第27話 「もふもふ」の来訪者

「動く城」移動城塞リィーカリンナが到着して三日がった。駐在所ちゅうざいしょの周辺では様々さまざまな施設の建設が進んでいる。既に一番外側の「防御結界」に沿って木のへいが完成しつつあった。なんでも「防御結界」の直ぐ内側に木塀きべいがあるだけで、結界の強度は飛躍的に増加するそうだ。


「よう、駐在ちゅうざいさん! ここはどんな風に工事したら良いんだ? 指示をくれよ!」


現場監督のドワーフが井出に次の指示をかす。考え事をしていた彼は驚いた。あわてて工事図面に目を通す。現場監督が確認しているのは新しく作る酒場を兼ねた食堂の厨房ちゅうぼうの事だった。井出はオーブンや水道と下水の配管の位置、電気の配線等の指示をする。


(ダメだな。ついつい考え込んでしまう。しかし・・・。)


井出は三日前、偶然ぐうぜん知ってしまった重大な事実について考え込んでいた。井出と三人の女子高生たちは転移してくる前の世界でつながりを持っていた。七海のスマホに保存されていた結婚式の写真は鮮明だった。年齢こそ違うが、井出、真由美、アヤの姿がそこに確認されたのだ。


井出と真由美は同じ1983年の日本から転移してきた。しかし元の日本では二人は失踪しっそうしたり、死亡したりしていた訳では無かった。結婚して二人の子供をもうけて普通に暮らしていた。アヤもそうだ。結婚式の写真には夫と子供たちも写っていた。恐らく七海もそうだろう。誰かが入れ替わったのだろうか?


「あ、あの、井出さん。そろそろお昼ご飯ですよ。駐在所まで戻って下さい。」


不意に横から真由美の声がした。井出が声の方を向いた時には彼女はもう後ろを向いていて、駐在所に向かって歩き出している。ちょっと急ぎ足だ。ああ、初めて会った頃の真由美ちゃんを思い出すな。あそこから慣れてくれるまで結構な時間が掛かったんだよな、と井出は肩を落としながら歩き出した。


「はい、ピート。あ~んして。うん、えらいね。」


駐在所の居間で、エマがピートにスプーンでエビピラフを食べさせていた。美味しそうに顔をほころばせている。井出もコタツの開いている場所に座った。テレビからは「笑っていいとも!」が流れている。何故なぜこの世界アルヴァノールでもテレビやラジオは放送されているのだ。


その中での時間は井出と真由美が転移して来た元の世界、1983年だ。1日が30時間のこの世界アルヴァノールでも、日付がずれない。どうやら正午を基準にしているらしく、夜中の12時で一度放送が停まって6時間後に再開されるからだ。


井出は大盛のエビピラフを食べ始める。真由美はコタツの反対側に座っていた。スプーンでピラフをチマチマとかき回したりして、時々チラッと彼の方を見ると直ぐに下を見る。この三日はほとんど、こんな調子だ。かく、ギクシャクしてやりにくい。


「井出っちとマミたん、どしたん。夫婦喧嘩げんかでもしてるん?」


アヤが突然、二人をいじる。井出は頬張ほおばったピラフをのどに詰まらせそうになり、激しくむせた。何時いつもならこういうタイミングには、必ず真由美が水の入ったコップをすっと差し出してくれるのだが、今はになってうつむいて固まっている。


「アハハ、アヤから聞いたわよ。二人は元の世界で結婚してたんですって? お似合いじゃない。」


エマが屈託くったくのない笑顔で言う。ピートはキョトンとして一同の顔を順番に見つめていた。井出にとって真由美は恋愛の対象というより、良く気の付く可愛い妹のような存在だ。彼は末っ子だったので、内気な真由美がなついてくれた時には妹が出来たように嬉しかったのだ。


「俺と真由美ちゃんは6歳も年が違うんだよ? 仮に俺が良くても、そんな年が離れた男性、彼女はどうだろ?」


「あら? 私のパパとママも23歳と3季節地球年齢45歳20歳と2季節地球年齢39歳だから、丁度同じくらいの年の差よ? 夫婦仲も良いし、悪くない位じゃないかしら。」


