第28話 魔法の訓練

「それでは失礼しますわん。マミたん、アヤっち、七海ななみん、明日からよろしくなのわん!」


「今日はお世話になりましたぴょん。皆、これから仲良くして欲しいぴょん!」


夕方、コリアとカーニィと名乗る二人の獣人の少女が宿舎に向かって行く。彼女たちは「真の神殿トル・マルヤクータ」への住民登録のためにやって来たのだ。これを済ましておけば、次回からは「防御結界」の中に入場する際の許可が必要無くなるからだ。


「コリアちゃんもカーニィちゃんも二人とも可愛かったね! やっぱり本物の耳ってスゴイね。話しかけると、ぴくってこっち向くもんね。触ってみたい~♪」


「尻尾が『もふもふ』で触ったら気持ち良さそうでした。仲良くなったら触らせてくれるかな?」


「アイねーちゃんがったら大変やったなあ。絶対に『大好物』よ、あの子ら。」


三人の女子高生たちは夕飯の時もコリアとカーニィの話で盛り上がっていた。井出は二人の獣人少女に感謝していた。彼女たちのおかげで、ここ三日のぎこちない雰囲気が吹き飛んだからだ。しかし「翻話テルホルーラ」のせいとは言え、あの「わん」とか「ぴょん」って聞こえる語尾はどうなのだろうか・・・。


「なあ、君らにも彼女たちの言葉は『美味しいわん!』とか『嬉しいぴょん!』って風に聞こえてるのかい?」


井出は三人に聞いてみた。


「え? そうですね。こういうカッコしてる子は大体あんな言葉づかいしますね。」


そう言って七海はスマホを見せてくれる。そこには猫耳やらきつね耳やらたぬき耳、様々さまざまな「けもの少女」の写真が次々に映し出されていた。2019年にも獣人がいるのだろうか?


「きゃー、可愛い。『もふもふ』さんが一杯だよ。この写真、何ですか? 」


「これ、アイちゃん先生がくれた『コスプレイヤー』さんたちの写真だよ。皆、良く出来てるよね。この人たちって結構、「~にゃん!」とか「~こん!」とか言うみたいだよ。」


「ふ~。アイねーちゃんって2019年でも全然ブレてないねんな。流石さすがやわ・・・。」


写真を見て、真由美が嬉しそうにたずねた。七海の答えにアヤがさとったような表情でつぶやく。そう言えば同期のアニメ好きな奴が読んでるアニメ雑誌にも虎縞とらじまビキニのキャラクターの真似まねをする女子大生がっていたけど、あの子も可愛かったよな、と井出は思った。


「彼女たちの話によるとキィサって名の猫族の女の子が後から来るそうだよ。見かけたらよろしく頼むね。」


「今度は『にゃん子』さんですか。今から楽しみです♪」


真由美がホクホク顔で快諾かいだくした。アヤと七海も頷く。エマがピートにご飯を食べさせながら四人の様子を見て微笑ほほえんでいる。その日の夕食の時間はなごやかに過ぎて行った。そして翌朝になった。



「それじゃあ、三人ともこれは基本中の基本ですからね。始めて!」


ラヴィニアが三人の女子高生に指示を出した。最近、午前中は二時間ほど魔法の訓練をしているのだ。今日は「火炎弾アルタポックルアット」の練習だ。駐在所の前から防御結界の外に設置した標的に命中させるのが課題らしい。


精霊よ!ピフラ! 我が火の領域を顕現せよ!リトヴァ マルヒャヘル サラステ! 火炎弾!アルタポックルアット!


真由美がスラスラと詠唱してバシバシと火炎の球を何度も標的に命中させる。だが、その威力は先日にラヴィニアやリンネ中尉が見せた「火炎弾アルタポックルアット」より明らかに下だ。「外敵バフィゴイター」の雑魚ムカデもどきなら2体くらいは一度に倒せるだろうか。


「えっと、精霊よ!ピフラ! 我が火の領域を顕現せよ!リトヴァ マルヒャヘル サラステ! 火炎弾!アルタポックルアット!


七海は魔法攻撃イルヴァルマキの術式をやっと暗唱あんしょう出来るようになっていた。少したどたどしく詠唱を完了すると同時にてのひらから巨大な火球が発生する。そのまま、すさまじい速度で標的に向かって飛び出した。まるで戦車砲のようだ。


それは少し的を外して付近に着弾したが威力がすごい。ラビィニアの「火炎弾アルタポックルアット」の数倍の威力で標的を吹き飛ばしてしまった。これなら「外敵バフィゴイター」の中核、直径10mの「悪魔の口パホライセンソ」でも一撃だろう。


「ピラフ! ちゃうてー。何でウチ、これ間違えるんやろ。精霊よ!ピフラ! 我が火の領域を顕現せよ!リトヴァ マルヒャヘル サラステ! 火炎弾!アルタポックルアット!、合うてるやね?」


アヤはまだメモを見ながらだ。彼女の掌から飛び出した火球はひょろひょろと標的に向かって飛んで行く。しかし、かなり外れたところに「ぼふっ!」と音を立てて着弾した。恐らく、まぐれで当たれば雑魚ムカデもどきを1体倒せるかも知れない。その位の威力だった。


