚はことごとく粉砕しながらだ。あっという間に30体ほどの邪悪のナメクジパハエタナを吹っ飛ばした。次の瞬間、彼の体が淡く緑に輝き出す。


「やった! 『巡査部長』に昇進だ~!」


喜びの声を上げる井出のそばを青白く光る弾丸が通過した。それは射線上の全ての雑魚を氷結させながら彼の後ろに迫っていた邪悪のナメクジパハエタナを打ち砕いた。エマが放った「氷結弾パカスト・ミネンルアット」だ。それにしても威力が凄い。通常の数倍はあるだろう。


「浩一クン、油断してたら昇進してすぐに殉職じゅんしょくしちゃうわよ! そろそろ爆撃を再開するわ。戻って、戻って~! ハリー、ハリー!」


パタゴレアの外部スピーカーでラビィニアが叫ぶ。彼はバツが悪そうに駐在所前に戻った。井出がエマに向かって手を挙げると彼女はニッコリ微笑んで手を振り返してくる。そして次の弾丸を手に取ると小さくつぶやく。弾頭が黄色く輝き出した。最後に小さな声で言う。


雷撃弾!オコーネサラマールアット!


エマはその黄色く輝く弾丸をスペンサー騎兵銃カービンに装填すると、静かに戦況を見守り始めた。その時、井出は気付いた。自分が倒した邪悪のナメクジパハエタナの死骸が泡と共に消えてゆくのを。まるでショッカーの怪人のようだった。



「うん。初めてにしちゃ上出来ね。今夜はこれぐらいにしましょうか。真由美さんとアヤさん、七海さんはもう休んで良いわよ。明日に疲れが出ない様に良く眠ってね。」


約6000体も居た「外敵バフィゴイター」はもう影もない。僅かな生き残りが草原のアチコチを逃げ回っているが100体も居ないだろう。マークの探索結果では「お代わり」は来ないそうだ。午前2時過ぎに始まった戦闘は二時間足らずで終了しようとしていた。


「それじゃあ、浩一クンとエマで後始末をお願いね。終わったら二人は交代で仮眠を取りながら待機ね。」


エマはシャープス騎兵銃カービンの銃身を掃除していた。50-70ガバメント弾の弾頭は鉛が剥き出しなため、10発も打つと銃身に鉛が付着して命中精度が下がるからだ。三丁の銃身を掃除し終えると彼女は井出に提案した。


「私が遠いヤツを『鷹の眼ホーカシルマ』で潰して行くわ。コーイチは近い奴等をお願いね。」


「判った。それが一番効率が良さそうだ。」


草原に散らばった雑魚どもを30分程で全て掃除した二人も交代で仮眠を取った。あれだけの大群を相手取ったのに結果はあっけないものだった。そんな彼らには油断があったのかも知れない。「ある存在」の侵入に気付くことが出来なかったのだから。


やがて夜が明け始めた。「ある存在」は密かに駐在所の裏庭に移動して床下にひそむ。空腹感が「ある存在」をさいなむ。早く何か食べたい。このままでは消耗し切って動けなくなってしまう。「ある存在」は焦っていた。


すっかり朝になった。三人の女子高生たちとピートも起きて居間に降りて来る。まだ彼女たちは寝間着のままだ。それぞれコーヒーを淹れたり、お湯を沸かしたりと家事を始めた。アヤが外の空気を入れようと縁側えんがわ鎧戸よろいどを開ける。少し冷たいが新鮮な空気を胸一杯吸い込んだ。その時だった。「ある存在」はアヤに飛び掛かる。


「きゃあああ、いややあぁー!」


彼女の悲鳴が駐在所の居間と事務所に響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る