「そうだね。私もクラスの男子とか子供っぽいから全然無理。やっぱ、ある程度は年上が良いよね。9歳くらい上でも良いよ。」


「あ~、ウチの弟の幸司こうじとか?」


「あー! アヤっち、心の古傷えぐらないでよ! まだえてないんだからぁ。」


なるほど。男性に比べて、女性は年上に対する許容範囲ストライクゾーンが広いんだな、と井出は思った。24歳の彼は、女性は2~3歳位年下が一番好みだったからだ。


「ふむ、コーイチは24歳よね。皆の年齢に直したら私も同じ18歳だし、私達も結構良い年の差だと思わない?」


エマの突然の発言に井出と三人の女子高生たちがこおり付いた。


「えっと、エマさんって私と同い年だったの? ウソ、見えない。」


「そんな大人の色気ムンムンで、私らと一緒? やっぱり肉が主食やと違うんやね・・・。」


「・・・。」


「エマってしっかりしてるから、俺よりちょっと年下くらいかなって思ってたよ。」


七海とアヤが驚きの声をあげる。真由美は目を見開いて口に手を当てる。声も出ないほど驚いたようだ。井出も素直な感想をける。


「あ、コーイチひどい。傷ついたかも。そんなにけて見えるのかしら、私?」


エマがぷぅっとほおふくらませる。七海とアヤが「いやいやいや」と手を振った。その時、事務所のプッシュホンが鳴った。「保安官の町」からの午後1時の定時連絡だ。井出が受話器を取る。


「よお、井出君か? そろそろ、こっちから隊商を出したいので丘の監視と結果報告を頼む。ところで聞いたぞ、向こうの世界では真由美さんと結婚してたんだって? この世界アルヴァノールじゃあ、うちのエマなんかどうだ? 君も悪くは思ってないんだろ?」


流石さすがに三日もつと「保安官の町」にも話が広まっているようだ。恐らくラビィニアが話したのだろう。井出はつとめて、その話題には触れずに業務に専念することにした。


「ええ、エマは優秀な保安官補アシスタントです。おかげで助かってますよ。それでは丘の監視に移ります。」


井出は受話器を置くとエマに声を掛けた。事務所のロッカーを開けてスペンサー騎兵銃カービンを二丁取り出した。弾薬箱をエマに渡す。そのまま二階のベランダに上がる。エマから渡された望遠鏡スコープのぞくと丘の中腹にハイコヨーテハイエナもどきが10数頭、待ち伏せしているところだった。距離は1500m程か。


「居るな。エマ、狙撃そげきを頼む。俺は観測手スポッターをやるから。」


「了解。コーイチ、獲物の大体の位置を教えて。」


井出は丘の中腹より少し上辺りを指差してゆく。エマはその辺りを軽く見た後にスペンサー騎兵銃カービンを構えて目を閉じる。銃身の角度は45度に近い。この銃で使用する50-70ガバメント弾の初速は秒速400mを少し超える程度だ。高低差も100m以上ある。これくらい仰角を着けないと弾丸が届かないのだ。


えた! 一番中央のヤツからやるわ。一射目、行くわよ。」「ダァーン!」


エマは目をつむったまま、空に向かってスペンサー騎兵銃カービンを撃ち放つ。数秒経ってから井出の覗く望遠鏡の中で伏せているハイコヨーテハイエナもどきの直ぐそばに着弾した。ソイツは驚いて逃げ出す。当てる必要は無い。追い払いさえすれば良いのだ。


「右に50cmほど外れた。修正よろしく。」


「了解!」


目をつむったまま、エマが弾丸を装填そうてんし直す。ゆっくり銃を構えると引金をしぼる。今度の弾は当たった。いきなり上から背骨を撃ち抜かれたハイコヨーテハイエナもどきがもんどり打って倒れる。エマは次の目標を申告しながら、射撃をり返した。