「はい。まあ今日のところはこんなものかしら。真由美さんは流石さすがね。その調子で訓練を続ければ、威力もどんどん上がるはずよ。七海さんは威力は申し分ないわ。あとは詠唱の速度と命中精度ね。これも反復して訓練すれば大丈夫。」


ラヴィニアが一息置いた。


「アヤさんは先ず術式を暗唱出来るようになること。特にこの間やった「精霊力共有マーナ・ヤー」は必ず出来るようになってね。あと「火炎弾アルタポックルアット」だけはしっかり練習して。いざという時は自分で身を守れなきゃいけないから。」


ラヴィニアが少女たちにアドバイスをして訓練を終わった。


「マミたん、術式ってどうやって覚えるん? コツ教えて~。」


「良いよ。お昼ご飯終わったら、一緒に練習しようよ。」


アヤが真由美に泣きついている。真由美も快く引き受けていた。そんな中で七海がエマに質問する。


「ちなみにエマさんがやるとどんな感じなんですか?」


彼女の問いにエマが答える。標的に向かって右手をかざす。小さくつぶやくと野球のボール位の火球が発生する。次の瞬間、それは赤いビームのような光の尾を引いて標的の中心を正確に射抜いぬいていた。


「私は精度はあるんだけど威力が無いのよ。他の領域アルエを使えば、もう少し威力のある攻撃も出来るのだけどね。」


「いえいえ、普通にすごいです。私も頑張って練習します。」


七海は肩をすくめて退散たいさんした。その姿をながめながら井出はラヴィニアにたずねた。


「ラヴィー・マム、自分は練習しなくても良いのですか?」


「浩一クンは前衛フォワードだからね。無詠唱で出来る『技能スキル』の方をきたえて欲しいのよ。」


彼女の説明によると本来、「呼ばれた人ヒウム」は攻撃、防御、付与、強化の魔法の全てに適正がある代わりに能力は平均的らしい。要するに「器用貧乏」だ。その代わり、他の種族より多くの「技能スキル」を持っている。


この世界アルヴァノールでの「技能スキル」とは、精霊力マナを消費して特殊な効果を発揮することが出来る能力の事を指す。井出は「王道を往く者カレヴァケサラ」の他に、五つの「技能スキル」を持っていた。これは他種族では考えられない多さだ。


「先ずは『頑強な岩コヴァローク』からやってみましょうか。これは『身体強化』と同じ効果を与えてくれるわ。必ず、この『技能スキル』から発現するくせをつけておいて。でないと大怪我するからね。」


ラヴィニアの指示に従って、井出は心の中で「自分の体が岩の様に堅くなるイメージ」を思い浮かべた。直ぐに体中を黄色く淡い光が包み出す。試しにエマが警杖けいじょうで彼の肩をたたくが全く痛みを感じない。なるほど、これは凄い。


「他の人に魔法で強化してもらうより体に対する反動も少ないわ。それと気を付けてね。『技能スキル』の効果時間は三分よ。訓練次第で1日に使える回数は増えるの。でも出来たら戦いが長引く場合は、誰かに魔法で支援して貰ってね。」


この後、井出は各技能スキルを繰り返し練習した。出来るだけイメージを円滑スムーズに思い描けるように心掛けて何度も繰り返す。彼は次第に素早く「技能スキル」を発現出来るようになって行った。後は練習あるのみか。



午後からはいつもの業務をこなして時間が過ぎて行った。定時連絡と丘の監視、隊商の受け入れ、施設工事の指示、細々こまごまな業務が多い。時々、監視で仕留めた獲物の処理もある。今日は仕留めたハイコヨーテハイエナもどきを2頭、隊商から受け取った。


「なーなー、皆今晩のご飯はどんなお肉食べたい? リクエスト有る?」


アヤが獲物かられる肉をどう処理するかを尋ねて来た。


「なあ、コイツで鋤焼すきやきとか作ったらうまいかな? 今日は寒いし鍋物なべものとか食べたくないか?」


井出の提案にアヤは何とかしてみると言って下拵したごしらえに使う調理酒や調味料を用意し出した。メモ用紙に色々な指示を書いて獲物えものの上に置く。そのまま「黒い建造物」の操作パネルに手をかざした。処理が終わると鋤焼すきやきにしやすそうな薄切り肉が皿に載って出て来た。もふもふの綺麗な毛皮も二枚一緒だ。


その日の晩御飯は「ハイコヨーテの鋤焼すきやき」を皆で美味しく食べた。アヤの下処理の指示が良かったのか、くせも無く食べやすい肉になっていた。鋤焼すきやきを初めて食べるエマやピートにも大好評で、また近いうちに食卓に上りそうだ。皆、お腹一杯食べて、その日は早く寝てしまった。


「皆さん、起きて下さい。『外敵バフィゴイター』共が来ました! 凄い数です!」


居間に布団を敷いて寝ていた井出が「保安官の町」からおくられてきたこの世界アルヴァノールの置時計の針を見ると真夜中を二時間ほど過ぎたところだった。

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