スペンサー騎兵銃カービンの有効射程は精々900m位だ。しかし1500m近く先の100mは上に居る目標に、エマはどんどん至近弾を送り込んでゆく。何故なぜ、こんな芸当が可能なのか? 彼女は狙撃に関する特殊な「技能スキル」を持っているのだ。


鷹の眼ホーカシルマ」ー 精神を集中してその「技能スキル」を発動すると目標を上から俯瞰ふかんしたように見ることが出来る。そして射撃を行うと視点が弾丸から見たものに切り替わり着弾するまで、それが続く。


彼女は、この「技能スキル」と持ち前の射撃センスを組み合わせて神業かみわざのような狙撃を成立させているのだ。井出は風などの不確定要素での「ずれ」をエマに教えることで彼女を支援サポートしていた。


「命中! これで3頭目だ。流石さすがだよ、エマ。」


井出が望遠鏡スコープを覗きながら感嘆の声を上げる。次の瞬間、エマの体が淡い緑の光に包まれた。


「キャー! やったわ。とうとう保安官シェリフに昇進したわ!」


「おお! エマ、おめでとう!」


3頭の被害を出したハイコヨーテハイエナもどきの群れはりに逃げて行く。それを確認した二人は装備を片付けて階下に降りる。無論、薬莢やっきょうも全て回収した。


「ううむ! これがヒウムの科学技術か、 素晴らしいものだな!」


「この便器の品質も素晴らしい。これは是非ぜひ、『ドワーフの郷』でも同じ物を試作すべきだ。」


「本当ね。トイレだけを見てもヒウムの世界の『生活を便利にする情熱』には目を見張るわね。」


居間に来ると何やらラヴィニアやドワーフの職人、ホルビーの研究者たちがワイワイとにぎやかにしていた。どうもトイレをのぞき込んでアレコレ言い合っている。エマは「監視結果」を電話で報告するために事務所に行ってしまった。


「皆さん、どうしました? ラヴィー・マムまでおそろいで・・・。」


井出が声を掛けると一同は一斉に振り返った。皆、口々に賞賛する。「ウォシュレット」をだ。真由美の母方の祖父が新潟で事業をしている資産家で、家電でもなんでも新製品をどんどん送り付けて来たそうだ。この「ウォシュレット」も、その中の一つである。


「座っているだけで、お尻を暖かい水で洗ってくれるなんて機能を良く実現したものね。本当に感心しちゃう。誰がこんな素晴らしい思い付きをしたのかしら?」


「どうも、これは『雷の力サラボイーマ』を細かく制御して動かしているようだ。こんなに繊細な使い方を初めて見たよ。仕組みを教えてくれよ?」


「この白い石で出来たような蓋や便座の軽さはどうだ。一体何で出来ているんだ?」


皆、井出に教えて、教えてと大変だ。彼も「ウォシュレット」の技術者では無い。当然、手一杯になる。


「井出さん、井出さん! ワン子さんとウサ子さんが事務所に訪ねて来ました。『もふもふ』なんです。早く来て下さい! 早く!」


声の方を見ると真由美がウキウキした表情で立っている。ほおが上気して少し赤い。興奮しているようだ。井田は不思議に思ったが、彼女について事務所に行った。


「すごい! この耳も尻尾も本物だよ。コスプレじゃないんだ! 写真ろ、写真」


「あ、マミたん、よ、おいで! 一緒にうつろ!」


真由美がピートを抱っこしたアヤに駆け寄る。見れば三人の女子高生たちが二人の少女と一緒にスマホで写真撮影をしていた。「自撮り棒」という器具を使ってだ。二人の少女は井出に気付くと女子高生たちに会釈えしゃくして近付いて来る。そして挨拶あいさつした。


「こんにちわん! 午後一番で西からの隊商に乗って来たコリア・フィクスなのですわん。」


「同じく、カーニィ・カウニスだぴょん。従業員用の宿舎が出来たって聞いたから来たぴょん!」


そこには犬耳ともふもふで長い尻尾の有る賢そうな少女と、長い耳ともふもふの丸い尻尾を持つ美しい赤い瞳の少女が立っていた。

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